外伝 1 氷城の霊姫
「私が"魔王"、ですか?」
ここは魔界ゴパーダオラージュに存在する極北の地サザンプルト。
魔城イスキエルダにて目覚めた米糀は自らを使用人と名乗る侍女達に、この地この城について一通りの説明を受けたのだった。
「もちろんでございます姫様。貴女様以外には務まりません。姫様が保有する魔力の量は前魔王様を遥かに超えているのです。我々魔族の"強さ"とは魔力量と保有魔法、それからスキルの数。そしてそしてそれらの質により判別されます」
「保有魔法、スキルの質に関しましては姫様と同じく召喚されました"アズキ"様より伺っております。あのお方も前魔王様を凌ぐ魔力の持ち主。さすがは姫様の近衛をお務めになるお方」
ベッドから上半身を起こした状態で目の前の侍女2人、パスティとマスティの話を聞く。
その中で聞き覚えのある名前に身体が強張る。
頭の中で侍女達の言葉が繰り返し流れていた。
「同じく、……召喚された!?待って下さい!!あずさん、ではなくて、そのあずきは今何処に!?」
姫君の大きな声に侍女達の背筋が伸びる。
「申し訳ございません姫様。アズキ様は姫様より数刻早くお目覚めになられて場内を検めて御出でになられております」
「私も、場内を案内して頂けますでしょうか!!あ、それに、私の着物は……///?」
仲間が居る。
そう聞いて慌てて掛け布を剥がすと股の辺りがヒヤリとする。
ゲームの中なはずなのに何故こうにも下着の有無が鮮明なのだろう。
「はい、姫様の衣はこちらに」
部屋の扉の向こうから台車を引く新たな侍女が入室する。
「姫様、お召し替えのお手伝いに参りました」
ラスティと名乗る侍女が着替えを手伝うと言って近寄る。
何故だか恥ずかしい気がして掛け布でネグリジェに覆われた腹部と胸を隠しベッド上で後ずさると、
「あの、1人で着替えたいのですが……」
「「「申し訳ございませんでした姫様」」」
3人が声を揃えて一礼し、退室して行く。
案外聞き分けは良さそうだ。
少し安心してネグリジェを脱ぎ、見慣れた袿に手をかける。
布の質感が掌から伝わってくる。
「触覚がある……。それに嗅覚も、まるで現実みたいに……」
肌小袖に腕を通し帯を締め、袿でそれを隠し表着を着る。
ゲームの中であれば何も気にならなかった布の動きが今はとても気になる。
「私、本当にこれで戦えるの?布がはためいて動き辛い……」
最後に羽衣を羽織って足袋と草鞋を履く。
いつもより少しだけ重く感じる衣装に戸惑いながらも、扉を開けて外にでる。
侍女の1人パスティが待っていて場内の案内を始める。
「腕試しが出来る場所はあるかしら?」
「はい姫様、修練場がございます。只今より向かわれますか?」
「はい。あずきを見つけて話をしてから、案内をお願いします」
かしこまりました、と会釈をして歩き出す侍女。
自身が保有する武器が視界内に表示されず、けれど確かに所持している事がわかる。
(その辺りも試してみないと、いざ戦闘になったらまずいですね………)
一部の不安が消えぬまま、案内される通りに城内を歩く。
ただ一つ明確な"戦う為にここに居る"という現状を胸に……。
◇
石造りの城を歩き、物見櫓と思しき塔を登って行く。
凍てつく風を頬で感じながら外に出るとそこには見慣れた人物が立っていた。
グレージュのロングヘアに包帯だらけの身体。
腕と胸と膝を守るオリハルコンのプレートに暗器を仕込み膨らんだボトム。
癖なのか赤いマフラーで口元を覆っている彼女がプレイヤーネーム"あずきん"。
G.O.O《ゴパーダオラージュオンライン》において"軍神"と謳われた最北国土エドの英傑。
「やぁお米ちゃん、身体の感覚には慣れたかい??」
「あずさん、おはようございます。自分の身体の様な感覚にまだ違和感はありますが大丈夫です」
「それは何より。……この世界については??」
「少し前に一通り。どうやら俺達は"囚われた"又は……、と言ったところだろうね」
一人称「俺」。
見た目は美人なのにどこかぶっきらぼうで男勝りな印象。
言葉を切ると首元のマフラーで口元を隠す。
「戦う為に召喚され、魔王という地位に置かれて囚われた。差し詰めはこんなところでしょう。だとしたら一体"何と戦う為"なんでしょうか……」
「"人間と"、でございます。姫様、アズキ様」
思考を巡らせている間に背後を取られた2人。
そこに立つのは清楚な顔立ちのエルフ。
顔に似合わない重厚な鎧を装備している。
「私が背後を取られるなんて、……不覚です。と、反省はさておき貴女は?」
「名乗りもせず申し訳ございません。我が名はアンリエッタ・グルグソード、氷の魔城イスキエルダにおいて修練場管理者を務めております。侍女パスティよりご案内を仰せつかりました。お時間のよろしいる時にお声掛けください、塔の下にてお待ちしております」
