外伝 2 真紅のミステリアス・レディ


霞みがかった空、黒い海。

呼吸する度にむせ返りそうになる空気。

人間界とはまるで違う広大な世界にポツリと浮かぶ侵略用武装艦【リントブルム】の甲板の上、人間界3番目の大都市レ・アーディス王国第1王子フローグ・カイデルベルグ・アーディスは嘆いていた。

「あぁ、あ〜〜〜っ!!どうして俺様がこんな薄汚いところに来なければならんのだ!!!」

ガシャンッ!!

金色の椅子に腰をかけながら王子フローグは怒りに身を任せてテーブルの上の飲食物を食器ごと腕でなぎ払った。

「恐れながら王子、お戯れはお控えくださいませ。これは王からの命令で御座います。王子にはこの魔境にて問題なく魔族討伐を完遂し弟君よりも早く王位継承権を得て頂かなくては……」

フローグの背後に控える侍女達が散らかった床を片付けている一方で1人、赤髪の女性が頭を下げてフローグを諌める。

内心とは真逆の言葉を口にしながら……。

(私が契約したのはお美しく優しい王妃様だ。なのにこんな脂ぎった短気な肉ダルマの世話なんて、聞いてないわよ……。早くこの魔境で死んでもらわないと、王位なんて継がれたらたまったもんじゃないでしょうね……)

「ミレニア………そこの女を1人殺せ」

「………。かしこまりました、兵士に命じます。この者を処刑し海に捨てよ」

パンパンッ、と拍手をすると兵士が2人やって来て床を磨く美しい侍女を1人口と腕を縛り上げて連れて行く。

「いやっ!!どうかお助け下さい王子様っ!!!い、やぁ、………う、ううう、!!」

悲痛な訴えも虚しく彼女は連れ去られてしまう。

フローグはこの航海に着きそう母の侍女達の美しさに下半身を熱くするも、手出しを禁じられている為余計に苛立っていたのだ。

「いいぞミレニア!いつも俺様の前で床を汚さない手際、さすがババァの付き人だ」

新たに用意された酒を汚ならしく飲みながら笑う。

仲間に涙を流させ、主人を愚弄する不男に、また頭を下げるミレニア。

「お褒め預かり光栄でございます」

「ほほぅ……」

頭を下げる度揺れる肌の美しい美女の豊満な胸に涎を垂らすフローグ。

その顔を見ている誰もがこの魔境のでこの男が死ぬ事を望んでいた。

(あの子は必ず助かるわ。この船の誠実な兵士達には私だけが入室を許される部屋に匿うように前もって命じてあるのだもの。このエロブタなんかの思い通りになんてさせるもんですか……)

