04匹目 続・ドラゴンがキル

 深紅の竜、お茶目なお爺ちゃん神との衝撃的な出会いから、季節は巡る。

 

 この世界にも四季はあるようで、麗らかな春の出会いから、陽気な夏、ごはんが美味しい秋、獣も魔物もドラゴンさんさえも身を休める冬を越え、また暖かな春へ。前世では、春は出会いと別れの季節だ。

 一年が過ぎても、地獄の猛特訓は続いていた。

 

『やらなきゃ、られる』

 一心不乱に学んだ成果か、一カ月ほどで簡単な魔法を習得した僕は、ドラゴンさんの小間使いを拝命した。修行で仕留めた獣や魔物を調理し、竜翼をつかって大雑把に埃を飛ばしていた城内を、風と水の魔法で掃除する。

 心配していた素人料理も、生肉かウェルダンしか出来ないドラゴンさんにとっては御馳走になったようで、出汁をとったスープを提供するだけで命の心配はなくなった。

 

 強くなれるのは純粋に嬉しいし楽しい。

 毎日のように、己の限界が伸びていく。

 竜や、お爺ちゃんとの語らいも楽しい。

 知らないことを、自分の頭と体で識る。

 前世で恋焦がれていた全てが、ここにはあった。


 でも、そんな晴れやかな気持ちと比例するかの如く、人とは違う何かになっていく不安もドンドンと増大した。

 このままドラゴン流の生活をしていたら、人間としての常識や命の重みなんかが吹き飛んでしまいそうで、怖くて眠れぬ夜を過ごしたのも一度や二度ではない。

 

 悩みに悩んだが、ある日ふと天啓を得た。

『僕は犬だ。人間じゃないし、まあ良いか』

 生贄の羊ではなく、赤き竜の執事。

 うん、こんな生き方も面白いかも。

 

 吹っ切れてからは早かった。

 教えられるままに魔法を習得し、心で合掌するのは変わらないけれど、強者を求め闘い倒し続ける日々。一年が過ぎる頃には、ドラゴンさん以外に敵はいなくなっていた。お爺ちゃん曰く「例のアレじゃよ」とのことだ。


 二度目の春を迎えたある日、竜は言った。

「貴様の修行の集大成だ。行くぞ」

 どんな無茶ぶりをさせられるのか、戦々恐々としたが大人しくついていく。竜を相手に、子犬が出来ることなど何もないのだ。

 向かった先には、ドラゴンさんの白亜の城と双璧をなすかのような、漆黒の宮殿が聳え立っていた。


 誰が住んでいるのかな? 

 そんな疑問を投げ飛ばしたのは、やっぱり我が友ドラゴンさんだ。

「おい、魔王。我が来てやったぞ」

 まさかの魔王だった。


 筋肉質のナイスミドルが、ウサギさんのようにプルプルと震えている。

 おじ様魔王を守るかのように立っていた四人組も同様だ。若干、涙目になっている。


「我の従僕が、貴様と闘いたいと言うのでな。少し相手をしてやってくれ。なかなか面白い犬だぞ。残りの者たちは、我が相手だ」

 赤き竜と、生贄の羊が五人。内一人は魔王。僕は犬だし、一匹のほうが良いのかな? 心は人間だし、気にしなくてもいいか。

 

 ドラゴンは、どこまでもドラゴンだった。

 頼んでないし、魔王って最後の敵じゃないの? 死にたくはないのだけれど。

 転生して一年、対魔王戦が始まった。


「なかなかやるな!」

 魔王が言い、火を放つ。

「そちらこそ、さすがは魔王様です」

 水で防御し、僕が言う。


 お互いに一進一退の乱打戦。

 煌めく魔法の攻防と、目にもとまらぬ接近戦が続いた。どちらかが倒れそうになると、動きを止め話し出す。

 

 漆黒の髪、闇より深き瞳。

 最初の鍔迫り合いの時に、マッチョ魔王はこっそりと僕に耳打ちしてきた。

「赤き覇王の願いは無下に出来ない。互いに事情があるようだし、なんとか合わせてもらえないだろうか?」

 この魔王、ちょいワルオヤジだな。 

 是非もない僕は「わかりました」と即答した。

 

 ――談合である。

 

 息を切らせたフリをしながら、チラリと横目で確認すると、魔王の側近たちがドラゴンさんの尻尾によって壁に打ち付けられている場面だった。

 

 びたーん、びたーん。


  明らかにもう体力がない四天王たちを、軽快な音を響かせて殴り続ける深紅の竜。

 ちょいワル魔王より、よほど悪役だな。

 

 完全に玩具おもちゃが動きを止めたのを見届けたドラゴンさんは、こちらを振り返った。

「貴様ら、手を抜いていないか?」


 ……ばれた。


 その後はお決まりのパターンだった。

 尻尾で薙ぎ払われ、空を飛ぶ魔王。

 轟という爆音とともに、ウェルダンにされる僕。そろそろ焼き加減を覚えて欲しい。


 満足したドラゴンさんが、鼻歌まじりにちょろちょろ火を吐きながら帰ってからしばらく。なんとか復活した僕とちょい悪オヤジと四天王は、お互いのこれまでと、ドラゴンさんの愚痴を肴に大盛り上がり、永遠とわの友誼を結んだ。


「お主も、数奇な運命よのう」

 魔王に同情され、四天王には慰められた。


「我らの仲だ、協力は惜しまんよ。赤き覇王のこと以外ならな」

 俯きながら口に出した、ちょいワル魔王と四天王に、これまでドラゴンさんがしてきた無敵っぷりを思い、改めて涙する。

 

 宴会は夜通し続き、ドラゴンさんが近くにいないこともあり気が大きくなった僕たちは、あることを考えついた。

 

 ようやく昇った太陽が、朝靄と一緒に、生きる喜びとこれからの未来を輝かせる。

 笑顔の皆に見送られ帰路についた僕は、結成された秘密組織に思いを巡らした。


『ドラゴンさん被害者の会』 

 いつか、下剋上するその日を夢みながら。

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