第22話
「オズ!」
背後に跳んで部屋を飛び出すと、後ろからクラウンの声が掛かった。旅館の騒ぎを聞き、異変に気付いて駆けつけたようだ。
よほど慌てていたのか、顔を変えてはいるが仮面は付けていなかった。
「なんで連絡しないの!」
「そんな余裕がなかったんだ。それに、外部への音を遮断する結界を解除する方を、優先したかった」
「結界?」
「ああ。今朝解除した結界が、いつの間にか再現されていた。おそらく、犯人はこいつらを操ってる奴だ」
オズにいわれ、クラウンは『こいつら』を目に映す。
「やだ……なにこれ。悪趣味にもほどがあるでしょ」
「醜悪なのは見た目だけじゃない。こいつら、魔力を吸収するぞ」
「吸収ですって? なによそれ」
《雷槍》を直撃させた時のことを思い出す。《雷槍》は対象を貫いた後、本来は雷を全身に浴びせる効果が発動する。だが、発動する前に内包した魔力がどんどん萎んでいき、最終的には雷が起きるほどの魔力が無くなっていた。さらにそれに伴い、奴らの魔力が萎んだ魔力に比例して増大していたのだ。
「ちょっと試してみるわね」
クラウンがいうと、彼女の右手に炎の塊が出現した。
「《
一体の赤子の顔に、黒い煙をまき散らす豪炎が高速で飛来する。
それは寸分の違いもなく着弾する。轟音と共に、爆風が吹き荒れた。
だが――
「ううぅう?」
黒煙が晴れる。
そこには無傷で、煽るように首を傾げる赤子の頭があった。
「あたしの魔法すら効かないなんて……」
忌々しそうに顔を歪めてクラウンがいった。
「……厄介だな。魔力を吸収する化け物……、白兵戦で勝つしかないな」
「ねえ、オズ。そもそもこいつらは何なの? 魔獣にしては妙なんだけど。初めて見たし」
「わからない。いきなり魔法陣ができたかと思うと、そこから出現した」
「えっと、魔獣を召喚したってことかしら? そんな魔法、あるなんて聞いたこともないけど」
「……まずは一体倒してみよう。そうすれば答えが出るかもしれない」
「……りょーかい」
背中に担いだ大剣を右手に取り、腰に差した長剣を抜き放つ。
つま先を軽く、とんとん、と床で叩く。
その瞬間、クラウンの姿が掻き消え、いつの間にか赤子の目と鼻の先まで迫っていた。
大剣を薙ぎ払い、鳥のような前足を斬り飛ばす。
「あぅっ!?」
驚愕を浮かべ、赤子の顔がどしゃりと床を舐める。
ぼたぼたと鮮血を垂らしながらも、怪物は短くなった前足で立ち上がる。
と、今度は後ろ脚の感覚が消えた。
次いで、どさっと全身が床に倒れる。
四肢を失った怪物は、「うぅうう~」、と母親の胸の内でもがくように、短くなった四足をばたつかせた。
「これで終わりっ!」
長剣を左手に構え、その頸を刎ねんとクラウンは迫る。
しかし――
「避けろ!」
赤子の首がクラウンの顔目掛け、ぐんっと伸びる。
そして犬歯で埋め尽くされた大きな
「きもっ!!」
短く罵倒したクラウンの頭がふっと消える。
ガチッ、と空噛みの硬質な音がオズの耳朶を打った。
赤子の目がぎょろりと動き、瞳が下を向く。
クラウンは尻餅をつくようにわざと両足を浮かせ、頭の位置を落とし回避していた。
彼女は開脚した内腿の間に、右手を着いて体勢を安定させると、赤子の首へと長剣の切っ先を向け――その手を止めた。
「あら、良いわね。オズ」
感心したように呟く。
クラウンの視線の先、オズの突き出したトレンチナイフが、赤子の額を貫いていた。
そして、そのまま上にかち上げ、頭蓋を割る。
「ぎゃああああああぁああああ!!」
鼓膜が破れそうなほどの、身の毛もよだつ絶叫が響く。
額をぱっかりと割られた赤子の頭が、力を失って床に伏せる。
動かなくなり、絶命したと思われる怪物。
と、その死体が突如、何の前触れもなしに発光しだした。
「これは…………」
「ん……なに?」
