セッション

ある音楽スタジオの一室に集められた5人の男たちがいた。

彼らはバンドメンバー募集というネット上のサイトで知り合い、今日が初めての音合わせ…いわゆるセッションの日となる。

彼らには皆、集まったメンバーにバレてはいけない秘密があった…



――某所Aスタジオ内

???「オレのバンドメンバー募集の記事を見て集まってもらって今日はありがとう。今日は主にセッションしたいと思います。ヴォーカルの…本名は恥ずいから募集サイトのニックネームで。‘‘高音と中音の間にあるのはいつもミの音hide”です。よろしく」


???「ギターやります、サイトでの名前は‘‘6弦に潜む悪魔に憑りつかれた男masa

”です。よろしく」


???「あ、キーボードです。サイトでは‘‘白鳥はくちょう白鳥しらとり”と名乗ってます」


???「ベースの‘‘重低音に潜む罠ジャガー”です。今日はお手柔らかに」


???「ドラムやります。‘‘太っているやつはキャッチャー、ゴールキーパー、ドラマーなんて固定概念ぶっ壊してやるでおなじみのhiro”です。よろしく」


ヴォーカルhide(どいつもこいつも楽器を弾けそうな雰囲気を醸し出してやがる…それもそのはず、オレが出した募集記事は楽器演奏レベル中級者以上…オレはボイストレーニング歴4年と書いたが二週間に一回ヒトカラで一時間歌うだけ。それも始めたのは二週間前だ…)


他メンバー全員(つい見栄を張って中級者を名乗ってきたが、スタジオに入るのさえ初めてだぜ。今日はこの二時間絶対に初心者だとバレずにスタジオセッションを乗り切ってやる)


そして男たちの長い闘いが始まったのであった。



「「セッション」」



ギターmasa「まぁ自己紹介もほどほどに早速各々セッティングしていこうぜ」


ベースジャガー(こいつの一言で一気にバンド練習っぽくなったぞ。今にもセッションってやつがおっぱじまりそうだぜ。まずこの場を支配したのはギターの男…いや6弦に潜む悪魔に憑りつかれた男。とにかくベースとこの大きなアンプと呼ばれるスピーカーみたいなやつをこのコードで繋ぐ。まずはそこからだ…)


???「待てよ!」


ベースジャガー「?!」


口を開いたのはギターの男。


ギターmasa「おいおいおい、そのマーシャルのアンプはオレのギター用だぜ。ベースはベース用のやつを使わねぇとなぁ!」


ベースジャガー(なに?!アンプにはギター用とベース用があるのか?!くそっ一杯食わされちまった)


ギターmasa(そう確かほとんどのスタジオでギター用にマーシャルというブランドのアンプが使われていると、スタジオ初心者応援!スタジオの使い方というサイトで勉強した。そのアンプを使われちまうとオレが何もできなくなっちまうからな。くくく、スタジオでのセッションは中に入る前から始まっているんだぜ!)


ドラムhiro(早速ギターの6弦に潜む悪魔に憑りつかれた男がベースの重低音に潜む罠を潰しに来たな。どちらも潜んでいればいいものを…)


ギターmasa「じゃあオレはこのマーシャルのアンプを使わせてもらうぜ」


ベースジャガー「…くっ、好きにしろ」


ギターmasa(この穴にコードを刺して、スイッチみたいなやつは全部ONだ!…つまみもいっぱいあるな。大体真ん中にすれば大丈夫か?)


ボロロン


ギターmasa(よし!アンプから音が鳴ったぞ。一番乗りはオレだ!)


ベースジャガー「くっくっく」


ギターmasa「何がおかしい!」


ベースジャガー「なんだその音はよう!オレたちがこれからやるのはヘヴィロックだぜ!そんなウクレレみてーな音はいらねぇんだよ!欲しいのは歪みゆがみだ!それにお前チューニングもずれてるぜ」


ギターmasa「?!」


ヴォーカルhide(こいつらばちばちに火花散らしてやがる。これだからやめられねぇよなぁ!セッションはよぉ!)


