第2歩 長老豚に俺はなった
──あれから数時間が経った。長老様の体は、既にピーグ村から姿を消した。
「で、長老って何すればいいんだ? ピクシェス」
「俺に聞くかー!? えっとな、特に何もしてないぞ?」
「そうか、それを聞いて決心した。俺は人間と和解したい」
それを聞いた豚民たちは一斉に振り向いた。
「そんな、あんな豚を家畜としてしか見てない野蛮な人間と!」
「豚を食べようとする目でしか見てない野蛮な人間と!」
「和解だなんて、そんなんじゃ ついていけませんぜ長老よぉ!」
いや、まるで人間が悪魔か蛮族みたいな言い方をするが、それは事実というか仕方ないだろう。人間目線だから分かるが。
「いいか、人間が豚を食べる理由は俺たちが美味しいからだ。そして、抵抗しても人間には効かないし意味がない事を、人間たちは知っている」
「って事は、どうするんだよピスカ?」
「俺が人間に和解を伝え、豚を食べないようにしてもらう。そして、家畜も出来れば救いたい。これが長老としての方針だ、分かったか?」
まだ動揺している豚民たち。ここでとりあえず、ピクシェスにヒソヒソと、豚の平均的な能力を聞く事にした。
「えっ、豚の平均的な能力?美味しいキノコを頑張れば探せる、人間の全速力とか追い込みとかには負ける素早さ、それくらいか……?」
「じゃあ、断言できる。俺は何でも感知できる鼻と、人間の全速力に勝る足を持っている!」
すると、さっきとは違うざわつきになっていった。
「そんな天才的能力を!」
「きっと神の化身なのだろう!」
「一生ついていきますぜ!」
さっきと態度がまるで逆だが、まあそれは許すとして。ここの豚の平均能力と、人間の平均能力で比べると常に人間が勝っている。そのバランスを俺が崩してしまえば、どうにか和解の道に持っていく事は可能だろう。
「で、俺たちの言葉が通じないのに、どうやって対話するんだよー」
ピクシェスが、ごもっともな反論をした。そうだ、今は豚語で会話しているだけに過ぎないんだ。人間サイドで常にこのボイスで対話できるのは、恐らく家畜の豚とだけだろう。うーん、俺の中に潜んでいるオーラとやらが分かれば……。
「人間の言葉が話せりゃいいんだろ?何とか人間の声ひねり出せないか?」
と、俺が喋った瞬間、周囲はさらにざわついた。
「人間語を喋ってる!!」
「やはり神の化身様だ!!」
「凄いですぜ、長老様!!」
──え、今 人間語喋ってたのか……?
「す、すげぇピスカ……人間の言葉覚えたのかー! た、対話出来るじゃんかー!」
ピクシェスも恐れおののいている。
「対話の問題は解決したって事か。じゃあ、次はコネだな」
「コネって何だよ、ピスカ?」
「人間の言葉を喋る豚に、協力してくれる存在がいるかって話だよ」
「うーん、そうだなあ…… あっそうだ! 人間の村の家畜小屋に協力してくれる奴、俺知ってるよ! プルルって言うんだけど」
豚足で、家畜小屋へのルートを描いてくれたピクシェス。
「この小屋の端っこにいつもいるんだ。栄養状態が悪くて元気がないから食べるのは先送りって人間が言ってるんだけど、本当はアイツ仮病使ってるんだ。プルルならしばらく食べられないから伝達係に使えるかもしれないぜっ!」
家畜の豚にも、頭のいい存在はいたようである。
「分かった、じゃあプルルと連絡を取ろう。もう夜だし、足音を立てないように少人数……もとい少豚数で行くぞ、ピクシェス、お前は念の為案内してくれるか?」
「いや、俺って道は知ってるけど行った事は無いんだ! これピーコから聞いた道なんだよなー、ごめんな!」
「じゃあ、そのピーコはどこに?」
すると、メスの大きな豚……恐らく栄養がタプタプであろう豚がそっと助言した。
「ピーコはね、フォークで刺されかけてから人間の集落に行けないのよ」
「そうか……じゃあ、俺一人で」
と言った途端に、長老信者になってくれたあの三匹が止めに入った。
「おやめください!死んでしまいます!」
「神の化身である長老様を失ったら我々は今度こそどうすれば!」
「お願いですから行かないで下せえよ!」
「じゃ、じゃあピーコを説得してから行こう! ピクシェス、着いてきてくれ!」