「ゴホッゴホッ。さっさと終わらせて帰るぞ!!こんな所に長居など出来るか!!」

ドスリと重たい足を床に置き立ち上がると自身に支える1人の侍女の袖を掴むと引っ張りながら自身の部屋へと戻っていく。

甲板にひと時の安息が戻る。

気が抜けたのか全身から血の気が引いていくのを感じ額に手を当てるミレニア。

「お姉様、大丈夫ですか??」

「よくぞ彼女を助ける手立てをご用意下さいました、ミレニア殿。感謝を」

「あの連れてかれた少女も助けなくては!」

「お姉様の肢体を下衆な目で見るなんて羨ま、………許せない!!」

気付かぬ内に身体を震わせていたミレニアは周囲の気遣いの中バランスを崩し転びそうなところを侍女達に抱かれる。

侍女達からは「お姉様」と呼ばれ信頼される清らかな淑女に下衆の相手はやはり重荷なのだろう。

そんな彼女の足を支えるのは王妃様への絶対なる忠誠心と身の回りの優しい仲間達。

「あなた達にこんな辛い役は任せられないわ。心配ありがとう。もう大丈夫よ」

懐にいる2人の可愛い侍女達から離れると操舵の兵にミレニアは命じる。

「目先の島、枯渇の魔国ギル・ウァストゥへ急ぎ向かいなさい。この度の"目的"を迅速に叶える為に」

この言葉の裏の意味に深く頷く一同。

煤けた空と濁る海の先、金色に輝く島を目指して全速力で船は進む。

幼気な少女の身体が無事な内に魔城へと辿り着く為に………。







数刻の後に辿り着いた魔国ギル・ウァストゥにて、兵達は拠点となる陣を形成していた。

そして魔都への第1陣として王子フローグとその私兵500人が出発の準備を終えていた。

「迅速に狩を終え王都へ戻るぞ!!鈍く役に立たぬ者は俺様自ら首を切って落とす!!!早く行くぞ!!」

汗ばんだ重い尻を似たような体型の馬に乗せながら1時間も振っていられない剣を高く掲げて駒を進める。

拠点に残る者達は1人の少女の介抱をしていた。

「お姉、さま。兵、……さ、ま。ありが、………ます」

顔を何度も強く殴られたのだろう。

上手く喋れない程腫れ上がっていた。

幸い、衣服の乱れはなかった。

船が予定時刻よりも早く目的地に到着した事と、王子が部屋に戻る前に兵士の1人が航海情報の虚偽報告を行い少しでもと時間を稼いだ事が報われたようだ。

少女はすぐに傷を乗船していたプリーストに癒され眠りについていた。

「私は王子の戦果を見届ける義務がある為、先陣に続き300人の兵と共に出発します。……そこの貴方、先程は彼女を助けて下さりありがとうございます。私の部下ではないとは言え同じく国を愛する者です。深い感謝を………」

馬上にてミレニアは時間稼ぎをした勇敢な兵士に頭を下げる。

「そ、そんなそんな!オラはただ過去の戦場で彼女に包帯を巻いて貰っただよ。その時のお礼がしたかっただけでさぁ」

ミレニアの眼前で恥じらう兵士に微笑みを送り、彼女の側に控えるように指示を出す。

そして自らも出陣の準備を進め、兵1人1人に声をかけていく。

"時が来た"と………。

全ての兵に声をかけ終わると旗を掲げさせ、2陣を進軍させる。




罪深き下衆に鮮烈なる死を送る為に……。







広い荒れた大地の先に広がる灼熱の砂漠を越えた頃、王子フローグ率いる合計800人の軍は進軍から4日間を費やしていた。

そしてついに目的地である魔城イノセンティアに到着した。

「この、俺様に、この様な屈辱を与えた魔族とクソオヤジには恐怖と、死を、与えなくてはなぁ………。さっさと城門を開けろ!!」

現レ・アーディス国王は聡明な人格者として民から、国から愛されている。

そしてフローグの母である王妃は平民の出で、王宮近くの食堂で働く姿を当時の王子である現国王に見初められ正室となった健気で大変美しい女性だ。

内も外も美しい2人から産まれ、育てられた王子が何故こんなにも……、と全ての民が嘆いていた。

それも無理はない。

王や王妃は公務が多く子供達は乳母に預けていた。

中でも第1王子のフローグは国の裏で王位を狙う貴族共の差し金で大いに甘やかされて育てられた。

その結果がこれである。

そんな下衆王子に命令されるまま、数人の兵士が城門の扉に手をかけ押し開ける。

ギギギギギィ〜〜〜〜〜。

鈍い音を立てながら開いていく扉の向こうには大理石の板を四角く加工して敷き詰めた武道大会のリングの様な舞台が見える。

フローグ軍は恐る恐る中に入ると先頭の王子と兵士が少し入った瞬間に門が閉まった。

ギーーーーーー、バタンッ!!!

