第7話 悪役のいる街
短剣に手をかけて俺はぶつかった少女の方へと振り返る。
少女は俺の正体に気づいたからか、それとも俺の雰囲気が変わったのを感じとったからか、大きく開いた口を手で押さえながら一歩後ずさった。
「え、えっと。まだ何か用ですかぁ、なんて……」
どうやら名前を口に出したことの失敗に気付いてはいるようだ。
それがなければ俺が戻ってくることもなかっただろうからな。
俺はかけられた言葉に返事することなくゆっくりと近づく。
その分だけ少女は逃げていった。
「そんな、今日もいつも通り大丈夫のはずなのに……もしかして今日こそ?」
大きな眼に涙を溜めながらぼそぼそと何かを言っている。
今日もいつも通りとか今日こそとか何が言いたいのかさっぱりわからんな。
まあわかろうともしてないんだが。
さっさと終わらせて街を満喫したい。
短剣を腰から引き抜いた。
ギラリと光る刀身にところどころ赤いノリが付いている。
俺は近づくスピードを速めた。
怖い思いをさせたいわけでもないし、せめてひと思いに。
そう考えたのだが、俺が思考している間に少女も何かを考えていたようだ。
「例え今日が今日こそだったとしても、まだ死ぬわけにはっ」
そう呟いた彼女の目は恐怖に染まっていたが、絶望してはいなかった。
まるで泥のような生への執着を感じさせる瞳。
こんな元の俺と変わらない歳の娘がする目じゃないな。
どうやら少女は戦うつもりのようだ。
武器は何も持っていないが、強靭な体が武器ということだろうか。
ここで俺は今一度考える。
どうするか、をだ。
恐らくこのまま戦ったとしても、三十秒足らずで少女の息の根を止めれるだろう。
本人の足が震えていることからそれは彼女もわかっているはず。
だが逆に言えば、この体の力を持ってしても三十秒かかるのだ。
つまり一撃ではない。
少しは戦闘になるということ。
先程までのぼんやりしてる時や、恐怖だけに支配されていた時なら一秒もかからなかっただろうに。
見た目が可愛いからって躊躇してたんだろうか。
あれ?
というかちょっと待てよ。
なんで日本で安全にぬくぬくと暮らしてきたはずの俺が、いきなり殺すなんて手段をとろうとしてたんだ?
何か脳の奥が痺れていたような。
まさかルインフェルトの体に思考が引っ張られた……?
気付いたら思考回路を乗っ取られているとか。
笑えないっすよルインフェルト先輩。
とりあえず少しでも戦闘になってしまう以上、彼女に手をだすことはできない。
こんなところで暴れたら見つけて下さいといっているようなもんだ。
短剣をしまった。
「……ふ?」
少女が不思議そうに首を傾げた。
最初に会った時とのデジャビュを感じる。
『ふ?』というのは『麩?』ということだろう。
麩というのはお麩のことだ。
お味噌汁やお吸い物にたまに入っている柔らかくてもちもちしてるやつ。
つまり『ふ?』を訳すると『あなたはお麩ですか?』になるな。
俺は味噌汁やお吸い物に入ったことはないので答えはNOだ。
お肌はもちもちかもしれないけど。
とりあえず首を横に振っておく。
余計に不思議そうな顔をされた。
俺も不思議だよ、一緒だね。
さて、彼女が混乱しているうちに立ち去ろう。
今度こそ街でお買い物とかするんだ。
少女に背を向けて俺は歩き出した。
「流石に死ぬかとおもったぁ……」
俺の気が変わったのだと気付いた少女が背後で安堵の声を漏らしている。
ドッキリ大成功というやつだな。
頭の中で軽快な音楽が流れた。
テッテレー。
ああ、一応口止めはしとかないといけないな。
人の口に戸は立てられぬとはいうけれども、やらないよりはやる方がいい。
戸どころか自動ドアを立てるぐらいの気持ちでやっちゃうぞ。
ものすごく口が軽くなりそうだ。
俺は首だけを後ろに向けて少女を視界に捉える。
安堵によってふにゃっとなっていた体が一気に硬くなるのを目撃した。
小動物みたいで可愛い。
「わかってるとは思うが……」
言葉を溜めるふりをして少女を鑑定する。
……なるほどな。
ステータスを見て彼女の言葉を理解した。
だから今日も、今日こそ、か。
彼女には今後関わらないほうが良さそうだ。
さて、名前はっと。
「アミリ=ミリル」
彼女の名前を呼ぶと目を丸くして露骨に驚いていた。
そりゃあ会ったことのない人から自分の名前を呼ばれたら驚くだろう。
いや、もし鑑定が普及してるのならそうでもないのか?
