第17話 悪役と失敗
特に会話もなく宿まで戻ってきた。
いつになったらサーリィから気さくに話しかけてくれるのか。
いつになったらサーリィから気さくに抱きついてきてくれるのか。
そっちから来ないならこっちからいっちゃうぞ。
きっと失神待った無し。
宿にまで戻ってきたのはもちろんサーリィの才能を開花してみるためである。
自分に使った時は特に体に変化や異変があったようには思わなかったが、それは一人称的な視点の話。
三人称視点で見れば実は背中からなんか色々飛び出してましたなんてことがあるかもしれない。
なので万全を期すための密室。
「そこに座れ」
前回と同じやり取りをする気は無いので片方のベッドを指差して無理矢理座らせる。
そしてもう一方のベッドに腰を下ろして彼女の方へと体を向けた。
ベッド間のわずかな隙間を隔てて密室で見つめ合う男女。
言葉で表現してみればこれからどんな桃色の展開が待っているのだろうと思うかもしれないが、現実は残念ながらそんな雰囲気では無い。
サーリィめっちゃ泣いているもの。
この世の終わりかのように涙をポロポロとこぼしているもの。
帰る途中にあんまりにも泣いているものだから「そんなに泣くな」と優しく語りかけたところ、「すみません、ごめんなさい……」と言って嗚咽が出ないよう声を押し殺し、涙を拭わないようにと両手を硬く握りしめていた。
でも違うんだよおにいさんが言いたいことはそう言うことじゃ無いんだ。
おにいさんはただ君の笑顔が見たいだけなんだ。
もしくは裸が見たいだけなんだ。
ともかく現在進行形でサーリィは涙を流し続けてはいるのだが、この体だと慰めるのも一苦労なのでその辺はノータッチで開花を進めることにしよう。
よし、才能開花!
からの鑑定。
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サーリィ=アンシュランベ 淫魔族
才能:{隠蔽、魔属性}
スキル:{幻身}
魔法:{中級土魔法}
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見たところ無事に才能は開花したようだ。
その証拠に『幻身』と言うスキルが追加されている。
魔属性魔法に関する記述が増えていないのは、魔法は一度使って初めてステータスに表示される形式だからだろう。
ともかく『幻身』を追加鑑定してみる。
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スキル:幻身
鑑定結果:隠蔽の才能によって与えられたスキル。自身の体に幻を纏わせる。
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ふむふむ。
自身の体に纏わせる、ってことはそれ以外に影響を及ぼすことはできないんだろうか。
できればルインフェルトの見た目を変えれるような幻覚が使えれば色々と楽だったのだけれど。
まあ今後新しいスキルを覚えるかもしれないしそれに期待するとしよう。
とりあえず一度見せてもらうか。
「幻身スキルを使ってみてくれ」
「ッ!!」
サーリィは俯いていた顔をあげて一瞬こちらを睨んだかと思えば、下唇を噛み再び床へと視線を向けた。
「……できま、せん」
できない……ってことは使うには何か条件があるのか?
