第26話

 王宮にある執政官室。大仰な机に片肘をついた一人の男が額を押さえている。

 男――ランベルスは大きなため息をつくと、左手斜め前の机に顔を向けた。

 そこには一人のうら若い、一見して少女のような女性がいた。プラチナブロンドの髪を女性らしいショートに整え、澄んだ水色の瞳が利発さを感じさせる。

 彼女は王宮執政官であるランベルスの秘書で、息子よりも信を置く勤勉で優秀な部下だった。

 その証左として、今朝とある『任務』をこなして帰って来たばかりだというのに、彼の右腕として早くも精力的に働いているほどだ。ぐうたらなサムや、空回りの多いヤーコフは見習うべきだな、とランベルスはつくづく思う。


「フローリアン」


 名を呼ぶと、秘書――フローリアン・フライタークは、「はい、お義父様。先ほどの件でしょうか?」、とランベルスのグロウリンクに目を向けて訊いてきた。


「ああ。ヤーコフの奴がやらかしおった」

「ヤーコフ様が? サムではなくて」


 フローリアンは目を大きくして、驚いて訊いた。


「あいつは戦闘能力は優れているが、サムに比べて頭の出来が微妙でな」


 頷いてランベルスがいうと、フローリアンは目尻をひくつかせた。


「お義父様。それを本人の妻の前で仰られますか?」

「おおっと、口が滑った」


 と、ランベルスは悪びれるようすもなく茶化した。


「もういいですわ……」


 フローリアンは嘆息し、


「私は何をすればよろしいので?」

「お前の《祝福アビリティ》、《偽命創造 ライフバース》は後何回使えるか?」


 額から離した手を顎にやり、思考しながらいった。

《祝福》には、ラウラの《浸食イロージョン》やハインツの《自然治癒力強化ハイリジェネレイト》のような『常時発動型』と、ラウラの《百重ハンドレッドフォールド》やフローリアンの《偽命創造 》のような『任意発動型』の二種類がある。

『常時発動型』は一日の使用回数制限がないという強みがあるが、希少性が高く種類も少ない。それに対し、『任意発動型』は代表的な《祝福》の形態であり、一日の使用回数制限があるものの、個性が色濃く出るという特徴がある。フローリアンの《偽命創造》は、その最たる例だ。


「使用からまだ半日しか経っておりませんので、最大回数ではありませんが……六体分は使えます」

「ならば余裕だな。創った魔法生物でオズワルドを発見した後――再び捕えろ」

「畏まりました。今回は魔法生物の支配権は、私が持つということでよろしいですか?」


 フローリアンの問いにランベルスは考える。

 オズワルドはヴァレンティンのような凡愚と違い、油断ならない男である。

 そもそもラウラとの婚約はヴァレンティンが推し進めたように見えるが、その土台にはオズワルドの上々な下馬評があってこそだ。

 学園入学当初から貴族子息らに上質な薬を提供して信用を獲得し、そこから親の当主たちにも話題が持ち上がり、王侯貴族間で一目置かれるに至った。彼のラウラ・レーゲンとの婚約は、元々近しい間柄だったことを顧みても、親である貴族然としたロベルトからの信頼なくしてはありえない。

 ランベルスからすれば彼はまだ幼い雛鳥だ。だが、ただの雛鳥ではない。強大な猛禽の雛だ。

 彼は後々、フライターク家の大きな障害となりえる。

 勇者としての、貴族としての『死刑』を、両翼を捥ぐまでは手を緩めることはできない。


「構わないとも。支配権はそちらで持て」


 ランベルスは鷹揚に頷いた。

 フローリアンの創造する魔法生物には、支配権というものが存在する。基本、それは創造主が持つものだが、任意で権利を『五感』を基点として譲渡することができる。そして支配権を持つ者は、魔法生物の記憶を共有したり、遠隔操作することが可能となる。

 テンネスでの一件では、上級兵六名を、彼女自らが出向くことで油断させて殺害した。その後に《祝福》を発動し、グロウリンクでやりとりをしていたランベルスに、『聴覚』を通して支配権を譲渡していた。

 支配権の譲渡は、あくまでランベルスが現況を見ることが目的だった。そのため、『天使エンジェル』は積極的な攻撃は見せず、連携も拙かった。


「フローリアン。一つ付け加えさせて貰おう」

「なんでしょうか?」

「『天使』は創るな。あれは……少々稚拙で扱い辛い。それに、なにより見た目が心臓に悪すぎる。何も知らない第三者が邂逅してしまった場合、そやつは精神に異常をきたすかもしれぬ」

「あら、どうしてです? あんなにも美しい、、、ですのに」


 そういって可愛らしく小首を傾げた。

 フローリアンは美醜の感覚が一般とは相当ずれている。彼女の創る『天使』は天使というよりも悪魔といわれた方がしっくりくる。醜悪で、心の底より恐怖を掻き立ててくるような……そんな怪物だ。それをよりにもよって『美しい』と表現するなど、ランベルスは変人以外の言葉が思い浮かばなかった。

 だが彼女は普段、見てくれの良いヤーコフを『理想の男性』といって積極的にスキンシップを取っているあたり、人の外見に対する美醜は普通のようで、そこだけは安心している。


「……これは命令だ。なるべく周囲に溶け込めるような外見で、知性のある生物を創れ」

「周囲に溶け込む……ですか。お任せくださいお義父様」

「期待しているぞ」


 鷹揚に頷いたランベルスにお辞儀をすると、フローリアンは席を立った。

 まずはオズワルドを見つける必要がある。右手を正面に翳し《偽命創造》を発動。手前の床に歯車状の魔法陣が展開される。

 赤く輝く歯車がぐるりと三六〇度回転すると、魔法陣から浮き上がるようにして一羽の鷹が出現した。だがそれはただの鷹ではない。ギョロギョロとした大きな目を腹と背に持ち、嘴には小さな歯がびっしりと並んでいる。

 悍ましい鷹は一度フローリアンの肩にとまる。

 その鷹は彼女が、「お行きなさい。ホルス」、と小声で命じると、開いた窓の僅かな隙間から外へと飛び立っていった。


「さっきのは……」

「ホルスですわ。あの子は『天使』と違って制御範囲が王都全体まで及びますし、従順ですので、私はここにて稔りを待ちます。収穫は後ほど、『双生児ダブル』を創造して行います」


 彼女の生み出す魔法生物には、それぞれ能力によって制御――生命維持――できる範囲が決まっている。戦闘を重視した『天使』はその範囲はわずか半径一〇〇メートルほどだが、探索を主としたホルスは半径数十キロメートルにも及ぶ。


「あれ一匹だけで見つけられるのか?」

「ご安心を。鷹の視野は、びっくりするほどに広いんですのよ」


 薄いピンクの唇が、にいっと吊り上った。

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