第16話 悪役と教会
赴くままに右へ左へ。
何度かのよく分からない路地を挟んで三天通りに到着した。
サーリィの言った技術街という言葉に偽りはなかったようで、一天通り、二天通りとも違った雰囲気を感じる。
先に行った二つの通りは老若男女に関係なく多くの人が行き来していたが、この通りは子供の姿がほとんど見えず、人通り自体も少ない。
出店のような形態も見られず、全ての店舗がどっしりとした構えをしていた。
さて、ここでの目的は書籍と魔法関係の道具である。
書籍はこの世界での知識、魔法の名前などを調べるために。
魔法の道具はほら、なんか魔法系だし、マジカル系だし、きっと恐らく今後役に立つ系だから見に行く必要がある。
決してただの好奇心とかじゃないんだからね、勘違いしないでよね。
「書籍か魔法関連の道具を扱ってる店を見つけたら知らせてくれ」
「…………」
目的を共有すると共にサーリィとの会話を楽しむ作戦。
しかし俺の投げたボールはサーリィにキャッチされることなく虚しく地面に落ちた。
まさか無視されるとは、反抗期だろうか。
『ご主人様のパンツと私の下着を一緒に洗わないでください!』とか言われたらどうしよう。
多分ご主人様と言われた衝撃で鼻血が飛び出るな。
そう思うと反抗期も悪くない。
来るかもしれない未来を想像しつつ現実のサーリィをみる。
彼女はいつも以上に青ざめた顔をしており、地面を虚ろな目で見つめていた。
どうやら先ほどの言葉は無視したわけでなく、耳に入っていなかっただけのようだ。
けど何故こんなに青い顔をしているのか。
ルインフェルトに関係していることは間違いはないだろうが、少なくとも先ほど宿を出た時にはまともな会話ができていたのだ。
そこからここに来る間に何かしたという覚えもない。
とりあえず本人に聞いてみるか。
もしかしたら自分の気付かぬうちに罪を犯していたのかもしれない。
この体は大悪党ルインフェルト先輩の物だからな。
ありえない話ではない。
と言うわけで彼女の右肩にワンタッチ。
流れるように土下座するサーリィ。
「も、ももももも申し訳ありません!!」
彼女の首根っこを掴んですぐさま立たせる。
ビックリしたどうやら右肩は土下座スイッチだったようだ。
まさか彼女の体にそんな機能が搭載されているとは露知らず、大勢の前で少女に土下座させてしまった。
ごめんよ今度からは気をつけるから許してほしい。
そんな気持ちを込めて左肩にワンタッチ。
流れるように土下座するサーリィ。
「わたっ、私は騙すつもりなんて全然!!」
彼女の首根っこを掴んですぐさま立たせる。
土下座スイッチ多すぎじゃないですかサーリィちゃん。
両肩が弱点だなんてものすごく不便だろうに。
今度肩パットでも買ってあげよう。
そんな風に彼女とのスキンシップを楽しみながら歩いていると、数多くの本が並んでいる店が視界に入ってきた。
木でできたカウンターの向こう側に皺くちゃの老婆が座っており、そのさらに向こう側には本が敷き詰められている。
見たところカウンターの向こう側はスタッフオンリーで、自由に本を手にとって見て回れるシステムではないのかもしれない。
「本を買いに来た」
「何の本じゃい?」
老婆がにっこりと笑うと歯が何本か抜け落ちた。
それを笑いながらかき集めて再び歯茎に差し込んでいく。
これが老婆ギャグというやつだろうか、ジェネレーションギャップを感じるぜ。
「この世界の歴史や地図が乗っているもの、あとは魔法の教本と……魔法名がとりあえず数多く乗ってる本だな」
「あいよ」
老婆は短く返事をすると、歯をポロポロ落としながら本棚の奥へと消えていった。
自分でも変わった注文をしたという認識があったのだが、特に追求はないようだ。
チラリと後ろにいるサーリィのことを確認していたから、奴隷に教えるためのものとでも認識してくれたのかもしれない。
しばらく待っていると老婆が行きに落とした歯を回収しながら戻ってきた。
「この辺があんたの注文にあってるんじゃないかねぇ」
渡されたのは三冊の本。
緑色の分厚い本と、赤い背景に黒とんがり帽子の絵が書かれた本、そして黒くて薄い本だ。
なぜ本を色で識別したかというともちろん字が読めないからである。
