第2話 新しい悪役

 こっちにこいと言われましても、動けないんです。

 声すらでないからそれを伝えることもできないし。

 無視してると思われてないかな。

 やばい心なしかルインフェルトの顔つきが険しくなっていってる気がする。

 違うんです、誤解です、冤罪です。


「動けねえのか……」


 おおわかってもらえたか、さすが心の友。

 一緒に憎っくきユイジを倒してかの山々を手に入れようぞ。


 そんな風に俺がルインフェルトとの絆を確かめていると、彼はゆっくりと手を動かしこちらに向けてきた。

 

 おい、まさかルインフェルトお前。

 その手から何か出すつもりじゃないだろうな、さっきの帽子っ娘みたいに。

 『動けねえのか』ってのは『動けないなら避けることもできないだろう、へっへっへ』ってことなのか。


 ふざけるんじゃないぞ、俺はお前のことを信じてたのに。

 何を出すつもりだ。

 やっぱり火や水か。

 それならまだ水のほうがいいな、あんまり痛そうじゃないし。

 でもウォーターカッターとかってのもあったよな、水で石とかを切るやつ。

 前言撤回、水もやめて下さい。

 

 お前だって男が水浸しになって服が透けてるところなんて見たくはないだろ?

 見たくはないよね?

 ゲインフェルトじゃないよね?

 なんだかお尻がむず痒くなってきた気がする。


 そんな俺の思いを知るはずもなく、ここからでは聞こえないような小声でルインフェルトは何かを発した。

 しかし、彼の手から何かが出てくることはない。


 不発か?と思った時、自分の体が下に向かう力を受けていることに気づいた。

 

 うおお、急に重力が発生したのか?

 打ち落とされた鳥のごとき勢いで落下していく。

 まさか目に見えない系の魔法とかそういうやつ?


 ぐんぐんと近づいてくる地面に俺は焦りを覚える。

 大丈夫だこれは夢、死んだところでベッドの上でビクンってなるだけのはず。

 もしかしたらベッドからぐらいは落ちてるかもしれないな。

 変なところを打ってないといいが。


 そう考えてなんとか冷静を保とうとするが、体から湧き上がる焦りを完全に断ち切ることなどできない。

 ついに地面に激突か、というところで俺はぐっと目を閉じる。

 来るであろう衝撃に備えて、俺は体中に力が入るのを感じた。


 …………。


 あれ、何も感じないな。

 さっきまであった移動しているときの風を切る感触もない。

 もしかしてもう落下して昇天したのか?

 痛みを感じる暇もなかったってやつなのかもしれない。


 いや、目が覚めただけって可能性もあるな。

 きっとそうだ、そうに違いない。

 心なしか体の前面が暖かい気もするし、朝日が差し込んでいるんだろう。

 ちょっとだけ、そーっと目を開けてみよう。

 

 ……白髪の悪人顔が見えた気がする。

 俺は急いで目を閉じた。


 薄っすらとしか開けてないからきっとバレてはいないはず。

 すごくばっちり目があった気がしたけれど、あれは気のせいだろう。

 

 おかしいな、なんで俺の部屋にゲインフェルト先輩がいるんだ。

 俺はいま自分の家のベッドで寝ているイケメン学生のはずなのに。

 見間違えだろうか、白いカツラを被った妹だったのかも。

 妹よ、いつのまにあんな悪人顔になったのだ。

 お兄ちゃん薬の売人かと思っちゃったよ。


 まあ妹だというのなら話は早い。

 というか話すことはない。

 早く起きて学校に行かなくては。

 ……あれ、既に今日は登校していたような。

 なんだか記憶が曖昧だな。


 とりあえずは夢から覚めようじゃないか。

 俺は今度こそしっかりと目を開ける。


 再び光を得た視界に飛び込んできたのは、いつもと変わらない我が妹の姿。

 ではなくやはり白髪の悪人顔だった。


 ほ、ほほう、妹よなかなか精巧なカツラじゃないか。

 だがところどころにトマトソースが付いているぞ。

 あと顔が少し、いや結構、というか全然違うな。

 目を細めてみればどうにか妹に見えないことも……ごめんなさい無理です。


「おい、俺の言っている言葉がわかるか?」


 はいわかります、わかっております。

 お金ですよね? お薬ですよね? お体ですよね?

