第21話

 亡くなった兵士の骸を埋葬した後、遺留品をヘラスに預けオズたちがテンネスへと戻ってきたのは、中天に座す時間帯のことだった。

 宿へ戻るのは後回しにし、報告を優先する。現在、オズはリーマ伯爵邸内、その執務室にいた。

 老執事に袁翼鬼の首が二つ入った麻布を渡し、その中身を確認させる。渡した後、ずしりとした重さに執事がたたらを踏んだ。

 オズが引き攣った苦笑を浮かべる中、「たしかに、袁翼鬼でございます。旦那様」、と執事が中身を改めてリーマ伯爵へと渡す。彼も中身を見たが、執事と違ってグロテスクなものを見慣れていないのか、顔を盛大に顰めた。


「む、むぅ……たしかに。確認した。よくぞ無事に帰ってきてくれた、オズワルド殿。そして、礼を言わせてくれ。我が領地を魔獣から救っていただき、感謝する」

「いえ。私は勇者としての義務を果たしたまでです」

「そう言っていただけるとありがたい。オズワルド殿、今夜はぜひとも祝勝会を行いたいのだが……ご参加いただけるか?」

「お誘いはありがたいのですが……王宮への報告がありますので、申し訳ありません」


 目を伏せて謝罪する。今日中にテンネスを発たなければ、報告が明日中に終わるか怪しくなってくる。公爵からの妨害がないとはいい切れないからだ。

 一方、断られた伯爵は惜しいという表情はすれど、「それは残念だ」、と簡単に引き下がった。オズの事情を言外に察したように見えた。

 彼はオズの顔を真っ直ぐ見据えると、真剣な面持ちで、


「オズワルド殿。重ねて礼を言わせてほしい。……本当に、ありがとう」


 と頭を下げた。


「私からも、感謝を述べさせていただきます。テンネスを救っていただき、誠にありがとうございます」


 老執事もリーマ伯爵に続いた。

 彼らの謝辞を受け取るとオズは、「リーマ伯爵。では、我々はこれで失礼します」、と伯爵邸を辞去した。


 宿へ着くと、何やら騒動が起きているようだった。入り口に人だかりができている。

 オズは馬車にクラウンを待機させ、ヘラスら兵士を伴って旅館へと向かった。

 野次馬たちを掻き分け、旅館内に入ると折よく主人が出迎えた。


「お、お待ちしておりました」


 だがその顔はどこか優れない。

 ――まさか。

 何かに気付いたオズを除き、ヘラスたちが訝しむ中、階段からぞろぞろとテンネス在中の王国警備兵らが下りてきた。

 警備兵たちの姿に、ヘラスたちがぎょっとする。中に知り合いがいるかもしれない、と彼らは気が気でなかった。


「ご主人、何かありましたか?」


 オズが訊いた。


「そ、その。実は……」

「失礼します」


 主人が事情を説明しようとしてすぐ、こちらへ一直線に向かってきた警備兵の一人が口を挟んだ。


「……あ、あの。《錬金の勇者》オズワルド・レイヴンズ様ですね?」


 少し緊張した面持ちだった。オズのことは宿の主人から聞いたのだろう。


「ええ、そうですが……。これは何事ですか?」

「非常に申し上げにくいのですが……、貴方様の泊っているお部屋で、殺人事件が発生いたしました」

「なに、私の部屋で? 被害者は……」

「ブリュッセン常駐のヘッケナー上級兵長とマルーカス上級兵ら六名です」


 ――やられた!

 警備兵は片手に持った厚紙をオズに見せた。それは王国民なら誰もが携帯している、身分証の役割を果たす、手のひらサイズのカードだった。氏名・生年月日・出身地……等様々な個人情報が書かれている。

 殺されたのは旅館に残した兵士六人で間違いなかった。


「……死因は?」


 カードを確認し、オズは頭痛に耐えるように額を手で押さえて訊いた。


「刃物のようなもので斬り殺されていました」

「毒殺ではない? ……そうですか。私のことは疑われないのですね」

「貴方様には決定的な現場不在証明アリバイがあります。それに、無事にお戻りになられたということは、闇魔獣を討って下さったのでしょう? 恩を仇で返すような真似、我々にはできませんよ」


 リーマ伯爵が領民や兵士らに伝えていたのか、ここにいるテンネスの民はみな、勇者が討伐に来ていることを知っていた。


「……」


 警備兵の言葉を聞いたオズは、口元に手をやって俯き思考した。

 旅館内で行った会話を盗み聞かれていたのだろうか。それとも、討伐に向った兵士数をカウントされたか。

 ――仮に全員がランベルスの手下だとして、犯人は誰だ?

