第16話

 四人の負傷者に治癒薬で応急処置を施した後、男たちはオズの指揮下へと入った。


「切断面が焼けてるせいで治りにくいが、一月ほどで腕はくっ付くはずだ。そこからリハビリを積めば、一年で元には戻る」

「……な、なんという……!」


 オズの使用した薬の異常な効能に、腕を失った男たちは驚嘆した。


「その……申し訳ありませんでした。許されざる大罪ですが……な、何をおきましても償い致します!」


 四人の男たちの一人がいった。

 オズは彼らをどこか冷めた目で一瞥すると、「処遇は追って伝える」、といって背を向けた。


 時間がないため尋問は車内で行う。車内にリーダーの男を入れ、クラウンと挟むようにして座る。

 馭者の男たちもどうやら切り捨てられた側の人間のようで、大人しくオズたちの指示に従った。懐中時計で時間を確認すると、遅延は一時間程度で収まりそうだった。

 テンネスへと向けて揺れ動く車内、クラウンが背後を振り返って男たちの動向を確認する。その視線の先では、数台の馬車が列を作っていた。


「オズ、言うとおりについて来てるみたいよ」

「そうか。…………さあ、洗いざらい話して貰おうか」

「あ、ああ、ええ。わかっ、わかりました。あの、い、命だけは助けてくれるん、ですよね?」


 男は怯えた様子で訊いた。


「……命が助かるかどうかは、お前たちのこれからの頑張り次第だな。俺の命を奪おうと襲ってきたんだ。それ相応の報いは受けて貰う」

「……報い、ですか?」

「そうだ。これからお前たちは依頼書に書かれている通り、俺と共に袁翼鬼の討伐に当たって貰う」

「えっ!? え、袁翼鬼っ、ですか……!? そ、そんな化け物と戦うなんて、俺たち――わ、私たちでは到底無理です!」

「なんだ、それすら知らされていなかったのか?」

「てっきり危険分子の貴族の、その子の殺害が密命だと思っていましたので……」

「なんだそのデタラメな依頼は。野盗に扮していたのは目撃者がいた場合、その目を誤魔化すためか?」

「は、はい……」


 本当に、蛮行をするためだけに集められた連中だったのか。オズはこめかみを押さえて深く嘆息した。

 とはいえ、この男たちは王国兵、それも上級兵でありながら狼藉に疑問を抱かず加担した賊だ。


「生憎と、お前たちに温情を掛けてやる義理はこちらにはない。拒絶したり逃げ出してもいいが、その時は分かっているんだろうな? この依頼書には名がしっかりと書かれているんだぞ。お前の名はこれか?」


 そういって依頼書に書いてあるオズの名、その真下に書かれた隊長名を男の顔に突き付けると、真っ青になった。

 偽名や他人の名前で書かれている場合もありえたが、請負人の名前はどうやらちゃんと本人の名前のようだ。

 だが勝手に人の名前を依頼書に書き、通してしまうなど、精査とは名ばかりのものらしい。王国貴族――王宮中央――の腐敗は、思ったよりも深刻なようだった。


「王国上等兵、ヘラス・デトロン。間違いないな?」

「……あ、その…………」


 オズが確認を取ると、男――ヘラスはしどろもどろになり、口を噤んだ。


「虚偽と黙秘は認めない」

「そういうことだから。とっととぶちまけておしまいなさいっ!」


 仮面の奥、クラウンの目がすっと細まる。

 彼女の底知れぬ不気味な雰囲気に、ヘラスは喉を鳴らすと、「は、はい。仰るとおり、私の名はヘラス・デトロンと申します。その、男爵からは、実は――」、とぽつぽつ語り始めた。

