第6話 悪役の侵入
なんやかんやあって俺がこの世界に来てから三日がたった。
なんやかんやというか木しかなかったが。
魔物らしきものが出てくるでもなく、もちろん人に会うようなこともなかった。
こんなにも鬱蒼としてるのになんて平和な森なんだ。
はじまりの森だからか、初めて来た森だからなのか。
それでもゴブリンの一匹や二匹にぐらい会いたかった。
『グギャギャ、ゴギャッ』って話しかけてきて欲しかった。
だが俺もこの三日間で全く成長しなかったわけではない。
初日こそ何か出てこないかビクビクしていたが、あまりにも何も出てこないので二日目からは鼻歌を歌っていたほどだ。
あのルインフェルトの見た目で鼻歌とか恐怖しか感じないな。
そして何よりの進歩は俺が今飢えていないということだ。
ルインフェルトの体が特別だとか、悟りを開いたとかではない。
問題なく食料を確保できているという意味である。
アイテムボックスが使えるようになったのだ。
もう一度言う。
アイテムボックスが使えるようになったのだ。
もちろん本が食べれるようになったとかではなく、アイテムが取り出せるようになった。
あの本がやはりキーだったのである。
俺はあれを最初みたとき辞書みたいだとか思っていたが、それも当たらずとも遠からずだった。
あれの正体は目録。
つまり格納されているアイテムのリストだ。
そしてその中から欲しいものを探し出し、取り出すように念じれば黒い渦から出てくるという仕組みらしい。
ここで一つ忘れてはいけないのは、俺にはリストに書かれている文字の意味がわからないということだ。
最初にこの使い方に気づいたときに取り出せたアイテムも懐中時計のようなものだった。
一応食べれないか齧ってはみたが、時計は食べ物ではないということを再確認するはめになったな。
だがまあ文字がわからなくても取り出す方法がわかればこっちのものだ。
しらみ潰し、ローラー作戦。
とりあえず目に付いたものを取り出してみる。
目録に書き込むことはできなかったので、一度取り出したものにチェックをつけるなどはできなかったがまあそれは仕方がないだろう。
いつか落ち着けたときに中身全ての点検を行いたいな。
そんなわけで移動しながらも色々と取り出してみたところ、やばそうなものとかよくわからないものなどもいっぱいでてきたが、いくつか食料らしき物も取り出すことができた。
それによって飢えることなく今日を迎えられたというわけだ。
まあ三日ぐらいなら餓死するようなこともないのだが。
食料の他に取り出せたものの中で成果と言えるのは、衣服だろう。
幸いにもフード付きのコートを得ることができたので、街中に入っても少しは顔を隠せる。
どの程度ルインフェルトが知られているのかはわからないが、勇者に狙われるぐらいだからそういう対策はできるにこしたことはない。
あともちろん中に着る服もちゃんとあるので露出狂とは呼ばないで欲しい。
あるだけで着てるとは言ってないがな。
これで街にさえつけば、なんとかなる気がしてきた。
いやまあ食べ物があるからつかなくてもなんとかはなってるんだが、でも寂しいじゃないか。
せっかく異世界にきたのにずっと森暮らしなんて俺は嫌だ。
でももう三日も歩き続けて一つも人工物が見えてこないとさすがに不安になる。
普通の人の三日ならまだしもルインフェルトの体で三日だ。
結構な距離を移動したはず。
なのに人っ子一人、ゴブリっ子一人いないとは。
今の所見たのは帽子っ娘ぐらいか。
それも最初だけだが。
このまま進んでも街にはつかないんじゃないか。
そもそもこっちの方角に街なんて存在しないんじゃないか。
実はこの世界にはルインフェルトと勇者達しか存在していなくて、反対側に来た俺はもう一生人には会えないんじゃないか。
あの状況でルインフェルトがそんな嘘をつくとはおもえないが、理性では違うとわかっていても感情が訴えかけてくる。
お前はこのまま一生誰にも会うことができないんだと。
そして一人で朽ちていくんだと。
俺は、この世界で、独りだ。
…………。
「…………」
なんて思ってた時期が俺にもありました。
目の前には大きな壁に囲まれた都市のようなものが見える。
そしてそれに付随する巨大な門の前には門番らしき人影が二人。
そう、ついに到着したのだ。
人類が、主に俺が夢にまでみた理想郷。
そこでは木以外の物体が存在するというユートピア。
人と人とが会話を交わして、働いて寝て食べて生きる楽天地。
ここが俺の人生の終着点!
ではないな、終着してもらっては困る。
どうやら久々の人工物と人に興奮しているようだ。
一度落ち着こう。
クールダウン、クールダウン。
とりあえずまずやることはなんだ。
門番の人にSNSのIDを聞きに行こう。
ちがう、門番に見つかったらだめなんだった。
門番に見つからず門番の連絡先を習得するなんてどうやればいいんだっ!
