三話

 月明かりに照らされた小さな村では、お祭りのような騒ぎにいつにない活気で満ちあふれていた。

 広場の中央では丸太を組んだ大きな焚き木が設置され、若い男女や子供たちが腕を組んで楽しげに踊っている。

 それをはやしたてる手拍子と村人たちの大きな歓声があがった。

 何処の地方でも邪悪な魔物との戦いが終われば、こうして厄払いの宴を開くのが習わしである。

 ましてや村の全滅も覚悟して挑んだ戦い、彼らの勝利の喜びはひとしおだろう。

 村は辺境ではあるものの貧しいわけではなく、沢山のご馳走と山の幸がテーブルにならび何個もの酒樽が開けられていた。


 そんな夜通しになりそうな宴の中、勝利の立役者であるアルテは弟子のマオに声をかけ先に休むことにした。 


「すいませんがマオ、後のことはお願いします」

「はい、任せてくださいお師匠さま」

「マオもたまには羽目を外して楽しんできてくださいね?」

「いえいえ、月弓のアルテの弟子として恥ずかしくない振る舞いをしますよ」

「もう、あなたは……」


 当然、宴にはアルテたちも誘われたが、種族の特性上・・・・・・あまり人付き合いが得意ではない彼女はこのような場はマオに任せきりになっていた。

 彼女の代役を果たそうと年相応以上にしっかりとしているマオの姿は、育て親のアルテとしては誇らしく思う反面、無理をさせているのではないかと心配にもなるのだ。


 そしてアルテが宴を断るのには、マオにも言えぬもう一つの理由があった。


「では、おやすみなさいマオ」

「はい、おやすみなさいお師匠さま!」


 元気な返事にアルテは微笑み、マオのふっくらとした頬に口づけをすると背中を向けその場を後にする。

 頬を染めるマオに、アルテは気づいていなかった。


 村長の家に行くと、アルテは与えられた部屋のドアを開け室内に入る。

 辺境の村には宿屋などというものはなく、この地を訪ねてきた客人は村長の家で世話になる。

 そのためか普通の宿屋のような余所余所しさがなく、どこか家庭的な温かさを感じられた。

 アルテは注意深く室内を観察する……覗き穴や盗聴する魔道具などの類はないようだ。


「我は施錠する――」


 アルテはドアを魔力で固定する魔法を唱えた。

 これによりドアは壁よりも強固になり人力で開けるのは不可能になった。

 

「現れよ風の精霊よ、そして、この場に沈黙をもたらせ――」


 アルテは透き通る羽をもつ風の精霊シルフを召喚した。


『…………』


 招きに応じて現れた小さな身、馴染み・・・の冷めた目のシルフはアルテを見てうなずくと、彼女の望みを叶えるべく力を振るった。

 シルフの能力の一つ、指定された範囲の音を遮断する沈黙サイレンス

 これからしばらくの時間、この部屋で何が起きようと外に音が漏れることはないだろう。

 アルテは弓をテーブルに置き装備を脱いで全裸になる。


「ふぅ……」


 そして深い溜息をつき、ベッドの上にうつ伏せになってそのまま動かなくなった。

 ダークエルフの美しい寝姿。

 艶やかな褐色の肌、細い首筋から背中、形の良い丸いお尻、そして長い脚のラインは同性でも見惚れるほどに美しい。

 しかし、アルテはまだ眠りにはついていない。

 英雄と呼ばれる彼女だがひどく重たげな様子は、先ほどの戦いの疲労のせいなのか?


 静寂に包まれる室内……やがて一糸まとわぬアルテの肢体が小刻みに震えだした。


「きゃあああああああああああああああぁぁぁぁ!!」


 突如、月弓のアルテが黄色い悲鳴をあげた。


「可愛いの! 可愛いの! マオきゅん、本当にちょ~う可愛いのおおぉぉぉぉ!!」


 枕に美麗な顔を深くうずめ抱きしめ、むっちりとした長い足をばたつかせ、ダークエルフの美女は大音響で絶叫した。

 明らかな奇行である。

 普段の彼女を少しでも知っている者からすれば考えられない有様で、驚愕しドン引きものだが、マオ少年ならなんとか受け止められるだろうか?


