第18話
朝の時間を仮眠に当て、オズが本格的に行動を起こしたのは昼飯時を迎えてからだった。
「この二名です」
オズの取った二人部屋の前、二人の男を連れたヘラスがいった。
一人は細身の男、もう一人は大柄な男だった。
「その人選は?」
オズが訊いた。
「ヘッケナーは非力ですが、その代わりに我々の中では身のこなしに長け、気配を消すという特技を持っています。マルーカスはご覧のとおり膂力に優れ、体力がずば抜けて高いのが特徴です」
「……仮に口封じに襲撃された場合、マルーカスが囮になるといったところか?」
「はい、仰るとおりでございます」
一瞬の逡巡。オズは二人を一瞥すると、
「……それで行こう」
「ありがとうございます」
とヘラスが頭を垂れると、後ろの二人も続いた。
「……昼食にしよう。リーマ伯爵に面会したら、後日すぐに討伐に向かうことになる。ヘラス、討伐メンバーには気を引き締めるように伝えておけ」
「はっ。承知しました」
そういうと、ヘラスは二人を伴って部屋へと姿を消した。
彼らにとってはどうあがいても背水の陣だ。逆らえば賊として処され、オズに従っても、袁翼鬼相手には全滅もありえる。仮に生き残っても、公爵の化けの皮を剥がすための証人として使われ、全てが明るみになれば、最終的には刑罰を科されることになるだろう。
また彼らはあくまで一般兵の域を出ない。オズに協力したとしても、恩赦は微々たるものになるはずだ。
一方でオズがランベルスに敗れた場合、そうなった方が悲惨だ。彼らは口封じに死罪とされ、最悪、一族郎党王国から追放だ。
――哀れなものだな。
オズは彼らの消えた部屋を一瞥すると、階下へと降りて行った。
ミラウシス・リーマ伯爵の屋敷は、テンネスの街の中心部にあった。
オズは変装を解いたクラウンに男たちの監視を任せた後、自身はヘラスを伴って伯爵邸へと赴いた。
そこは巨大なログハウスといった外観の邸宅だった。
扉をノックし、玄関前で待機していると、
「お待ちしておりました。《錬金の勇者》オズワルド・レイヴンズ様」
一人の老齢の執事がオズたちを出迎えた。
執事の案内で、リーマ伯爵の執務室の前まで通される。
「こちらでございます。……旦那様、《錬金の勇者》様一行をお連れいたしました」
扉をノックしてから執事がいうと、中から、お通ししろ、とくぐもった声が聞こえた。
「どうぞ、お入りくださいませ」
「失礼いたします」
執事に小さく頭を下げ、入室する。
執務室の中は数々の本棚で溢れていた。そしてその棚に挟まれるように、窓際に一つの執務机が置かれている。
そこにかけている人物を確認すると、オズはその目の前まで歩き、
「王宮からの要請で参りました。オズワルド・レイヴンズです」
オズがそういって頭を下げると、リーマ伯爵は鷹揚に頷いた。
まだ伯爵は三四歳と若いが、目の隈と頬がこけているせいか、幾分老け込んで見えた。その具合は、五〇代といわれても納得してしまいそうなほどだった。
「《錬金の勇者》オズワルド殿、よく来て下さった。それで……、他の勇者たちはどこにいるのか?」
オズとヘラス二人だけしかいない状況に、リーマ伯爵は疑問を呈し、「外で待っているのかな?」、などと頓狂なことを言い出した。
――彼はランベルスとの繋がりはないのか?