ギターmasa(くっ、確かにオレの知っているギターの音はこんな感じじゃない。なんかこう、もっと汚い感じだ。その正体は奴の言っていた歪み《ゆがみ》と何か関係があるのかもしれない。あっ、あいつベースとアンプの間に何かペダルのようなものを接続してやがる…)


ベースジャガー(ふふ、気付いたようだな。これはオレの最終兵器。メタルゾネ?よくわからんが通販で買った、初心者が最初に買うべき物のひとつらしい。この小さいよくわからんやつが一万円以上もしたぜ。結局この世は金なんだよ!これもギター用とかベース用とかあるのかもよくわからんがとりあえず踏んで音を出してみるぜ)


ギュオオオオン


キーボード白鳥(なっ?!すごい歪み《ゆがみ》方だ。この部屋にいる全員の鼓膜を揺さぶってきたか。ギターなんて目じゃないくらい目立ってやがる。ったくとんでもねぇことになってきやがったぜ)


ベースジャガー「これだよこれ!オレが求めてたものは!しかもこのペダルのつまみはまだ半分!これがどういう意味かわかるか?まだこいつは半分のパワーしか出していないということだよ!はっはっは!」


ギターmasa(くっ、完敗だ。あんなものが存在していたなんて。勉強不足だった。このまま奴のペースに引きずり込まれるのはまずい。ここは一旦退く。キーボードのやつに話を振るぜ)


ギターmasa「おい白鳥はくちょう白鳥しらとりチューニングをするための小さい機械をなくした。そのキーボードでミの音を鳴らしてくれ」


キーボード白鳥「?!」(一旦退いた方が良いと判断したのかオレに振っかけてきやがった。そして、キーボードもろくに見たこともないオレがこのたくさんある数の鍵盤からミの音を探し当てるのは至難の業…とんでもねーやつだ。本当に6弦に潜む悪魔に憑りつかれてやがる。こいつはオレを地獄まで道連れにする気だ。大体白いのはわかるがこの黒いのはなんなんだ…ちっわからねぇ。とりあえずここは運否天賦白いのを鳴らしてみるか…)


ファー――ッ


全員「?!」


ヴォーカルhide(なんだ今の音は?!あのキーボードの男、正直相手にしていなかったがここにきて化けやがった。なにが白鳥だ。お前は立派な鴉だよ。屍肉を貪り食う鴉だよ!!)


ドラムhiro(あのキーボードとかいう楽器、正直相手にしていなかったがどうせピアノみたいなものだとたかをくくっていた。しかし今の音は明らかにピアノとは異なる。あんな変な音じゃチューニングは合わせられない。白鳥はくちょう白鳥しらとりとかいう男、底が見えん。なんにせよ、ギターの男は終わりだ)


ブーンブーン


ギターの男は6弦のチューニングをしていた。


ギター以外全員「?!」


ギターmasa「どうした?ちゃんと鳴らしててくれねぇと合わせられねぇだろ?オレはどんな音でも拾うことができる、生まれつき絶対音感持ってるんだよね。」


キーボード白鳥(絶対音感…聞いたことはあるが正直都市伝説だと思っていた。まさか本当に音の違いがわかるやつがいるとは…)


ギターmasa(絶対音感、そんなものオレにあるわけがない。ハッタリだ。しかしみんなハトが豆鉄砲食らったような顔してやがる。白鳥にも豆鉄砲は効くようだな。くっくっく、さぁて次の弦のチューニングに移るぜ)


ギターmasa「おい、白鳥。今度は5弦のチューニングをする。シの音を鳴らせ」


キーボード白鳥「ちっ!」(変な音が鳴った時は正直勝ちを確信したが振り出しに戻されちまった。そして次の要求はシの音。さっきのミの音から最も遠い音だ。二度も奇跡は起こらねぇ…オレはここまでか)


ベースジャガー(白鳥はここまでか…ギターの男の次の要求はシの音、すなわち死の音を意味する。まぁなんにせよ白鳥はここまでか。せめて最後くらいは良い音を奏でろよ…)


ドンッドンッ


ドラム以外全員「?!」


ドラムhiro「さぁーてオレもそろそろウォーミングアップ始めるぜー」


ヴォーカルhide(なんだこの体の中に響く感じは…あの下の太鼓がここまでの音を響かせるのか?音が重なり合いセッションっぽくなってきたぜ。やはりドラムは縁の下の力持ち的な役割を担っているということか…)


ギターmasa(くっ、あと少しで白鳥を潰せたものを…一体何を考えているドラムの男、太っている割に食えない男だ)


ドラムhiro(今はまだ白鳥を潰すときじゃない。奴は利用するだけ利用した後オレがゆっくりつぶしてやるよ)


キーボード白鳥(なんとかドラムの男のおかげで難を逃れた。今この流れを無駄にはできん!)


