Another side:サーリィ2
私は奴隷になってしまいました。
それも人族最悪と言われるルインフェルト=ラクアスの。
絶望しました。
絶望しないわけがありません。
人族というだけでも吐き気がするのにその中でも最悪です。
とりあえず私は顔色を伺い出来るだけ殺されないよう、いえ、出来るだけ残酷に殺されないようにと努めました。
もし奴隷の禁止項目に自害の禁止というものがなければ、自分でこの身を終わらせていたかもしれません。
きっとそれは安らかでしょうから。
しかし叶わぬ夢。
ああ、これからの苦痛と苦悶の日々を思うとやっぱり涙が出ます。
と、思っていたのですが初日は特に殴られることもなく、切り刻まれることもなく、五体満足のまま終えることができました。
強いてあげる出来事としては食堂でスレイヤー達をボコしていたことでしょうか。
奴隷を同じテーブルに着かせるという行為がおかしいのは奴隷初心者である私にもわかります。
ということは何か思惑があってのことだと思うのですが、私には検討もつきません。
ただ、私を蹴飛ばしたスレイヤーがぶっ飛ばされている様子は少しだけ胸がスカッとしました。
もしかしてルインフェルトもあの男達を殴って満足していたから私に暴力を振るわなかったのでしょうか。
それなら少しだけあのスレイヤー達に感謝してもいいかもしれません。
その後、部屋に戻ったらしばらく質問をされ、そして給金を渡されました。
意味がわかりません。
最初銅貨を渡された時は何かを買ってこいと言われるのだと思ったのですが、まさかの給金です。
確かに私は奴隷解放の話をしました。
しかし普通奴隷に、特に他種族の奴隷に給金を払ったりしません。
一体どういう考えでそんな行動をしたのか。
私には全く理解できません。
嵐の前の静けさのような、そんな恐ろしさを感じます。
そして次の日、私の命日です。
ルインフェルトが教会の神の像へ行くと。
私の才能を見に行くのでしょう、つまりは死です。
短い奴隷生活でした。
私の才能を目にしたルインフェルトのことを考えると、そして自分の無残な死に様を思うと、今から震えが止まりません。
そんな考えを見透かされたのかと思って何度も土下座をしました。
私は別に騙そうと思ったわけじゃないと。
悪いのは全て奴隷商だと。
あいつは今頃私を売った金を持って逃げ出しているでしょう。
私を殺したらそれ以上に無残にあいつも殺してほしいと、最後に言い残すのも悪くありません。
教会に向かう途中でいくつかの店に寄りましたが全て上の空。
急に本を渡された時はとても焦りました。
途中でなんとか離脱を測ろうとしたものの、頭を捕まれ目で脅され。
そんなの、大人しく付いていくしかないじゃないですか。
こうなったら奇跡的に自分の才能が開花していることを祈るぐらいしかできることはありません。
そしてよく知らない神の像の前。
震えが止まりません。
かつて初めて自分の才能を目の当たりにした時のことを思い出します。
みんなより空白の多いステータス。
失望と哀れみを向ける周囲の目。
気を抜けば口から全てを吐きそうです。
できれば二度と自分のステータスなんて見たくありませんでした。
ですが私にここで逃げ出すという選択肢は取れません。
祈り、祈り、祈ります。
私の才能が開花しているようにと祈ります。
私が安らかに死ねるようにと祈ります。
人族が滅びるようにと祈ります。
そして審判が下されました。
私の目に映るステータスは。
無能。
何の才能もなく、何のスキルもなく、何の魅力もない。
そんな無能な淫魔族のステータス。
終わりです。
奇跡なんてありません。
私にあるのはお姉さんにも怒られたこの涙ばかり出す目だけ。
私は一体何のために生まれてきたんでしょうか。
ステータスの書かれた黒紙を渡したルインフェルトに怒りなどは見て取れませんでした。
ただ宿に戻る、と。
往来で惨殺されるのと、人目に触れず宿で惨殺されるのではどちらがいいんでしょうか。
私にはわかりません。
涙だけがただ溢れてきます。
宿に戻った私に待っていたのは辱めでした。
ルインフェルトは私に言ったのです。
幻身スキルを使ってみてくれ、と。
もちろん私が使えないことは知っているでしょう。
ステータスを確認したんですから。
しかし彼はしつこく、幻身が無理なら今度は魔属性の魔法を使えと言います。
ご丁寧に魔法の教本まで差し出して。
ああ、もう無理です。
どこへ行っても無能無能と。
そんなの私が一番知ってるに決まってる。
お前達が私を買ったんだろ。
お前達が私を連れてきたんだろ。
ふざけるなふざけるなふざけるなッ!!
