第24話

 テンネス支部で事件の捜査に協力をしていたため、到着が予定よりも一日遅れてしまった。

 オズたちが王都ブリュッセンに到着したのは、日を跨いで夜が明け始めた未明だった。今日は二月三一日、依頼の期限当日だ。

 乗員が一人減った孤独な車内を小石が揺らす。オズはグロウリンクに通していた魔力を遮断すると、未だ暗い道を眺めた。

 数時間前、夜が更けた頃、タイミングを見計らってオズはクラウンを密かに降ろしていた。彼女は別の馬車に乗り換えた後、城壁に囲まれたブリュッセンの裏門へと向かった。

 理由は先日の、怪物がいっていた言葉が全てだ。あの自信満々な口調からして、ランベルスは絶対にオズに対して何かを仕掛けてくる。そしてその罠は手足を絡め取られるような、回避不可能な徹底されたものなのだろう。だから一時的に彼女だけは逃がす必要があった。

 しかし、オズは真正面から受けて立つしかない。父を実質人質に取られた以上、逃げることは選択肢に入らないからだ。

 しばらく順調に進んでいた馬車が、城門前の検問所で停車した。扉がこんこんこん、とノックされる。


『オズワルド・レイヴンズ様ですね? 少々お時間をよろしいでしょうか』


 車外から検問を行っている警備兵が訊いてくる。

 ふぅ……。小さく息をつき、オズはドアに手を掛ける。

 車外に出ると、ぞろぞろと警備兵が集まってきた。その数、二〇名。一人とその馬車を検査するにしては過剰だ。それに普段はこんなに警備兵は配置されていないはずである。

 オズは奇妙な周囲の雰囲気に目を凝らし、そして理解した。


「仕事が早いな、ランベルス」


 そう呟いたオズの前、検問所前に停車している馬車の周囲で、ヘラスたちが王宮近衛部隊に制圧されていた。


「も、申し訳ありません。オズワルド様……」


 近衛兵に拘束されたヘラスが悔しさを滲ませていった。

 物音何一つ聞こえなかった。外に出るまで全く気付かなかった。普段は王宮を守っている、『最後の砦』と云われる者たちなだけある。さすがの制圧能力だ。

 だが、この異常事態に対しても動揺を見せない毅然とした態度で、オズは正門から姿を見せた人物を双眸に納めた。

 ヤーコフ・フライターク。《爆炎の勇者》として名を馳せているランベルスの息子。その男が底意地の悪い笑みを浮かべながらやって来て、片眉を吊り上げた。

 

「被疑者、オズワルド・レイヴンズを捕えろ」


 力のない警備兵たちが緊張した面持ちで、オズの顔色を窺った。その内の一人が震えた声で、


「し、失礼いたします!」


 とオズの右手首を掴んだ。オズが不快そうに眉を顰めると、ランベルスが相変わらずのにやけ顔で口を開いた。


「抵抗するなよ、オズワルド。反逆罪まで負わされたくはあるまい?」

「ちっ。ヤーコフ……」


 オズは盛大に舌打ちをかまして、ヤーコフを睨みつけた。

 警備兵が翠に煌めく手錠を取り出した。彼は恐る恐る、それをオズの手首に嵌めていく。

 この手錠は非常に特殊な物で、魔力を封じる性質がある鉱石でできている。これで、オズは魔法を封じられたも同然だった。


「どういうことだ、ヤーコフ。俺が被疑者だと?」

「しらばっくれるつもりか、オズワルド。テンネスでの王国兵殺害事件、もう王宮の耳には届いているぞ」

「あれは俺がやったんじゃない。テンネス支部の警備兵に聞いてみろ。証人も何人もいる」

「そのテンネス支部からの報告だがな……報告書が届くのは三日ほどかかるそうだ。その三日間もの間、疑いのあるお前を野放しにしておくのは危険だ、という国の判断だ」

「……そもそも、その情報の出所はどこの誰だ」


 オズが凄んで訊くと、ヤーコフはさっと目を逸らした。


「言えないなあ。守秘義務というやつだよ。お前がその人物を逆恨みし、害さないとは言い切れないだろう?」

「……たしかに言い切れない。だがその証言を鵜呑みにしたのか、王宮は。個人の言い分を通したのか?」

「鵜呑みだと? 証人は一人だけではない。王宮でも指折りの有識者が複数人証言したんだ。これ以上の根拠はあるまい」


 咄嗟に感情的になって、ヤーコフはいった。


「ふぅん。……証人は複数なのか。それに有識者ときたか」


 その言葉を聞き、ヤーコフは苦い顔をした。


「と、ともかく。お前は被疑者として、このまま外れにある刑務所まで連行させてもらう。変な気を起こすなよ? 俺がその気になれば、お前の頭などいつでも破裂させられるんだからな」

