第28話
オズたちの乗る馬車が王都中心にある王宮前正門に到着すると、物々しい雰囲気を醸し出しながら警備兵が数人集まってきた。ランベルスがオズのことを被疑者として手配したからか、《炎姫》の二の舞を防ぐために厳戒態勢を敷いているのだろう。
そのため最初にオズが顔を見せ、兵士たちを刺激するのは上策とはいえない。オズは目の前の小太りに目を向け、顎をしゃくった。
馬車の扉が開き、中から伯爵のセイン・バークスが顔を覗かせる。
「これは何の騒ぎだ? 暴動か?」
理由は既に知っているが、鬱陶しそうに訊く。わざわざ訊くのは、なるべくスムーズに物事を運ぶための一種の通過儀礼だった。
降りてきたのがセインだと確認すると、警備兵は一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに職務の顔へと戻った。
「はっ。フライターク公爵より、《錬金の勇者》に謀反の疑いがあるため、絶対に中に通すなとの通達がありましたので。ご覧のように厳戒態勢を敷いております」
「ふーん、それで? オレは陛下に超ヤバイ事を教えるために来たんだけど。はるばるフィッツベルクから来てやったんだけど。お前ら邪魔だよ、退け」
「は……その、いえ。公爵様からの指示ですので、馬車の検査をさせていただきたいのですが……」
兵士は畏まっていう。その姿をセインは怒りの篭った目で睨むと、
「邪魔だと言ってるだろ、緊急事態だぞ!」
「そ、そう言われましても」
「なら、これを見ればわかるだろ!」
怒鳴って懐から一枚の羊皮紙を取り出す。そして兜のT字状に空いた顔面目掛け、投げつけた。
兵士は面食らったが、慌てて低頭しつつ謝罪する。
地面に落ちた丸められた羊皮紙を拾い上げると、彼はセインの顔色を窺ってきた。閲覧の許可を求めているのだろう。
「読んでみろ!」
「は、はっ! 失礼いたします!」
許可を得た兵士は紐を解き、羊皮紙をばっと広げてその中身を読んでいく。彼の目線が下にさがるにつれて、どんどん顔色が蒼く、次第に土気色へと変わっていった。
果たして、そこには絶望へと沈んだ表情が、信じられないとばかりに瞳を揺らしていた。
「ば、バークス伯爵様。こ、これは……ここに、ここに書かれた内容は事実なのでしょうか?」
「事実でしょーが。それを読めば一目瞭然だろうに。だから緊急事態だ! いいから早く通せ!」
唾を飛ばす勢いで凄む。兵士はその勢いに萎縮し、「ど、どうぞお通り下さいっ……」、と門の管理者にゼスチャーを送って開門を要求した。
セインは羊皮紙を警備兵から引った繰ると、懐にしまった。
正門が完全に開く。とくに妨害らしいものがなく、些か拍子抜けした気分だ。
――このまま何もなければいいが。
そう思い、いざ王宮へと馬車を進めようとした時だった。
「セイン・バークス伯爵様。少々お待ちを」
顔を黒い覆面ですっぽりと隠した、いかにも怪しげな兵士が二人近付いてきた。
「誰だ、テメエらは? オレ急いでるんだけど」
「その羊皮紙に何が書かれておられるかは存じませんが……」
不思議な声だった。男性とも女性ともいえぬ、中世的な声音がセインの鼓膜を震わせる。
その謎の兵士の片割れが、ちらりと馬車を見て、
「あの中に、《錬金の勇者》オズワルド・レイヴンズがいるのではありませんか?」
兵士の言葉を受け、警備兵らが驚いたように一斉にセインに顔を向ける。セインはこの兵士二人がどういった者たちなのか、すぐに察した。
今朝、情報共有で聞かされた監視者の存在。その監視者は魔力でできた疑似生命体――魔法生物を、魔法か何らかの方法で創り操れるという話だった。
先ほど、クラウンが見たという鳥。もしそれが監視者の創ったものなら、このあからさまに怪しい兵士二人もそうなのだろう。
「ここにいます」
意外なことにオズは馬車を降り、その姿を晒した。思わぬ人物の登場に警備兵らは顔を見合わせる。
オズが独房から脱したのは、偏に手錠をされた無力な状態での暗殺を恐れてのことだ。だが、クラウンがいる今はその心配をしなくて済む。
「脱獄は重罪ですよ」
覆面の兵士がいった。
「投獄が不当なものだった場合はその限りではない――とされていますが」
「投獄が不当なものだとでも?」
「不当でしょう。ありもしない罪をでっち上げて。私が王国兵を殺害したというのなら、明確な証拠を突きつけて欲しいものですね」
「……とにかく、貴方は今一度ここで拘束させていただきます。抵抗はなさらないでください。後々が大変ですよ?」
覆面の兵士の一人がオズににじりよる。
抵抗はなかった。オズは手錠をされていることもあってか、あっさりと捕まった。
覆面の兵士――『
「バークス伯爵様。貴方も拘束させていただきます。嫌疑の掛けられた勇者を王宮まで連れてくるなど、謀反以外のなにものでもありません」
「ええー、それは無理だろ。オレの行動は特例法によって認められてるんだからよ。オズワルドはしょっ引けねえよ? オレの権限で王宮連れてくっから」
「何を言って……」
「だってほら。オズワルドの奴、ずっと手錠してんじゃん」
「っ……!」
覆面の兵士はわかりやすく動揺した。
(なぜこの男がオズワルドの味方を!? まさか、レイヴンズ伯爵の差し金? いや、そんなはずは……まさか、昔から二家は同盟を組んでいた?)
バークス家の治めるガーライナとレイヴンズ家のベルティエは隣接しており、少なからぬ交流があるはずだ。
いざという時には、バークス家が助け舟を出す。そういう関係があったということなのだろう――。
「それにオレはこれから。この書状を陛下にお見せしなくちゃいけねーんで。その邪魔をしたら、おたくの方がまずいよね?」
「……なんですか、それは?」
「まあ、見てみればわかるだろ」
セインが懐から羊皮紙を取り出した。さきほど警備兵に見せた物だ。
『双生児』の片割れはセインから受け取ると、その書状に目を通す。視線が上からどんどん下りていく。フローリアンは努めて冷静に読んでいった。
しかし最後の一文に差し掛かった時、彼女がそこに書かれた内容を目にした瞬間――
――オズは勝利を確信してほくそ笑んだ。
◇
ガタンッ、という大きな音を立てて椅子が倒れた。
「どうしたフローリアン!」
執務室の一室。床に膝を着いて座り込んだフローリアンが、荒い息をついている。
ランベルスが彼女を見ると、その顔は真っ青になっていて、玉のような汗を浮かべている。
なんだ、どうしたというのだ――?
悠然としている普段の彼女からは、想像できない姿だった。フローリアンの余裕のないこんな姿は、初めて見る。
「お、お義父様……。ご報告させてただきたいことが……!」
彼女の震える声が、何かとんでもないことが起きたのだと知らせている。
「ゆっくりでいい。何が起きたか落ち着いて話しなさい」
「は、はい……」
フローリアンは胸に手をあて、すーっとゆっくり息を吸って吐く。
それを幾度か繰り返した後、
「お義父様。お気をたしかになさって聞いてください」
そういって彼女は仰々しい前置きをすると、
「《聖女》エリザベスが復活され、帝国が……、て……帝国が――宣戦布告をして参りました」
――何を言っている?
ありとあらゆる思惑が吹き飛び、ランベルスは目の前が真っ白になった。
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