第8話 悪役とはじめてのおかいもの

一応袋の中を軽く確認しておく。

 確かあの老人は大金貨一枚と金貨三枚、それに銀貨が八枚と言っていた気がする。

 銀貨のいくつかは使いやすいように細かいので払ってくれと頼んだので、これだけジャラジャラしているのだ。


 おそらく大金貨、金貨だろうと思われるものは言われた枚数入っているのがすぐ確認できた。

 銀貨は四枚だけ入っているので、あの老人が誤魔化してなければ残りのよくわからない銭が銀貨四枚分はあるのだろう。

 種類としては今言った三つ以外に三つあり、それぞれが結構な数入っている。

 まあもし騙されていたとしたら俺の無知を見破ったあの老人の勝ちということにして、数えることはしない。

 気づいた時にはどうするかわからないが。


 これらの価値を調べるために、何か買い物をしてみようと思う。

 その途中で宿を見つけたらそっちも確保しておきたい。

 またあの親切な青年、名前はウィルキンソンだったか?

 ジンジャーエールみたいな名前だな。

 とりあえず彼に会った大通り的なところまで戻ろう。


 どうやらこの街は入り口となる四方の門から中央に向けてそれぞれの大通りがあるらしい。

 先ほど俺が通ってきたのが一天通りだとウィルキンソンは言っていた。

 眺めていた感じでは食べ物なんかが多かった気がする。

 出店みたいなものもあれば、しっかりとした店を構えているものもあった。

 

 その辺で値段を聞きながら買い物していれば次第に価値もわかってくるだろう。

 この世界のしっかりとした食べ物にも興味があるしな。

 ちなみにルインフェルトのアイテムボックスに入っていた食べ物は果物や肉といった素材だけだったので、余りこの世界の特有感を感じられなかった。

 まあ見たことないものばかりだったのは間違いないし、美味しかったけど。


 む、あそこは何の店だ?

 大通りから数本離れた小さな道にやたらと大きい店がある。

 看板が出ていて何か書いてあるな。


『うぬむぺぺみきぐか』


 みたいな感じだ。

 なるほどここは『うぬむぺぺみきぐか』を扱ってるのか。

 なんだそれは。

 やはりこの世界の言葉は喋れても読めない。

 どこかで文字の読み方を習得しないと痛い目をみそうだな。


 お、人が出てきた。

 特段裕福そうでもないな。

 別にそういう上流階級のお店ってわけでもないのか?

 聞いてみるのが早いな。


「なあ、ちょっといいか?」


 俺はちゃんと声をかけられる男だ。

 いきなり馴れ馴れしく話しかけたりなんてしない。

 視線がこちらに向けられたので、店について聞いてみる。


「そこの店から出てきたみたいだが、あそこは何の店なんだ?」


「何ってそれは見ての通り奴隷売りですが……?」


 見ての通り奴隷売りだそうだ。

 見た感じ黒と金色が散りばめられた高級そうな店にしかみえないんだが。

 やっぱり看板がそういう意味だったりしたんだろうか。

 『うぬむぺぺみきぐか』は奴隷売り。

 一つ賢くなったな。

 

 さて、尋ねた男が訝しそうにしてるから適当にごまかしておかないと。


「いや、ここまで大きいのは初めて見てな」


 これでこの店が小さいものだったら目も当てられないが、そんなことはないだろう。

 横幅としてはコンビニエンスストア五つ分ぐらいはある。

 他の店にくらべてみれば破格の大きさだ。


「ああ、そういうことですか。ウェルルックの奴隷売りはかなり大きいですからね」


「みたいだな」


 知らない単語が出てきたぞ。

 話の流れからするにこの街の名前だろうか?

 ウェルルック。

 悪くない名前だ。


 会話の終わりを悟ったのか男は小さく会釈だけして歩き去って行った。

 なるほどここは奴隷売りだったのか。

 だからこんな大きな店なのに大通りに面してないところにあるんだな。

 単純に土地代とかの問題かもしれないが。


 奴隷という制度のない国から来た俺には発想としてでてこなかっただろうから聞いてよかった。

 だがそう言われてみれば、大通りの隅っこを歩いていたのは全て奴隷だったのかもしれない。

 異種族だったからというのもあるだろうが、身分の差からも肩身を狭そうにしてたってことだ。


 まあ今の俺には関係のないことだ。

 買い物リストに奴隷は入っていない。

 さて、大通りに戻ろう。


 …………。

 

 よし、大通りに戻ろう。


 …………。


 おかしいな足がくっついて動かないぞ。

 くそう、俺は大通りに行かなくちゃならないっていうのに。

 とりあえず前にだけ進めるみたいだから進むしかないな。

 その過程で奴隷売りに入っても仕方がない。

 もしかしたら途中で奇跡的にワープして大通りに出る可能性もある。

 俺はそのわずかな可能性にかけよう。


「いらっしゃいませ。奴隷売りへようこそ」


 無念なことにワープはせず、いらっしゃいませされてしまった。

 こうなっては無下にすることもできない。

 せっかくいらっしゃいしてくれたのだから、そこはいらっしゃるしかないだろう。

 何言ってるか俺にもわからない。


 出てきたのは中年ぐらいのおっさんだった。

 はりつけたような笑顔をこれでもかと振舞っている。


 だがよく考えてみると、奴隷を買うのは悪くないんじゃないだろうか?

