第10話 悪役の仲間
先程までは奴隷としての不安が見えていても、こんな恐怖でガッチガチに固まってはいなかった。
澄んでいた蒼い目も今では死んでるんですけど。
手とか足とかものすごく小刻みに震えてるんですけど。
マナーモードかな?
俺は奴隷売りを睨みつけた。
「ひぃ! る、ルインフェルト様に失礼がないように少しばかり教育を……」
こちらも震えながらそう答えた。
まあこの奴隷売りに落ち度はないだろう。
自分のところから出した奴隷が問題を起こしてクレームに来られてはたまったものじゃないのだ。
そうならないように措置を行うのは当然の事。
落ち度があるとすれば俺がルインフェルトであるという点だろう。
なんてこったどうしようもない。
「はぁ、まあいい。早く契約を」
もう知ってしまったのであれば騒いでも仕方ない。
頭を殴れば記憶が飛んだりしないだろうか。
謝って頭ごと飛ばしてしまいそうだ。
「は、はい! ……ですがその前に、あの」
なんだかもじもじしている
サーリィがではなく奴隷売りのおっさんがだ。
喧嘩を売ってるんだろうか。
そっちがその気ならいつでも買ってやるぞ。
「なんだ? 言いたいことがあるならはっきり言え」
「その、代金をいただければなぁ……と」
「あ?」
「いえ! 申し訳ありません! なんでもありません!」
いや、ただ忘れていただけなんだが。
なんでもないことはないだろう。
そういえば代金どころかまだ値段も聞いてなかった。
ここまできてお金が足りなかったらどうしよう。
恥ずかしすぎる。
俺はアイテムボックスを呼び出す。
「「ひっ!」」
凶器を出すわけじゃないので二人ともそんなにのけぞって逃げないでほしい。
ここでお花でも出せば少しは場が和むだろうか。
リストの中に確か花みたいなのがあったはず。
これだったっけ?
よいしょ。
あ、違ったこれはよくわからない生物の生首だ。
「「ひぃぃいいいい!」」
二人との距離がより一層あいてしまった。
余計なことはするもんじゃないな。
おとなしく貨幣の入った袋を取り出す。
結局幾らなんだろうか。
聞いてみてもいいが、聞いたところでわかるとも限らない。
この世界では金貨、銀貨と数える場合とこの世界特有の単位で数える場合があるみたいなのだ。
確か一天通りで叫んでるのを聞いた限りでは『タリル』だったか?
1万タリルだよ、とか言われても俺にはいくら払えばいいのか全くわからない。
ここは適当に出してごまかすか。
俺の持ってる中でもっとも高価なのは大金貨だし、これを出して様子をみてみよう。
袋の中から拳大の貨幣を取り出して奴隷売りの前に持って行く。
恐る恐る手を出してきたのでその上にそっと落としてやった。
「これで足りるか?」
「えっ!? あっ、こ、これは……?」
奴隷売りの目は俺の顔と手に持った大金貨を忙しなく往復している。
なんだ足りなかったのか?
