06匹目 ある晴れた昼下がり
翌朝。
朝食を準備し、フレアを起こす。
貢ぎ物で、調味料は手に入っていた。
今日はメニューはポトフだ。
煮込み料理はいい。
美味しいし、失敗が少ないし、簡単だし、失敗しないし、あまり手間も掛からない。腸詰め肉はないので、野菜本来の甘みと良い出汁になる魔物の肉で味付けした。なかなかだ。やはり煮物は素晴らしい。
そもそも犬なのだ。いくら魔法を使えるとはいえ、手の込んだ料理は難しい。火加減だけは、フレアのおかげでお手の物である。
食事を終えると、城内の掃除だ。
ドラゴンサイズの城を、魔法の練習も兼ねて、隅々まで清めていく。これだけ大きいのだから、召使いの一人でも増やさないのかとフレアに訊ねた。
苦い顔を浮かべたドラゴンさんの答えは、「前はいたが、耐え切れずに逃げ出した」という身も蓋もないものだった。たぶん、そういうことだと思う。火炎地獄。
清掃を終えたら、昼食の用意をする。
先に仕込んでおいた、香辛料と果汁で下味した肉を豪快に焼く。少しお洒落になったドラゴン飯。ライスもパンも不要。ただ肉を食う。それがドラゴン流なのだ。
無駄に名前を呼ばせようとするドラゴンさんの口撃を軽やかに躱し、食後のティータイムを楽しんでいるとき、奴は来た。
そう、この世界の神こと、お爺ちゃんだ。
腹黒い笑みを浮かべ、静かに近づいてくる。
「元気かのう?」
絶対に良くない話だ。なぜか確信した。
「ほれ、そちに例の頼みを聞いてもらおうと思ってな。あまり話していて面白くもないが、まずは聞いてくれるか?」
聞きたくはないが、拒否権は完売御礼だ。
――本当に詰まらぬ話じゃがな。
曰く、ここからほど近い、とある王国に一人の少女が暮らしている。
まもなく五歳の誕生日を迎えるその少女は、精霊の祝福を受け、人とは思えぬ膨大な魔力を持って生まれてきた。
本来であれば、成長と共に魔力の扱い方を覚え、余分な魔力は精霊と契約することで分散されるはずだった。
誤算したのは、少女の両親より火急の問題を報告された、その国の王の暴挙である。
将来的な軍事利用を考え、生まれて間もない赤子の力を使い、強引に高位精霊との契約を仕掛けたのだ。
これに反発したのが精霊たち。
契約は失敗し、少女は魔力暴走を引き起こした。その余波は甚大で、日常生活もままならぬほどの被害を少女に与えたという。
愛する子を守れなかった悔しさからか、少女の周りからは精霊がいなくなり、このままではいつまた魔力暴走が起こるかわからない状況となっていた。
神が手を貸し、少女の力を安定させることは出来た。だが、それによって再び王に目を付けられたら困る。
さらに厄介なのが、その国では五歳の誕生日を迎えた貴族の子供は、生涯の友となる精霊召喚の儀式をしなくてはならない。少女もまた然りだけど、下手に高位の精霊が契約を結んでしまうと軍事利用の可能性が高まるし、王と国に対して遺恨のある精霊もいる。悪意によって国を乱せば、この世界への影響は計り知れない。
……困ったものじゃな。
お爺ちゃんは、俯きながら頭を振った。
「娘は精霊の
茶を飲み、息を落ち着かせたお爺ちゃん。
「国のためと赤子まで利用するとはのう」
意味深に呟き、絶句した僕を見つめる。
「そこで、そちじゃ。儂の加護を持ち、赤き竜の眷属でもある。並みの者には負けぬ力があり、人としての業も知る。これは、そちにしか頼めぬことよ」
――救ってやってはくれまいか。
吐き出された言葉は、心に響いた。
「お待ち下さい。確かに、話を聞く限りでは私は適任かも知れません。ただ余りにも話が広大です。力になれるとは思えません」
それでも、前世の自分を思い返し無理だと考えた僕は、正直な気持ちを吐露した。
「なに、
簡単に、袋小路へと追い込まれた。
口を挟んだのは、我が友ドラゴンさんだ。
「王国とやらを焼き尽くせばよかろう」
いつも通りの残念さが愛おしい。
「そうは出来ぬ理由がある」
苦虫を嚙み潰したような顔をしたお爺ちゃんは、「それは最後の策じゃな」と大きく嘆息をもらした。
「そこまで仰るのであれば、承知しました」
国を相手にした深謀遠慮なんて、僕に出来るとは思えない。でも、前世の僕と似た状況の少女の事は心配している。
「ありがたい。急ですまぬが、出発は明日の朝じゃ。儂は、ちと用意をしてくる物があるでな。英気を養い待っていてくれい」
虹色の光が瞬き、お爺ちゃんが消えた。
本当に自由な神様である。
「ふん。どうするのだ?」
「やれるだけやってみようと思います」
「まあよい、ひと暴れ出来そうだ」
「まずは、お茶の続きをしましょう」
新しく紅茶を淹れ、フレアに渡す。
僕は、どこへ連れて行かれるのかな?
春の日差しがやけに眩しかった。
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