第9話 悪役と奴隷

 ため息を吐きながらも、ここでこの男を逃すわけにはいかない。

 全くルインフェルト先輩も嘘ばっかりだな。

 名前を聞くだけで恐怖を与えるぐらいに悪名を上げろっていってたけど、もう十分じゃないか。

 名前どころか顔を見られただけでこの騒ぎだ。

 アイドルか。

 

 俺は易々と奴隷売りの男に追いつくと、その上を飛び越えて今まさに開けようとしていた扉の前に降り立った。

 それだけで叫び声をあげようとするので、その口を掴んで抑える。


「ふがっ!?」


「お前が叫び声をあげて衛兵が到着するのと、俺がお前を殺すの。どっちがはやいか競争してみるか?」


 目を見てそう問いかけると奴隷売りの男は涙をぼろぼろこぼしながら首を横に振った。

 なぜ俺はおっさんの涙顔を見ているのか。

 可愛い娘の笑顔を見に来たはずなのに。


「なら入り口にいた私兵だけでも呼び寄せればいい。俺に勝てると思うなら」


 俺は口角を吊り上げてそう言った。

 おそらく相当に凶悪な笑みになっているだろう。

 奴隷売りの首をふる速度がより早くなった。


「物分りが良くていいな」


「ぷはぁっ! はぁっはぁっ……」


 手を放してやると奴隷売りの男は大きく肩で息をする。

 鼻は塞いでなかったはずだが、恐怖で過呼吸気味にでもなったか。

 まったく怖いのは見た目だけで、中身はただの変な人だというのに。

 ルインフェルトの体としてではなく、普通の俺としてこれていたらとこの街に来て何度思ったことか。

 二回ぐらいかな。


「そ、それで何がお望みでしょうか?」


 恐る恐るといった感じだが、息を整えた奴隷売りが尋ねてきた。

 とりあえず殺されることはなさそうだとでも思ったのだろうか。


「望みは最初から言っているだろ。奴隷を買いに来た」


「そ、そうでございましたね。お、お気に召すような奴隷はございましたか? 条件に合いそうな奴隷はここにいるのですべ――」


「全て、何て言わないよな? 事前に該当する数が多いっていうぐらいなんだから」


「も、ももももちろんです! さ、さあこちらへ!」

 

 この状況で嘘をつこうとするとは。

 早く帰って欲しかったからなのかもしれないが、一発ぐらい殴っといたほうがいいか?

 いや、幼女達が見てる前でそんなことできるわけがない。

 俺は次のエリアへのドアを潜る直前、檻に入れられている幼女達の方を振り返った。

 するとその先にいた全ての子がびくっと肩を震わせた。

 まあさっきのやりとり見られているなら当然っちゃ当然か。

 少し悲しい。

 そして嬉しい。


 次の部屋では奴隷達がそれぞれ個室に入れられていた。

 先ほどよりも価値が高いということだろう。

 どうせ奪われるなら価値が低いものに抑えたかったのか。

 やっぱりまだ余裕がありそうだな。


「じゃあさっきと同じように俺は見て回るから、お前は後ろをついてこい。ないとは思うが、余計なことは考えるなよ?」


「はっはい! もちろんです!」


 執拗なまでに頷いて返事をする。

 本当に手間が増えるだけなので、大人しくしていてほしいものだ。

 顔を隠すのにフードを得れたのは良かったが、もう少し変装の手段がほしいな。

 風が吹いてフードが取れるたびに目撃者を脅していては、気づいたらこの街の全員が秘密の共有者になっちゃうぞ。

 仮面だと余計に怪しいし、何かいいものはないだろうか。


 今度の部屋は年齢順ではないようで、年配から幼女までバラバラに入れられている。

 何かしらの基準では分けられているとは思うんだが。

 価値とかその辺か?

 なら見ただけではわからないな。

 