平仮名をぐちゃぐちゃにかき混ぜてさらに上から幼児が落書きしたような文字だ。
「サーリィ、確認してくれ」
サーリィに本を手渡して注文に見合ったものかを確認してもらう。
今度は声がちゃんと聞こえたのか目を見開いて驚いたような表情を見せた。
想定外の注文を受けた彼女は恐る恐る本を受け取ると涙を貯めつつページをめくっていく。
きっと爆速で感動しているのだろう。
ブツブツと「殺される……」と言っているのは本の内容のことに違いない。
しばらく待っていると全ての本をチェックし終えたようでサーリィはこちらを見た。
「こ、これは……」
彼女はそこで言い淀むように顔を落としてもう一度本を見る。
そして歯の抜けた店主を確認してから俺の方へ視線を戻した。
「よ、良い本です!」
「…………そうか良い本か」
言い切ったサーリィの顔は取り繕った笑顔と涙鼻水にまみれていた。
良い本、良い本とは。
買って良い本ということだろうか、それとも品質の良い本ということか。
いや、サーリィが良い本と言うのだ。
買おう、問答無用で。
もしかして何の確認を任されたのかわかってなかったんじゃとか考えてはいけない。
「じゃあその本を購入で」
「よ、良いのか……?そこの奴隷は何の確認か理解しとらんようじゃったが」
「そんなわけないだろ歯の代わりにナイフ突き刺してやろうか」
「怖っ!? 別にこっちとしては構わんが……合わせて86000タリルじゃよ」
全くなんてことを考えるんだ、うちのサーリィが確認を怠っているなんていちゃもんをつけやがって。
そんなこと考えもしなかったぜ。
ほら見ろよサーリィが怒りで打ち震えてるじゃないか。
普段の三倍はバイブレーション。
彼女が暴れ出す前に会計を済まさなければ。
袋から銀貨八枚と銅貨六枚を取り出し渡す。
会計を済ませると震えるサーリィを押してそそくさと外に出た。
次に向かったのはすぐ近くにあった魔法道具屋。
指輪や腕輪などのアクセサリーちっくなものからどう見てもけん玉にしか見えないものなど様々なものが店内には置かれていた。
鑑定によって効果を確認してみると、どうやらこれらの道具は魔法の発動を補助するためのものらしい。
例えば赤い宝石の嵌められた指輪には以前使った『ファイアバレット』の魔法が込められており、指輪に魔力を込めるだけでそれが発動するという代物だ。
魔法を習得していなくともそれらを使えるというのは魅力的だが、鑑定を使って調べた限りでは下級、良くて中級の魔法が使える程度であり、聖属性やサーリィの魔属性と言ったような特殊な属性も見当たらない。
この店舗の品揃えが悪いのか、魔法道具の制限なのかはわからないが、とりあえず急いで買う必要もなさそうだ。
鑑定によっていくつか新しい魔法の名前もわかったし、成果は上場と言えるだろう。
そう思い店を離れようとした時、店主とサーリィからチラチラと視線が向けられていることに気づいた。
無言でずっと商品を眺めていたから、どれを買うのか真剣に悩んでいると思われたのかもしれない。
『そろそろかな? そろそろ買うかな?』という二人の声が聞こえてきそうだ。
ここで何も買わずに立ち去ったら散々悩んだ挙句、何も買わない小さい男だと思われないだろうか。
店主にはどう思われてもいいが、サーリィには大きい男だと思われたい今日この頃。
『ほぅら大きいだろう?』と言ってボロンッとしてもダメだろうか。
ダメだろうな。
よし、なら不機嫌さを出して満足のいく商品が無かったですよアピールをしよう。
買う気はあったし、買うお金もあるんだよ。
でも納得のいくものが無かったんだ。
じゃあしょうがないよね、うんしょうがない。
「……チッ」
舌打ちをしてくるりと背を向けそのまま店の外へ。
ったくヨォ、この店の品ったらヨォ、ったくヨォ、満足できないっていうかヨォ。
後ろから店主の謝る声、遅れてサーリィの駆け足が聞こえてくる。
よしこれでなんとか体裁を守れただろう。
「あとは四天通りの教会だな」
余計に小さい男を実感してちょっぴり悲しい気持ちになったので、さっきまでのことはスッパリ無かったことにしよう。
我々の目的地は今も昔も教会だ。
そうだよなマイハニー?