 五分後――


「あの、何か……」


 話しを聞いて首を傾げたオズに、ヘラスが気弱な口調で訊いた。


「お前たちの受けた密命とやらは、本当にクルゼ男爵が命じたことなのか? 直接会って言われたんだよな?」

「昨日のことです。急にクルゼ男爵家に招集が掛かり、そこで会って……この馬車にいる人間を殺すようにと」

「殺害対象が貴族子息という時点で、おかしいということに気付かなかったのか?」

「そ、それは……! しかし、相手は貴族だ。我々が逆らえるわけがないでしょう」

「……昔に比べても、まだその辺りは改善されていないか。友好関係を築けているのは、見掛け上だけのようだな」


 オズが失望した様子で額を押さえると、クラウンはくすくすと笑い始めた。


「オズ、貴方って本当考えが甘いわねぇ。……人間が早々簡単に変わっていくわけないでしょ。市民にとっては、今でも貴族の力は絶大よ。たとえそれが、下位の男爵家でもね」

「……別に俺は平等を謳っているわけじゃない。理解しているはずだ」

「まあ、ねえ。…………でも、革命が起きない限り、現状はいつまでも続くわ」

「? 一体何のことを話されて……?」


 二人の要領を得ない会話に、男が訊いた。


「なんでもないわよ。……ふふ、さあさあ。まだまだ尋問は終わってないわ」


 どことなく喜色ばんだ声。

 しかし、目は笑っていなかった。仮面の奥のそれは、仄暗く曇っている。


「ほらほら、早くゲロってしまいなさいよ。しちゃわないと……首とれちゃうよ?」


 クラウンがそういった瞬間、ヘラスの首筋にナイフの刃が当てられた。


「ひっ――!」

「よせ、クラウン」


 オズが制止の声を上げる。彼の声を聴いた瞬間だけ、仮面の奥の瞳が輝きを帯びた。

 ごくり、とヘラスの喉が鳴った。それを合図に、クラウンは首筋からナイフを離す。


「ごめんなさいねぇ。あたし、最近イラついててさぁ……ちょっと何か壊したい気分なのよね。……なんて! 冗談冗談っ」


 語尾に音符でも付きそうなほど上機嫌にいった。

 ――めちゃくちゃだ。

 クラウンの性格が奇想天外過ぎる。ヘラスは彼女に振り回された精神的なダメージのせいで、眩暈と吐き気に襲われた。


「あ、吐いたら殺す」

「っ!?」


 ヘラスは慌てて口を両手で覆って、天井を仰いだ。

 せり上がってくるものを何とか飲み込み、あまりの気持ち悪さにげっそりとする。


「その辺にしておけ。……平気か、話せそうか?」

「な、なんとか……」


 ヘラスが喉元を押さえていった。


「…………話を戻すが、クルゼ男爵からは、他に何か指示のようなものは出されていないのか? 依頼票は?」

「いえ、何も」


 ヘラスは首を振った。

 この際、彼が嘘をつく意味などないだろう。オズはその言葉を信じることにした。


「クルゼ男爵に会った時、何か変わった様子はなかったか?」

「そ、そういえば……我々が応接室に入ると、慌てていました。どなたかと通信で話しているようでした」

「男爵が? そんなはずは……グロウリンクは『伯爵位以上』の者たちしか持てないはずだ」


 勝手な鹵獲や闇取引をしていた自分たちのことは棚に上げ、オズは訝しんだ。

 闇市に常駐させているホムンクルスからの報告がない以上、クルゼ男爵とその周辺は闇市を利用してはいないはずだ。ということは、考えられる可能性は一つ。

 ――伯爵位以上の誰かから貸与を受けたという可能性。


「う、嘘ではありません!」

「別に疑っているわけじゃない。その時の様子を細かく教えて貰おうか」


 オズはこの後、二〇分に渡って質問を続けた。


 ヘラスから訊き出した情報の中から、結局ランベルスの名は出てこなかった。

 二人以上の貴族が共同で依頼を作成することはあるが、その時は依頼人に名が載る。

 しかし手元に広げた依頼書や、彼から受け取った指令書にはランベルス・フライタークとマテウス・クルゼの名も印もなかった。


(これは男爵の関与を問うことは難しいな。しかも依頼自体リーマ伯爵からのもので、ランベルスの名はどこにも書かれていない。彼が関わっているという証拠がない。聞いた話では、男爵は通信先の相手に畏まった態度だったという……。十中八九相手はランベルスだろうが、何か弱みでも握られているのか? しかし、これだけははっきりした)


