第17話

 テンネスの街並みは、王都ブリュッセンのような整った造られた『街』とは違った、牧歌的な広大な村のようだった。

 数々の木造家屋周辺には、不規則に果実のなった木々が生えている。

 街路も雑草を取り去っただけの凸凹道で、高速馬車が走ろうものなら、転倒してしまいそうなほどだ。

 オズはヘラスたち兵士らを伴い、宿へと向かった。

 そこは木目調の美しい旅館だった。迷うことなく、その中へと入る。

 これだけの大人数ということもあり、宿泊が可能か不安であったが、宿の主人は二つ返事で二人部屋一つと四人部屋を六つ貸した。どうやら彼の話では、袁翼鬼出現の影響で空き部屋が多いとのことだった。

 ぞろぞろと列をなして宛がわれた部屋へと向う。


「その、お気遣い感謝します。我々の分の宿も頂けるなど……」


 とヘラスが謝意をオズに伝えると、彼は首を左右に振った。


「感謝する必要はない。ただ万全の状態であって貰わなければ、こちらが困るというだけだ」

「……は、はっ」

「それと……お前たちは公爵とクルゼ男爵の繋がりを証明するための重要な参考人だ。全滅されたら元も子もない。そこで、明日まででいいから、お前たちの中から負傷者四名を除いて、二人ほど宿で待機する者を決めておいてほしい」


 その言葉を聞いた兵士らの顔に、光が差した。生き残るためのまたとない好機だ。


「かしこまりました」

「だがヘラス、君は隊長だったな。君を除いた一六名の中から選出してくれ」

「は、はい」


 当然といえば当然だが、自分を考慮外にされ、ヘラスは少し沈んだ声を返した。


「最悪の場合、リーマ伯爵もつるんでいる場合が考えられる。だからその二名は、明日から一歩も外には出ないように」


 いって立ち止まり、兵士らを見回す。彼らは緊張した面持ちで小さく頷いた。


 兵士らが部屋の中へと消えた後、オズはグロウリンクでクラウンを呼び出していた。

 手に持った薬瓶の栓を抜くと、魔法が発動する。それは、盗聴と覗き見を妨害する結界を張る魔法だった。

 オズが対策を終えたのを見計らって、クラウンはベッドの上で足をばたつかせた。


「ええ~。オズと一緒の部屋なの、あたし」

「一人部屋の方がよかったか?」

「そういうわけじゃないんだけど。仮面外すのってあまり好ましくないじゃない、計画的に。だから馬車の中でもよかったのになあって」

「護衛は近くにいるべきだろう」

「……まあね」


 オズの視線の先、仮面を外したクラウンがそこにはいた。黒い長髪に、深い青の瞳。独特な雰囲気を持った佳容だった。

 しかし仮面を外しているとはいえ、オズの見ているその顔は変化の魔法で作ったもの。今も彼女の本当の素顔は、偽りの仮面に覆われたままである。


「でも王都の一般人のあたしがここにいるのって、すっごい場違いじゃない? 監視者が切れ者だったら、そこ疑うかもよ」


 彼女は旅館の中へはオズが前もって、渡していた身分証――王宮に潜り込んでいるホムンクルスに偽造させた――を使って入った。その偽名で、一般客として宿を取ったのだ。しかもその身分証も、使い捨ての予備だ。

 余分に一部屋借りる形になってしまったが、その程度の出費は些細なものだった。


「仮に疑ったとして、だからどうした? お前とこの偽名を結び付ける証拠がどこにある? それに第一、仮面を外した後も、外では変化の魔法で顔を変えていただろう」

「言われたとおり、そうしたけどさ。変化の魔法って、いわゆる幻の類なわけで……実際に顔が変わっているわけじゃないじゃん。見破れる人はすぐに見破っちゃうからね」

「そんな奴がいたとして、『勇者』でもごく稀だろう。少なくとも、王国にはいない」


 オズが呆れたようにいうと、クラウンは両指で自分の顔を指した。


「ここ、ここ、ここっ。ここにいますよ!」

「そういうのいらないから」


 突っ撥ねたいい方だった。


「ぶうぅーっ! つまんない反応。カーラちゃんと話したいわ、あたし」

「グロウリンクを持ってるだろう。話したいなら話せばいい」

「ええー。だって、今は忙しいでしょ」

「……たしかに」


 カーラは今頃、帝国での『用事』を済ませ、国境付近で暗躍しているはずだ。オズが小さく頷くと、クラウンは、あっ、と声を上げた。


「序列四位の《巫女》はどうなの? 未だにあの子の能力解らないんでしょ? すっごい怪しいんだけど」

「ホムンクルスからの連絡はない」

「そっかそっか。じゃあ、知らないのに『いない』と決めつけるのは良くないなぁ、お姉さんからの忠告ぅ」

「……それには同意するが、この判断は間違ってないと俺は思ってる。仮にお前の変化を見破れるほどの者が監視者だった場合、そいつに襲ってこられたら、それこそ終い、、だ」

「ま、そうかもね。今回のリーダーの貴方がそう判断したというなら、あたしは大人しく従うけど……。てなわけで、つまんないので寝ます」


 ドレス姿のまま、クラウンはうつ伏せに寝転がった。


「何が『てなわけ』なんだ。……おい」

「寝てまーす……」

「話しはまだ途中なんだ……聞いているのか?」

「……寝てまーす」

「はあ…………。護衛が寝てどうする」


 酸っぱい顔をして固く目を閉じているクラウンに、オズは大きなため息をついた。

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