「…………わた、わわわたしは先に宿へ」
少しずつ後ずさって距離を取ろうとするサーリィ。
教会への苦い思い出が彼女の後ろ髪を引っ張っているのだろう。
でもこの大悪党ルインフェルト様がいるからには安心してほしい。
そんな思いを込めて彼女の頭を撫でる。
後ろに下がろうとする都合上撫でるというよりはガシッと掴んだ形になったが、まあ同じようなもんだろう。
見る見るうちにサーリィの顔色が変わっていく。
これがナデポというやつだろうか。
頰が赤くなるというより青白く変化していっているのは、彼女なりの遊び心に違いない。
「よし教会へ向かうぞ」
「……はい」
笑顔で提案すると強張っていたサーリィの体から力が抜け、微かな声で返事をしてくれた。
よしよし説得には成功したようだな。
やはり人の心を絆すには笑顔が一番。
死んだ目、もとい決意に満ちた目をしたサーリィと逸れないように気を付けつつ教会への道をぐんぐん進んでいく。
教会の外観は元の世界と大差なく、遠くからも視認できたため迷う事もなく到着した。
白い壁を纏い、いかにも神聖ですよと言わんばかりの建物。
一際高くなっている翡翠色の屋根の上にはシンボルらしきオブジェクトが見える。
剣と……手、あとは翼か?
一振りの剣に翼の生えた手が絡みついているように見えるが、よくわからんな。
まあこの世界の宗教に興味はないので気にせず行こう。
念の為フードを深くかぶり直してから開かれている入り口をくぐる。
何列にも並べられた長椅子と、陽の光を取り入れるように設置されたいくつもの窓。
両サイドに置かれたトーチは神の恩恵を表すように温かく揺らめいていた。
そして再奥にはまたもや謎のオブジェ。
教会上部に設置されていたものとは少し違い、女神らしき像が包み込むように幾本かの剣を抱きしめていた。
もしかしたら外から見えたのはこれの簡易版だったのかもしれない。
「本日はどうされましたか?」
繁々とあたりを見回しているとこの教会の聖職者らしき男が話しかけてきた。
サーリィから得た事前情報(妄想)とは違いモヒカンでもヒャッハーでもなく人が良さそうな青年だ。
ニコニコと笑っており、その顔は慈愛に満ちている、ように見える。
どうするべきか。
とりあえず一回目潰しとかしとくべきだろうか。
いやまだ早いな。
この男が急に髪を剃り出してからでも遅くはない。
「こいつのステータスが見たい」
「ミクウェスティ様のご審判ですね、ではこちらへ」
ミクウェスティというのは女神の名前だろうか。
そしてステータス診断のことを審判と言うらしい。
ここまで尊く扱われていることを考えると、鑑定スキルについては黙っていた方が良さそうだ。
「ここに座らせて祈りを捧げさせてください」
サーリィに直接ではなく、俺を通して命令するよう促してくる。
その対応の仕方でこの宗教が全ての種族に対して平等ではないことを理解した。
いやそもそも奴隷が公然としているこの場所で平等な宗教なんてあるわけないか。
なんだか急に教会の全てが嘘っぽく見えた。
「サーリィ」
「は……い……」
俺の言葉を受けてサーリィがゆっくりと女神像の前に座る。
祈るべく出した両手は震えており、よく見れば床には転々と雫がこぼれ落ちていた。
なんだかひどく申し訳ないことをさせている気分になってくる。
モヒカンこそいなかったが確かにこの場所は魔族であるサーリィには近寄りがたい場所だろう。
もしかしたらこのミクウェスティとか言う女神に祈ることも何か屈辱的な行為なのかもしれない。
それを強要してると思うと……なんだか少し興奮してきました。
そんなことを思っていると祈りを捧げていたミクウェスティ像の翼が輝き出し、そこから一枚の羽が飛び出した。
祈るサーリィの頭上を純白の羽がヒラリヒラと舞い、彼女の手元へたどり着く瞬間に黒くくすんだかと思えばそのまま一枚の黒紙へと変化した。
「…………」
黒紙を受け取ったサーリィはその内容を見て今まで以上に涙を流し始める。
もしかして何か悪口でも書かれていたんだろうか。
『お前の才能じめじめしてる』とか『お前の魔法じめんじめんしてる』とか。
気にしなくていいんだサーリィ、立派な才能だし、土属性魔法だからじめんじめんしてて当たり前なんだ。
と言うかじめんじめんって何。
「るいん……ぐすっ、ふぇると様……ひぐっ……こちらが私のステータスで、です……」
「お、おう」
ちょっと引くぐらい泣いているサーリィから黒紙を受け取って目を通す。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
サーリィ=アンシュランベ 淫魔族
才能:{}
スキル:{}
魔法:{中級土魔法}
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特にこれといった悪口は書いてないな。
サーリィから聞いた才能やスキルの話からしてこうなるだろうとは思っていたが、鑑定の時に表示されていた括弧内の才能はこちらでは表示されていない。
ミクウェスティの審判では開花してない才能は表示されず、通常開花の機会は十歳の祈り時のみ、それ以降は祈っても隠れた才能が開花することはない、といった感じか。
何か少し歪さを感じるが、まあそう言うものだと思うしかないか?
とりあえずこれでもう教会に用はない。
検証も済んだし次はサーリィの才能開花をしてみよう。
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