鑑定では特にそういったことは書かれていなかったが、まあ本人が言うんだから今は使えないんだろう。
そしてなんだか彼女の態度がおかしい気がする。
何か言ってはいけないことを言ったような、異世界デリカシーポリシーを破った雰囲気がひしひしとします。
よし、こういう時は話題を変えるに限る。
スキルのことは置いておいて、魔属性魔法の話に移ろうじゃないか。
「じゃあ魔属性の魔法を使ってみてくれ。下級でもなんでも構わない」
「…………」
「もし魔法名がわからないならさっき買ったこの本に乗ってないか確認してくれ」
そう言って三冊の本をサーリィに向けて差し出した。
しかしそれらが彼女の手に渡ることはなく、うなだれる頭の前で受け取り手を見失った本達が揺らめく。
しばらくその状態のまま沈黙が続き、やっと彼女から出されたのは手ではなく言葉だった。
「…………ぶんすればいいじゃないですか」
「なに?」
「処分すればいいじゃないですか!!」
感情のままに声を荒げ、こちらへしっかりと目を向けるサーリィ。
そこに映るのは恐怖でも媚びでもなく敵意だった。
一体何が起きていると言うのか、今まで恐怖されることは多々あっても明確に敵意を向けられたことはなかった。
おかげで絶賛困惑中。
処分すればいいって言うのはこの本達のことだろうか。
彼女が良い本だって言ったのに。
サーリィったら情緒がマジカル不安定。
「さっき教会で確認しましたよね!? あれに書いてある通りですよ!! 私には、何の、才能も、ないんです!! 残念でしたね! あなたが大金を叩いて買った奴隷は無能ですよ!!」
溢れる涙も、振り乱れる髪も気にせず彼女は叫ぶ。
口から漏れる言葉言葉は俺に向けられてはいるが、彼女自身も傷つけているのか右手は苦しそうに胸のあたりを握りしめていた。
なるほどね彼女の言いたいことが理解できた。
そして自分の失敗も。
この世界では自分のステータスを確認するにも手間がいる。
そして新たに才能を得たとしてもゲームのように親切なアナウンスなんて流れはしない。
つまり彼女は自分の才能が新たに開花したなんて知る術もないのだ。
俺が伝えない限り。
なのに俺は自分の見えてる世界のみで話を進めて彼女にスキルや魔法の行使をお願いした。
彼女からしてみれば使えないと確認したものを使えと言われ、コケにされていると感じただろう。
その結果がこのテメェまじぶっ殺すぞ状態。
どうしましょう。
「何度も何度も何度も!! 淫魔族なのに隠蔽が使えない、淫魔族なのに魔属性が使えない、淫魔族なのに胸がないって!! 私は商品になるために生まれてきたわけじゃない!! こんなわけもわからない場所で馬鹿にされるために……生まれてきたわけじゃッ!!」
どんどんヒートアップして俺だけ、と言うより人族への憎しみが言葉に現れてきている。
もし主人への危害禁止と言う項目がなければ今にも首を掻っ切りにきそうな勢いだ。
こんな状態の彼女に順を追って説明するのはかなり骨が折れそうだな。
それに俺にだって譲れないことはある。
と言うわけで少し強引にことを運ばせてもらおう。
「サーリィ」
「何ですか!? 自殺しろって言うなら今すぐ死んであげますよ!!」
「主人への危害禁止項目を外してやる。だから幻身を使え」
サーリィから奴隷の話を聞いたときに、奴隷の禁止事項が変更できると教えてもらっていた。
彼女の頭を掴み危害禁止項目の削除を願うと、契約時に吸い込まれた文字が浮かび上がり、そのうちのいくつかが宙で淡く消える。
「ッッ!! 何をわけの分からないことを言って!! 無理だって言ってるんですよ、理解できないんですか、馬鹿なんですか!?」
危害禁止項目のなくなったサーリィが早速とばかりに頭に乗った俺の手をはねのけた。
その行為に少し、いや中々、いやかなりの精神的ショックを受けつつ俺は同じように言葉を紡ぐ。
「幻身を使え」
「だからッ!! 私だって使えるもんなら使いたいですよ! でも!!」
「幻身を使え」
「黙ってください!!」
「幻身を使え」
「黙れええええええ!!」
怒り一色に染められたサーリィは、相手が
日々殺さないでくれと唄っていた彼女が命をなげうるような行為に出ているのは、それだけ彼女にとって無能という烙印が屈辱的で、そしてどうしようもない事実だったからだろう。
怒りと憎しみを込めた渾身の一撃、それを俺は片手でいとも簡単に受け止めた。
「うっ……ひぐっ、ぐすっ……さっさと殺してくださいよ……不要でしょう、私なんて……」
