02匹目 神と子犬はワルツを踊る

 深紅のドラゴンは、一頻り笑った後で、住処に案内してくれた。

 荘厳。華麗であり優美。陳腐だけど、そんな感想しか出てこない白亜の城。

 

「誇りに思えよ。この城に招待したのは、同じ竜種や神以外では貴様が初だ」

 その昔、某国を滅ぼさないかわりに城を建てさせたらしい。


「勿体なきことです。恐悦至極に存じます」

 どうやら殺されたり食べられたりしないとはわかったが、油断は出来ない。なにせ相手は竜なのだ。虚弱だった僕からしたら、歩く度に大地を揺らすドラゴンの力強さは、まさに理想。子犬になった僕も、いつかは大きくなって自由に駆け回りたい。


「貴様を案内する場所がある」

 ずんずん進んで行くドラゴンの後ろを、必死に追いかける。

 連れられた先は、大聖堂と思しき場所だった。


「ここはある種の神域でな。貴様が元は人間だったのなら、祈りを捧げれば神が顕現するやも知らんぞ。あまり会いたい奴ではないが、試してみよ」

 

 手を合わせれば良いのかな? ふわふわの前足しかなかった。

 仕方がない。目を瞑り、地面にぺたりと頭を伏せた。土下座犬だ。


 ……犬への転生は予想外でした。予想外すぎてまだ混乱していますが、ドラゴンさんに会えました。自分の足で外を歩くことも出来ました。もしもこれが神様の御慈悲なら、ただ感謝するだけではとても足りません。本当にありがとうございます。


 素直な気持ちを伝えられたと満足し顔を上げると、優しく温かな光に包まれた。


「おお、無事であったか! ドラゴンは短気でのう。儂に会う前に食べられておらぬか心配しておったぞ。なんにせよ重畳。聞きたいことがあれば、答えてやるのも吝かではない。何なりと申してみよ」

 虹色に輝く光とともに現れた、好々爺然とした白髪の老人。

 彼が神様なのだろうか? ふと考えた僕に「そうじゃよ」と軽く頷いた。


「元いた世界の神から頼まれておったのじゃよ。毎日毎日祈り続ける者がいるが、鬱陶しいからこちらで引き受けてくれとな」

 鷹揚に手を振ると、お爺ちゃん神はぶっちゃけた。

 たしかに異世界転生したいと願ってはいたけれど、迷惑だったのか!

「迷惑というよりは、あちらの世界では叶えることの出来ぬ望みじゃったからのう。輪廻とは自然に巡るもので、神が手を加えたからといって理想がそのまま成り立つものではない」

 あまりの衝撃に言葉をなくした僕に、微笑みながらお爺ちゃんは告げた。


「ただし介入することは出来る。心清らかに生を全うしたものには、奇跡が起きても不思議はなかろう? お前は選ばれた。選んだのは儂というだけのことじゃ」

 そういうことか。いずれにせよ、感謝の気持ちは大きい。

 でもどうして犬なのだろう? 人間のままでも良かったのに。


「それはな、ただ人間に転生させても面白くないからじゃな。お前の望みは、自由に動く体と、何者にも負けぬ強さ。そして魔法が使えることであろう?」

 人間に転生したいとは考えておらんかったから、犬にしてみたのじゃよと笑ったお爺ちゃんに、ドラゴンさんが会いたくないと言った理由を知る。

 

 悪戯心がすぎるだろっ!

 

 そして、あれ? もしかして心を読まれてる? と思い至った。 

 さっきから、こちらが話す前にお爺ちゃんが答えているような?


「うむ。そのほうが早いからな。広く目を向けていれば心までは読めぬが、こうして対面しておれば、造作もないことよ。儂をお爺ちゃんと呼称しているのもわかるぞ。ちなみにじゃが、お前が喋る言葉は、ドラゴンや儂になら発したまま届く。だが相手が人間ならば犬と同じじゃよ」

 

 この短時間で何回衝撃を受けたのか、数えるのも馬鹿らしい。

 正真正銘の犬になったこと、地球から転生したこと、魔法が使えるらしいこと。何より、夢よりもなお憧れた屈強な肉体を手に入れたこと。魔法?


「魔法じゃな。そこのドラゴンに色々と教えてもらうがよかろう」

 せっかくだし楽しめ、頼みたいこともある。そう言い残し、虹色の光に包まれたお爺ちゃん神は、さっさとこの場を去っていった。フットワークの軽いお爺ちゃんだ。色々と思うところはあるが、再度、深く頭を下げた。


「さて話は終わったな。闘うか」

 ずっと黙って成り行きを見守っていた深紅のドラゴンさんが、堪え切れないという感じで尻尾を揺すった。どうやら戦闘狂のようだ。ドラゴンらしいと言えばらしい。自慢の炎で焼き尽くせなかったことが、よほど悔しかったとみえる。


 またもや容赦なくウェルダンにされた僕は「ドラゴン怖い」と呟き、赤く昇った月を見ながら気を失った。

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