どうせ殺されるんならもうどうなったって構わない。
それよりもこの怒りを、この胸の痛みを!
少しでもこの男に叩きつけてやる。
しかし私がいくら叫ぼうとも喚こうとも吠えようとも、男は飄々としています。
まるで私の慟哭がくだらないことかのように。
それが悔しくて、許せなくて。
さらに罵声を浴びせようとしたところで、また幻身を使えと言いやがります。
主人への危害禁止項目も外してやる、と。
馬鹿にしてるんでしょう。
何の才能もない奴隷に何ができると。
あぁ、あぁ、ああ、ああ!!
何度も男はスキルを使え、使ってみろと。
怒りで頭がおかしくなりそうです。
我慢の限界が、いや、何を我慢する必要があるのか。
ただ、ただ、目の前の男を黙らせたくて。
私は拳を振るいました。
しかし拳は届きません。
私の殺意と怒りを込めた一撃はいとも簡単に受け止められました。
まるで『ほら、無能だろう?』と証明されたようで。
ささくれ立った心が軋みをあげます。
先程までの怒りも拳に乗っけたせいか霧散し、残ったのは惨めさと諦めだけ。
ああ……もう早く殺してください。
しかし彼に指摘されて気づきました。
私の手が、いえ、手だけでなく角も歯も、私のものでないかのように変わり果てています。
それはまるでかつてスキルを見せてくれた母のようで。
何が起きているのか、思考が追いつきません。
私は無能だと、先ほどステータスを確認したばかりです。
なのにこの状況はまるで……まるで私がスキルを使ったみたいじゃないですか。
彼に問いかけても彼は自分じゃないと言います。
じゃあ一体……。
そんなふわふわとした状態のまま、彼から魔法の教本が差し出されます。
先ほどと同じ行為、ですが今度は嫌悪感を抱かずただ必要ないと首を振りました。
魔属性の魔法は何度も練習しましたから。
何度も何個も、詠唱すら記憶するほどに。
もちろんただの一度も成功しませんでした。
才能がないんですから当たり前です。
ただ、もう一度だけ。
熱に浮かされたように魔法を唱えます。
すると現れた黒い球。
間違いなく魔属性の魔法です。
そして私の体から抜け出たわずかな魔力。
もしかして、これ、は……?
どうしても信じられなくて、もう一度彼に問いますがやはり彼は違うと言います。
涙が、止まりません。
意味がわからなくて。
理由もわからないけれど。
確かに私の魔力によって作られた黒い球がそこにはありました。
なら無理じゃないですか。
涙を止めるなんて……そんなの不可能です。
そしてルインフェルト様は言いました。
私が有能だと。
私がいてくれてありがたいと。
ずっと誰かに言って欲しかった言葉。
ずっと誰も言ってくれなかった言葉。
その言葉は私の痛んだ心に染み渡り、じんわりとした暖かさを与えてくれました。
相手が世紀の大悪党だろうと関係ありません。
私にとっては、私の人生にとっては、今この瞬間、彼が最もヒーローです。
だから私は頭を下げます。
私を見つけてくれたこと、私に才能をくれたこと、私を有能だと言ってくれたこと。
その全てを込めて。
「――ありがとうございます」
顔を上げた時、私は自分でも驚くほど自然に笑っていました。
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