回想
これは俺が中学2年の冬のある日のこと。
俺が通っていた
この日も、放課後いつも通り学校のグランドで練習をしていた。冬は、日が暮れるのが早いので6時には練習が終わり、解散した。この日は、壮弥はたまたま家で用事があり、早めに帰っていた。
自転車小屋に向かう。自分の荷物をまとめるのが遅かったのか、そこには誰もいなかった。練習着は着替えたが、冷たい風で身震いがした。自転車のかごに荷物を置いた。今日もだいぶ練習したな、疲れた、早く帰って寝よ、と心の中で呟く。その時、後ろで靴の音が聞こえた。振り返ると、そこには一人の女子が立っていた。ハーフツインテールをしていて、比較的大きめの様子を窺うような目を自分に向けてきた。誰だっけ、この人。
「あ、あの、私、隣のクラスの
相手が口を開いた。片桐愛理。思い出した。小学校を卒業してから、広島からここに来たやつだ。1年の時、かなり噂されていたので、特にその類の話に興味のない自分の耳にも入ってきていた。
「はぁ、どうかした?」
どのように接したらいいのか分からず、少し変な声になった。愛理の緊張がヒシヒシを伝わってきて、自分まで緊張してきた。
「あの、話したいことがあるんじゃけど、ですけど、今いいですか。」
「はぁ、うん、大丈夫なんで、どうぞ。」
広島弁が出てしまったことに慌てて、標準語に直していた。別に特に気にはならないけど。話ってなんだろう、何もしてないと思うけど。めんどくさいことにはできる限り関わりたくない。いろいろ考えている自分を心配そうに見てくる愛理。軽く深呼吸をしたかと思うと、耳を疑うような言葉が発せられた。
「突然で申し訳ないんですが…、鷲見くん、好きです。付き合って下さい。」
「え…」
あまりに突然で、言葉が口から出たのか出なかったのか分からなかった。驚きのあまり思考が混乱している自分に向かって、愛理は早口で捲し立てる。
「突然ですみません、ほんとに。じゃけど、伝えんと後悔すると思うたけぇ。返事、すぐじゃなくてええんで。さよなら。」
そう言って、自転車に乗って帰っていった。
「ちょっ。」
ちょっと待って、という言葉も追いつかず、自転車小屋に一人佇んだ。とりあえず一旦落ち着こう、遅いから家に帰ってから考えよう。そう、全くといっていいほど落ち着いていないが、自分に落ち着くよう言い聞かせた。乾ききっていたはずの汗が、再びシャツに滲んでいた。
机を叩く音が聞こえた。
「ん。」
顔を上げると、微妙な表情をした美和の顔が視界に入ってきた。授業中だった。また、いつの間にか寝てしまっていたらしい。また、夢であの時のことを思い出してしまった。何回も見た夢。もはや、夢というよりも回想なんだが。俺が起きたのを確認すると、美和はすぐに前を向いた。夏休みを明けてから、美和の様子が前と比べて何かが少し違う。前から、隣の席であることもあり授業中、俺がたまに寝ていたら起こしてくれていた。迷惑かけてるからかなぁ。後で謝っとくかぁ。
先生が授業で話している。けど、その声は起きていても今は少しも聞こえなかった。自分の頭の中は、再び過去の記憶へと入っていく。
愛理に告白された次の日、昼休みに隣のクラスまで愛理に会いに行った。愛理は、少し驚いた様子で廊下に出てきた。
「片桐さん、まだ俺、片桐さんのこと何も知らないから、とりあえず、ラインでも交換しとく?」
「あ、うん。そうじゃね。うん。そうしよう。ありがとう。」
自分の言葉にぱぁ、っと愛理の顔が明るくなった。その表情を見て、少し自分の顔が熱くなったのを感じた。
「あ、俺、部活中以外だったら暇だから、大体すぐ返せると思う。」
「うん、分かった。ありがとう。」
「じゃあ。」
昨日の夜、どうしようかとだいぶ悩んだが、今日こうして良かった、と安心した。
「どうした、鷲見。珍しいな、お前が女子と話してるの。」
突然、壮弥から話しかけられ、少し驚いた。こいつには、話しとた方がいいな。
「あぁ、実は、……」
昨日あった出来事を話していく。何も言わずに壮弥は、自分の話を聞いていた。