まあ驚いているみたいだしとりあえずいいや。
こっからが口止めの大事なところだ。
頭の中を冷却する。
精一杯の殺意を込めて。
呪いのような言葉を吐こう。
「他言、するなよ?」
「ひぃっ!」
ピリピリチリチリと空気が肌を刺激する。
殺気を出している俺でも感じるのだからそれを受けているアミリには相当の恐怖になったはずだ。
出してみたかったんだよ殺気。
森の中で凄んでみても、鳥がギャアギャア言うだけだし。
よし満足満足。
じゃあ悪者は退散するとしましょうか。
街からはもちろん出ないけどね。
街の中央部だろうと思う方向へと足を向けて歩く。
森を歩き続けて街を見つけたぐらいなんだから、方向感覚は悪くないだろう。
多分。
最初に少女とあったところは随分と廃れていた気がしたけれど、中央へ進むにつれてしっかりとした街並みになってる気がする。
何事も汚いものは隅っこへということだ。
小学生のときに掃除で集めたゴミをよく壁際に隠してた。
建物は日本というよりはヨーロッパよりなきがする。
ほとんどが割と簡単な造りのものばかりで、部屋数なども少なそうだ。
材質は木やレンガかな?
特に色合いが街全体でまとめられているとかいうこともなく、一般的な街という印象を受ける。
人通りも多くなってきた。
ねずみ色のフード付きコートを着ていて、日本だと速攻通報されそうなぐらい怪しい見た目なのだがこの世界ではそうでもないようだ。
とくに粘着する視線を感じたりもしない。
ブサイクには興味がないということか。
誰がブサイクだ、ルインフェルト先輩は怖いけどイケメンなんだぞ。
怖いけど。
まあ顔がほとんど見えていない格好をしていても、この世界ではそこまで変ではないということか。
今の俺にとってはありがたい。
それにしてもほとんど人族しかいないな。
たまに耳が獣だったり、ツノが生えている人もいるがまるで押しやられるように隅っこを歩いている。
これがこの世界の現状なのか、それともこの街限定なのか。
「南の方の街で――」
「なんか最近例の森が爆発したらし――」
「これやばくね? やばいまじやば――」
随分と人の多いところまでやってきた。
近くの森が爆発したらしい。
まじやばいな、やばいやばい。
俺は知らない。
疑うってなら証拠を見せてみろ。
まず俺は質屋、もしくは換金所的なところに行くつもりだ。
この世界のお金を何も持ってないからな。
恐らくアイテムボックスの中にはいっぱい入ってそうなのだが、残念ながら取り出すことはできてない。
服と食べ物を取り出せたのだけでも幸いだったのだ、しょうがないだろう。
それに最初に取り出した懐中時計をしまわずに持ってある。
価値はよくわからんが、多分安くはないだろう。
これを売って当面の資金にしたい。
「というわけで、質屋に連れてってくれ」
「はぁ? いきなりなんだあんた?」
目の前を通った青年にいきなり声をかけたら驚かれた。
コミュニケーション能力の欠如というやつか。
まったく近年の若者といったら困ったものだ。
あいさつや常識的なことまで出来ない奴が多い。
もちろん俺のことである。
「突然すまなかったなジョン。それで質屋はどこにある?」
「俺の名前はジョンじゃねえ! タミソンだ!」
「いきなり自己紹介されても困る」
「お前が変な名前で呼ぶからだろ!?」
よくわからないが名前を教えて貰った。
だが俺が教えて欲しいのは名前じゃなくて質屋の場所なのだ。
これが可愛い子だったらメモ帳に百回書きしたのに。
「それで質屋はどこにある?」
「はぁ……この街に質屋はねえよ」
諦めたように青年は答えてくれた。
だがその内容は芳しくないものだ。
いきなり俺の楽しい街ライフが頓挫したぞ。
どうしてくれるんだ。
「許さんぞ貴様」
「俺のせいじゃないだろ!?」
おっと怒りが口に出てた。
しかし本当に困ったな。
いや、俺の言い方が悪かったのかもしれない。
別にお金を借りたいわけじゃなくて、物を売りたいのだ。
「じゃあどこかに物品を売れるようなところはあるか?」
「物を? 例えばどんな物だ?」
「小物とかだな」
「ならこの道を真っ直ぐ進んでそこから――」
やはり伝え方がよくなかったみたいだ。
まだ俺の予定は崩れていない。
青年はわかりやすく教えてくれる。
なんて人のいいやつなんだ。
こんな顔もよく見えない不審人物にまで親切に対応してくれるとは。
「わかったか?」
「ああ、助かった。礼を言う」
そう言うと青年は手を振って人混みのなかに消えていった。
この世界にきて初めてしっかりと話をした気がする。
ありがとうお前のことは忘れないよ。
たしか、ジョンソンだったっけ。
俺はジョンソンに教えて貰った通りに道を進んで時計を買い取ってくれるという店に着いた。
買取自体は楽なものだった。
まず時計を見せたら店主が目の色を変えてよく見せてくれとしがみついてきたので、気持ち悪いとビンタ。
ちなみに店主は老人だ。
そこからは店主が値段を提示してくるごとに机やら地面やらを強く叩くだけ。
叩くごとに値段が上がっていくシステムだ。
決して脅迫ではない。
そういうシステムなのだきっと。
まああの感じからして最終の値段でも大分店主が儲かったのだろう。
最後は温和に別れた。
俺の手元にはジャラジャラと銭貨がはいった袋。
結構な量が手に入ったな。
次はこれの価値を調べるか。
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