「な、なんだ!?ぁ………ーーー」

「うぁあああ!!!なんだお前達はっ」

「や、やめっ!!っくぁ……」

閉ざされた門の外から多くの悲鳴が聞こえ、やがて無音になる。

「なんだ!!何があった!?!?」

フローグは慌てて後ろを向き扉の向こうに問いかけるも、返事は返って来なかった。

「………殺された、のか???」

800人居た兵がたったの30人程度になってしまった。

1番扉に近い兵が扉を開こうと全力で引っ張る。

しかし、扉は1ミリも動かなかった。

「囚われたのか?………しかし何も……」

辺りには何者の影も見当たらない。

門の外にも誰かが動いている気配もない。

そして、現状から脱出する方法も見当たらない。



「客人諸君、ようこそ魔城イノセンティアへ。砂漠の旅はさぞ疲れただろう?ならばここで荷を降ろすといい。そこで踏ん反り返っている"愚物"をな」



急に聞こえた声に王子も兵達も一斉に振り返る。

何者も居なかったはずのリングに1人、佇む女性の姿があった。

口と鼻以外を覆うヘルムの頭頂部から流れ出る真紅の髪。

胸部の張り出たメイルに無骨な肩当。

露わになっている引き締まった腹部と太もも。

この世の物とは思えない神秘的なオーラを纏った女性が腕を組み待ち構える。

「なんだ貴様は?魔族の者か??……、者共あれを捉えよ!!魔力除去の手錠をかけて俺様に寄越せ。ぐふふっ、いい身体をしてる、ジュルリ」

胸元の開けたメイルから見える谷間、艶めかしい腹部、腰のプレートに隠された神秘。

猿同様の思考回路しか持たない下衆の下心は完全に誘惑に負けていた。

「撃ち方用意っ!!まずは砲弾でメイルを狙い意識を奪うぞ!!放てぇっ!!!」

大きめの筒を持った兵達が一斉に引き金を引く。

いくつもの爆音が鳴り、鉄球が女性めがけて放たれた。


「レジェンドウェポン着装。天拳"ゴッドハンド"」


女性は両腕に金色の手甲を装備すると片手を眼前で開く。

「オリジナルスキル"金剛障壁"《こんごうしょうへき》」

ドンッ!!ドンドンドンドン!!ドンッ!!

重い衝撃音が鳴り響き砂埃が宙を舞う。

「やったか!?ええぃ、何をしてるグズ共!!早く捉えよ!!!槍隊は構えて進め!魔導師は火の魔法を用意しろ!!」

怒鳴り声を上げるフローグ。

目の前に槍を突き立て前進する兵達。

魔法の詠唱を開始する魔導師達。

緊張で冷や汗が吹き出るのをそのままに、開かない視界に不安を寄せながら構える。

すると、眼前に広がる砂埃から弾丸の様なものが飛び出てくる。

「オリジナルスキル"神風脚"《じんぷうきゃく》」

槍と杖を構える兵士達に急接近した女性は空中で一回転し、踵を地面に落とす。

その衝撃でリングに大きなヒビが入り、大理石の破片が散らばる。

散った命が20程度。

「き、貴様、いったい、何者なのだ………」

いつのまにか馬から落ちていたフローグは腰を抜かし、下半身を濡らしながら後退る。

その無様な姿を見て女性は口元を緩めて瑞々しい唇を動かす。


「私ですよ、フローグ王子」


女性はヘルムに隠された目元を開く。

そこにはフローグが見知った顔があった。

「お、おお、お前はっ!!"ミレニア"?!?!どうしてお前が………??」

「1つ、正しておきましょうか……」

改めて目元を隠すと彼女は名乗り出る。

偽りの無い彼女の誇りある名を。


「あたしの名はレーヴァテイン。砂漠の魔国ギル・ウァストゥの魔王にして、貴様の両親と契約し、王宮のゴミ掃除を約束した者よ」


フローグにはミレニア、改めレーヴァテインと名乗る女騎士の言葉が理解できなかった。

王宮のゴミ掃除?

両親との契約??

ミレニアが魔王???

