悪役はお嫌いですか?

雑巾猫

第1章 悪役ともう一人

第1話 悪役の最後

 ここは一体どこで、俺はどうなっているのか。

 そんな物語の始まりみたいな言葉が俺の頭の中に浮かび上がる。

 そして俺も浮かび上がる。

 絶賛、浮遊中。


 なぜこうなったのかは何一つ覚えていない。

 気がついたら浮いていた、ただそれだけ。

 

 ま、まあ取り乱すな俺。

 気がついたら空中でしたなんてのはよくあること、では無いな。

 でもこの高さぐらいなら上手いこと着地すれば、とかそういう次元じゃない絶対死ぬ。

 この状況を脱するために他に俺にできることは、無いな。


 うん、取り乱してよし!


 あびゃあああああああああああ死ぬ死ぬ無理降ろして降ろしてゆっくり優しく丁寧に降ろした上に心のケアと称して美女と美少女と美幼女をあてがってくれないと死ぬううううおおおおおお!!


 はぁ、はぁ……そ、そうだ助けを呼ぼう!

 まだあるじゃないか俺にできること。

 人の姿を確認次第、全力全開で泣き喚いて心に消えない傷を、じゃなくて庇護欲をかき立てよう。


 だが今の所眼下に人影っぽいものは見えない。

 というか木しか見えない。

 体はその場に止まっているわけじゃなく漂っているので少しずつ景色は変わっているが、能動的に動くなんてことはできずただクラゲのように流れるだけ。


 もしかしたらこれは夢なんじゃなかろうか。

 よく考えたら俺は飛べないし、よく考えたら人は飛べない。

 つまりは夢だ。


 夢なら焦るようなこともないか。

 お望み通りどこまででも漂ってやろう。

 なんか体も口も動かないし。

 森の上だろうと海の上だろうと公園の上だろうとふよふよ飛んでやる。

 俺の夢のことだ、公園には幼女がいることだろう。

 そして飛んでいる俺を指差し『ママ、何か飛んでるよ!』と。

 対するママぎみの返答は『見ちゃダメよ』。


 そこに颯爽と着地する俺。

 爽やかスマイルと共に『お母さん、空に浮かんでいるからっておかしな人とは限りませんよ。決めつけは子供の育成に良くないです』と親子の肩を叩く。


 感動するママ君、頰を赤らめる幼女、舞い散る花びら。


 自分への羞恥と俺への尊敬で咽び泣くママ君が『成長したら娘を嫁にして下さい』と懇願。


 そこで三回転して再び着地する俺。

 イケメンスマイルと共に『成長する前でも構いませんよ』と。


 感動するママ君、頰を赤らめる幼女、舞い散る花びら。


 よし、こんなプランで行こう。

 頼むぞ俺の夢。

 さあ来い公園、ほら来い幼女!


――ドガアアァァン!


 ば、爆発なんてプランにありましたっけ……?

 眼下を見ればなぎ倒された木々と立ち上がる砂煙。

 公園作成のための爆破だろうか。

 多分違う気がする。


「このクソがぁぁああああ!!」


 砂煙の中から悪態をつく男が一人出てきた。

 この位置からじゃあんまり見えないけど、白髪だってことはわかる。

 なんだろうすごく怒ってらっしゃるな。

 あんまり目を合わせないように気をつけよう。

 体は未だ動かないから気遣いだけ。

 意味はなくてもそういう細かい気遣いがもてる秘訣だと信じて幾年月。


「もう諦めろルインフェルト! 今度こそ僕達が上回ったんだ!」


 今度は金髪の男が姿を現して、白髪の男に向かって言い放った。

 その手には剣が握られており、切っ先がルインフェルトと呼ばれた白髮の男へと向けられている。

 おいおい何があったか知らないけど、刃物はだめだ刃物は。


「うるせえっ! 俺がてめぇらみたいな雑魚共に負けるかっ!!」


 現実が認められない子供のようにわめいたルインフェルトが、手に持っていた何かを目の前の金髪刃物危険男に投げた。

 しかしそれは届く前に持っていた剣によって弾かれる。

 金属音と共に地面へと落ちたのは血のべっとりついた短剣だった。


 お前もかルインフェルト。

 よく見たら反対の手にもう一個もってるじゃないか。

 ポイッしなさいポイッ。


「こんな戦闘狂いに何言っても無駄だよユイジ。さっさと止めをさそう、帽子がボロボロで早く帰りたいんだ」


 そう発言したのは帽子だった。

 いや、正確には帽子ではない。

 あたりまえだ帽子がしゃべるわけない。

 チーム分けとかしてくれるわけがない。

 上空から見ている為に帽子しか見えないだけだ。

 けれど声からして女であることはなんとなくわかる。


 というか帽子かぶりすぎじゃないか?

 上からみてもかぶってるのが一つや二つでないことはわかる。

 残念ながら顔は見えない。

 なんとなくだが声色を鑑みるにわがままそうな顔をしてそうだ。

 ユイジというのは多分金髪男のことだろう。


「ファイヤバレット」


 ルインフェルトにむけてその帽子っ娘が言い放った。

 なぜ顔が見えないのに誰に向けて言ったのかわかったのは、帽子のつばからかろうじて手が出ており、それがルインフェルトに向けられていたからだ。

 ルインフェルトの右目眼帯や金髪くんの格好も痛かったがこの帽子っ娘も中々。

 もちろん手から何かが出てくるはずもない。


 そう思っていたのだが、予想は裏切られた。

 出たのだ、火の弾が。

 手から。


「がぁっ!」


 飛んで行った火はルインフェルトの手にあたり、持っていたもう一つの短剣を弾き飛ばした。


 ど、どどどういうことでしょう。


 距離が離れているから熱が届くようなこともなく、本当の火かはわからないけどおそらく間違いないだろう。

 すくなくともオレンジ色のセロハンとかではなかった。

 あたったルインフェルトも痛がってるし。

 というかやめて差し上げろよ。

 もうルインフェルトぼろぼろだよ。


 でも一体どうなってるんだ……まさか魔法?

