歩けタカシ9

竹内緋色

歩けタカシ9

 Q.自分はどこにあるのか。私は何ものなのか。


 後藤ゴトウコウは普通の女子高生だ。どこまで普通なのかは私にも分からない。

 ただ、暇でやることなく、部屋でゴロゴロとスマホをいじっていた。

 スマホをスワイプしてツイッターを見る。そこには高の友だちのつぶやきや、有名人のつぶやき、そして、まだ見もしない人々のつぶやきが散見していた。

 星の数ほどのつぶやき。星の数ほどの人々。

 私はその星のような人々の中の一つでしかない。

 その星は輝いているのだろうか。それとも、まだ人々の目には触れないのだろうか。

 有名人は一瞬の輝きだ。流れ星のように光ってはすぐに消える。けれども、人々を喜ばせ、ちやほやされて、私はそんな短い命でも羨ましく思う。

 私はきっと何者でもない。今はそう。けれど、これから先、何者にもなれずに一生を過ごすのだろう。


「ったく、つまらん」


 私はスマホをベッドに投げ出す。一面をピンク色に彩った部屋。お気に入りの部屋だけど、唯一気に入らない点がある。

 タンスと本棚の間に空いた隙間。その深淵から私を覗き込む目があった。


 その目はにょきっと隙間から出てきた。黒い影を纏っていたかと思うと、すぐに人の姿を形作る。

 その人物を見た瞬間、私は溜息を吐いた。


「なんだ。二本松のおっさんじゃん」


 私の友達の二本松ニホンマツ楽夢ラムの父親だった。確か、名は楽だった気がする。

 こういう時は超イケメンが現れるという相場なのに、どうして、はげかけたおっさんが出てくるのか。


「や、ややや、やあ。ご、ごご後藤さん。げ、げげげ元気かい?」


 気持ち悪っ。


「楽夢の父親が私に何の用?それとも、あっちの方に用なの?」


 恐らくそっちなのだと私は思った。


「そ、そそそそうだ。ぼ、ぼぼぼぼ僕は今はめめめめ冥王なのだから」

「あれでしょう?ゼオライマーなんでしょ?それとも、ロストキャンバスの方か」

「い、いいいいいや、僕はちゃんとしたはははははははハーデスなんだけどどどどど」


 どもりすぎだろうと思ったけど、これ以上こんな気の弱いおっさんを相手にするとこっちの精神がもたない。

 なので、あっちに明け渡す。


「オイ。冥王。今さら俺様に何の用だ?」


 冥王は少女の顔つきが変貌したことに驚愕する。

 細い眉は吊り上がり、半月状に開いた桜の実の色をした唇からは妖しい光を放つ歯が見え隠れしていた。


タカシの方だね」

「俺様に用があったのになんだ?その態度は」


 冥王は恐ろしさを隠すために一つ咳払いをする。


「そ、そそそそそそそそ、そそそのだね。京都の町が、ははは反転ししししてしまったことはききき君も気付いているだろう?」

「だからどうした」


 荒々しい言葉に気圧されつつも冥王はなんとか言葉を紡ぎ始める。


「そ、そそそそのだね。この状況は非常に危険といういいいいいう、ことなんだ。だから、せせせ世界の敵をききき君の手で倒してほしい」


 冥王の言葉にタカシは呆れたように言い放つ。


「それはお前も悪いだろうが。ペルセポネを独り占めにしようとしたお前も。そのせいで楽夢、いや、アルケスティスも愛想を尽かしたんだ」


 だが、とタカシは呟く。


「俺様も自分の役割くらいは分かってるさ。地獄の門番にして、時には疫病の原因とも言われる悪辣非道なオニだがな。龍の子であり、冥界の秩序を守るのがオニでもあるからな。ただ――俺が厄除けのオニなのか、それとも人々を阿鼻叫喚させるオニなのかは保証しねえがな」