 俺はこの世界の常識やルインフェルトの評判について知りたいわけで、それを訪ねる相手として奴隷ほど適しているものはない。

 この世界では赤子でも知っているようなことを尋ねても、不思議には思われるだろうが奴隷ならいくらでも口止めできるだろう。

 それに文字の読み書きだって教えてくれるかもしれない。


 なんだ考えれば考えるほどいい判断じゃないか。

 大通りのほうへと行けなかったことは残念だが、奴隷売りに来れたのはよかった。

 不幸中の幸というやつだな。

 べつに無理やり理由を捻り出したとかではない。


 問題は値段だが、さっきの男も何も購入していなかったみたいだし無理なら帰ればいいだけの話だ。

 

「それで、本日はどのような奴隷をお探しですか?」


「女の奴隷だ」


 即答である。

 当たり前だ、誰が男の奴隷など買うものか。

 男に読み書きを教えてもらっても何も楽しくない。


「女性の奴隷ですね。性奴隷をご希望ですか?」


 『性奴隷をご希望ですか?』だと?

 こいつ俺を何だと思ってるんだ。

 そんなに下心満載に見えるっていうのか?

 フードまで被っているのに。

 それは今関係ないな。

 とりあえずこんなもの、答えは決まっている。


 ご希望です。


「いや、それはどちらでも構わない」


 だめだ俺には言えなかった。

 初めてなのだ奴隷を買うのは。

 はじめてのおつかいなのだ。

 それで性奴隷を希望する難しさは尋常ではない。

 四歳ぐらいの子供にアパートを買ってくるよう頼むぐらいの難しさだ。

 

「左様ですか。では他のご希望などございませんか?」


「ある程度動ける年齢で頼む」


 動けるというのは俺は色々と走り回ったりする身だろうから、それについてこれるようにという意味だ。

 決してやらしい意味ではないので誤解しないでほしい。


「なるほど。他には?」


「あとはある程度の知識を持っているものがいいな」


「知識ですか、それはどのような分野をお考えで?」


「いや、一般常識があればいいという意味だ」


「なるほど、了解いたしました」


 魔法の知識があればなおのこと良い気がするけれど、恐らくそういった奴隷は高い。

 懐中時計を一つ売ったぐらいの予算では厳しいだろう。

 とりあえずは俺に常識を優しく教えてくれるならそれでいい。


「この条件ですと、該当する奴隷が結構おりますが……」


「構わない」


「わかりました。それでは条件に合う奴隷の元へ順々にご案内いたします」


 もうご対面の時間のようだ。

 しっかりと目を見開いて選別しようじゃないか。

 鑑定スキルも全開でいくぜ。


 扉を開けた奴隷売りに促されるまま部屋を出て、その後ろをついていく。

 長めの廊下を歩いて行くと、突き当たりにごついドアが現れた。

 明らかに今までのものとは違っており、その中を守る、もしくはその中に閉じ込めるということに適してそうな扉だ。

 扉の前にはいかつい体をした男が立っており、奴隷売りを見つけると頭を下げた。


「開けてくれ」


「はっ」

 