「リーマ伯爵。討伐に赴く勇者は、私のみです」
「は? え、い、今なんと?」
がたっと音を立てて、リーマ伯爵は腰を浮かせた。
「ですから、袁翼鬼討伐を行う勇者は、私のみです」
再度伝えるとリーマ伯爵は力なく、どさりと椅子に掛けた。
「あの袁翼鬼相手に、勇者がたったの一人だと?」
「伯爵、王国上級兵も十数名います」
「……そんなの、頭数には入れられんよ」
「……」
その分析は正しい。袁翼鬼は『格下殺し』として有名で、同ランク帯未満――勇者未満の人間――は手も足も出ない可能性の方が高い。
彼の失望混じりの言葉を聞き、ヘラスは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ああ……なんということだ。依頼は勇者二名以上だと指定したのに」
リーマ伯爵の呟いた嘆きに、オズは目を大きくした。
「伯爵……今仰ったことは本当ですか?」
「え?」
「リーマ伯爵は王宮に依頼を出した時、『勇者二名以上』だと、そう指定なされたのですか?」
「え? ああ、したとも」
「そうですか。これを見て頂けますか?」
依頼自体が改竄されている。
オズがサムから受け取った依頼書をリーマ伯爵に見せると、彼は肩を震わせた。
「な、何だこれは!? なぜ《錬金の勇者》が指名先に……しかも『勇者一名以上』に書き換えられているのだ?」
「……」
「どういうことだ、これは? オズワルド殿、君は何か理由を知らないか? なぜこんな……」
「いえ……私には皆目見当がつきません」
「――っ!?」
オズの返答にヘラスは驚愕した。どうしてフライターク公爵のことを訊かないのか、と。
訊けるわけがなかった。
そもそもこの問答で、リーマ伯爵が公爵側でないことは何一つ証明されていない。もし反抗的な考えを持っていると公爵に密告されれば、父の立場がさらに危うくなる。
慎重に言葉を選んで進める必要があった。
「……そうか。だが、王宮はこれで通したんだ。オズワルド殿はそれ相応の働きができると見ていいのかな?」
「お任せください。必ずや、討伐してみせます」
「おお、本当か! それはありがたい」
胸を張っていったオズに、リーマ伯爵は安堵の表情を浮かべた。
「早速ですが、伯爵。袁翼鬼討伐について、我々の作戦概要を説明させていただきたいのですが」
「うん、許可しよう」
「ありがとうございます。伯爵もご存じだと思いますが、袁翼鬼は炎を苦手としています。ですので」
言葉を切り、服の内ポケットから小さな薬瓶を取り出して見せ、
「これを使います」
「それは?」
「この薬瓶の中には
「超越魔法!?」
「なっ――!?」
リーマ伯爵とヘラスが驚愕の声を上げた。ヘラスにいたっては、裂けんばかりに目を開いて、オズを凝視している。
「そういえばオズワルド殿は、超越魔法を作ることができるのだったな」
「はい、種類は限られますが。……対袁翼鬼用に用意させていただきました」
と答えたが、真相は異なる。
オズもカリオストロも超越魔法を作ることはできない。薬瓶に篭められた超越魔法の術者はクラウンだ。
「素晴らしい。王宮が君一人でも事足りると判断した理由が、わかった気がするよ」
「作戦についてですが、私個人の仲間に、勇者に
そういったが、勇者に
嘘を教えたのは、わざわざ彼女の力を公にする必要性がなかったからだ。
「ほぉ……、そんな人物がいるのか? して、その方は今どちらに?」
「袁翼鬼との戦いに備えて、宿の外で待機しております」
「そうか。……それは残念だ。一目会っておきたかったのだが……」
暢気なことをいう伯爵にオズはイラっとしたが、小さく息をついて、続けた。
「……伯爵、説明を続けさせていただきます」
「ああ、すまない」
「作戦は至ってシンプルです。私とその者が前衛で袁翼鬼を惹き付け、その隙に兵士たちに《極点火山》を内包した薬瓶を一〇、矢として射させます」
「なるほど……しかし、それは危険ではないかな? 君たち二人も《極点火山》の巻き添えを食うのでは?」
伯爵の質問に、ヘラスもはっとして、作戦の危険さに気付いた。
超越魔法は大規模もしくは高火力という定説がある。もしそんなものが近距離で発動してしまえば、オズとはいえただでは済まないだろう。たしかに袁翼鬼は倒せるかもしれないが、彼らは自分の命が惜しくはないのだろうか。
しかし、オズは二人の疑念を払うかのように顔を左右に振って、
「お忘れですか? 私には《
「――そういうことですか」
ぽん、と掌を叩いてリーマ伯爵が納得した。ヘラスも彼と同様の表情を浮かべていた。
「連れの者にも同じ物を持たせますので、《極点火山》を受けるのは袁翼鬼だけです」
「しかし……二人だけで袁翼鬼を相手取るには少々不安が」
「大丈夫です、伯爵」
食い気味でオズがいった。伯爵はオズの自信に満ちた顔を見ると、わかった、といって、