 真っ先に疑って掛かるべきは主人だが、客商売をやっている以上、自分の経営している旅館の客足に、悪影響の出ることをするとは思えない。

 それにそもそも、見た感じ彼は非戦闘員だ。毒殺ではない以上、必然的に除外される。

 次に在中の警備兵だが、ざっと見た中に二人を殺せるほどの力を持った者はいない。一般兵と上級兵の壁はかなり厚い。殺された二人と手負いだった四人でも、この旅館内にいる警備兵一〇人は難なく返り討ちにできるだろう。

 最後、これが一番可能性が高い。それは、ランベルスの放った監視者だ。

 その存在はクラウンをして、『いる』と漠然と感知できる程度で、オズに至っては気配すら感じ取れていない。最低でも『勇者以上』の者だと思われた。

 しかしそうなると、その存在が何なのか絞れてくる。

『勇者以上』の実力を有する者で、貴族と関わりのある人間……それは『勇者』に他ならない。


(ラウラか? いや、彼女の人となりから考えてありえない。ハインツとその兄のクリストフも同様だ。ヤーコフが一番怪しいが……派手好きなあいつが、こんな陰気な任務を引き受けるとは思えない。残りの一人は《巫女》フローリアンだが……彼女なのか?)


《巫女》フローリアン。フローリアン・フライターク、旧姓はホーラント。齢二一歳。

 王国内優位宗教であるアルタミラ教の法王、セレニオ・ホーラントの娘であり、ヤーコフ・フライタークの妻だ。

 オズはヤーコフと知り合った時に一度顔を合わせている。だが彼女は夫と違ってお淑やかな人物だった。どちらかというまでもなく、善人のように見えたのだが……。実際はどうなのだろう。

 彼女は王国勇者の中で、唯一神秘のベール、、、、、、に包まれた特殊な人物だ。

 相手が相手なだけに表だっていわれないが、『法王の装飾品』、『公爵のお飾り』と揶揄する者すらいるほど、彼女が表だって何かをしたことは一度もない。実際、彼女が勇者としての序列でオズとハインツの上にいるのは、ヤーコフの睨みのおかげだった。

 それに、オズの放ったホムンクルスたちの情報網ですら、彼女のことに関しては何一つ把握できていなかった。

 彼女は自分の力を隠匿できるほどの能力者だということだろうか。それとも、本当の能無しか。疑って掛かるには十分な理由だった。


「オズワルド様、どうされましたか?」


 急に黙ったオズを、警備兵は怪訝そうに見つめていった。


「いえ、すみません。少し考え事をしていました」

「我々はこれより事件をテンネス支部へと持ち帰り、本格的な捜査へと移ろうと思うのですが……」

「……何ですか?」


 言い淀んだ警備兵に、オズは首を傾げた。


「その、勇者様は御立場的に、我々よりも上の方ですので……」

「ああ、そういう……。わかりました、許可を出しましょう」

「ありがとうございます」


 勇者は決まった部下を持たない、独立した騎士団長のような地位にある役職だ。組織図的には芋蔓式に部下を持つ騎士団長の隣に、点々と載っているとイメージすればわかりやすいだろう。


「遺体に保存の魔法は掛けましたか?」


 オズが訊くと兵士は頷いて、


「掛けました。我々の中に、使える者がいましたので」

「わかりました。遺体を確認したいのですが……構いませんか?」

「ええ、構いません。ですが我々の内、誰か一人をつけてください」

「……では、貴方を指名しましょう」


 オズは未だに、入り口で待機しているヘラスたちに向き直った。


「ヘラス。お前たちはこのままエントランス内で待機」

「は、はっ!」


 何が起きているのか理解できていないヘラスは、とりあえず応答した。

 警備兵が仲間に支部への報告を依頼した後、彼を伴って二階へと上がる。

 オズの泊っていた部屋は飛び散った血液で赤黒く染まっていた。

 本当にそのままの状態で残しているらしく、六人の遺体はむごいものだった。

 特に酷いのが選出した二人で、ヘッケナーは頸の半分ほどが斬られぱっくりと空洞ができており、マルーカスにいたっては首・上半身・下半身と三分割されていた。


「最初に発見したのは?」

「宿の主人です」

「目撃者は?」

「おりません。しかも、不思議なことに物音すらしなかったそうです。部屋の中もご覧のとおり荒れておらず、争った形跡すらありませんでした。日課の宿泊部屋の清掃に訪れた時、偶然発見したそうです」

「……」

(争った形跡がない……か。彼らにとって既知の人物が犯人なのか? それならば、波風立てずに俺の部屋まで引き入れることだって可能だろう。しかしなぜ俺の部屋なんだ?)