 とりあえず鑑定しつつ、見回っていく。

 一応フードはかぶり直しているので、奴隷達に身バレすることはないだろう。

 買ってしまえばそんなわけにもいかないが。

 なるべくルインフェルトに対して恐怖をもってないやつを買いたいが、ルインフェルトの知名度についても知りたい。

 困ったことだ。


 やはり先ほどまでのエリアと違い、スキルの保持している量が多い。

 それに有益なものも結構あるようだ。

 幼女に関しては半々といったところだが。


 中でも『聖属性』という才能を持ったエルフの女性は魅力的だった。

 もちろん彼女のステータスがという意味でだ。

 確かにエルフなのに胸が素晴らしいのは認める。

 けれど今はそういうことではない。


 才能にどんな種類があるのかはわからないが、彼女だけが魔法の欄に上級聖魔法と書かれていた。

 これは俺の持ってない属性だし、少し興味がある。

 聖属性ってことは回復魔法とかつかえそうだしな。

 無理やり治すような手段しか持たない俺としては、回復魔法を使える仲間がいるのは大変ありがたい。


 他に良さそうな才能と言えば、『魔物育成』とかだろうか。

 鑑定してみた結果では、魔物を仲間にして育てることに特化した才能らしい。

 俺が魔物を従えていたら、余計に印象が悪くなりそうだが、惜しくない戦力を増強できるという意味では素晴らしいだろう。

 才能を持っていたのはウサギのような耳をもった兎獣族の少女だったが、幼いことはマイナスポイントではない。

 むしろプラスポインツ。


 現状でほしいのはこの二人のどっちかだな。

 どちらにするべきか。

 スキルや才能の有用さでいえばどちらも同じぐらい有用だと俺は考える。


 ならあとは俺の好みか。

 エルフの女性は金色の髪をそのままに下へと流している。

 高価ということもあってしっかりと手入れされているようだ。

 着せられている扇情的なピンク色の服からはこぼれ落ちんばかりの胸が。

 あれがこぼれてしまってはもったいなすぎる。

 俺が手でささえねば。

 今こそ封印されし右腕を開放するときである。


 兎の少女の方はというと、せわしなく長い耳をピクピクと動かしていた。

 兎なだけあって怯えているのだろうか。

 小動物らしい動きに俺の心がくすぐられる。

 体も小さいので余計にだ。

 守ってあげたくなる女の子ナンバーワン。

 もう封印されし右腕大開放セール。

 眼帯だってとっちゃうぞ。

 何も見えないけどな。


 よし決めた。

 兎っ娘にしよう。

 ロリコンとでもなんでも俺を罵るがいい。

 その通りだから痛くも痒くもないわ。

 あと安心してほしいのは、幼女以外も愛せるので遠慮せずそれ以外の女性も飛び込んできていいんだよ。

 なんと器が広い男なのか。

 自分でも驚くほどだ。

 気持ち悪くて。


 もう一度、兎っ娘をしっかりと見るために俺はそちらへと足を向ける。

 彼女は部屋の隅の方に閉じ込められていた。

 その道すがら他に見ていない奴隷はいないかを確認していったが、特に彼女より優れていると思えるものはいない。

 つきあたりについたとき、次の部屋へ続く扉もなかったので他のエリアも多分もうないだろう。

 もしかしたらVIPルームなんかがあるかもしれないが、そこまで高価な奴隷を買うつもりもない。


 足を止めることなく兎獣族の少女の元へとたどり着いた。

 足音が自分の檻の前でとまったからか、ひときわ大きく少女の耳が揺れる。

 そして耳が垂れたかと思うとその隙間から覗くようにこちらの顔を窺ってきた。

 なんだこの可愛い生き物は。

 耳を引っ張ってみたい。


 俺は即座に奴隷売りにこの娘に決めると伝えようとした。

 伝えようとしたのだが、その隣にいる少女の鑑定をまだしてないことに気づいた。

 兎っ娘に気を取られすぎて見逃していたようだ。

 今更俺の心が揺らぐことはないと思うが、一応鑑定だけはしておく。



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サーリィ=アンシュランベ 淫魔族


才能:{}(隠蔽、魔属性)