「そっかぁ、良かったな、鷲見。」
「え、いや、まだどうなるか分かんないし。」
「片桐、いいじゃん。結構かわいいし。性格もそんなに悪くないし。」
「お前、喋ったことあるのか?」
「ないけど。他のやつと話してるとことかなら、よく見るけど。見てたら、人って大体分かるっしょ。」
「そんなもんか。」
「まぁ、付き合うんなら、大事にしろよ。」
「あぁ、うん。」
そう言って、壮弥はどこかに行ってしまった。あいつ、そんなこと言うやつだったのか。少し意外だった。まぁ、今まで自分がこの類の話を聞く気がなかっただけかもしれないが。
「大事にするかぁ」
自分には、今までこんな経験がなかった。今まで、誰かに告白されることもなかったし、好きな人ができたことがなかったため、もちろん自分から告白したこともない。自分の何がいいんだ?けど、こんな自分のことを好きになってくれた愛理のことは、悲しませたくない。これからどうするか考えないと。チャイムが鳴り、授業に向かった。
授業聞き流してるよね、この人。隣の席の映真をちらっと見る。さっきも寝てたし。中学校の時の彼女さんのことをまた考えていたんだろうか。夏休みのあの日以降こんなことばかり考えてしまう。どんなに考えたって、想像したって何にもならないこと分かっているのに。
「中谷さん。」
声の方を見る。映真だった。人のことをいろいろと考えているうちに、自分も先生の話を聞き流し、いつの間にか授業が終わっていた。
「なんか、俺悪いことしたかなぁ?」
やっぱり私の態度が前とは違うことに気付かれてしまったらしい。別にこの人は何も悪くない。
「えっ、そんなことないよ、全然。気にしないで。疲れてだけかなぁ、ははは。」
言えば言うほど、嘘に聞こえてくる。
「あ、ならいいけど。もしなんかしてたら、申し訳ないから。」
「いやいや」
軽く笑ってごまかした。申し訳ないのは、こっちなんですが。時間がない。もうそんなにない。私は、映真の幸せを願うって決めたんだ。笑顔で楽しく接しないと。これ以上、映真に心配かけたくないよ。
ラインを交換してから、愛理とはほぼ毎日のように話した。愛理と話しているととても元気が出てくるし、温かい気持ちになれた。そして、決断をした。いろいろ悩みに悩んだ末出した答えは、中学校卒業まで付き合うことだった。愛理が悲しむんじゃないんか、と少し不安もあったが、「分かった。」と言ってくれた。付き合いだして、できるだけ愛理が楽しめるようにいろいろ一緒に出掛けた。楽しそうにしていて、安心していたが、3年になって受験が近づいていた頃、愛理が泣いているのを見た。声をかけようとしたが、その前に他の女子が声をかけた。
「どうしたの?大丈夫?」
「う、うん。いや、ちょっとね、卒業が段々と近づいてきてて、もうすぐ鷲見くんとお別れなんだ、って思うと悲しいんよ。今の楽しいことが高校に行ったらなくなるんや思うたら、ちょっと…」
二人の会話を隠れて聞いてしまうことになってしまった。やっぱり思ってたんだ、そんな風に。自分も愛理と別れるのは辛かった。けれど、高校はきっと違う学校になるだろうし、それに高校に行ったらきっと、自分よりももっといい人に愛理なら出会えるはずだ。それがきっと愛理の幸せにつながるだろうから、自分との関係は中学校まででいいんだ。そう思って、決めたことだった。けど結局、愛理を悲しませてるのか、自分は。
その後、愛理にそのことを何も聞けないまま、受験だ、大会だ、などとしているうちに時間が過ぎていき、卒業を迎えてしまった。
去年の4月ここで愛理と会ったなぁ。そうふと思い、帰り道で少し足を止める。会ったというよりかは、俺が一方的に見かけたというのが正しいのだが。何となく近くの病院が目に留まる。
「ん?」
知っている人が病院から出てきたような気がした。美和?そんなわけないか、気のせいかな、と思い直し家への道を進めた。
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