「……そこまでいうのなら、任せよう。実際、私は魔獣の強弱の程度についての知識は乏しい。私がぐだぐだといったところで、時間の無駄だろう。――頼んだぞ、オズワルド・レイヴンズ殿」
「はっ。お任せください」
◇
リーマ伯爵邸を後にしたオズは、伯爵の用意した馬車に乗って宿へと向かっていた。
中途半端に整備された道の凹凸が、有蓋馬車を時折がたっと揺らす。
「本当にあの作戦で行くのですか?」
前後二人掛けの席、馭者を背にして座ったヘラスが、正面に座るオズに訊いた。
一応、もう殺されることはないと分かったからか、その態度は軟化して砕けている。
「何か問題でもあるのか?」
オズがヘラスの目をすっと見据えて、訊いた。
「いえ、そういうわけではないのですが……。我々が前衛ではないことが意外でしたので」
「言っただろう、お前たちは重要参考人だと。前衛を任せたら数分も持たずに全滅されるだろう。それは、こちらとしては望ましくない」
「は、はい……」
「しかし後衛だからといって、危機感を失くすようなことだけはやめてくれ。あくまで戦場は袁翼鬼の住処、奴らのを
忠告ともいえる言葉に、ヘラスは口端を引き攣って喉を鳴らした。
「それに後衛の放つ矢が危険だと理解した途端、お前たちに標的を絞る可能性すらある」
「い、一度で仕留めることはできないのでしょうか? 超越魔法を部隊員全員で一斉に射れば、いけそうな気がするのですが」
「……仮に討伐隊員一五名全てが、一度に超越魔法を当てられることができれば可能だろう。しかし、当てられるのか? 奴らの反射神経、動体視力は人のそれを遥かに凌ぐぞ?」
「で、ですが……」
「――駄目だ。本当はその超越魔法は、お前たちが自衛するための道具であって、討伐用のキーアイテムというわけではないんだ」
その台詞はまるで、二人だけでも袁翼鬼は倒せる、といっているように聞こえた。
ふとヘラスの目に、オズの腰に差してある長剣が映る。
思い起こされるのは、仲間たちが一方的に負かされた光景。
鋼鉄を容易く溶断し、その熱に耐えるほどの鉱物でできたそれは、お伽噺に出てくる伝説の剣のように思えた。炎熱の出力だけでいえば、ハインツのブロードソードを軽く超える。
内から湧き上がる恐怖を抑え込み、怖いもの見たさでヘラスは言葉を紡ぐ。
「あの、もしやキーアイテムというものはその長剣ですか?」
「キーアイテムの一つではあるな」
オズが素直に答えたからか、ヘラスは思いのままに感想を告げた。
「……その剣はまるで、王国の歴代勇者の中でも最強と呼ばれていた、《炎姫》が持っていたという剣みたいですね」
「……」
ヘラスの何気ない一言に、オズは一瞬、目を瞠った。
「……そんなわけないだろう。彼女の両剣はトゥメール公国が今は保有しているんだぞ」
「そういえば、彼女が王国を裏切った際、二振りの剣も公国へと流れてしまったのでしたね」
「裏切りか……。勝手なものだな」
オズがどこか遠い目をして、窓の外へと目をやった。
オズの台詞を同意の言葉と受け取ったヘラスは、鼻息荒く、
「まったくです。なぜあれほどの力を持ちながら、裏切りなどしたのでしょうか? そのせいであと一押しというところで、トゥメール公国に先々代陛下は勝つことができなかったらしいですね」
「…………兵士の間では、そういう風に言い伝えられているんだな」
「え?」
「……何でもない。真相など、後世の人間にとっては関係ない。それこそ、不利益を出した者は都合よく悪者にできれば、それで良いんだろうさ」
「はあ……そういうものなんでしょうかね……?」
オズのいっていることが理解できず、ヘラスは気の抜けた返事を寄越した。
どこか緩んだ空気だ。討伐前だというのに、この兆候は良くない。
「脱線しすぎたな。袁翼鬼について話を戻すが、リーマ伯爵に伝えた内容ではなく、超越魔法はトドメを刺す時か、自衛用に役立ててくれ。俺たちが相手取っている間、お前たちは待機……もしくは迎撃をしておけ」
「迎撃ですか?」
「相手はおそらく、袁翼鬼だけじゃない」
「えっ!?」
「袁翼鬼は知能は低いが、奴を利用して食べ残しを漁る魔獣が何体か付随してくるはずだ。具体的には『
引き攣った表情をしていたヘラスだったが、下位魔獣と聞いて、安堵する。
ヘラスは心のどこかで魔獣を嘗めているように見える。
『猿』系の下位魔獣は他の魔獣に比べて弱いが、それでも彼らと互角くらいの戦闘力を有しているはずである。
オズの中では、ヘラスを生き残らせ、彼を証人にすることは決定事項。気を抜いたが故に死んだなどと、くだらない事態は避けて欲しいものだ。
「ともかく、決して気を抜くな」
「りょ、了解しました」
じろりと流し目で睨まれ、ヘラスは萎縮する。
気まずく思い、彼が背後を振り返ると、宿泊している旅館が見えてきたところだった。
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