死体に起きた不可思議な現象に、オズは瞠目し、クラウンは首を傾けた。
発光していた怪物の死体が、徐々に塵となって霧散し始めたのだ。
それだけではない。床にべったりと貼りついていた怪物の血糊も、粒子となって消えていた。
その消滅の仕方は、彼らにとって非常に身近なものだった。
――それは魔法だ。魔法が効力を失い消える時、この怪物と同じように魔力の粒子となって霧散する。
これがどのような意味を持つのか。つまりそれは――――
「こんな魔法がありえるのか? 疑似生命体を創る魔法など……」
(それとも、
「どうかしらね。でも……実際、目の前にその現実があるんだから認めるしかないわよ。このデザインセンスだけはナシだけど」
「たしかにないな。しかし、これで一つだけはっきりした。俺を結界の張られた部屋で待ち構えるあたり、やはり犯人は監視者だ。それも、これほどの魔法と独自性……」
オズが情報を掴んだことを快く思わなかったか、怪物の一匹が顔を歪める。
気色の悪い笑みしか浮かべなかった赤子の瞳に、初めて別の感情が浮かび上がった。
「相変わらず油断ならないな。オズワルド・レイヴンズ」
『っ!?』
赤子の口から発された台詞に、オズとクラウンが驚愕を浮かべた。
二人のその表情を見て溜飲を下げたのか、他の一体の赤子がにたにた陰湿に笑う。
そして、今度は他の一体が言葉を紡いだ。
「何をどう足掻こうと無駄だ、レイヴンズ。貴様にはもう、貴族としての華やかな未来はどこにも存在しない」
「それはどういう意味だ」
オズが真っ直ぐ見据えていった。
「答えてやる義理はない。それに、王都へ帰ってくればわかることだ。お前はすでに詰んでいる」
そういって、ふん、と赤子は鼻を鳴らすと、魔力の粒子へと還っていった。
さらに一体が消え去り、一体だけが取り残されたように佇んでいる。
「一対一の状況では勝てないことは理解したはずだが?」
睨みを利かせて訊く。
赤子は挑発したオズを無視して視線を外すと、クラウンへ懐疑の目を向けた。
「貴様は何者だ? これほどの力を持っている貴様を、なぜ、この私が知らない?
「貴方の目が節穴だったんじゃないの? 今、ここに存在しているじゃない」
「馬鹿を言うな。……貴様、一体
皮肉は流し、矢継ぎ早に質問を浴びせる。
「貴方が自分の正体をばらしてくれるんだったら、教えて上げなくもないかもよ? ふひひっ。良い女には秘密が付き物なの」
相変わらずのふざけた態度で、相手をおちょくる。
「何者かは知らぬが、貴様のその顔は覚えたぞ。次に私に歯向かった時は、貴様らのその
捨て台詞を残し、最後の赤子の怪物も魔力の粒子へと還っていった。
怪物と監視者の気配が完全になくなった。それを確認したクラウンは、にやりと口元に三日月を描いて、
「今の聞いた、オズ?」
「ああ。聞いた」
「あたしの髪、
「それだけは朗報だな。お前のことはばれてない。王都へ戻っても、また溶け込んで暮らすことができる」
「そうね。……ねえ、オズ」
「なんだ?」
「術者の正体、誰だと思う?」
「さあな。だが、口調や喋り方は公爵に非常によく似ていた」
しかし、術者自体はランベルスではないのはたしかである。
なぜなら、ランベルスは自己顕示欲と野心にまみれた人間だからだ。こんな優れた力があるのなら、もっと若い時にこの能力を活用し、とっくに勇者として活躍していただろう。
「クラウンはどう思う? 怪しいと思う人物はいるか?」
「ラウラだったら面白いなーって思ったけど。忌々しいことに、一〇割の確率でないわね。公爵とは、会話したことないから……わからないわ」
「そうか……」
何が忌々しいんだ……。というつっこみを堪え、オズは一先ずの騒動鎮火に安堵するのだった。
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