 短く返事をしたかと思うと、いかつい男は鍵を取り出してその重そうな扉を開いた。

 同時に微妙な熱気が溢れ出してくる。

 人が多くいる体育館のような人体の熱によって温められた空気。

 むわりとまとわりつくそれは気持ちの良いものではなかった。


「では行きましょう」


 奴隷売りの言葉を受けて俺も再び足を動かす。

 中に入ると左右に永遠と鉄格子が続いていた。

 その中にはもちろん奴隷と思わしき人達が入れられている。

 他種族がやはり多いな。

 ここがそういうエリアなのかもしれないが。


 奴隷たちは皆一切騒ぐようなことはしない。

 それどころか声の一つも聞こえないぐらいだ。

 自分をアピールするようなことは禁じられているんだろうか。

 もしくは俺に買われたくないからか。


 こうして、人が実際に閉じ込められているのを見るのは少し心にくるものがあるが、思ったより平気だな。

 これもルインフェルト先輩の精神汚染が進んでるからなのだろうか。

 そんなものはないのだと言い切れないところが怖い。


「さて、ここより先のエリアにいる奴隷はどれもお客様のご要望に合うと思われます。私は後ろを付いてまいりますので、ご自由に見回っていただいて構いません」


 先ほどとは異なって普通の扉を抜けた先で奴隷売りはそう言った。

 恐らくこの扉はエリアを分けるためのものであって、逃亡防止とかのものではないのだろう。


 それよりもここからが本番か。

 ご自由にというのだからご自由に行こうじゃないか。

 近くの奴隷から片っ端にみていく。


 どうやら年齢によって別けられているのか、手前側にいる奴隷はどれも歳を重ねている人ばかりだった。

 とはいっても動けることを前提に話してあるので、老婆というほどではないのだが、熟女はタイプでないのでパスだ。

 一応鑑定でめぼしい人がいないかも確認したが、特筆する才能もスキルも見当たらなかった。


 奥に進むにつれて段々と若い娘が増えてくる。

 そしてケモ耳、エルフ、つのっ娘もちらほら。

 なんという目の保養。

 よだれが出ていないか自分の顔が心配だ。


 異世界補正というやつなのか、どの奴隷も中々可愛い。

 ただし、今こっちをガン見しているギガンテスと爆弾岩を配合したみたいなヤツ以外だ。

 他の奴隷は目をそらしているのになぜこいつだけ熱視線を送ってくるのか。

 そんなに見つめても買わないものは買わない。


 しかし皆奴隷なだけあってか、怯えているか目に生気がないものが多い。

 ギガンテスのように自分から買ってくれとアピールするものはほとんどいないな。

 よくわからないやつに買われるぐらいなら、ここにいた方がマシということなのか。

 まあ少なくともこんなフードかぶった怪しいヤツに買われたくはないよな。


 少女達の檻の前を鑑定を使いながらゆっくりと俺は歩いて行く。

 残念ながら欲しいと思えるような才能やスキルをもった娘はいなかった。

 だが、才能とかスキルを関係なしに欲しい。

 ここを吹き飛ばして全員さらったらだめだろうか。

 だめだろう。


 歯の奥をぐっと噛み締めて俺はなんとか少女達の前を通過した。

 

 そしてそこからが天国で地獄。

 

 幼女、幼女がいっぱいる。 

 右を見ても幼女。

 左を見ても幼女。

 後ろを見ても、後ろはおっさんだった。

 何だこのおっさんは。

 奴隷売りですよね、知ってます。


 幼女達はまだ目が死んでない子も多い。

 自分の置かれている状況がわかってないのかもしれない。

 不思議そうに首をかしげてこちらを見ている。

 

 ふへへ、おじちゃん怪しい格好してるけど怪しい人だよ。

 そのまんまだ。

 今度こそよだれが出ているにちがいない。

 俺は口元をぬぐった。

 よだれは幻影だったようだ、よかった。


 だめだ落ち着け。

 俺は今幼女を買うわけにはいかないのだ。

 文字などを教えてもらうのに、幼女では心もとなすぎる。

 ルンフェルトなどの情報とかに関してもそうだ。


 だが、有益な才能をもっている幼女がいたとしたら?

 それなら話は別だ。

 俺は血眼になって幼女達を鑑定していく。


 結果は惨敗だった。

 すべての幼女が才能を持っていない。

 まだこの歳だと才能を得ていないのか?


 しょうがない諦めるしかないのか。

 俺は脱力するように後ろの檻にもたれかかった。

 ガシャンと音がなる。

 奴隷売りが何か言いたそうにしていたので、手で適当に謝っておいた。


 どう転んでも、今幼女を買うという選択肢はない。

 こればっかりはさすがに揺るがせられないのだ。

 未来の俺がお金を稼ぎ、再び戻って来る可能性に賭けるしかない。


 そう考え直して、もたれていた背中を檻から離した。

 ん? 服の一部が檻の錆びた部分にでも引っかかったか?

 何か後ろに引かれる感じがした。

 だが一歩前に出れば取れたので少しかかった程度だったようだ。

 特に糸がほつれることもなく、フードが取れるぐらい。


 ……フードが?


 横でドサッと何かが落ちる音が聞こえた。

 目を向けると落ちたのは奴隷売りの尻だったようだ。

 盛大に尻餅をついた彼はこちらを見ながら狼狽している。


「ひ、ひぃっ……すぐに衛兵を!」


 なんだ敵襲か!?

 後ろを振り向くが誰もいない。

 まったく驚かさないで欲しい、何に怯えてるんだまったく。


 ルインフェルトおれにですよね。


 はぁ。

 なぜ二度も同じ失敗を一日に繰り返すのか。

 自分の愚かさを呪いたくなる。


 俺は頭を抱えながら、這うように逃げる奴隷売りを追いかけた。

 

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