第3話 悪役の目覚め

 目が覚めた時、俺は一人になっていた。

 まあもともと二人いたと言っていいのか怪しい状況だったけどな、俺は魂だけだったし。

 

 寝転がったまま辺りを見回しても、もちろん人影なんかは見えない。

 森のなかにぽつんとできた広場にさらにぽつんと俺だけがいる。

 なんだか無人島に取り残された気分だ。

 お助けのヘリはまだだろうか。


「いつっ!」


 体を起こしてみたら鈍い痛みが全身に走った。

 もしかして治療が不完全だったんじゃ? と不安になったが、胸の傷もその他もしっかりと塞がれている。

 なんだよ驚かせやがって、お前はいつもそうだルインフェルト。

 サプライザールインフェルト。

 

 となるとこの痛みは無理に治療した副作用的なものか。

 肩や二の腕などの特に痛みがあったところを揉みほぐしてみる。

 程よく痛くて気持ちいいな。

 なんだか筋肉痛に似てる気がする。

 というかこれ筋肉痛だ。


「さて……これからどうするか」


 地面にあぐらをかいて、体中をもみもみしながら今後の行動について考える。

 声に出してみたのはなんとなくだ……とみせかけて寂しかったからだ。

 返ってきたのは鳥のさえずりだけだった。

 やったぜ、俺はこれでもう一人じゃない。

 もみもみ。


 体をもう一度見下ろしてみる。

 すばらしい筋肉と数え切れないほどの傷が見えた。

 明らかに元の俺の体ではないな。

 残念ながら鏡や水がないので顔を確認することはできないが、きっと悪人顔になっているに違いない。


 そっと手を顔にまでもってきて、そのまま右目へと誘導する。

 けれどそこにあるはずの眼球はなく、触れたのは布地の眼帯であった。


 さっきから視界に違和感があったのはこれのせいか。

 試しに立ちあがって歩いてみる。

 距離感がつかみにくいな。

 危うく木に三回目のヘッドバッドをかますところだった。

 二回目まではノーカンだ。

 三度目の正直って言うしな。

 少し意味が違う気がする。


 しばらく慣れるために広場を歩き回ってみる。

 そのおかげでわかったのだが、ここももともとは森だったようだ。

 ルインフェルトと勇者の戦闘で木々が吹き飛んで更地になったのだと思う。

 倒れた木々がまだ緑色だったから少なくとも最近できた広場であることは間違いないだろう。

 ただの砂地を広場とは言えないかもしれないが。

 広い場所、広場。

 めんどうだからそれでいいじゃないか。


 そろそろ本当にこれからのことを考えよう。


 まずルインフェルトとの契約については、とりあえず後回しだな。

 いまはそれどころじゃないし、しょうがないしょうがない。

 だから枕元に立って急かしてきたりしないでくださいね。

 お塩まいちゃうよ。

 塩もってないけど。


 今重要なのは限られたアイテムで生き延びることだ。

 持っているものを確認してみる。


 まずは血にまみれた短剣が二つ。

 飛ばされていたものも拾ってきた。


 次に眼帯。

 右目に装備しているだけでなんだか力が湧いてくる気がする。

 試しに左目につけてみたら、本当に何も見えなかったのでやめた。


 そしてボロボロになった服。

 上半身の部分はすでに消滅していて、ズボンだけになっている。

 ああいう戦闘で下半身の服を狙わないのは礼儀とかそういうのなんだろうか。

 まあでももしルインフェルトが下半身裸で『俺と契約しろ!』なんて言ってきてたらきっと断った。

 きっと通報した。


 これで持っているものは全てだが、最後に忘れてはいけないものがある。


 それは何事にも動じない、俺の鋼のような心、さ。

 体が入れ替わろうとも、右目がなくなろうとも、浮遊しようとも取り乱すことがない心。

 それこそがサバイバルでもっとも重要といえるのではないだろうか。

 なら俺は最もサバイバル向きな人間と言える。

 

 ガツッ!

 

 痛い。

 何かにぶつかったようだ、頭に大きな衝撃が走る。

 俺はぶつかった相手に掴みかかった。


 てめぇ、どこ見て歩いてんじゃ!!

 俺が誰だかわかってんのか、あぁあああん??

 天下の大悪党ゲインフェルトだぞ??

 ケツ掘られる覚悟はできてんだろうなぁ!!

 なんか答えろやぼけぇ!!


『アニキー、やっちまってくだせえ(幻聴)』

『アニキー!(幻聴)』


 おうおうやったろうやないか!!

 オトシマエつけんかい!!


 俺はぶつかってきた木を思いっきり殴り飛ばした。

 轟音とともに吹き飛び、その後ろにあった木々をも巻き込んでいく。

 音が止んだ時には、目の前に新たな更地が登場していた。


「は、はは……」


 乾いた笑いが口からこぼれる。

 こ、これが鋼のような心の力さ。


「…………ふぅ」


 見なかったことにしよう、それがいい。

 勇者が帰って行った方向じゃなくて本当によかった。

 もし生きていると知れたらきっと再び殺しにくるに違いない。

 というか今の轟音も中々にやばいな、聞こえてたら戻ってくるだろう。

 せっかく道ができたことだし、そっちに移動しながら色々と考えるとしよう。


 そう決めて俺は森が開いてできた道へと足を向けた。


 この体のスペックがわかったことは嬉しいが、持っているアイテムでは現状を乗り切れそうにないな。

 とくに食べ物と飲み物がないのが苦しい。

 食べ物はやっぱり動物を狩ったりして得るしかないか。

 さっきの衝撃で倒れた猪とかいないかな。

 ……なんか緑色したよくわからない生物はいっぱい倒れてる。

 流石に食べる気にはなれない。


 なんか食べ物が出てくる魔法とか使えないものか。

 ああ、魔法は使えるのか。

 食べ物は無理でも水なら出せるかもしれない。

 よし、使ってみよう。


 ……どうやって使うんだ?