拳を受け止められたことで余計に自分の無力を実感したのか、涙を零しつつサーリィは嘆願する。
それに対して俺は受け止めた手を申し訳程度にさわさわしつつ彼女に見せた。
「ほれ、見てみろ」
「何ですか………………あ、れ? これは……私の手、です……か?」
俺が掴み取った彼女の手は少女らしい可愛げのあるものではなく、まるでそれぞれの指が研ぎ澄まされた刃物のような形をした常人離れしたものだった
もちろんサーリィの手がもともとそう言った造形をしていた、ということはなくこれは彼女のスキル『幻身』による変化だろう。
スキルの使用は声に出す必要があるわけではなく、使うという意思が必要となる、と思っている
そして今回はサーリィの『スキルが使えるもんなら使いたい』と言う思いがそれに取って代わったのだ。
「手だけじゃないぞ。ほら、自分の姿をよく見てみろ」
すっかり暗くなった世界を映し出している窓を指差すと、彼女はゆっくりと立ち上がってそこに映る自分の姿を確かめ始めた。
俺が見てパッとわかったのはささやかだったツノが捻れ大きくなり、彼女の怒りを表すように歯が牙のように変化したぐらいだろうか。
「何……ですかこれは……?」
「言っておくけど俺は何もしてない。正真正銘お前のスキルの影響だ」
正確には才能の開花は行ったけど、とりあえずそれはまた後で話すことにしよう。
何が起きているかわからないと目を剥きながらツノやら牙を触るサーリィが可愛い。
後で幻身の調査と称して触らしてもらうんだい。
「で、でも私には……」
「まだわからないならもう一個も試してみればいい。魔法の教本は必要か?」
再び本を差し出してみると、やはりそこに受け取り手は現れなかった。
しかし先ほどと違う点はサーリィがその本をしっかりと見つめた後、ふるふると首を横に振って反応を見せたところだ。
彼女はいつの間にか戻った普通の手で涙を拭った後、大きく深呼吸をして言葉を紡ぐ。
「只なる闇 オスクロ」
特に音がなるわけでもなく、何かが壊れるでもなく、ただ彼女の前に丸く黒い球体が現れた。
これが魔属性の魔法か。
それはどこまでも暗く一切の光を反射していないように見える。
いや反射してないなら見えるっていうのもおかしいか?
まあその辺はよくわからないな。
「ほんとに……何なんですか、これは……あなたが見せてる幻覚ですか?」
「いや、俺に隠蔽の才能はないからな」
「じゃあ…………私、が?」
そう尋ねた彼女の声は震えており、縋るような視線をこちらへと向けてくる。
俺がゆっくりと頷くと、嗚咽をこらえながら自身が生み出した魔法の方へと顔を動かした。
魔法によって現れた黒に実体は無いようで、上から落ちる水滴は黒を貫通して床をポタポタと濡らす。
「どうして、こんなことが……ひぐっ、だって私は無能で――」
「俺がたったあれだけの金で買った奴隷がこんなにも有能なんて、実にありがたいな?」
彼女の言葉を遮るように俺はおどけて言ってみた。
自分では笑いながら問いかけているつもりだが、ルインフェルト先輩の顔が今どんな顔になっているかはわからない。
でもサーリィが豆鉄砲を食らったような顔になった後、少し笑い声を漏らしたのでどうやら失敗ではなかったようだ。
「はい……ぐすっ……ありがたがって、ください。そして――」
涙やら鼻水をぬぐい、一度佇まいを直したかと思えば彼女は深々と頭を下げる。
「ありがとうございます」
顔を上げた彼女は、初めて笑っていた。
やっと見ることのできたサーリィの笑顔に満足して、この話はここで終わりにしたいという衝動に駆られる。
だがまだ俺にはやらなくてはならないことがあるのだ。
サーリィの不安、その全てを解消するために。
「もう一つお前に言っておきたいことがある」
「何でしょう?」
首を傾げる可愛いサーリィとの距離は近く、手を伸ばせば肩に触れられるほどだ。
というわけで手を伸ばして両肩を掴む。
これは別にやらしい気持ちとかではなくて真剣さを演出するための行為なので無罪放免で異議はなし。
そして彼女のことを安心させるために一度イケメンスマイルを挟んでから力強く言った。
「小さい胸がタイプな人も世の中にはいるからな!!」
「…………」
「………………?」
「……ア、アリガトウゴザイマス」
小さく頭を下げるサーリィ
顔を上げた彼女の目は、笑っていなかった。
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