第二話 バンカラ対不良(後編)
不良達の溜まり場だったはずの校舎裏は、大惨事になっていた。泡を吹き、地面に倒れた男達。その中に、ただ二人だけが立っていた。
「テメエ……なにしやがった……っ!」
一人は不良達で唯一の生存者。壁に手を付き、胸を押さえながら。
「『適性』は貴方だけでしたか……」
一人はのっぺりとしたスーツの男。涼しい顔をしたまま、冷徹に。
「こんの……っ! うぐぅ!」
「駄目ですよ、急に動いたら。適性があっても、薬自体が劇薬なのですから」
怒りのままに殴り掛かろうとした不良だが、膝から崩れ落ちる。それをなだめるように、スーツの男は歩み寄った。そして、耳元で囁く。
「お仲間はもう駄目です。我々で処理します。貴方は、超人への入り口に立ったのです。さあ。あのバンカラ男を討ち、真に超人となるのです」
それは、甘い毒。その甘さ故に、人の心に容易く染み込み。
「へ……。へへ……。やってやるよぉ……」
そして人を簡単に狂わせる。もう不良に仲間達は見えてはいない。潜伏性のニュートラルウィルスを保菌していたが為に、この男は魔道に堕ちたのだ。そのまま彼は、フラフラとどこかへと向かって行く。
「……これで良し、と」
その姿を見送りながら、スーツの男はいずこかへと電話をかけた。
「ああ、私だ。処理をお願いしたい。座標は送る。複数人だから、人数を使って手早く頼む」
男は手早く電話を終えると、次の瞬間にはもう校舎裏から姿を消していた。そして十分後。その場からは全ての痕跡が消し去られていた。
既に四月の太陽は西へ沈もうとしていた。ほとんど人通りの絶えた校舎に、下駄の音だけがこだましていた。
「補習、終わったのね」
その足取りを遮るように、女が現れた。
「終わった。だが、君には関係ないだろうに」
下駄の主、番長五郎。彼は心底不思議そうに首を傾げた。そのスタイルには、微塵たりとも変化はない。学帽の下にはちょんまげを伸ばす最中の力士めいた長髪があり、がっしりとした肉付きの百八十センチ程の身体には、黒の外套が巻かれている。
「そうね、関係はないけど。でも私は貴方に怒っている」
女、井伊梓は。頭一つ高い長五郎を見上げた。あまりの素っ気なさに気圧されそうになるが、足を踏ん張り、言葉を紡ぐ。
「貴方は無愛想過ぎる。素っ気なさ過ぎる。自分の責任にし過ぎる。私だって木刀で威圧された被害者なのに、なんで全部引っ被ってるのよ」
「あの下卑た男達は、俺に用があってクラスへ来た。俺がクラスに居れば、君達にはなにも起こらなかった。故に、俺の責任だ」
「でも!」
梓は背伸びして訴えた。訴えたが。その瞬間に、長五郎の目の色が見えた。それは威圧でもなんでもなく。
「う……」
その色に梓は後ずさる。そして、これが結果的には彼女を救った。
「キエエエエエエエエエエーーーーーーーーーッ!」
奇声。長五郎の後頭部めがけて投げ付けられた金属バット。
「危ない!」
間髪置かずに梓の声。数歩後ずさったことで広がった視野。その片隅に、昼間の不良が居たのだ。
「伏せろ!」
長五郎が答えた。振り向きざまに学帽を取る。
「芯通し――」
あの日も呟いていた謎めいた言葉。それと共に右の腕と学帽を、バットに向かって振り下ろし――。
ギィン……。
鈍い音を立てて撃ち落とした。
「ぐっ……!」
だが、長五郎のダメージも皆無ではない。金属バットがバウンドする音とほぼ同時に、右腕を押さえていた。晒した長髪の生え際に、脂汗が滲んでいる。
「
顔を起こした梓が、這いながら長五郎に近寄らんとする。だが。
「来るな、伏せていろ。二段目が、来る」
前を見据えたまま、長五郎が止めた。そして同時に。
「シャアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
再びの攻撃。今度は両の手指に挟んだ、八本の投げナイフ。撃ち落とすには、数が多い。避ければ梓に刺さる可能性がある。故に。
「『芯通し』――。ぐうううっ!」
今度は背中の外套で受け止める。しかしナイフの鋭さが勝ったのか、何本かのナイフが外套に刺さり、その威力に長五郎は呻いた。
「ケヒャアアアアア……。勝てるぅ……勝てるぞぉ……!」
正気を失った声が、梓の耳を叩く。そっと目を合わせてみれば、完全に正気を失った目をしていた。こちらの正気までも奪われそうである。そしてもう一つ。殺意が目に見えそうなぐらいに噴き上がっていた。
ヤバい。
語彙が吹き飛ぶレベルの圧。それは、昼間に殴り込んで来た時の比ではなかった。これでは、人ではないナニカだ。
駄目だ。
梓の本能が理解した。このままでは、番は負ける。少なくとも、
考えろ。思考を回せ。彼は恐らくニュータント。
そうだ。
梓は天啓を得る。彼が、攻勢に転じるのに必要な物は。それになり得るものがある場所は。どこだ、どこにある? あった。ほんの数メートル先。ゆっくりコソコソ動ける猶予はない。後は自分の体力と、番と相手の反応次第。つまり、運だ。
「レディ……」
口の中で唱える。気分はテレビか何かで見た、ビーチフラッグの選手だ。番は前を向き、あの禍々しいまでの殺意と向かい合っていた。嵩にかかっているのか、殺意はゆっくりとこちらへ歩いて来ていた。番の外套には、まだナイフが刺さったままだった。痛ましい。だがそれでも、彼は屈していない。
「ゴー!」
口の中で叫ぶ。梓の脳内で、ピストルが鳴った。左足から低く身を起こし、一気に走る。
「ナニシテヤガルゥ!」
「芯通し!」
背後で声。物同士のぶつかった高い音。だけど、そんな事はどうでも良かった。数メートル先まで必死に足を動かし、たどり着く。掃除用具入れ。そこを開け、あるものを取り出し、番に向かって投げる。
「使って!」
「恩に着る!」
番が後ろ手でそれをキャッチしたのを確認して、梓はへたり込んだ。
「なんだぁ、そいつはぁ……」
「モップで悪いか」
長五郎はモップを毛の方を先にして構え、殺意と対峙する。その姿には、先程まで後手に回っていたとは思えない自信と気迫があった。
いい観察力だと、長五郎は思った。
彼の持つニュータント能力、『芯通し』は物を硬質化させる。だがその実、袖を通しているものか、手にしたものでないと能力は発動しない。ならば?
武器を与えればいい。梓は、そこに気付いたのだ。
長五郎は、心の中で梓に謝罪した。巻き込んで済まないと。だがそれは、言葉にしなければ。真実伝えたことには決してならない。つまり。勝って、生き残って。伝えるのだ。
モップの毛越しに、殺意を見据える。敵は既に、最初に投げ付けて来たバットを拾っていた。
「ふざけるな、死ねぇ!」
大上段に構えたバットが、目にも留まらぬ速さで長五郎を目指す。だが、長五郎は落ち着いていた。
「芯通し――!」
硬質化させたモップ、その毛の部分で、バットを迎え撃つ。そのままバットを受け流すと素早く持ち替え。
「喝!」
柄の部分を、殺意の鳩尾に叩き込んだ。
「お゛う゛っ……」
一撃の重みにくの字になった不良は、そのままどこぞの元横綱のように崩れ落ちた。ビクンビクンと痙攣を繰り返すが、その内動きは停まった。
「…………! ふうっ……」
活動停止を確認して、長五郎はようやく残心を解いた。しかし振り向いた時。そこに次なる敵は居た。
「番長五郎――。君は再び校内で暴力を振るったね?」
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