 とりあえず念じてみるか。

 出でよ! 灼熱の円柱よ!

 

「…………」


 何も起きないな。

 というか灼熱の円柱を出してどうする。

 これ以上森を破壊するのは許されないぞ。

 仏の顔も三度までだ。

 なんだあと一回はセーフじゃないか。


 もう一回だ。

 今度は間違えない。

 重要なのは明確なイメージとそれを現実に変える魔力。

 知らないけどきっとそんな感じな気がする。


 イメージ。

 イメッジ。

 イメイジ。


 目を閉じて全身全霊の力を集中させる。

 大地の流れを感じて、自分がその一帯であることを感じるのだ。

 そうすることによってより大きな力を引き出すことができ、強大な魔力となる!


 今だ、刮目!

 いでよ! 幼女! もしくは食べ物か水!


「…………」

 

 なんだよ何も起きないじゃねえか!

 期待して損した。

 ちょっとドキドキしてたのに。

 これでもダメならもうわからないな。

 

 くそう、ルインフェルト先生にもっと色々聞いとくんだった。

 彼ならきっと幼女を召喚する魔法も知ってたはずなのに。

 なにそれ羨ましい。

 弟子入りしたい。


 あ、そういえば帽子っ娘が魔法を使ってたのを見たな。

 あれを真似ればいけるかもしれない。

 たしかファイヤバレット、だったか。

 なんでファイヤなんだよ、森に引火したらどうするつもりなんだ。

 そういうところをもっと気遣って魔法を使って欲しい。


 とりあえずわかっているのがそれしかないから仕方ない。

 安全に配慮して上空に打つとしよう。

 俺は自然を守る男。

 称して自然マン。

 死ぬほどダサいな。


 火が飛んでいく光景を頭の中で思い浮かべる。

 そして手を上空へと向けて。


「ファイヤバレット」


 わずかな暖かさとともに、手のひらから火の弾丸が飛び出した。

 おお! 成功した!

 なるほど魔法には名前が決まっているのか。

 もしくは使用する方法の一つが名前を叫ぶというものなのかもしれない。

 

 どちらにせよ魔法が使えた。

 なんだよめっちゃ嬉しいじゃないか。

 もう一発行っとこう。


 一度使ってみたことで、なんとなく魔力的なものがあるのはわかった。

 言葉を紡いだ瞬間に体から抜け出たなにかが、魔法の動力になってるんだろう。

 今度はその量を少し調整して使ってみよう。


「ファイヤバレット」


 先ほどは小さな玉だったが、今度は大砲ほどの大きさの火が出た。

 そのまま上空へと飛んでいき見えなくなる。

 落ちてきてどっかで火災になったりしないよな……。

 まあ途中で薄れると信じよう。

 信じるものは救われる。


 その後も何発か大きさを変えて打ってみた。

 流石に大砲以上の大きさのものを作るのは怖かったのでやめたが、感覚的にはまだまだいけそうだ。

 結構な数を打ったのに体が疲れる様子もない、魔力的な意味で。

 さすがルインフェルトの体といったところか。


 そんな感じで色々試している内に思ったことがある。

 火がファイヤなら水はウォーターかアクアあたりなんじゃないかって。

 なんで元の世界であった言語と一致してるのかはわからないが、ルインフェルトの喋ってた言葉もわかったしなにか召喚されたときの補正とかがあるのかもしれない。

 まあやってみよう。


「ウォーターバレット」


 ……何もでないな。

 魔力が抜け出た感じもしない。

 なら次だ。


「アクアバレット」


 お、成功だ。

 手のひらから水の玉が飛び出していった。

 これなら威力や大きさを調整することで飲み水には困らなくなるかもしれない。

 サバイバルでは水があるだけで生存できる期間がぐっと伸びる。

 安心とまではいかないが、少しだけほっとした。


 だがここからが本番だ。

 火と水は出せたんだ。

 なら幼女だって出せたっておかしくないじゃないか。

 幼女バレットがあってもおかしくないじゃないか。


 子供の体の役七割は水分でできているらしい。

 そして水なら出せる。

 そして幼女の残り三割はきっと優しさだろう。

 なら魔力と優しさをこめれば完璧じゃないか。

 天才か俺は。


 問題は魔力の調整だな。

 飛び出すスピードを調整するのはもちろん、込める量に関しても細心の注意を払わなければならない。

 火や水の場合は込める魔力をあげれば大きなものが出てきた。

 幼女の場合は込める量によっては大人になっていってしまうのかもしれない。

 つまり魔力を込めすぎたら手のひらからおばあちゃんが出てくる可能性もある。

 手のひらから高速で飛び出す老婆。

 どんなホラーだよ。


 俺はウォーターバレットで何度も込める魔力とスピードの調整を行った。

 スピードは0にはできなかったが、少し浮かび上がって落ちてくる程度にはできた。

 これで空から幼女がふってくるというわけだ。

 親方に知らせなければならないな。

 

 よしあとは実践だ。

 手のひらに汗がにじむ。


 行くぞ!


「幼女バレット!」


 ……ま、まだだ。

 英語にしなければならないのかもしれない。


 行くぞ!


「リトルガールバレット!!」


 …………。


 出ないじゃないかばかやろう。

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