 タカシは冥王を尻目に、部屋から出て行った。そのまま靴も履かずに外に出る。


「ああ、こりゃあ、キツイな。冥界の匂いがぷんぷんしやがる」


 タカシの顔には笑が広がった。

 タカシは優しく少女のままの右腕を左手でさする。


「斬られた腕の名残がうずきやがるぜ。まさか、この京都で再び源氏、もとい渡辺の子孫と相まみえることになるとはな」


 タカシは道端に咲いていた黄色い花を無残に踏み潰す。


「さァ!真の主役の登場だ!」


 もう一人のタカシの笑い声は蠅と死出虫の渦巻く冥界に響き渡った。



 A. 俺様はオニだ。そして、世界の敵の敵。真の主人公だァ!



 ****



 Q.人はどこまでが人なのだろうか。人であるための最低条件とはなにか。




 椎名は人気のない路地で静かに紫煙を燻らせていた。


「ったく、不味いな。安煙草は」


 フィルターギリギリまで吸い尽くした煙草を水たまりに捨てる。


「仕事が無い」


 椎名は先日までとある探偵の助手として働いていた。しかし、その探偵は突如として姿を消し、椎名は職を失ったのだった。


「ったく、世の中、訳が分からねえ」


 椎名が悩んでいたのは仕事がないということではなかった。

 つい最近、偶然であった少女を椎名は助けた。

 その翌日、少女は連続殺人犯として逮捕された。そのようなことをする少女ではなかったと椎名は確信している。

 そして、なにより、少年法の保護下にあるはずの少女が実名報道され、年齢も書き替えられていることに椎名は世の中の不条理と欺瞞を感じずにはいられなかったのだ。


「ちゃんと制服も着ていた。素性は調べ上げた。あいつはれっきとした未成年だ。なにより、十一家殺しなんてできるような女じゃねえ」


 不良に絡まれこの世の終わりのような顔をしていた少女の姿を自分だけは忘れないように、と脳裏に焼き付ける。

 そんな時だった。


「あ、ああああの。よよよよろしいでしょうか?」

「ああん?」


 椎名は皮脂まみれの長い髪をかき分け、声をかけてきた男を一瞥する。その男は壁にもたれて座っている椎名を気の弱そうな目で見ている。


「なんだ?おっさん。なんか用かよ」

「ひ、ひぃ!」


 椎名は一瞬でその人物が誰なのかを理解した。


「二本松楽。50歳。20年前に地元でも有名な美人である所沢夢と結婚。その後、娘である二本松楽夢を産む」

「しししシーナくん。ななななぜ、それを……」

「昔取った杵柄というやつだ。俺はちょっと昔に大流行したオレオレ詐欺にも一枚かんでいるんでな」


 捕まえる側ではなく捕まる側に近かったのだが。


「ヤクザはのうのうと生きてる凡人よりも頭はキレる連中でな。だから、不良からもはぶられるんだが」

「な、ななななるほど。ききき君は、やはり、彼女の言っていた人物そのもののようだ」

「だれだ?俺のことを言いふらすやつは」


 巷で語られるほど有能ではないと椎名は己を評価している。荒くれものであるにもかかわらず、犯罪に手を染めずに生きているのだから。


「き、ききき君は選ばれた。せせせ世界の敵の敵として。いいい今、世界はききき危機に晒されているんだ。だだだ、だから、君は世界を救わなければ――」

「いいぜ。別に」


 椎名は男の言葉など信じてはいなかった。


「だが、礼はもらうぜ。当然先払いだ。残念ながら、タバコを吸う金さえ残ってないんでね」


 椎名のポケットには愛用の煙草が入っていた。だが、値段が高く、ここぞという時にしか吸えなくなっていたのだ。


「い、いいい、いいだろう。ききき君には職をやろう。いいいいいい雇い主がいる」


 それと、と男は椎名の穴の開いてしまっている胸ポケットに黄色い花を挿す。


「ここここれを落としてしまえば、たたたただの人間である君は冥界で命をおおおお落とす」

「ちっ」


 椎名は仕方なくポケットから愛用の煙草、ロングピースを取り出し火をつけようとした。だが、ライターはガス切れを起こし、小さな音を立てるだけだった。


「おい、火を持ってないか?」

「ははははい!」


 男は手から黒い炎を出す。椎名は口に煙草を加えながら、火に近づけ、息を吸って煙草に火をともす。


「はーっ。ったく、新しい職ときちゃあやる気を出さざるを得ないか」


 椎名はさっと立ち上がり、男を見ずに路地から抜け出す。


「どっちが世界の敵なのか、俺には区別がつかねえがな」


 後に椎名は望み通り職を手に入れるのだが、雇い主というのは小学生の少女であり、また、探偵助手でありながら、自力で探偵事務所を開かなければならないということに陥るのだが、これはまた、別のお話。



 A.二本足で歩けりゃ、十分に人間だろうが。

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