キーボード白鳥「hideさん、あんたヴォーカルなんだろ?ぼーっとしてねぇで早くマイクを繋いだらどうだ?」


ヴォーカルhide(やはりそろそろオレに来る頃だと思っていた。マイクのこの独特な接続箇所を刺すところは一つしかない。入口の近くにある、この部屋すべてを支配できるかのようなあの複雑な見た目の機械だ。あれを使いこなせるのか?このオレに…)


ベースジャガー(この部屋に入って一番に気付いてはいたが誰も触れることのできなかったあのすべてを支配できそうな機械。それを処理しろだと?!とんでもねぇ爆弾投下しやがったな。もう怖いものはないってか!)


ヴォーカルhide「わかった。やるよ」


ヴォーカルhideはそういうとマイクをその機械に繋げ、マイク越しに声を出しながらつまみをいじくりだした。


ヴォーカルhide(一体どうなってやがる。どこのつまみを回してもマイクがオレの声を拾わねぇ。しかしひとつ気になる箇所がある。この赤いマスターとかいう上下するやつだ。しかし赤は危険。オレの本能がやばいと言っている。これは今のオレの実力では触れない。仕方ないここは…)


ヴォーカルhide「あーあー、よし、これでオレの準備は完了だぜ」


キーボード白鳥「何を言ってやがる?全然マイクから声が聞こえてこないようだが?」


ヴォーカルhide「ふっふっふ、オレは募集掲示板にボイストレーニング経験が4年あると書いたはずだぜ?」


ヴォーカル以外「なに?!」


ヴォーカルhide「そうお察しの通り、オレはトレーニングのおかげで普通の人間の何倍もの声量を持っているのさ。マイクが入っているかどうかわからないくらいにしとかねぇとハウリングという現象が起きちまうのよ!」


ギターmasa(やられた!こいつまさかこうなることを読んで募集掲示板にボイストレーニングのことを書いていたのか。裏の裏の更に裏、一体何手先まで計算しているっていうんだ?!しかもハウリングというなんか聞いたことあるんだけどよくわからない単語を出してそれらしいことを言ってこの場を乗り切りやがった。こいつ、天才か…)


ヴォーカルhide「さぁーて、みんな準備はできたようだな!セッションしようぜ!」


全員「おう!!!」


ただでさえ大音量で鳴る音を更にひずませるべくメタルゾーンのつまみを徐々に上げていき部屋の中の人間の鼓膜を揺さぶる、ベース‘‘重低音に潜む罠ジャガー”


そのベースの音にかき消され声を出しているのかもわからない、ヴォーカル‘‘高音と中音の間にあるのはいつもミの音hide”


残された道はチューニングだと頑なにチューニングを続け、また強く張りすぎてしまったせいで6弦以外の全ての弦を切ってしまった、ギター‘‘6弦に潜む悪魔に憑りつかれた男masa”


最初はギターのチューニングに付き合わされて辟易していたが弦が切れるたびにほくそ笑んでいた、キーボード‘‘白鳥はくちょう白鳥しらとり


スティックはスタジオに置いてあるもんだと思い手ぶらでスタジオに入ったが、スティックは自分で持参しなければならないことを知り最初はすごく焦っていたが、右足のバスドラムだけを力強く一定のリズムで鳴らし続けることは誰にも負けないと意気込む、ドラム‘‘太っているやつはキャッチャー、ゴールキーパー、ドラマーなんて固定概念ぶっ壊してやるでおなじみのhiro”



彼ら五人がライブステージで圧巻のパフォーマンスを見せるのはもう少し先のお話である。


―完―

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