 夢でも見てるんじゃなかろうか。

 あ、そうだ夢だった。

 なんだか妙にリアリティがあるから忘れてた。

 夢の中なら別に驚くこともないか。

 魔法のあるなしも俺のさじ加減だろう。

 ということはこいつらも俺の意識が作り出した存在ということに。

 まさかまだこんな中二的な意思が残っていたとは。

 やめてくれ俺はもう卒業したんだ、たのむ成仏してくれ。


「俺も同じ考えだ」


「おっさん帽子かぶってないじゃん」


「そっちじゃねえよ! 早く終わらせようってほうだ!」


 帽子っ娘と会話しているのは彼女の言う通りおっさんだ。

 それ以外に観察するべきところも言うべきこともない。

 おっさん、以上。

 わかりやすくていいね。


「ユイジさん……」


「ユイジ殿」


 金髪男の名前を呼ぶのは僧侶と騎士のコスプレをした女性二人だ。

 夢だからコスプレってわけでもないのか。

 それにしても胸がすごい。

 まさに山といった感じだ。

 それが合わせて四つもある。

 一個ぐらいもらってもばれないんじゃないだろうか。

 体が動かないのが悔やまれる。

 ルインフェルト一個こっちに投げてくれ。

 へい、パスパス!


「そう……だな。わかった」


 おおユイジ、お前に言ったわけじゃなかったがわかってくれたか。

 まあ見た感じお前の仲間っぽい感じだしな。

 それにしてもおっさんがいてくれてよかった。

 もしユイジの仲間が全部女だったら夢の中とはいえ嫉妬でどうなってたか。

 ルインフェルトと組んで、俺も短剣を投げまくっただろうな。


「わかっただと!? なめてんじゃねえぞ! 何を勝った気になってやがる! 俺はまだ!!」


 ルインフェルトは吠えて一歩を踏み出そうとする。

 けれど俺の目から見てもそれがただの強がりであることがわかった。

 

 よくやったよお前は、もう休んでいいんだ。

 おとなしく諦めて帰ろう、な?


「このクソ勇者があああぁぁぁ!!」


 俺の制止を気にとめることもなくルインフェルトは走り出した。

 まあ聞こえてないんだからあたりまえだ。

 それにしてもユイジは勇者という設定なのか。

 ということはルインフェルトは勇者パーティーと戦ってる悪役ポジ。


 走り出した彼に呼応するようにして勇者ユイジも駆け出した。

 そして二人の距離はどんどんと縮まっていく。

 その気迫になぜか夢の主であるはずの俺も息を飲んだ。

 周りの音が消え、二人の叫び声だけがやけに大きく聞こえた。


 ――ザンッ!


 決着は拍子抜けするほどすぐにやってきた。

 

「クソ……俺はまだ……」


 崩れ落ちたのはもちろんルインフェルトだ。

 彼はすでに武器すら吹き飛ばされて持っていなかったのだ、打ち合いの一つも起こるはずがない。

 その腹にはユイジの剣が深々と刺さっており、背中から赤く濡れた切っ先が顔を現す。


「ルインフェルト、あなたは僕の目標だった。回復も、攻撃も、防御も、魔法も、全てを一人でこなし、まさに最強という存在だった」


 呟くような音量しかないはずのユイジの声が俺の元まで届いてくる。

 そこに込められた感情は勝利による喜びというより、少しの切なさと尊敬に思えた。


「僕は一つの目標を達成できた、でもまだ止まる分けにはいかない。だからこれでさようならだ」


 ユイジはそう言うと剣を引き抜く。

 赤い噴水が吹き上がった。

 

「が……はっ」


 ルインフェルトは膝を折りそのまま地面に倒れこんだ。

 その姿をユイジが上から見下ろす。

 その表情は浮かんでいる俺からでは見えなかった。


「行こうか」


 剣をしまい後ろへと振り返ったユイジが仲間たちに声をかけて歩き出した。

 彼の言葉に返事をするでもなく、帽子っ娘たちは勇者の後に続く。

 そしてそのまま森の中へと消えていった。

 

 なんだよやたらとシリアスじゃないか、俺の夢らしくもない。

 もっとハッピーでヒッピーでヒョッピーな夢が見たいというのに。

 単語に意味なんてない、適当に言ってるだけだ。


 残されたのは俺と故ルインフェルト。

 なんか……気まずい。

 死体と笑いあえるような話題なんてあっただろうか。

 今日はいい天気ですね、上見えないけど。


「…………」


 返事があるはずもない。

 くそうこんな時に限って漂ってもいかないし。

 というか途中からこの場所より動いてないな、まるでここに用があるみたいに。


「ぐっ……がはっ!」


 うおっ、びっくりした。

 死んでいたと思っていたルインフェルトが急に血を吐き出した。

 そしてなんとかといった動きで横に転がり上を向く。

 確かに死体と二人きりは気まずいと言ったけど、わざわざ生き返るなんて。

 ルインフェルト……お前ってやつは……。

 でも結局気まずいです。


 というかルインフェルトは地面に寝転がって上を見上げてて、俺は空中でだらんと下を見てるからめっちゃ目があうんだけど。

 これ大丈夫だよね、見えてたりしないよね?

 俺の夢の中でのポジションがわからないけど漂ってるし幽霊みたいなもののはず。

 大丈夫見えてない見えてない、ステルスステルス。


「おい……がふっ!……ちょっとこっちにこい」


 ス、ステルス!

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