 初めてなので優しくしてください。


「あぁ? 金も薬も体もいらねえよ。言葉がちゃんと通じてないのか?」


 なんだいらないのかよかった。

 でもいらないと言われるとちょっと寂しいのが人間の本音。

 

 …………あれ、もしかしてこの声聞こえてる?


「聞こえている」


 ルインフェルトは微かにではあるが頷いた。

 ちなみに現在の状況はルインフェルトが地面に寝転がっており、その一メートル上に俺が浮いている。

 そしてルインフェルトは絶賛瀕死状態だ。


 ほ、ほう……心の声が聞こえるとは中々やるな。

 まあ俺は仏のような心を持つ人物として有名だから、特に聞かれてやましいことなどない。

 うん、全く問題ない。

 平常心、平常心。

 幼女、幼女。


「…………」


 おかしいなルインフェルト先輩の目が心なしか冷たくなった気がする。

 幼女がこぼれでたのがよくなかったのだろうか。

 でも安心してください、俺は幼女もそれ以外も大好きですから。

 熟女はちょっと範囲外だが。


「チッ、こんなやつが俺の……」


 舌打ちされてしまった。

 ルインフェルト先輩は熟女派だったのだろうか。

 別に他人の思想にどうこうは言わないので安心してほしい。


「もう女の話はいい! げほっげほっ!」


 大きな声を出した後、ルインフェルトは咳き込んで血を吐き出した。

 そんな体で無茶をするから。


「てめぇのせいだろうが! もういい、時間がねえんだ本題にはいるぞ」


 俺のせいになってしまった、腑に落ちないがまあいいだろう。

 本題があったんですね、聞きましょう。


「いいか、このままだと俺もお前も死ぬ」


 ちょっと待ってくれ、ルインフェルト先輩はともかくなんで俺まで死ぬんだ。

 『俺が死ぬんだから貴様も道連れだ! 熟女万歳!』ってことか!?

 それはよくない、まだ生きてやりたいことがいっぱいあるんだ。

 いっぱいはないな、四個ぐらい。

 少ない、悲しい。

 とりあえず道連れは勘弁してください。

 あれ?そういえばこれ夢じゃなかったっけ?夢の中の道ずれなら別に構わないのか。


「夢なわけないだろうが、ここは現実だ。死ねば死ぬ。当たり前だろう」


 なんてこった夢じゃなかった。

 まあそれは薄々気づいてたけどな。

 流石に色々とリアルすぎた。

 現実感はないけど現実っぽい。

 日本語って難しいね。


「それとお前が死ぬのは俺のせいじゃねえ。お前の現状が問題だ」


 俺の現状……浮遊状態?


「まあそれもその一部と言えるが、お前はいま魂だけの状況になっている」


 魂だけ、それって幽霊とかそういうものってことだろうか?

 元々の俺は死んだのか?


「げほっ……いや、死んだわけじゃない。お前はこの世界に呼び出されたんだよ。勇者召喚で」


 勇者? さっきルインフェルト先輩が戦ってたあの勇者?


「……チッ、あいつもその一人だが、この世界には勇者が多数存在している」


 嫌なことを思い出したとルインフェルトは唾を吐いた。

 唾というには赤すぎるような気もするが。

 

 つまり俺もその勇者の一人というわけか。

 そして死にかけていると。

 ふざけるなよどうなってるんだ。

 『勇者よ、死んでしまうとはなさけない』どころじゃない。

 『勇者よ、既に死んでいるとはなさけない』だよ。

 それは流石に情けないわ。

 王様もびっくりだわ。


 あれ、でもさっきの勇者は普通に生きてたよな。

 どうやってこの状態から生き延びたんだ。

 教えてルインフェルト先生。


「変な呼び方をするんじゃねえ気持ち悪い。普通は魂だけで呼び出されることはない。だがこの世界の勇者召喚は広まりすぎた。その結果乱雑な方法で召喚を行う国がでてきた。そのせいでお前のような魂だけが先に飛び出して体がとりのこされるなんてことが起きたんだろう」


 気持ち悪いと言いながらしっかり説明してくれるルインフェルト先生。

 死に際とは思えないな。

 心なしか胸の傷もふさがってきているように見える。


 その説明によると俺は召喚の失敗作ってわけだ。

 それで魂だけだとどう不具合がおきるんですか?


