第2話
「んッ……美味しい」
先程寝床の横に置かれていたパンにかじりつきながら、木製の椅子座り、机に並べられた書物とにらめっこする。
パンは確かに硬いが素朴ながらも小麦の香りが空腹のたかしの鼻孔をくすぐり、食欲をさらに加速させる。これこそが素朴なパンのU・MA・MIを引き出しており、更に異世界と言ったら硬いパンというイメージが相まって、非常に満足げなたかしであった。
それでここはどこかというと『エルフの森』といういたってシンプルな名前の場所らしい。エルフ達が住まう森で、大きな樹木群に覆われた隠れ里であり、よく見ると大木の上には無数のツリーハウスが建てられていて、エルフ達が暮らしているらしい。
そしてこの森を抜けると、人間たちの街があるようだ。とりあえずそこに行けば、ファンタジー系創作物よろしく『ギルド』があるのかもしれない。そこで仕事を請け負って冒険者として生計を立てていく自身の姿に夢をはせ、妄想にどっぷり浸かっていると、背後から声がかかる。
「何かわかりました?」
先程の金髪エルフ耳少女が、お茶の注がれたコップをたかしの横にそっと置く。
彼女の名前はアリシア。十七歳と見た目まんまのエルフであった。。
エルフといえば見た目はすこぶる若いのにも関わらず、実年齢は百を超えているというギャップに萌えるところがある。最もたかしの偏見なのだが。
ちなみにアリシアはこの森から出たことが無いらしく、森の外の話を聞いてもちんぷんかんぷんの様であった。
故にアリシアに頼んで家内にある書籍を出してきてもらったのだが、なるほどさっぱりわからんといった感じであった。無論メルシィから授かった〝言語理解〟を習得しているので文字を読めないわけではないのだ。
しかしアリシアが持ってきた本はどれも虫食いと日焼けが酷く読めたものではない。管理状況はあまりよろしくないようである。結局得られた情報としてはアリシアが言っていた外にある町の存在のみの漠然としたものだけであった。
かといって勝手に外に出ようとしても森の外には簡単にはでられないだろう。
そもそもそんな簡単に出られるのなら、逆を言えば入ってくるのも容易なことになる。
それでは隠れ里の意味がない。エルフという所属のみが独立して生活している場所ということは外部から隠れなければいけない理由があったのだろう。
最もその理由は今のたかしにとってはどうでもいい話である。結論としては森からの脱出方法を探すことになる。外部に出た事がないという証言からアリシアは森の外への出方を恐らくは知らないのだろう。
ではどうするか。そんなことを考えているとアリシアから提案が出る。
「外の事であれば、長老が詳しいかもしれませんね」
「長老……そんなありきたりでべたべたなキャラの存在を忘れるとは、エロゲに侵食されすぎている証拠だ。ありがてぇ、ぜひ紹介をお願いできませんか?」
しかしアリシアは困ったような表情を浮かべ、少し俯いた。
「ただここはエルフの里。たかし、さんはエルフじゃないから……多分皆怖がるかもしれないかなぁって」
確かにここはエルフの里。故にエルフによる、エルフのための場所なのである。そこに外部にいるはずの他種族が出てきては、困惑されるのも無理はない。
下手をうてば殺されても文句はいえないだろう。しかしここでくじけるわけにはいかない。このままではどちらにしろ先には進めない。前世ではつらい現実から逃げ続けてきた。その結果が今の自分だ。過去を嘆いても過去は変わらない。しかし未来は変えられるはずだ。今度は逃げない。理想へではなく、今ある確かな現実と向き合おうと。
「ならば立ち向かうしかないか……怖がられてもかまわない。頼めないでしょうか?」
たかしの思わぬ返答にアリシアは驚いた表情を浮かべたかと思うと、僅かに迷いつつも、最後には首を縦に振ってくれた。
その返答に僅かではあるが変わろうする自分自身の前進を確信するかの様に扉を開けようとしたときであった。
ドアが勢いよく開く。同時にドアの前にいたたかしはそのまま壁とドアとの間に挟まれる。
「アリシア!大変だ、人間が里に出たらしい!今里中のエルフが探し回ってる。アリシアも早く手を貸してくれ!」
と慌ただしい様子できた女性のエルフのけたたましい声が家中に響く。
里中はたかしの出現により大騒ぎの様だ。せわしない様子の女性のエルフに対してアリシアは困った様な顔を浮かべ、人差し指でドアを指さす。
「ぼーっとしてどうしたんだアリシア!こんな時だぞ、いくら君がマイペースだからって……ん?うわっ」
「……この人の事かな?ハハハ」
アリシアは困った様に苦笑いを浮かべた。ドアを引き戻すとギャグマンガよろしくぺらぺらになったたかしがふわりと宙を舞うのだった。
そして薄っぺらくなったたかしをさも当然のように掛け軸の様に丸め、脇に抱えると女性エルフは大きく息を吸い込む。そして……。
「賊を捕まえたぞぉぉぉぉ!!」
と里中に大声を響かせたのであった。まぎれもない勝利の宣言であった。
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