 オズはもう一度部屋の中を見回す。

 ふと棚の上に薬瓶が置かれていることに気付いた。昨晩使った後、そのままにしておいたものだ。


「まさか……」


 急いで部屋の、部屋全体の状態を探知の魔法で確認する。

 部屋中に張った結界は今朝の時点で解除したはずだ。だというのに、どういうわけか結界が復活している。


(どうりで物音がしないと証言するわけだ)

「あの、何か気になることでもありましたか?」

「……いや、なんでも――」


 ――ない。続くはずだった言葉は途中で遮られた。

 突如、部屋の床に魔法陣が四つ浮かび上がったからだ。


「なんだ?」

「オズワルド様、これは一体!?」


 その魔法陣は異質だった。

 前世を通してすら見たことのない幾何学模様が、まるで歯車のように一定のリズムで回転している。

 突然の怪奇に警備兵が混乱する中、オズの行動は早かった。

 ローブの内側に括り付けられた薬瓶を取ると、その蓋を取り去る。時を同じくして、魔法陣から得体の知れないかが這い出てきた。

 それは赤子の顔をした化け物だった。座った今の状態で、大きさはオズとちょうど同じくらいだろうか。

 下半身は金色の毛を纏った獅子であり、上半身は純白の羽毛を纏った鳥。頭部と胴を繋ぐ首は蛇で、前足の鉤爪が、がりがりと耳障りな音を立てている。


「なんだこの魔法は……? 魔獣を召喚したのか?」

「お、オズワルド様あぁー!!」


 魔法陣から出現した怪物に、警備兵は肩を震わせながら叫んだ。


「貴方は今すぐ退避しろ! 他の者たちも二階へは絶対に上がらないように! それと、黒髪の女は通せ!」

「ひ、ひい! わか、ました!」


 最後の言葉の意味は理解しかねたが、あまりの恐怖にそれどころではなかった。警備兵は前につんのめりながら部屋を飛び出していく。

 オズは扉を一瞥し、化け物へと視線を向けた。

 閉じている赤子の目。それが今まさに開かれるところだった。

 蛇のように縦に割れた瞳孔、深紅の眼。その双眸がオズを捉えると、赤子の化け物らは不思議そうに首を傾げる。

 そして――


「あ……ぁ……ああぅぅ……!」


 赤子の鳴き声を上げ、その怪物は四肢に力を入れた。

 だんっと音を立てて一直線に向かってくる。オズへ振るう前足の爪は、ナイフのように鋭かった。

 ――こいつらがあの二人を殺した犯人か。

 オズは腰に手を伸ばし……空を切った。長剣をクラウンへと返してしまったことを思い出し、舌打ちする。

 バックステップで凶爪をどうにか躱すが、胸当てを掠める。たったそれだけで胸当ては抉られ、爪痕という穴を開ける。


「くそっ」


 役に立たなくなったそれを脱ぎ捨て、怪物たちを見据える。


「ううぅああう……きゃは、きゃは!」


 オズと目が合った怪物は楽しげな笑みを浮かべ、けたけたと笑った。


(さっきの感じ……。おそらく、素の身体能力だけで袁翼鬼と同等といったところか。それが四体……。まずいな)


「あああぁうっ!」


 今まで動かなかった別の個体が叫びながら身体を揺らした。鳥のような羽をばさっと広げ、一息に跳躍。オズへ鋭い爪を突き立てんと飛び掛かってくる。


「《雷槍サンダーランス》」


 対してオズは迎撃に雷の上位魔法で応じる。紫電が迸り、怪物を一直線に貫く。

 直撃を受けた怪物は一瞬の驚愕を浮かべた後、どさりと床へ墜落する。赤子の目が閉じ、眠ったようにも死んだようにも見えた。


「……仕留めたか?」


 僅かな希望を口にする。

 しかし――

 床に伏せた赤子の顔がゆっくりと持ち上がり、すっと縦に割れた瞳が開かれる。

 ニタァ、という醜悪な笑みがオズへと向けられた。


「きゃうぅっ! きゃっきゃはは!」

「ちっ! 遊んでるのか、こいつ!」

「あうぅううう!」

「うあああぅ!」


 次いで、相手にしている二体以外も動き始めた。

 一体は四足獣よろしく駆け、爪を振りかぶり、もう一体は蛇の首を伸長させて赤子の顔を近づけてきた。

 がぱっ。

 顎関節までぱっくりと裂けた赤子の口から、無数の犬歯が姿を現した。


「うわっ!」


 その醜悪さにオズは思わず顔を引き攣らせる。

 ポケットにしまっていたトレンチナイフで爪を防ぎ、赤子の口の中に《爆弾化エクスプローズ》を仕込んだ空き瓶を放り込む。

 ドンッ! という爆発音が響き渡り、室内が大きく揺れた。

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