第27話
刑務所から無事抜け出したオズはホムンクルスの用意した馬車に乗り込んだ。
警備兵に扮していたホムンクルスはカリオストロから預かったグロウリンクをオズに返却し、変装を解いて離脱。市井の民に溶け込んでいった。
前後二人掛けの有蓋馬車が王都の街路を駆け抜ける。同乗者は三人。後部座席に二人、前部座席に一人がかけている。一人目はオズ、二人目は合流したクラウン、そして三人目は小太りの男だった。
「だれこのおっさん?」
クラウンが前部座席に座る小太りの男を指していった。
「セイン・バークス伯爵」
「伯爵?」
「ベルティエの隣街、ガーライナを治めている男だ」
ガーライナはフィッツベルクの北、ベルティエの東に位置し、トゥメール公国とヴァロワール帝国の国境線に接する微妙な情勢の都市となっている。
一昔前までは、取り潰しにあったカルカッソン侯爵家が治めていた重要な貿易・防衛拠点だった。
オズの答えを聞いたクラウンは、「ああ、跡継ぎのバカ息子ね」、と得心がいったようだった。
侮辱されたにもかかわらず、一方のセインは無言を保っている。
なぜか。それはクラウンのいったことが事実だったからだ。
王国議会には当主なのに出席せず、代わりに退いたはずの老いた父を赴かせ、己は繁栄を誇る大都市フィッツベルクで、毎日遊びほうけていた。そして極めつけは、女性を食い物にする反社会的な連中との繋がりと、警備兵の買収だ。
はっきりいって、
「こいつが貴方の言ってたホムンクルスでいいのね?」
「そうだ」
オズは頷き、続けた。
「勇者が被疑者となってしまった場合、王宮には入れない。しかし、第三者の貴族の付き添いがあればそれは可能だ」
「ふーん……。欠陥だらけな法律。あくまで貴族第一なのね。
「そもそも作ったのが、人間という欠陥だらけな生き物だ。欠陥が欠陥しか生まないのは道理だ」
貴族たちの話をしていると、昔の嫌な記憶を思い出してしまう。
自分を道具としてしか見なかった侯爵の父。身分が低いという理由だけで冷遇され、ひっそりと死んでいった母。『勇者』として王宮に召し抱えられた途端、掌を反して媚びてきた貴族と、その愚息ども。この国は何もかもがクソッタレだった。
ああ……、むかつく。ぶっ壊してやりたい――
「……そういえば、伯爵本人は?」
心の内から吹き出そうになる憎悪に蓋をし、クラウンは強引に話題を変えた。
「今頃灰になって、川底に沈んでるんじゃないか?」
「そっ……。とにかく、もう生きてはいないってことね」
クラウンの言葉に、オズは頷く。その瞳は力強い意思を秘めていて、何一つとして罪悪感を感じている様子はない。
――さすが。意志は固いわね。
目的のためにはブレない。そんな彼の姿勢に、クラウンは心の中で称賛を贈った。
「質問なんだけど、伯爵の人となりはしっかり把握しているの? すり替わったはいいけど、誰かに不信感を抱かれたらよくないんじゃない?」
当然の疑問だった。
「把握しているからこそ、
「それならいいわ」
そういってクラウンは、一度車窓の外へ目を向けると、あっ、と声を上げて振り返った。
「やけにタイミングばっちりだったけど、もしかしてランベルスの罠って前から知ってたの?」
「違う、たまたまだ」
オズは首を横に振った。
「バークス伯爵の役割は伝令だ」
その一言でクラウンは何かを思い出したふうに、掌をぽんと軽く叩く。そして、「陛下、口から心臓飛び出るんじゃないの?」、といって悪戯っ子のように笑った。
彼女はひとしきり笑った後、視線を外に向ける。
ふいに車窓に小さな影が差した。だがそれは一瞬のことで――
「なに今の?」
「どうした?」
「じっと鳥がこっちを見ていたわ。しかも、ものすっごい気色悪い鳥。一昨日の、あの怪物みたいな薄気味悪さだわ」
「監視者か? 馬車自体に防音の結界を張ってあるから、会話は聞かれていないはずだが……。仮に監視者だとして、お前の認識阻害の結界を突破してきたか。なかなかやるな」
「敵褒めてどうすんのよ。あ~あ……いい加減しつこいわねぇ。きっと粘着質な女よ、こいつ。本体見つけたら、鼻の穴に指突っこんでやろうかしら!」
クラウンは右手でブイサインを作ると、「こんな感じでっ」、といって、それを自分の鼻の穴に突き刺すふりをする。
その姿に、オズは不快そうに頬を引き攣らせた。
幼い頃の記憶にある
「その顔で変なことをするのはやめろ」
「何よ。生きてた時も、こんな感じだったじゃない」
ぶっきらぼうに反論してきた。
それはあんまりだろう。オズは青筋を浮かべて静かに怒った。
「ふざけるな。明るい人だったけど、さすがに鼻の穴に指を突っ込んだりはしなかっただろ」
「……まあ、あたしと違ってお上品だったのは認めるわ」
反省した様子はないが、まるで懐かしむように言葉を紡ぐ。
「次にその顔で変なことしたら、禁止だな」
射殺すような目つきでクラウンを見る。
母の顔の奥、本当の彼女の顔が、むすっとして目を逸らすのが見て取れた。
「はぁいはい、わかりましたよっと。…………仕掛けてくるとしたら、王宮に着いてからかしら?」
少し間を取って、態度を真面目なものに改め訊く。
彼女の切り替えにオズは、ふぅ、と小さく嘆息し、
「どうだろうな」
奴らの最終防衛ラインは王宮だ。つまり、王宮に侵入されたらアウトだと思っているだろう。だからその前のような気もするが――
そう思っても口には出さない。
言わなくてもわかってるはずだ――オズは目を細め、車窓から大都市の喧騒を眺めた。
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