第32話

「いってぇ……ほんとに歯ぎゃ」


 顎を摩りながら夕暮れ時の新人冒険者宿舎通りをとぼとぼと歩く成年が一人。先ほどアリシアに粛清を受け、歯を食いしばり過ぎて歯が欠けてしまったのと、地味に打撲の傷が痛む。出費がただでさえかさんでいるというのに今回のケガで更にいらない出費を出してしまった。バ〇ネタをやりたかったがためだけにこの出費は痛い。

タカシが今現在向かっているのは魔法医院である。この世界では魔導士、白魔導士による回復魔法によって怪我や病気の治療をしてくれるのだ。現代日本でいう病院にあたるが、病院と違って医療という小難しいものはなく神の加護から与えられる魔法により治療を施すのだ。

ただ無論お金はかかるので、自分で蒔いた種とはいえ頭が、いやそれ以上に歯が痛い。


(保険きくのかなぁ……てか、そもそも保険証つくってねぇか)


 そんな事を考えながらタカシは医院の前に到着した。魔法医院はどちらかというと教会のような外観をしているが小さな西洋の城に見えなくもない全体が白一色で塗装されている建物であった。

 こういった堅苦しい建物の中に一人で入る事に転生前から縁があまりなかったタカシは緊張に体をこわばらせていた。


「はぁ……入るか」


 建物と反するかの様な黒い鉄門を開け魔法医院の中へと入っていく。

中に入ると待合室のような場所に通された。中には数人の患者が木製の長椅子に座っていた。そのほとんどが冒険者であるようで包帯を巻いている患者が多くみられた。

そんな様子を横目に受付へと足を進める。


「こんにちわ。今回はどのような治療をご希望で?」


 看護婦のような恰好をした女性の受付嬢が対応してくれた。妙に色っぽいのでイメクラにでも着ているかのような気分になる。無論タカシは童貞ち〇ぽこ先生なので、実際いった事はないがネット上の情報で得たものと状況が類似しているように感じたためそういった感想に至った。


「はぁ……ちょっと歯をやっちゃいまして……」


「んー……そんなに重症ではないのか。わかりました。番号札をお持ちになって椅子に座りお待ちください」


「あ、はい」


番号札を受け取り椅子に腰を掛ける。

次々と患者が奥の通りに通されていく中、タカシの名前はしばらく呼ばれなかった。

クエストで負傷した冒険者が多かったことからそちらが優先されたのだろう。タカシが呼ばれたのは30分程後のことであった。待ちくたびれて思わずよだれをたらし、うたたねしている時であった。


「おまたせいたしましたー。五番の札のタカシ・ゴルフシュテインさん。一番奥の部屋へどうぞ」


「あ、はえ?あぁ、はい」


重い瞼をこすり一番奥の部屋へと通された。


「はーい。お待たせいたしましたぁ」


 部屋に入るとおっとりとした女性の声が聞こえてきた。まぁ現実世界なら歯が欠けるのはそれなりに一大事だがギャグ小説だし、異世界なのでそんなに重症の患者でもないのはタカシ自身も理解しているのでそんなに待たされたという感じもしていなかった。


「いえいえ。まぁ歯が欠けただけですし、白等級の俺が後回しにされるのは当然のことなので」


天井かたつるされたカーテンのような薄い布が一枚部屋に入ると隔てていてあった。患者はいないようではあったが患者の情報も無論管理しているのだろうし当然だろう。


(なんか病院ぽいなぁ……異世界感があんまりないのでは?)


「はい。お待たせいたしました。タカシ・ボル、ボル。ボルシチさん。どうぞ」


「ボルフシュテインです先生。ってまぁいいけどさぁ」


そうしてカーテンを捲りあげるとタカシは驚きに目を見開いた。


「それでは椅子……に、す」


そこにいたのはこないだのフロッギーのクエストの際に居合わせたシスターの姿であった。

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