「徐々に空気に溶けていって、数日で完全に消滅する」


 不具合ってレベルじゃなかった。

 そうだよな、死ぬって言ってたし。

 聞いてる限り回避する方法もなさそう。


 ……あれ、詰んでない?


「そうだな、詰んでる。そして俺も体が傷を癒そうとしてるが、このままだと数分もしないうちに限界が来て死ぬだろう」


 やっぱり回復はしてるみたいだけれど、それでもダメなのか。

 まあぶっすりやられてたしな。

 あ、やべえルインフェルト先輩の目が鋭くなった。

 勇者の話題はタブーだな。

 大丈夫ですよ先輩、俺もあいつ嫌いっすから。


「お前……死ぬって割に呑気なやつだな」


 だって空気に溶けていくとか言われても実感がないし。

 声がでないからわめくこともできない。

 あとさっき一回取り乱しといたもので。


「まあこっちとしてもやかましいより冷静の方がやりやすい。」

 

 で、本題ってのはそれで終わりじゃないですよね?


「当たり前だ。俺とお前がどっちも生き残ることは無理だ」


 そうなのか、俺にはよくわからんけど。


「だが俺が生きてるように見せかけて、お前を生かすことはできる」


 ほ、ほほう?

 もっとよくわかりませんルインフェルト先生。


「つまり、俺と契約をしろってことだ」


 そして魔法少女になれと?


「……お前女好きなだけじゃなくて、女そのものにもなりたいのか?」


 ルインフェルトが引き気味に尋ねてきた。

 違うんです誤解です条件反射なんです。

 無視して話を続けてください。


「お前は今、体がなくて魂だけの状態だ。その状態で生き延びることはできない。反対に体さえあれば普通に生き延びることができる」


 なるほどな。

 水が机の上に溢れていたとしたなら、いつか気化してしまう。

 けれど容器にいれて蓋をすれば大丈夫だと、そういうことだろうか。


「概ねそんな感じだ」


 それでその体っていうのはどこにあるんだろう。


「ここに一つあるだろう」


 そういってルインフェルトは自分の体をトントンと指差した。

 俺はそれに誘導されるように彼の体をじっくりと見る。

 あれ、そういえば引き寄せられてから体が少しだけ動くようになってるな。

 本当に少し、視線を動かせるとか目を閉じれるぐらいのものだが。


 ルインフェルトをしっかり観察した結果わかったことがある。

 瀕死だ。

 見る前からわかってたけどね。

 これだと俺が入ってもまたすぐに死ぬんじゃないか?


「そうならないように、俺が全力で自分の体を癒す。だが文字通りの全力だ。体は治るだろうが、魂がすりきれる。つまり体だけが残り中身が空っぽになる」


 俺の真逆ってことか。


「そうだ、だからそこにお前が入り込めば俺の格好をしたお前が生き延びる。お前の自我は普通に残るんだ、悪くはねえだろ? げほっがほっ! チッ……」


 咳き込んだと思ったらルインフェルトは大量の血を吐き出した。

 それを見て忌々しそうに舌打ちをかます。

 体の限界が近そうだ。


 彼が提案したことは言う通り悪くない。

 それどころか俺からしてみれば最善だろう。

 だがルインフェルトは契約といっていた。

 つまりまだ何かあるのだろう。

 そこまで考えると彼はニヤリとわらって口元の血を拭った。


「よくわかってるじゃねえか。俺がお前に体を渡す条件が二つある」


 二つか。

 少ないと言えば少ないが多いと言えば多い。

 自分の体を差し出す条件なんだ、軽いものではないと考えたほうがいいだろう。


「一つ目は、悪名をあげることだ」


 悪名を上げる、つまり悪役として活躍しろってことか?