「……近衛部隊はどうやって動かした?」

「陛下が、ご自身のご決断で動かされたに決まっているだろう」

「…………肝心な疑問なんだが、およそ二日前に発生した事件を、なぜお前たちが既に知っている?」

「答える義理はない!」


 オズの矢継ぎ早に繰り出される質問に苛立っていった。


「フローリアンから聞いたのか?」

「……何を言っている、妻は関係ない。戯言をいっている暇があるならとっとと歩け!」


 背中を小突かれ、たたらを踏む。

 フローリアンの名を出した際、ヤーコフは僅かに顔を引き攣らせた。だがそれもほんの一瞬で、すぐに元の不敵な笑みを浮かべた。

 オズは勝ち誇ったヤーコフをじっと睨みつけると、「で、ではこちらに……」、と気弱に手錠の紐を引く警備兵の後をついて行った。


 トレンチナイフを始めとした、薬瓶、仕込み針などの武装を取り上げられ、独房へと容れられる。

 だが、グロウリンクはアルタミラ教の礼拝用の道具と見られ、取り上げられなかった。

 何もない石造りの灰色の空間。いや、何もないというのは語弊がある。申し訳程度に備えられた窓から、早朝の薄明かりが差しこんでいる。

 オズは光を見上げると、片膝を立てて座り、壁に凭れかかった。一仕事終えた後の休憩所が独房とは、笑えぬ冗談だ。

 本日何度目になるかわからないため息をついた時、グロウリンクが小刻みに振動した。警備兵が外しているのを確認し、すぐに通話できる状態にする。グロウリンクの受け手側は、魔力を使用しないのだ。


『はぁい、お元気?』


 掛けてきたのはクラウンだった。


「元気とは言い辛いな」


 頭頂を壁に着け、オズは天井を仰いでいった。


『今どこいんの?』

「ブリュッセン刑務所。その中の独房」

『はっ? ちょっと、捕まんの早過ぎ!』


 グロウリンクから狼狽えた声が響いた。

 そろそろ王宮に着いている頃合いかと思って連絡したら、既に捕まっていた。色々と予想外過ぎる。


『何やってんのよぉ、もぉ……』

「公爵の本気度合いを見縊っていた。まさかヤーコフを俺の捕縛隊に入れて、正門で待ち構えているとは思わなかった。抵抗したらしたでこちらが不利になる。しかも近衛部隊のおまけ付きだ」

『それ、最悪の場合国王もグルってことじゃない」

「ありえるが、可能性は限りなく低いだろう。ランベルスの権力を増長させるメリットが思い浮かばない。むしろ勇者を一人失うことを考えれば、デメリット色が強いが……。陛下は何をお考えなんだ?」

『さあ? …………ねえ、オズ』


 珍しくしおらしい声音だ。


「なんだ?」

『あたしとトゥメールに駆け落ちする?』

「なぜだ」


 真顔となってオズは訊いた。


『だって『計画』は貴方の《祝福アビリティ》と策なしには成り立たないわ。カーラもカリオストロも、あたしと同じことを思うはずよ』


 クラウンの言葉を純粋な心配と勘違いして、オズは気恥ずかしさに小さく笑った。


『ランベルスを出し抜く策はあるの?』

「いや、真正面から証拠を突き付けるには時間が足りない。だがヤーコフの焦り具合からして、ランベルスは早期に決着をつけたいのだろう。一度でも俺を罪人にしてしまえば、向こうの勝ちだ。一度認められた罪はなかなか覆り辛いからな。早期決着をしたい理由は、支部から送られてくる書類が偽装し辛いためだろう」


 オズが推察を自信に満ちていうと、クラウンは、「ふぅん、勝てるの?」、と疑問を呈した。


「負けるつもりは更々ない。実は馬車にいる内に、カリオストロに連絡を入れておいんだ。それで正門の警備兵の中に一人、ホムンクルスを紛れ込ませておいた」

『ふっ……、ふふふふふっ! なるほどねぇ……』


 全てが掌の上だと思って好き放題している者の裏をかく。クラウンにとって、これほどの娯楽は他にない。痛快だとばかりに彼女は笑った。


「俺を独房まで連行してきたのが、そのホムンクルスだ。見張りも兼任している。それと宮仕えのホムンクルスたちが、既にテンネス支部へ書類を受け取りに向かっている。宮仕えの者だ、支部の連中は喜んで渡すだろう」

『それなら、彼らが帰ってくる明後日までの時間稼ぎに、脱獄でもするのかしら?』


 クラウンが訊くと、オズは、「ああ」、と肯定した。


「正面から堂々と出る」

『正面からってどういうこと? 警備兵はあくまで一般兵。貴方を連れ出す権限はないはずだけど』

「お前は地下に住んでいなかったから知らないだろうが、一人、それが可能なホムンクルスがいる」

『へえ。まあ、いいわ。で、刑務所から出た後はどうするの?』


 オズの話しに、少し興奮したようすでクラウンは訊いた。


「そいつがあとは全てをやる。ともかく時間を引き伸ばせれば、無実を証明できる。そうなれば、ランベルスの負けだ」

『ふーん……了解ー。健闘を祈ってまーす』


 いつもの軽い返事がかえってきた。ブツッと通信が途絶える。


「そろそろいくか」


 鉄格子の外から声が掛かった。そこには体をすっぽりと鎧で覆った警備兵がいた。さきほどまで見張りをしていなかったのは、オズのいうホムンクルスの到着を出迎えていたからだった。

 彼はポケットから独房の鍵を取り出し開錠する。続けてオズの手枷を外して、取り上げた武装を手渡し、


「さあ、行こう。外でアイツが待ってる」

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