05匹目 名前のない怪物

 ちょいワル魔王との一件から、数日後。

 我が友ドラゴンさんが、鏡を持ち帰ってきた。人間からの貢ぎ物に紛れていたらしい。

 この世界に転生してから、初めての文化的遭遇に、柄にもなく小躍りしてしまった。

 

「ウェルシュ・コーギーだ……」

 早速、利用させてもらった感想がこれだ。

 犬、それも小型犬なのは知ってはいたけれど、まさかコーギーに転生していたとは考えもしなかった。しかもカーディガン種。

 ハチミツ色の柔らかな体毛と、つぶらな瞳、首回りと足の先だけ白くふさふさの毛。短い足と、長めのしっぽ。我ながら可愛い。

 鏡の前でくるくると回っていたら、ドラゴンさんから声が掛かった。


「それが貴様の名か」

 なぜか殺気を感じる。

「この世界の犬が、私の知るものと同じか不安はありますが、それに連なる種族の名です。ウェルシュ・コーギー・カーディガンが正式な名で、牧羊犬のヒーラーです」

 最近は仲良くなってきたと思うけれど、やっぱりドラゴンさんは怖いので、丁寧さを心掛けて僕は答えた。赤き竜の執事だしね。

 下僕じゃないよね? 友達でもいい?


「羊飼いとヒーラーが貴様の生業なりわいか。もしや回復魔法が使えるのか?」

 もっともな疑問に、牧羊犬とヒーラーの説明しようとした瞬間、それを遮る声がした。


「犬にして、ヒーラー。愉快愉快っ」

 神出鬼没のお爺ちゃん神である。

「そちに頼みがあって来たが、その前に儂の加護を与えて進ぜよう。回復魔法など造作もないじゃろう。心置きなくヒーラーを名乗るがよい。神の使徒でもよいぞ」

 虹色の輝きに包まれ、なぜか回復魔法が自在に使えるようになったことを理解した。

 さすがは神様だ。少しは敬おう。


「なれば、我は血の盟約を与えてやろう」

 恐らく、仲間外れが寂しかったドラゴンさんが、自分の尾の先を噛み血の滴を垂らす。


 飲めということかな?

 一滴とは言え、ドラゴンのそれだ。

 飲み干したらお腹がパンパンになる。

 かと言って、拒否権はない。

 覚悟を決め、ペロリと舌で舐めてみた。


 すると今度は赤い閃光が身を包み、ドラゴンさんと深く繋がる不思議な感覚がした。


「これで、我と貴様の盟約は結ばれた」

 やはり赤き竜もまた、偉大だと実感する。

「強く思えば、いつでも我と通ずる。困った時は念じてみよ。気が向けば助けてやる」

 御満悦なドラゴンさん。

 憐れみの視線を向ける、お爺ちゃんと僕。

 感動と尊敬した気持ちを返せ!

 次回の『被害者の会』で使うネタにしてやろうと、心に刻み込んだ。


「ほんに、お前たちは面白いのう」

 お爺ちゃんは、呵々大笑かかたいしょうしながら言う。

「儂には名はあってないようなもの。神でもお爺ちゃんでも、好きに呼べばよかろう」

 なにやら悪戯を思いついたようだ。

「問題はそこの竜よ。悠久を生き、天空の覇者と呼ばれ君臨してはいるが、名がない。赤き竜と畏れられとるくらいじゃな」

 僕たちを交互に眺め、ニヤリと笑う。

「どうじゃ、そちが名付けてみんか?」

 

 犬に対して、とんだ無茶ぶりである。

 お爺ちゃんと呼んでいたのは謝ります。お許し下さい。なんとか回避したくて顔を上げると、喜色満面のドラゴンさんがいた。


「望外のこと。私にはいささか大役過ぎるかと」

 遠慮した僕を、ギロリと睨む赤き竜。

「神の言葉だ。異論はない」

 逃げ道がなくなった。


 失敗したらウェルダンにされる。

 前世でも、こんなに頭を働かせたことがないというほど、必死に考えた。

 候補はある。だけど、それをドラゴンさんが納得するかは別問題なのだ。

 ああでもない、こうでもないと悩んでいたら、痺れを切らせたドラゴンさんが、「早くしろ」と口を開いた。

 

 なるようになれだ。


「私の元いた世界では、竜には様々な名がありました。故郷にほど近い国では、炎を吐く紅龍として名高い『燭陰しょくいん』がおります」

 ふむと頷き、続きを促すドラゴンさん。

「恐れ多いことではありますが、現在の犬としての種族が生まれた場所にも、有名な赤い竜がいました。気高き火の星にして竜の王。あるじには『炎帝フレア・ペンドラゴン』の名を冠していただきたく存じます」

 一息に話し終えた僕と、沈黙する赤き竜。


 僕の心臓が破裂しないか心配していたら、おもむろに翼を広げ、尾を揺らしながらドラゴンさんが叫んだ。

「気にいった! 今日より、我のことはペンドラゴンと呼ぶが良い」

 衝撃で転がり、壁にぶつかって痛いけれど、どうやら火炙りの刑は免れたようだ。

 

 本当は竜の名前でないことは、墓場までの秘密にしよう。自分の命のほうが大事だ。呼びやすい名前がいいしね。


 尻尾を振って喜ぶドラゴンさん改めフレア。最初にお爺ちゃんが言っていた頼み事のことなど、空の彼方に消えていた僕を、誰も責められないと思う。

 

 ふと外を見ると、丸い月が昇っていた。

 今夜の赤い月は、とても綺麗だった。

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