第23話

 階下のエントランスまで降りると、指示通りに二階に続く道を塞いでいる警備兵たちの背が見えた。

 クラウンを伴って歩を進めると、オズが逃がした警備兵が気付き、


「オズワルド様! ご無事であられましたか!」

「はい。どうにか」


 警備兵の声で他の面々もオズたちを認識したらしく、待機を命じていた兵士たちも続々と集まってきた。


「オズワルド様」


 ヘラスが声を掛けてきた。彼は頷いたオズを一瞥すると、その背後に控える黒髪の美女に目を奪われた。


「あの……そちらのお方は」

「ああ、彼女か」


 オズがクラウンに向き直ると、彼女は不敵な笑みを湛えていた。

 兵士らをどう驚かせてやろうか、そんなことを考えているのが手に取るようにわかる。


「さあ、誰でしょう?」

「……その声……もしや、クラウン様でしょうか」


 だが即座にばれた。ヘラスは何かと彼女と会話しているため、声でわかったようだ。


「ちぇっ、ばれるの早過ぎ」


 そしてさほど残念がるでもなく、クラウンは軽く舌打ちした。

 クラウンの素顔――偽装されたものだが――が意外だったのか、ヘラスは彫像のように固まっている。二人の会話を聞いていた他の兵士らも同様だ。

 彼らの心情に大方の予想はつく。ギャップに当てられているのだろう。

 オズは興味なさそうに視線を外すと、警備兵に、「この件はテンネス支部に一任してもよろしいですか?」、と質問を投げる。


「お任せください」

「では、任せます。我々はこれから袁翼鬼の首を持ち帰り、王宮へ報告をしなければなりませんので」

「はっ」


 オズは旅館の主人にいって退館手続きを済ませると、事件の報告のために一度テンネス支部へと向かった。


 ◇


 同時刻、王都ブリュッセン某所。

 美しく洗練された調度品が並ぶ室内で、一人の男が椅子に深く凭れている。

 彼は自身の操る魔法生物『天使エンジェル』がオズワルド・レイヴンズに破壊されたのを思い出し、苛立たしげに手に持つグラスを呷った。

 計画では、オズワルドは既にこの段階で、番の袁翼鬼を討ち損じるか返り討ちにあっている。そうでなくてはならない。

 しかしそれは狂った。

 だから、現地にいる監視者に結界を張らせ、役立たず、、、、たちの死体を餌に、『天使』を使ってオズワルドの暗殺に乗り出したのだ。

 しかし、それもまた失敗してしまった。

 監視者からの報告で、彼に力を貸す謎の女がいるというのは聞いていたが、まさか『天使』すらも軽々と屠ってしまうとは、予想だにしていなかった。


「あの女……一体何者だ?」


『天使』を通して見た黒い髪に濃い青の瞳、整った美貌はオズワルドに非常に似通っており、血縁者といわれればすっと胸に落ちるほどだった。

 だが、奴の血縁者にそんな存在はいないはず。

 では――一体誰なのか。そのヒントと成り得るのが、彼女の持っていた二振りの剣だろうか。金色の幅広の大剣に、燃え盛るような橙色の長剣。

 男にはその二刀に心当たりがあった。

 約八〇年前、王国を裏切ったという一人の勇者が持っていた、伝説の両剣『煌剣デュランダル』と『炎剣レーヴァテイン』だ。言い伝えでは、その裏切りの勇者は約四〇年前に既に故人となっているはずだが……。存命ならば、御年一〇〇歳。


「いや、ありえん。百の老婆があんなに若い姿で、あれほど動けるはずがない」


 かぶりを振って、非現実的な考えを排除する。

 ワイングラスを水晶の卓上に置き、深く息をつく。


「少々予定は狂ったが……まあ、問題はないだろう」


 男は王印の押された一枚の羊皮紙を眺め、ほくそ笑む。

 それは一枚の許可証だった。内容は、王に仕える近衛部隊を動かす権利を一部貸与する旨に加え、王宮内の兵士を幾人か貸し与えるというものだった。

 彼にはまだ余裕があった。それは自身の建てた計画が、何重にも張り巡らされた絶対不可避の罠だからだ。一の策が失しても二の策が、三の策が失しても四の策が、入れ子人形のように次から次へと顔を覗かせ襲い掛かる。


「恨むのなら愚かな父を恨むんだな、オズワルド・レイヴンズ。ラウラ・レーゲン……。宝玉の片割れは、我がフライターク家のモノだ」

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