後悔の先のオレンジ

落合 鷹鶯

失恋

 なんで、今俺は、こんな話をしてるんだ?そう心の中で呟きながら鷲見映真すみはるまは、パソコンの画面と向かい合っている。

 数十分前に、自分と同じ内田うちだ工業高校に通う中谷美和なかたにみわから『失恋した』と連絡が入り、向こうの話を聞くつもりが、いつの間にか自分の話をするはめになっていた。高2にもなると、お互い他人の扱いが定着化し、この類のことは自分には関わりのないことになるだろうと思っていたのだが。まぁ、こいつの場合、だいぶ変わっているし天然なところがあるから、仕方ないのか。本気で悩んでるっぽいしな。そう思いつつも、どうにも心の動揺が隠し切れず、落ち着こうとホットコーヒーの入ったマグカップに口を付ける。別にこの動揺が、誰かに見られているわけでもないのだが。

『その人のこと、今でも好きなの?』

「あっつ」

 美和の直球な質問に、危うくコーヒーを溢しそうになった。もう一度、送られてきた文字をじっくりと見る。見間違いなどではなかった。

「なんでこういうこと聞いてくるかなぁ」

 溜め息交じりの声が、部屋に響く。虚しさが体中から染み出てくるような感覚に陥った。

 ゆっくりと立ち上がり、貧血でふらふらと歩くように進む。部屋のカーテンを開けて外を見ると、今の自分の心を表さんばかりの重苦しい雲が空を覆っていた。



 中谷美和は、画面に現れた映真の言葉を目にし、頭を机に打ち付けた。

『好きだけど、本人に伝える気はないな』

 美和自身、このような言葉が返ってくることは予想済みだった。けれど、いざ受けてみると予想を遥かに上回る激痛が心を走るものだ。

 映真の過去のことが知りたいとはいえ、あんなうそつくんじゃなかった。『失恋した』なんて。相手は、きっと私のことを思って、いろいろと自分自身のことを話してくれてるんだ、きっと。それなのに、私は…。これじゃあ、失恋を予言したみたいなものじゃないか。本当に自分はバカだなぁ。もう二度とあんないい人には出会えないだろうに。

 後悔の念に駆られ、目から大量の涙が溢れてきた。つらいなぁ、さすがに、これは。言葉として耳で聞くよりも、もしかしたら、活字で目を通して知った方がつらいかもしれない。耳から受け取った言葉は、時間が経つとその時の相手の顔の表情などとともに、頭の中で再生される。記憶の中の音と映像は変わらない。そのものとして受け止めることになる。だが、活字だけとなると、どうしても自分の中の勝手な想像が想像を呼んでしまう。果てしなくネガティブな気持ちに陥ってしまうことになる。

「あーぁ、学校始まったら、どう接したらいいんだろう。あー、いっそのこと、ガン無視するとか?本人何も分かってないのに、それしたらびっくりするかぁ。友達として接するにも私の気持ちがどこまで持つか…。はぁ。どうしよう…。」

 今の自分の置かれている状況に耐え切れず、とにかく思ったことをひたすら言葉として外に出していく。涙交じりの自分の情けない声に、一層虚しさを覚える。

「とにかく、すぐ学校ってわけでもないから、一旦置いとこ。うん、そうしよ。もう考えない、考えない。何も知らない。」

 そんなことは無理だ、自分の気持ちへの無駄な抵抗だと分かっていながらも、無理にでも考えることをやめようとした。

 もはや自分でも何を返しているのかよく分からず、ただ茫然としながらキーボードを打っていく。自分から話を始めておいて、無責任にも程がある、とひしひしと感じながらも、なんだかんだ返信をし、映真との会話を終わらせた。

「もういい、どうだっていいや」

 ベッドに体を投げ出した。枕を抱きしめて、脚をバタつかせる。さっきまでどんよりと曇っていた空からは、いつの間にか大粒の滴が落ち始めていた。ただひたすら単調な雨の音が美和の世界を覆った。



 気が付けば、10分ほど寝ていたらしい。流した涙は乾いて、頬に跡となって残っていた。目が痛い。目だけじゃない、心も。映真は、後で後悔するから絶対本人に伝えたほうがいい、と自分に言っていた。

「それが出来たら苦労しないんだけど。」

 伝えるにも、大規模なリスクを伴うことになる。ましてや、好きな人がいると分かっている相手に伝えるなんて…、自爆しに行っているようなものだ。

 特に意味もなく、部屋の隅を見つめる。自分だって恋愛に関して後悔したことがなかったわけじゃない。それでも、高校に入って映真に出会えて、あの時別れたのは意味のあることだったんだ、と思えるようになった。そのはずだった。

 あと三日で夏休みが終わり、学校が始まる。どう接したらいいのかなぁ。あとそんなに経たないうちにこの世界は終わるかもしれないのに。少し震えている自分の手を呆然と眺めた。


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