それでは、と息を吐く間もなく話終わり一礼をして踵を返すアンリエッタ。
米糀はその表情から並ならぬ緊張感と少しだけ、畏怖を感じ取っていた。
「ところでお米ちゃん、名前はどうするんだ?俺はプレイヤーネームではなくて本名のあずきを名乗る事にした。さすがにコメコウジはオッサンみたいで変だろう?先に目覚めた時"姫"だと侍女に伝えたが……どうかな?」
「では私も本名の
「そうか、素敵な名前だ。……それにしても実際の身体と少し違うのと、五感が有るっていうのは何故だか気持ち悪い。早い所実戦を体感したい……、少し暴れて来ようかな君も来るだろ?椿姫君」
軽めのストレッチをしながら鋭い目線を椿姫に向けるあずき。
「もちろん行きます。可能なはずの気配探知すらまともに出来ないなんて恥ずかしさを通り越して悔しいです。限りなく実戦に近い戦闘を体感したいので、あずさん"手合わせ"お願いできますか?」
左手に愛刀を召喚し視線を受け止める。
「いい殺気だ。出会った当時を思い出すよ、姫君」
腰に挿した剣と銃に手を掛けて笑うあずき。
塔を降りてアンリエッタに案内されるまま修練場へと歩いていく。
果たして前魔王を凌ぐと言われている2人の戦闘に修練場が保つのかどうか………。
◇
「この世界で傷ってのは"痛い"のか……。ゲームだった時も出血はあったけど今有る五感と同じく痛覚、倦怠感なんかの感覚が存在するなら"失血"が致命傷になる」
失血とはG.O.Oでのバッドステータスの1つ。回復処理をしないまま戦闘を続ければ、移動速度低下と攻撃力低下が付与されていく。
「お互いに回復手段はありますよね?少しだけ試してみましょうか………っ!」
2人揃って掌を少し切り、回復を試す。
検証結果、この世界では痛覚も出血の感覚も存在する。
そして、回復に傷の修復も含まれる。
「どうやら俺の戦闘スタイルは"ここ"じゃリスキーみたいだな………」
「ふふふっ、あずさんのスタイルは元々全プレイヤー中1番リスキーでしたよ。……さてと、確認事項は以上ですね。模擬戦とはいえ、お互い"本気"で行きましょうか……」
椿姫はアンリエッタに戦闘開始の合図を送るように指示する。
紫髪のエルフは滴る汗にインナーを濡らしながら右手を上げる。
身体が震え、鎧がカチカチと小刻みに音を鳴らしていた。
これから、かつて支えた魔王を優に凌ぐ存在がぶつかる。
この極北の魔島、サザンプルトが保つかどうか……。
不安を握り締め、上げた腕を降ろす。
「始めっ!!」
「秘剣、一筋の風」
「インパルスッ!!」
衝突する斬撃と衝撃。
ただそれだけで修練場の屋根と壁が吹き飛ぶ。
「この一閃で両断できないとは、さすがですねあずさん」
「真っ先に仕留めに来ると思ってたよ。いくら俺でも、さすがに刻まれる痛みなんて味わえないさ」
背中に抱えていたバスターソードを地面に突き刺し吹き飛ばされずに耐えていたアンリエッタは開けた口を塞げずにいた。
「これが、新たな魔王様と近衛殿の力……。刀1振りとスキルでこれほどまで、……この力なら………」
畏怖と期待。
2つの感情を握り締め、何があってもこの死闘を見届けると彼女は誓う。
これがまだ、両者小手調べの一撃。
「衣装の重さ、身体の感覚、スキルや魔法の発動まで試します。あずさん、簡単に死なないで下さいね?」
「無茶を言うね、姫君。見た目に反して苛烈過激、たまらないね。"ジャッジメントレイ"!!」
あずきは左手に持つ銃から武器スキルを発動する。
彼女は剣と銃を扱える職【ナイト】。
本来ならば剣と盾、銃と盾を装備し攻防自在の戦いをするのがこの職の特徴なのだが、彼女は防御を行わない。
直線上に伸びる光速の魔弾を愛刀を持ち替えて斬り弾く椿姫。
「斬魔刀"サモンジ"、私に魔法は通用しませんよ。こちらも一手、……秘剣"一陣の霧"」
瞬発的に接近し斬りつける"一筋の風"と違い、愛刀の1つ夢幻刀"ムラサメ"を用いた遠距離からの斬撃。
「もちろん知ってるさ、"シャドウエスケイプ"。俺にはどんな攻撃も通用しない、避けられる限りだけどね」
自身を影に隠し、幻影を残すスキルで攻撃を躱し両手を広げ戯けてみせるあずき。
「さて、そろそろ本気でやってみるか!!!"召喚"【ハーメルンの幻楽器】、スキル"繋命分身"《ウル・アルヴァタラ》オリジナルスキル"アッパーオーケストラ"」
異空間から幻の楽器を召喚する。
それをスキルで作った分身が持ち、音楽を奏でる。
「始まりましたね、十八番"単独ライブ"。ステータス差が開く前に消します。"マサムネ"!!」
分身の1体1体を自身を霊体にして排除する。
