第15話 悪役とホラー
自分たちの食事を終えると周りの呼ぶ声を振り払って部屋へと帰ってきた。
何があってまたフードが取れるかわからないからな。
素性がバレればいくら金貨を振りまいても追い出されるに違いない。
いや、もしかしたら震えながら笑顔で対応してくれるかもしれないが、バイブレーションは間に合ってるのだ。
今もサーリィが渡した枕の上で小刻みに震えている。
恐らくバイブレーターとしての座を奪われまいと必死なのだろう。
そんなにアピールしなくてもおっさんやおばさんとスタメンチェンジすることはないから安心して欲しい。
まあそれはさておき、もう少し俺は奴隷について勉強する必要があるな。
あそこまで突拍子もない行動が常識とは思わないが、その扱いは相当悪いと考えたほうがいい。
「サーリィ=アンシュランベ。この国では奴隷に対してどこまでの行為が許されるか知っているか?」
尋ねるとサーリィの蒼い目がこちらを見る。
輝きのない目だ。
恐らく先ほどの出来事で怯えているのだろう。
なんとか安心させてやらねば。
ここで優しく抱擁してあげたらどうだろう。
きっと今まで以上にバイブレーティング。
「どんな行為でも……ですっ」
少しの涙を浮かべつつサーリィは答えてくれた。
どんな行為でも……だと?
つまりここでエロい行為をしたとしてもこの国ではそれが正義だというのか。
むしろエロい行為をすることこそが正義だと。
そう言うのかサーリィ。
いや、そんなことは一言も言ってない。
もう少し詳しく聞いてみよう
「どんな行為でもというのは全ての奴隷に適用されるのか?」
奴隷売りが言っていたように奴隷の中にも性奴隷か否かといった区別が存在する。
ならそれ以外にも区分分けがされていてもおり、それによって対応が変わるということはあるだろう。
「いえ、人族の通常奴隷と他種族の場合です……」
やはりこの国での他種族差別は相当なようだ。
そして通常奴隷というのは初めて聞いた。
尋ねて見ると通常以外に労働奴隷、性奴隷が存在するらしい。
労働奴隷は刑罰の一つで一定年数奴隷として働きその後解放される。
性奴隷はそこに性的な接触が許可されたもの。
それ以外が通常奴隷というわけだ。
「通常奴隷や他種族の奴隷がその身分から解放される条件は?」
「……買われた金額の二倍を支払うことで自身を買い戻すということはできます。もしくは主人の命令によって解放される場合もあります」
「ふむ」
二倍を支払うっていうのは誰に支払うんだろう。
普通に考えれば主人である俺か?
だがちょっと待てよ、そういう制度があるとして奴隷が得る収入は恐らく主人が払うんだろう。
給料みたいなものだ。
なら結局自分が出した金を回収するだけということで、プラスにはならない。
うーむ。
まあ労働という対価を得ているから普通……なのか?
とりあえず当分はサーリィを手放すわけにはいかない。
彼女には申し訳ないが薄給でお仕事をしてもらうとしよう。
時間を稼いで彼女が自身を買い戻せるようになる時までに仕事を超えた関係になっていればいいのだ。
もちろん途中で寿退社を願うというのなら首を高速で縦に振るのも辞さない。
ただし許される相手は社長オンリー。
途中でどんな選択肢を選ぼうと結局はルインフェルトルートに突入する。
それがときめき☆ルインフェルト。
「受け取れ」
お金の入った袋から銅貨を一枚取り出してサーリィに投げる。
彼女はそれを反射的に受け取った。
「これ……は?」
「給料だ」
「えっ、まさかそんな——」
握りしめた銅貨とこちらの顔を交互に見てサーリィは困惑を見せる。
あまりの少なさに驚いているのだろう。
だがこちらも譲るわけにはいかない。
精一杯の目力を持ってサーリィを牽制する。
「文句はない、な?」
「も、ももちろんありませんっ」
左右に残像を残せるんじゃないかというスピードで震えつつ、サーリィは答えた。
銅貨一枚の価値は1000タリルだと宿屋に銀貨を出したことから推測できる。
そして彼女の購入にかかった大金貨は順当に考えれば100万タリルだろう。
つまりこの日給であれば五年以上も時間を稼げることになる。
五年という長い年月を経れば流石のサーリィも心を開き、肩を組んで勇者の悪口を言うぐらいにはなっているに違いない。
「これはきっと試されている縋ってはいけないむしろ死へのカウントダウンと考えるべきで……」
「何か言ったか?」
「いえ! な、なななんでもありませんっ」
「なら今日はもう眠る。その枕を返せ」
サーリィが今まさに足の下に敷いている枕。
俺はそれにゆっくりと手を伸ばした。
少女の汗と涙と鼻水が染み込んだ一品、これを頭に敷けば良い夢が見れること間違いなし。
しかし俺の手が触れるよりも先にサーリィが立ち上がり、その枕を抱きかかえた。
「もも申し訳ありませんっ! 今新しいものを貰ってきますっ」
「いやちょっと待てそれが欲し——」
バタンと扉の閉まる音が響き、一人部屋に取り残される。
今までにないほど俊敏な動きだったな。
そんなに嫌がるようなことを言っただろうか。
ちょっと匂いやら何やらを堪能したかっただけなのに。
うん、十分気持ち悪いな。
俺はふて寝するようにベッドに寝転がった。
久々に感じる柔らかな寝床が急速に眠気を呼び覚ます。
そして気づけば意識を手放していた。
翌日、窓から差し込む日の暖かさを感じて目を開ける。
確か今日は火曜日で授業は……いや違う今はルインフェルトなんだった。
あまりの熟睡で頭が寝ぼけている。
俺はゆっくりと立ち上がって背伸びをした。
それと同時にベッドからガタガタと音が聞こえる。
なんだ? そう言うギミック付きなのか?