 ――つまり、この依頼は全滅が前提、、、、、だということ。

 オズが男たちを野盗として討伐した後、袁翼鬼討伐に失敗して死に、その失敗した討伐を己の息子ヤーコフが為せば、邪魔者の排除と息子の名誉獲得がなる。そしてラウラを婚約者のいないフリーの状態に戻すことができる。失うのは他家の力と王国兵のみ。

 男たちがもし万が一オズを殺した場合は、その者らを賊として処理できる。それにその指示を出したクルゼ男爵を告発――おそらくランベルスはそれが可能だ――すれば、伯爵子息しかも勇者を殺したのだ、没落は免れない。和平派の一角を潰すことにもなる。

 フライターク家の利益だけでいえば、一石二鳥以上の名案だ。己は何も失わず、手すらも汚さずに利だけを掻っ攫う。

 ランベルス・フライターク。大した外道だ。


「テンネスへ着く手前くらいで、お前は降りろ。さすがにその山賊のような格好で、街に入るわけにはいかないだろう。それとわかっているだろうが、他の者たちにも伝えておけ」

「わ、わかりました。停車次第、すぐに着替えてきます」

「クラウン」

「なに?」

「討伐に出向く時以外は好きにしててくれ。だが、その恰好で街中をうろつくのはやめてくれ」


 ヘラスを挟んで隣にいる道化師に向っていうと、彼女はぐっと伸びをして退屈そうに、


「はいはい。大人しく車内で待ってるわよ」


 伸ばした腕を下ろす際、こつん、とヘラスの肩に肘が当たった。


「あら、失礼」

「い、いえ」


 かしこまったヘラスは、改めてクラウンを横目で見た。

 シミ一つない白く透き通った肌に、ドレスを押し上げる胸元、華奢な肢体に薄気味悪い仮面。刈り上げた頭も、もみあげに沿って線のようなものが走っていて、妙な感じがする。

 ――ヘアウィッグだろうか。


(しかし不気味とはいえ、こんな女があの《炎の勇者》よりも強いとはとても思えないが……)

「ん? 何見てんのよ」

「あ、いえ。その……随分細身でいらっしゃるな、と」


 ヘラスのセリフにクラウンは目を細める。彼女はその不躾な視線に不快そうに鼻を鳴らした。


「……ねえ、じろじろ見ないでくれる? あたし、そういうの嫌い」

「し、失礼しました……」


 見られるのが嫌いなら、そんな恰好しなければいいだろ――。喉から出かかった言葉を飲み込む。

 ヘラスはさっと視線を前に戻した。

 視界の端で、クラウンと同じような目をしていたオズが映る。ヘラスは神妙な顔つきで、彼が何かを言うのを待った。


「……言い忘れていた。リーマ伯爵に会う際、お前には隊員のまとめ役として一緒に出て貰うことになるから、そのつもりで」

「は、はい。承知しました」

「……」

「……」


 言ったきり、オズは窓の外に顔を向けて無言となった。クラウンも同様だ。

 胃が痛い。

 ヘラスはいつでも自分を殺せるような実力者に挟まれたまま、実に一三時間もの間馬車に揺られることとなった。


 テンネスの街への入り口が遠めに見えてきた辺りで、降りろ、といわれ馬車から降りる。既に日を跨ぎ、今は二八日の朝だ。

 ヘラスが仲間たちのいる馬車へ戻ると、そこは通夜のような沈んだ空気に包まれていた。

 無理もない。男爵からの密命を果たせず、顔も名前も割れた。彼らにもう明るい未来はないのだ。

 それに、彼らにこれからの無理難題を告げる身としては、心が折れそうだった。


「お前たち、聞いてくれ――」


 ヘラスがオズから聞かされた依頼の内容を告げると、さらに車内の空気は重くなった。

 中には魂の抜け落ちたような顔となった者もいる。

 こんな士気では討伐隊すらまともに組めないのではないか……。

 彼の胸中を、いいようのない不安が占めていった。

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