霊刀"マサムネ"は相手の心拍数の上昇率に応じて霊体としての持続時間と移動速度を上げる。
「おおっと、楽しみ過ぎたか。血湧き肉躍るどころか心まで踊ってしまった。くぅっ、消えた分身のダメージバックがやっぱり大きい。………だが"ハーメルン"はまだ残ってる、敵が見えないならそれなりに……"召喚"!!」
「あれはまずいっ!!秘剣"一塊の氷"」
「【断罪の聖龍ジャバウォック】」
紅い魔法陣があずき本体の背後に広がり、巨大な爪が異空間を割いていく。
割れた空間から伸びる聖龍の腕に椿姫の秘剣が止められていた。
「間に合いませんでしたか……。これがこの世界で見るあずさんの力。G.O.Oで唯一"多重召喚"を使える戦士、"軍神"は健在ですね」
「文字通りの一騎当千。とはいえ当時、俺×1000人を全て切った"絶対零度"の姫君に言われても皮肉にしか聞こえないよ」
あずきはあははっと笑って銃を仕舞い、剣を強く握る。
これは防御態勢。
ここから先は攻撃よりも自身と分身を守りきれば勝機が見える。
「これはまずいですね。あずさんよりもジャバウォックを先に仕留めますか……、護身刀"コテツ"冷気解放。ここは氷の魔境、私にアドバンテージがありそうですね」
椿姫の周りを強い冷気が覆い触れるもの全てを凍らせ崩していく。
剣技への恐怖と水氷の魔法、スキルによって最強領土エドの"絶対零度"と恐れられた領主。
護身刀の能力を解放してからが彼女の真骨頂。
「仕舞いにしましょう。"召喚"【原初の母ウンディーネ】!!」
気温が急激に下がり、大気中の水分が結晶化し7つの円を描いて1つの極大魔法陣へと変化していく。
全生命の母たる水の大精霊が召喚され、椿姫の隣に並び立つ。
『貴女の顔を見るのは久々ですね〜。わたくしを呼んで下さるとは、余程の事態なのでしょうか?』
「………、え?」
『どうしたの〜?そんなに口を開けて、乾くわよ〜??』
「え、だって、えぇ!?喋ってる!!」
ゲーム内での召喚獣とは召喚後、殆どの動作をオートで行いプレイヤーの補助を務めるNPC《ノンプレイヤーキャラクター》だった。
それが今、自我を持ち自分に話しかけている。
その状況が上手く飲み込めず、椿の口は冷気による乾燥でカラカラになっていた。
『とーっても美人な人が増えたよマスター!僕、遊んでもらえるのかなっ!?』
「……、今、君が喋ったのかい?ジャバウォック??」
『そうだよあずきん!久しぶりだね!ハグをしようか!!』
「いや、君に抱きしめられたら八つ裂きになってしまうよジャバウォック……」
あずきも、意思を持つ召喚獣に戸惑っている様子だ。
そんな召喚主を置き去りにして、事態は進んでいく。
『おやおや〜?何処かで見たトカゲがチョロついてると思えば、ジャバウォックではありませんか〜』
『随分と綺麗なお姉さんかと思ったけどウンディーネおばちゃんだったんだ!!ショックー』
…。
………。
……………。
『ー殺すー』
一瞬の沈黙を破り、殺意を飛ばすウンディーネ。
カンカンカンカンカンカンッ!!!
今にも強大な魔法攻撃を仕掛けようとしていたウンディーネの詠唱が金属音に遮られる。
一定の間隔で叩き鳴らされる音に逸早く反応したのはアンリエッタだった。
「お二人共、急ぎこのリングを装備して下さい。お二人の魔力を感知不能にする物です。奴等は魔界の異変を感知しやって来たものと推測できますのでどうか」
あずきと椿姫はアイコンタクトを取りアンリエッタの元へと駆け寄ると受け取ったリングをすぐに装備する。
「アンリエッタ君、"奴等"とはさっき言っていた俺達が戦うべき相手"人間"の事かい?」
「はい、その通りですアズキ様。奴等の容姿は御二方と変わらないのですが、奴等は魔力を持ちません。その代わりに"キカイ"という物を独自で作り出し魔族を捉え原動力としているのです」
「キカイ?機械の事なのでしょうか?それを動かすコアに魔族が生きたまま使われていて、それを大量に確保する為に人間はこの魔界を侵略したと?」
「その通りですツバキ様。我々魔界の者達は"人間"が起こした侵略戦争に敗北したのです……」
人間族の非道な行いに絶句する2人。
現実の世界ではもちろん人間だったはずなのに何故だか怒りが込み上げてくる。
これも自らが魔族となったからだろうか…。
「アンリエッタさん、状況はわかりました。ならばまず我々がしなくてはならない事は
---」
両名とも召喚獣を戻すと修練場から城への通路を駆け足で抜ける。
アンリエッタは2人の背中を追いつつも海の有る方向を向いて眉間に皺を寄せていた。
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