ピクシェスと一緒に、ピクシェスのいとこのピーコの家に向かった。簡素な草の塊の中に隠れて、長老に関する騒ぎにも全く参加しなかったようだ。
「……何か、用?」
ムスッとしている、多分メスのピーコ。
「なあ、お前人間の町の家畜小屋へ行く道、詳しいだろ? ピスカを案内してやってくれよ! 頼むよピーコ!」
「嫌、行きたくない」
ピクシェスの説得に、そっぽを向いてしまった。
「大丈夫だよ、ピーコさん。俺は凄く足が速いんだ、いざとなったら俺に捕まってくれれば逃げきれるよ」
今度は、俺自ら交渉する事にした。
「ほんとに?」
「ああ、家畜小屋にいるプルルの所へどうしても行きたいんだ」
「……知らないよ、どうなっても!」
しぶしぶ、草の塊から出てきてくれたピーコ。背中には、フォークで突かれた痕が少し残っていた。
「よし、それじゃあ行くぞ!プルルの所へ!」
──集落から出る時、皆が寂しげな顔で見送ってくれた。
「やっぱり皆、心配なんだな……」
「え、何で分かるの?」
皆の方を振り向いても、特に反応の無いピーコ。
「ん? もしかして、ピーコさんは夜目が効かない方?」
「皆そうだよ?」
ひょっとして、鼻や足だけでなく、目も利くのだろうか?
「村が見えてきたら、大きな家に沿って右に曲がって。そこが家畜小屋」
ピーコの案内で村に近づくにつれて、鼻で感じ取る人間の匂いが徐々に大きくなってきた。
「……怖いよ、ピスカ」
「大丈夫、鼻が利くから。道が一度分かれば上手く逃げられる」
「本当に鼻が利くのなら、守ってよね……」
ピーコを守る態勢、つまり庇いながら右へ曲がって進む。すると家畜小屋が見えた。プルルはどこだろう?
「おーい、プルル!いるなら返事してくれないか!」
少し鳴き声を絞ってプルルを呼んだ。するとすぐにプルルと思わしき豚が出て来た。確かに、亡き長老ブゲルほどでは無いものの、弱々しい足取りだ。
「僕に何か?」
「お前がプルルだな、実は人間の情報の伝達役を買って出てくれないか?」
「僕がですか……ピーグの方ですよね? 仮病使いながら情報をピーグに運べと?」
「情報を定期的に仕入れに行く係を用意するから、頼むよ」
「はぁ……どうなっても知りませんよ?」
皆揃って、どうなっても知らないと言うが、そんなにこの世界の人間は恐ろしいのだろうか?
「じゃあ、伝達役が決まったら明日また来てくださいよ。明日までに人間の動きを調べて伝えます」
「ありがとう、プルル!よし、それじゃあ帰るぞピーコ」
「み、見つかってない?」
ぷるぷると震えるピーコ。
「大丈夫、見つかってないから……って、ヤバい、窓を開けようとしてる!」
あまりにブーブーうるさかったのか、家畜小屋側の窓を開けて確認しようとしているようだ。急いでプルルに別れを告げ、忍び足兼急ぎ足で、窓の近くを通って通り過ぎた。
「よし、後は村から離れたら背負って帰るぞピーコ!」
「う、うん!」
家畜小屋に人間が向かっていくのを、何となく鼻で感じ取った。プルルは既に所定の位置で元気のないフリをしているだろう。そちらに注意が向いている隙に、ピーコを背負ってダッシュで帰った。
「は、早いよピスカ……!」
「え、そんな早かったか? ごめん」
無事、帰ってくると 皆はお祭りムードだった。
「よく帰って来れたわねピーコ!頑張ったのね!偉いわ」
さっきのふくよかな栄養のありそうなメスの豚は、どうやら母親だったらしい。抱きしめあっている。
「ほとんど、ピスカのおかげだよ」
ピーコは俺を指さすと、母親豚は俺に駆け寄ってお礼をしに来た。
「長老様、ありがとうございます!それでどうでした?」
「プルルと約束は取れたよ、明日もう一回来て欲しいって。その時に情報を渡すと言っていたから、今から伝達役を決める」
「はいはいはーい! 俺! 俺が行くよ!」
……明らかにうるさいピクシェスはパスして、なるべく逃げ足の速く、情報を多く覚えられる豚を探す事にした。が。
「……それって、俺だよな?」
「うん。一番向いてるのはピスカだよ、ピーコもそう思う」
──結局、伝達役と長老を兼ねる事になったのだった。
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