「堪りませんっ! 堪りませんよっ! マオきゅん可愛い! マオきゅん可愛いよぅ! おっぱい触って恥ずかしがる年頃なマオきゅん最高に可愛いよぅ!!」


 戦いの前のマオとのやりとりである。

 アルテは平静に見えて、実はだだ漏れそうになる欲望を……心の叫びを押さえて良母な演技をするのに必死だったのだ。

 それこそ先ほどの魔物たちとの戦いなど鼻で笑えるレベルで。

 ダークエルフ美女の胸の柔肉が、たぷんたぷんとシーツの上で蠱惑的につぶれ肉感的な腰がリズミカルにベッドに打ちつけられる。

 誰がどう見たってアレな行為を思わせる滑らかで激しい腰使いは、女を知らぬ年頃の男子が見たらそれだけで鼻血をふきだす凄まじい妖艶エロさであった。


 ベッドが軋む、マオ少年ならまだぎりぎり受け止められるはずだっ!?


「不安げになっている顔が可愛いの! 男の子らしいキリッとした顔も可愛いの! 不意におっききしちゃって私にばれないか焦っている顔も可愛いの! どこまでいっちゃうの!? どこまで私を喜ばすの!? 天使よぅぅぅぅ!! 私の大天使マオきゅん様なのよおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」


 アルテさん、ラストスパートだぜ‼


 そういわんばかりに空腰の速度と勢いが増し、大男が寝ても大丈夫なはずの太い骨組みのベッドが破壊寸前の悲鳴をあげた。

 ぱんぱんぱん、あんあんあんと、シルフの沈黙がかかって無ければ人が集まって来るほどのやかましさだ。

 その呼び出されたシルフはというと、埴輪のような悟った表情のまま腕を組み、無言で見守っていた。


 マオ少年……でも、これはちょっと厳しい案件だぁ……。


「あきまへん! あきまへん! あきまへんよアルテはん! 大天使マオきゅん様に対してそんな邪な気持ちはあきまへんでっ! あ、あ、で、でも、お、お腹がじんじん! じんじんするぅ! マオきゅんに突撃ラブラブハートでキュンキュンしちゃうんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 前世、男時代の言葉使いがそのままでてアルテの美しい両腕が妖しく激しくテクニカルに動いた。

 もうなんだか説明するのも嫌になるほどの大ハッスルである。


 そして――


「んほぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」


 普段は淑女のたしなみを忘れない楚々としたダークエルフの美女が、姿に見合わぬ野太い声で大絶叫をしたのである。


 ……ここで、アルテの痴態に対しての言い訳をさせて欲しい。


 アルテは確かに前世はショタコンという性癖つみを背負っていた。

 しかし女の身になってからはそれがなくなり、むしろ子供ショタたちに母性的な気持ちで接することができるようになって彼女自身が一番喜んでいた。

 マオを育てるのだって打算などはなく、半ば押し付けられたものであったが純粋な気持ちで一人前にしようと思っていた。

 だがそんな女の身に起きた不幸がダークエルフの適齢期だった。


 身もふたもない言い方をすれば……発情期である。


 しかも悪いことは重なるもので、前世の性癖ショタコンが突然よみがえり、なんの因果か彼女好みのドンピシャな容姿をもつ者が成長した愛すべき息子のマオであった。

 血は繋がらぬとはいえ由々しき事態である。

 もちろんマオには隠している……隠しているのだが、戦いの後だと生存本能が働いて子孫を残すことを強く欲するのか熱く火照ってしまうのだ。


 ……女体の色々な部位が。


 結果が先ほどのような頭桃色一人遊戯なハッスルスパークである。

 アルテは知らぬことだが長寿であるダークエルフの発情期は始まると子を宿すまで続き、症状が酷いときは理性が吹き飛ぶほどだ。

 数の少ない種を存続させるための月の女神の呪いとまで言われている。

 ダークエルフの使命である子作りを今だに果たせず、三百と十八歳の処女な母は食べごろの美味しい肉体を持て余していたのだ。


 それでも発情する対象・・・・・・に手をださないのは英雄としての矜持か、はたまた育ての親としての道徳心か、あるいは少年の生い立ちに対しての特殊な事情ゆえなのか……獣のような情欲に染まる彼女には判断がつかなかった。



 翌日……なぜかエビぞり首ブリッジの姿勢で目を覚ましたアルテは、自らの惨状に人知れず溜息を洩らすのであった。

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