もしかしたら『これで足りるよなぁ? あぁ?』みたいな脅迫に見えたのかもしれない。
顔が怖いというのも困ったものである。
いや、問題はそこじゃないか。
とりあえずなるべく大事にはしたくない。
有り金は少ないが、もう少しプラスしておくか。
「なんだ、足りなかったのか」
「い、いえいえいえいえ! 十分です! これで大丈夫でございます!」
なけなしの金貨を取り出して奴隷売りに渡そうとしたら拒否されてしまった。
遠慮しなくていいのに。
殺すのも通報されるのも面倒だからなるべくわだかまりを残したくないのだが。
ルインフェルト先輩の体に入ってからコミュニケーションの難易度が百倍ぐらいになった気がする。
サーリィも奴隷売りの手元の大金貨を見て追加の涙を浮かべていた。
この程度の値段で自分が売り買いされるのかと嘆いているのだろう。
ごめんね甲斐性なしで。
でも精一杯のお金を出したつもりだ。
これで許してください。
服を着替えてきた彼女は先ほどまでと違いサイズがピッタリと合ってるようだ。
胸だけの話ではない。
シックな色のワンピースに黒い靴下。
ワンピースといってもフリフリしたようなものではなく、腰元まではタイトに締められている。
銀色のボタンが六つほど付いており、黒の中で輝きを放っていた。
短めのスカートの後ろには穴が空いているのか尻尾によって持ち上げられているようなこともない。
この格好なら全身灰色の変態フード男の横に並んでも違和感ないだろう。
多分。
「では、け、契約を行わせていただきますのでこちらへ」
この場所は着替えなどを行うだけの場所だったのか、また移動するようだ。
というかやっぱり着替えてるじゃないか。
奴隷売り貴様見たのか。
見たんだな。
許さん殺してやる。
「ここに一滴だけ血をお願いします」
最初に通された部屋へと戻ってきた俺の元によくわからない文字が書かれた紙を持ってきた。
これが奴隷契約の用紙なのか。
全く読めはしないが、ソファに座って目を通すふりをしておく。
俺がまさか文字を読めないとは思ってないだろうから、余計なことを書いていたりはしないはず。
読み終わったことにして親指をすこし噛み切り、血を垂らす。
すると用紙に書かれた文字がすべて赤く光り、浮かび上がった。
そしてサーリィの方へと飛んでいき、彼女の体の周りを縛るようにグルグルと飛ぶ。
最後には肌へと吸い込まれて一度強く光を放った後なにごともなかったかのように消えた。
「こ、これで契約は完了でございます。奴隷への契約は自害、逃亡の禁止、主人死亡時の殉死、そして主人への危害禁止の通常三記のみとなっております」
後少しで解放されるからか、奴隷売りの言葉が少し流暢になった。
命令に対する絶対服従とかはないんだな。
いや、別にそんな鬼畜なの欲しいとか思ってないからね?
でもこんな穴だらけな契約で大丈夫なのかは少し心配になるな。
「そうか、じゃあ俺はもう行くとしよう」
いつの間に指示をだしたのか、メイドさんがお茶を持ってきたがそれに手をつけることはしない。
ソファから立ち上がって後ろの出口へと向かう。
その瞬間奴隷売りが嬉しそうな顔をしたのを俺はしっかりと見たぞ。
お客様になんという態度だ。
これが日本だったらどうなっているか。
人身売買で逮捕だぞ。
態度とか関係なかった。
というか俺も捕まるな。
「おい、何をしている」
サーリィちゃんがいつまでたっても動かないので扉の前で立ち尽くす変な人になっちゃったじゃないか。
俺の言葉にびくんとした少女は足早にこちらへと歩いてきた。
今までで一番距離が近い。
手を伸ばしてさらにジャンプして飛びつけば届きそうな距離だ。
キャッキャウフフも近いな。
彼女を見るついでに後ろを振り返ったら奴隷売りが慌てて深々とお辞儀をした。
今どんな顔をしているのか下から覗き込んでもいいだろうか。
きっと怒りに震えてるか、ほくそ笑んでるに違いない。
俺は扉にかけていた手を離して彼の元へとゆっくり歩いて行った。
「そうだ、この辺に安く泊まれる宿はないか?」
「や、宿でございますか? それなら二天通りの方へ行っていただければ見つかるかと」
「二天通りだな? 助かった。色々と世話になったな」
笑顔を見せて俺は奴隷売りの肩に手を置く。
「い、いえいえ! こちらこそ……」
手を顔の前でふって引きつった笑みを見せる奴隷売りの耳元へと俺は顔を寄せる。
そして囁くように言葉を紡いだ。
「……明日も何事もなく店が開けるといいな?」
「ッ!! ひょっ、精進しますすす!」
弱めの殺気を込めてやると面白いぐらいに汗を吹き出した。
後ろにはいかないようにしてあるので、サーリィは気づいてないはず。
メイドさんの足が生まれたての子鹿みたいになってるがどうかしたんだろうか。
「がんばれよっと」
最後に肩を軽く叩いて俺は再びドアの方へと振り返った。
後ろでなにかが倒れる音がしたが気のせいだろう。
サーリィがバイブレーションしているのは何か嬉しいことでもあったのか。
「さて、行くぞ」
今度こそ扉を開いて少し狭い道へと戻った。
入ってきたときは一人だったのに、今は二人でだ。
なんと喜ばしいことか。
自然と口角が上がってしまう。
さて、二天通りはどっちだろうか。
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