スキル:{}


魔法:{中級土魔法}


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 ごめんなさい揺らぎまくりました。


 まさか才能を二つも持ってるやつが見つかるとは。

 今まで鑑定してきたものはどれも一つ、もしくは才能を持ってないものだけだった。

 だから二つ以上もっているのは相当にレアだと思って諦めてたんだが。

 しかもその二つが隠蔽と属性系の才能ときた。

 どうやら中括弧ではなく、括弧の中に記載されてることからまだ開花してないんだろうが、こっちには才能開花のスキルがある。

 全くもって問題ではないのだ。


 それぞれの才能の鑑定結果はこんな感じだった。



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才能:隠蔽


鑑定結果:物事の核心を隠すことに長けている証。使いこなすことで現実を幻に、幻を現実にできる。


才能:魔属性


鑑定結果:魔属性の魔法を扱うことができる才能。

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 思っていた通りの結果、どころか想像以上だ。

 現実を幻に、幻を現実にってもはや隠蔽の枠をこえてるだろ。

 開花させた時に覚えるであろうスキルにも期待が持てる。


 よし、この娘にしよう。

 すまないな兎っ娘。

 謝罪の意味を込めてそちらに視線をやってみたが首を傾げられた。

 テレパシーは使えないようだ。


 さて、じゃあ奴隷売りに購入を……って俺まだサーリィとやらの姿をしっかり見てない気がする。

 俺としたことが、顔や胸やお尻や足を見る前にステータスを見てしまうとは。

 焼きが回ったものだ。


 改めて少女を目に捉える。

 真っ黒な髪に蒼い目。

 揃えられた前髪とロングな髪型は日本人形のようだが、それだけに色づいた目がよく目立つ。

 そして黒い髪の上には目と同じ青色をしたツノが二本乗っていた。


 服は先ほどのエルフに着せられていたピンクのものと一緒。

 ……のはずなのだが、胸元は寂しかった。

 おかしいな、鑑定結果では淫魔族と書いてあったのに。

 あのエルフと胸の交換でもやったのだろうか。

 着脱式とは恐れ入る。


 俺がじっと見ていたからか少女は気まづそうに目を伏せた。

 陶磁のように白い足が服の隙間からちらりと見えてなんというか。

 興奮します。


「ひっ!」


 俺がニヤリと笑ったのに反応したのか、奴隷売りが小さく悲鳴をあげた。

 安心しろお前に襲いかかることは絶対にないから。

 殺しにかかることはあるかもしれないけどね。

 それよりも今の悲鳴を聞いてサーリィが怪訝な顔をしてしまったじゃないか。

 そういう無配慮な行動は慎んでほしい。


「こいつにするから手続きを頼む」


 奴隷のシステムがよくわかってないが、この場でただはいどーぞってこともないだろう。

 魔法の蔓延はびこる世界なんだし何かしら魔法が絡んでくるにちがいない。


「わ、わかりました。では準備のために一度別室に連れていきます」


「近くまで俺も行こう。その方が早いだろ?」


「も、もちろんです!」


 別室にいって何をするのかはわからないが、そのまま逃げられては困る。

 なら俺もついていくしかないだろう。

 奴隷売りはガチャガチャと焦るようにして鍵を探して鉄格子に開いた鍵穴に入れた。

 そして中にいた彼女を外へと出す。


「この度は購入していただき、ありがとうございました。末長くお役に立てるよう全力を尽くします」


 長い髪を下に垂らしてサーリィは俺にお辞儀をした。 

 澄んだ気持ちのいい声だ。

 淫魔と聞くともっと砕けたイメージだったのだが、がっちがちの真面目に見える。

 彼女をぱっと見ても淫魔だとわかる人はいないんじゃないか?

 胸の話ではない。

 決して胸の話ではない。


「で、ではいきましょうか」


 奴隷売りがまず動き出してその後にサーリィ、俺は最後尾につく。

 彼女は俺を先に行かせようとしていたのだが、あくまでついていくだけなのでそこは辞退させてもらった。

 可愛らしいお尻が歩くたびに振られる。

 檻にいる時には気づかなかったが悪魔らしい尻尾も生えていた。

 掴んで引っ張ってみてもいいだろうか。

 すっぽ抜けたらどうしよう。

 きっと月を見ても変身できなくなるに違いない。


「では少しここでお待ち下さい」


 一つの部屋の前で止まると奴隷売りは振り返って俺に言った。

 この部屋で一体何をするんだろうか。

 着替えとかか?

 なら奴隷売りが入るのはおかしい。

 俺も入れてほしい。


「わかった。だが、お前もわかってるよな?」


「は、はひ!」


 もう一度釘を刺しておいた。

 扉の向こうに消えたとしても気配で位置はわかる。

 逃げようとしたらすぐにでも扉を蹴破って突入しよう。


 奴隷売りに続いてサーリィも扉をくぐるとバタンと閉められた。

 ぼっちに逆戻りである。

 だがそれも後少しだけだ。

 サーリィが戻って来ればそこからはキャッキャウフフな展開が待っているに違いない。

 異世界ライフがやっと始まるのだ。

 俺たちの冒険はまだまだこれからだぜ。

 

 胸を躍らせながら俺は彼女の帰りを待った。

 

 そして扉の向こうから二人が出てきたのは約十分後。

 奴隷売りは相変わらずだが、サーリィは服を着替えていた。

 彼女は奴隷売りに後押しされるようにして一歩前へと出ると、口を開く。


「い、偉大なるルインフェルト様に購入していただき、感謝の気持ちしかありません。如何様にでもこの体を役に立ててください。そ、それが私の幸せでもございます」


「…………」


 うん、絶対嘘だよな?

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