回転するベッド的なサムシング。
しばらく不思議そうに眺めていると、ベッドの下からぬっと手が現れた。
そしてそのまま日本ホラーのように髪の長い女性が這い出てくる。
一つだけらしくない点をあげればその頭に蒼いツノが付いている点だろうか。
「おはようございますルインフェルト様」
怖っ!?
長い髪を前に垂らしたサーリィが半分だけベッドの下から出てこちらを見上げる。
「あ、ああ……」
「べ、ベッドの下は綺麗にしておいたので衣服が汚れる心配はありませんっ」
そうかそうか、服が汚れないならベッドの下で寝てても問題はないな。
問題……ないのか?
まあ二段ベッドだと思えばギリギリ普通だと言えなくもない。
いいよね二段ベッド、テンションが上がる。
そこはかとなく修学旅行の気分だぜ。
一段目にベッドはないけど。
全身が現れて立ち上がったサーリィの服を何の気なしにポンポンとはたく。
綺麗にしたとは言っても気持ち的な問題だ。
はたくたびに「殺されるっ」や「お慈悲をっ」と連呼していたが全てスルーした。
そして俺たちは朝ごはん、と言うには少し遅い食事を済ませて宿の外へと出た。
大通りの一つと言うだけあってか中々の人通りだ。
サーリィを後ろに控えて歩き回れば逸れること間違いなし。
すかさず彼女のポジショニングを後ろから左に変更。
これで迷子になることなくかつ楽しくおしゃべりしながら歩けると言うわけだ。
横隊列万歳。
「今日は三天通りと四天通りに向かう。それぞれの詳細は知っているか?」
「三天通りは技術街です。武器や魔法に関する道具、他にも書籍や様々なアイテムの販売が行われています。四天通りは役所や組合、教会などが立ち並ぶ場所と聞いています」
武器は短剣があるため必要ないが、魔法の道具や書籍は欲しい。
今俺が使える魔法はバレット系のみ。
それだけでも十分な威力を出すことはできるが、勇者が闊歩しているこの世界で生き抜くには少し不安だ。
できればステータス画面に表示されていた全ての魔法を使えるようにしておきたい。
そしてルインフェルト先輩の隠しステータスである幼女生成の魔法についてもマスターしたい。
確かにルインフェルト先輩は『俺の熟女は世界一ぃ!』と言っていた。
確実に言っていた。
だがそれはきっと幼女好きを隠すためのカモフラージュに過ぎない。
現ルインフェルトの俺が言うんだから間違いはないだろう。
なんてことを考えていたらサーリィが震えだした。
どうしたんだろうアルコール不足だろうか。
いやもしかしたら何も言わず黙っていたから機嫌を損ねたと思っているのかもしれない。
そんなことないんだちょっとおかしなことを考えていただけだよ。
「四天通りの教会に神の像とやらはあるのか?」
役所や組合については行く必要を感じないが、教会に像があるのなら少し興味がある。
サーリィに尋ねたためにその機能は分かっているが、どのような形態であるのか体験してみたい。
といった軽い気持ちで尋ねたのだが、サーリィの様子がおかしい。
いや割といつもおかしいのだが、顔面を蒼白にして怯えている。
教会に嫌な思い出でもあるんだろうか。
シスターが肩パッドをして火炎放射器を振り回してるとか。
神父がヒャッハーでモヒカンを強要してくるとか。
なんて世紀末な教会なんだ。
サーリィが顔を青くするのも理解できる。
「はい…………神の像はあると思います」
「そうか、なら後で寄るとしよう」
「……あ、あの私は」
「心配するな。大丈夫だ」
サーリィをモヒカンにさせたりはしない。
美少女のモヒカンなんて誰得なんだ。
いやもしかしたらどこかにニーズはあるかもしれない。
でも少なくとも俺は見たくはないんだ。
今のままの君がいいんだ。
さて、三天通りはどっちだ?
はぐれようとはぐれまいと結局迷子じゃないか。
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