「ふ、ふざけるなよ、侍女風情が図に乗りおって!!貴様はこの俺様に頭を下げておれば良いのだ!!」

「---"ソニックブロウ"」

レーヴァテインは会話を交わす事無く音速の拳で兵士を屠っていく。

「"パーフェクトボディ"」

【モンク】のジョブを極めた者だけが使えるステータス最大強化魔法。

刻一刻とMPを消費し、MPが底をついた時点で効果は消える。

「お、俺様の兵が、な、何をしている!?答えろっ!!ミレニア!!」

怒鳴る不男を無視して1人1人、丁寧に迅速に殺していく。

"ある目的"が完遂する時間を稼ぐ為に。


ギ、ギギギギギィ〜〜〜。


フローグの私兵を全て殺し終わった時、固く閉ざされた城門が開かれた。

逃げ道が出来たと喜びに顔を緩ませたフローグの眼前には見知った顔触れが。

「お待たせ致しましたお姉様。"任務"無事に完遂致しました」

「お姉様が艶めかしい鎧を……///。コホンッ、お疲れ様ですお姉様」

「あれ??まだゴミブタ生きてるんですね。コレ、どうするんですか?お姉様?」

そこには3人の侍女が立っていた。

その3人はフローグが散らかした【リントブルム】の甲板を掃除していた美しい侍女達だった。

その内1人は処刑を命じていた女だ。

「な、何故お前達が………?はっ!!まさか全てお前の策略だったのかミレニア!!」

「人の言葉を、心を蔑ろにする愚物に答える義理はない。ルージュ、ルーティ、ルーシェ

このゴミを縛り引き摺って【リントブルム】へ戻ります。用意を」

「「「はい、お姉様」」」

「お、おい!!ミレニア!!何をっ---」

フローグの額を中指で弾き、気絶させるレーヴァテイン。

闘争の終わり。

彼女はヘルムを外し、冷ややかな視線をフローグへと送る。


「暫し寝ていろ。すぐに地獄を見せてやる」


いつの間にかメイド服を脱ぎ、各々の戦闘服に着替えた3人と板に縛り付け引き摺られるフローグと共に城門を出て来た道を戻る。

"ある人物"と対話する為に。







ギル・ウァストゥ沿岸の岩場に停泊中の【リントブルム】に帰投した一行は兵士500人の大歓声に迎えられていた。

「お帰りなさいテインの姉さん!!」

「メイド3姉妹もお疲れ様だな!!!」

「そこにいるのがフローグのグズか!」

「流石はテイン姉さんだぜっ!!」

武器やヘルム、果てはアーマーまで投げ捨ててはしゃぐ兵士達。

帰投メンバーの中でまず始めに溜息をついたのは空色の髪の美少女だった。

「あの人相当暇なのね、いい歳してはしゃいでバッカみたい。ね、ルージュ姉ぇ?」

「そうねルーシェ。でも殿方相手に"バッカ"はダメよ?良き女とは殿方を立てるものなのよ??」

ふくれっ面のルーシェと呼ばれた少女と並び立つ挙措動作の1つ1つが美しい美女ルージュ。

「怒られた〜、慰めてルーティ姉ぇ〜」

「はいはい、ルーシェは可愛いわねぇ〜。もちろんルージュもよ〜。2人共ぎゅーってしてあげるわ」

「ぐ、ぐるじい〜、ギブ!るーてぃねぇぎぶ!!」

「ルーティ姉様、そこは、きゃっ!!くすぐったいです!!!」

抱きついて来たルーシェの顔をバストと腕で思いっきり締め付け、ルージュも捕まえて胸元をくすぐる姉ルーティ。

この3人が魔城イノセンティアの守護者。

魔王たるレーヴァテインに付き従う者。

「姉妹仲睦まじいのはいいのだけれど、貴女達は早く"コア"の確認をお願い。この【リントブルム】の核となるのが貴女達の言う"女神"なのだとしたら会ってみたいの」

「「「畏まりました。お姉様」」」

3姉妹は姿勢を正すと一礼し、艦内へと入っていく。

数年ぶりの再会を邪魔する事のない様にレーヴァテインは後を追わず、居城へと戻る準備を進める。

「兵士諸君、あたしは一度イノセンティアへ戻る。このブタと捉えた私兵は"女神"救出の確認後、新たに【リントブルム】に搭載した"エンジンルーム"に放り込め。あの3姉妹には客人を護衛しつつイノセンティアへ来る様に伝えてくれるかな?」

「「「「はっ!!!」」」」

気持ちの良い返事に頷くと緋色のマントを翻し、レーヴァテインは1人歩いて行く。

見送りの兵士達は深緑と黄金の姫君に敬礼を送った。

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敗北世界の帰還王 入美 わき @Hypnos

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