いや、そもそもスマホ持ってねえや。
少し冷静になった。
ルインフェルトの知名度がわからない今、取り締まる側の組織っぽいのに見つかるわけにはいかない。
ならこの門以外の入り口を探すか。
早く中に入って人と触れ合いたいのは山々だが、街は逃げたりしない。
慎重にいこうじゃないか。
そう決めて俺は都市を外側からぐるりと一周した。
最初に見つけた門と同じような大きなものが四箇所。
それ以外の小さな出入り口が二つほど。
しかしどの場所にも誰かしらの見張りがあった。
ひとりふたりならこの体のスペックをもってすればどうにでもできるが、どうにかしてしまった後が問題だ。
その場ではバレなくとも人がいなくなれば騒ぎにはなる。
ましてやそれが門番ともなれば確実だろう。
せっかく見つけた街を早々に離れるなんて事態にはなりたくない。
ならどうするか、答えはひとつだ。
城壁を飛び越えよう。
幸いにも門以外の場所の警備は厳しくない。
なら門以外から入ればいいのだ。
もちろん城壁も低くはないが、この体なら超えることが出来る気がする。
飛び越えた先が門番たちの詰所でした、なんてことになったら目も当てられないが、その時はその時。
絶対に見つかる門からの侵入に比べたらまだ見つからない可能性のあるこっちの方がだろう。
そういうわけで決めたなら即行動だ。
門以外の場所には定期的に人が回ってくる程度。
次の巡回がいなくなった時点で突入しよう。
近くの茂みからじっと門番の動きを見る。
侵入地点と決めた場所を男が通り過ぎていった。
あと三十メートル、いや五十メートル離れたら素早く駆け出して飛び越えよう。
3、2、1。
よし今だ!
俺は隠れていた茂みから勢い良く飛び出して、城壁を目指した。
ここ数日で力加減には慣れたので、後ろの木々が吹き飛んだりはしない。
近づいてくる壁の巨大さに少しの恐怖を感じながらも、スピードを上げていく。
そしてぶつかる手前で前方への運動エネルギーを上方へと変換すべく、足を突っ張る。
一瞬足を棒のようにすることで上へ高く飛べるのだ。
伊達に元の世界で走り幅跳びをやってはいない。
ぐんっと体が持ち上がってその高さはゆうに城壁を越えた。
はぁ、よかった。
あの勢いで壁に突撃したら壁画になっていたかもしれない。
幸いにも下に人は見えない。
最悪の事態にもならずに済んだようだ。
「ってやべえ」
ちょうど落下地点と思わしき場所に人が飛び出してきた。
さらに何かをしているのかそこから動かない。
おいおい、上から男が降ってくるなんてどんな不運の持ち主だよ。
くそっ、避けられるか……?
無理やりに体を捻るが、一度安心していただけに反応が遅かった。
直撃はさけれそうだが、完全に回避はできない。
しょうがない、大きな声は出したくなかったが警告を。
「おい! そこをどけ!」
声に気付いた人影は上を見上げる。
どうやら女の子だったようだ。
ぶつかったら柔らかい感触に包まれたりするんだろうか。
これがまさかラッキースケベというやつだったりするのだろうか。
避けるのをやめよう!
ってそんなわけあるか。
どう考えてもラッキースプラッタにしかならない。
パンを咥えた少女と主人公が乗ったダンプカーがぶつかる。
そして少女の内臓が飛び散る。
その日、主人公のクラスに朝の少女が転校してきて言うのだ。
『あーっ! 今朝、私の肝臓見た奴だ! 絶対に許さないんだからっ!』
これがラッキースプラッタ。
ホラーかよ。
「うわぁ……今日もいつも通りだなぁ」
眼下の少女は上を見たままぼんやりしている。
何かを言ったようだったがうまく理解できなかった。
俺も人のことは言えないが、なんでそんなにのんびりしてるんだ。
何か避けるか防ぐ術があるのか?
そうなんだな? 信じるぞ?
少女ののんびりさを信じて俺は最低限の回避に留めて、衝撃に備えた。
そして俺と少女は激突した。
衝撃の音は想定していたより小さい。
それもそうだろう、俺はしっかり少女の上に着地したのだから。
なぜか俺が体をひねって避けた方向にふらっとよろけてきたのだ。
そして全面衝突である。
俺は急いで彼女の上から移動して、手を差し伸べる。
「おい、怪我はないか……?」
そんなわけないだろ! と思いつつも願いを込めてそんなことを言った。
多少の砂埃の中から手が伸びてきて俺の手をがっしりとつかんだ。
ひぃっ! ゾンビ!
振りはらいそうになるのをなんとか抑えた。
「はい、今日も大丈夫みたいです」
なんで大丈夫なんだよ。
普通あんな上空から飛んできた人に踏み潰されたら内臓やら脳みそがデロリアンだろ。
だが俺の手をつかんで立ち上がった少女は確かに大丈夫に見えた。
とりあえず肝臓が飛び出てたりはしない。
この世界の少女はダンプカー並みの耐久力をもっているのか。
まあ大丈夫なら特に言うことはない。
すぐにでもこの場を離れよう。
「そうか、悪かったな。もしどこかで会ったら詫びはする」
「は、はぁ……」
少女は首をかしげていた。
可愛い。
薄い紫で短めの髪が風に吹かれてさらりと揺れていた。
本当ならば連絡先やら好きな男性のタイプやらパンツの色を聞きたいところなんだが、今はまずい。
少女のおかげで音を小さくできたとはいえ、誰かが聞いていたかもしれない。
おかげといっても彼女がいなければ無音で着地できたのだが。
「あれ、その顔どこかで……?」
かしげていた首を反対にふって、思案顔になる。
しまった、衝撃でフードが取れていた。
思ったよりルインフェルトの顔は知られているのかもしれない。
まだ思い当たってはないようだから、すぐに立ち去ろう。
「俺はお前に会った覚えはない。人違いだろう」
フードをかぶりなおして俺は走り出そうとした。
その最初の一歩を踏み出そうとした瞬間、後ろから震えた声が聞こえる。
「も、もしかして……ルインフェルト、ラク……アス?」
まずいな。
殺すか?
俺は腰にかけた短剣に手をやった。
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