 なんだか思いもしなかった条件だな。


「何をやったっていい、とりあえず俺の姿で悪名を上げろ。誰もが名前を聞くだけで震え上がるぐらいに」


 何をやったっていい、か。

 耳触りのいい言葉だが、ルインフェルトの悪人顔で言われると寒気がするな。

 本当に何をしてもいいと思っているからだろう。


「だがまあ、効率的に名前を売るなら悪を潰すのが一番だろうな」


 悪名をあげるのに悪を潰すのか?

 なんだか矛盾してるように思える。

 

 ルインフェルトがその疑問に答えてくれることはなく、ただ悪党らしく笑うだけだった。

 そして血を口から吹き出す。

 宴会芸だろうか、怖いからやめていただきたい。


「くそっ、思ったより限界が近いな。二つ目の条件を言うぞ」


 一つ目が予想外だったからな、二つ目も油断できない。

 家業のパン屋を継いでほしいとかだろうか。

 予想外にもほどがあるな。

 悪名高きパン屋さんとか。

 くそう、悔しいけどちょっと行ってみたいじゃないか。

 商店街にあったら一回は入ってしまうだろう。


「二つ目は――」


 どうやらツッコミをいれる余裕もなくなったらしい。

 ルインフェルトは俺の心の声を全て無視して言葉を続けた。


「死ぬことだ」


 ……は?


 思わず素で聞き返してしまう。

 それに返してくれたのかはわからないが、ルインフェルトは少し情報を付け足してくれた。


「悪名をあげきって、世界で知らぬものがいなくなったときに、死ぬことだ。ただ死ぬんじゃねえ。ギリギリの戦闘の中で、チリチリと空気が震えるような中で、死ぬことだ」


 そう言ったルインフェルトの片目はギラギラと輝いていた。

 もう一つの目は眼帯の下にあるためにわからない。

 しかし彼は確かに死ぬことが目的であると、それが自分のやり残したことなのだと語った。

 

 狂ったような目を俺は見ることができずに、さっと視線をそらした。

 それを捕まえるかのように、ルインフェルトは口を開く。


「さあどうする。俺と契約するか、しないか! げほっげほっ!」


 ちょっと待ってくれ考えさせてくれ。

 だって死ねって、それじゃあ結局意味がないじゃないか。


「両方ともを達成できたら俺から報酬もだしてやるよ」


 死んでから出される報酬ってなんだよ。

 死体の上に女体を置かれたって嬉しくなんて……

 やばいちょっと嬉しいな。

 だめだだめだ、そんなんで俺は騙されないぞ。


「騙すも何もしやしねえよ。さあ決めろ! げふっ! がはっごほっ!」


 ルインフェルトは大量の血を吐きながらも笑って、そして決断を求めてくる。

 だが俺はまだ決めかねていた。

 死なないために死ぬ。

 何かの禅問答のような感じがした。


 そんな俺をルインフェルトが急かす。


「迷ってる時間なんてねえぞ! 今死ぬか! 後で死ぬか! 答えろっ!!」


 その叫びの後、ルインフェルトは大きく咳き込んだ。

 本当に時間はないようだ。

 今死ぬか、後で死ぬか。

 そう考えれば迷うことなんてないじゃないか。

 

 俺は心の中で答える。


 契約してやろうじゃねえか!


「……はぁはぁ、そうこなくっちゃなぁ!」


 口元の血を拭いてルインフェルトはニヤリと笑った。

 それにつられて俺も笑う。


「いくぜえええぇぇえ!」


 え、もう!?

 ちょっとまっ!


 そんな制止の声が受けいれられるはずもなく、ルインフェルトは光とともに自分の傷を塞いでいく。

 そして彼の体から傷があらかた消えると俺は吸い寄せられる。


 こうして俺は魔法少女に。


 もとい悪役ルインフェルトになった。

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