第12話

 二月二六日。朝、一〇時。

 王国議会が終わった翌日。王宮内玉座の間にて、オズの勇者任命式が執り行われていた。

 玉座の前には威風堂々としたデニス四世が、その一歩後ろには宰相が控えている。

 デニス四世は、勇者と認めた者に渡される十字型の勲章を、オズの胸元へと付けた。


「汝、オズワルド・レイヴンズ。汝を王国六番目の勇者として、第二代目錬金の勇者に任命する」


 オズは勲章を授けたデニス四世に跪くと、


「オズワルド・レイヴンズ。その任、しかと拝命いたしました。王国の一勇者として、国のため命尽くすと誓います」

「……期待しているぞ。オズワルド・レイヴンズ」


 勇者任命の宣告。

 王国六番目――レックス・リュデイガーが引退しているため、現役の中ではという意味だが――の勇者の誕生に、出席した貴族たちから盛大な拍手が起こった。

 デニス四世は儀礼にうるさい質ではないが、なるべく失礼と思われにないよう、慎重にオズは立ち上がって一礼する。デニス四世が頷いたのを確認し、ラウラ含め現役五人の勇者が控える場所へと戻る。

 オズを見据える視線、宿る感情は様々だった。左から、喜悦、興趣、冷笑、無関心、葛藤。

 オズはそれらに臆さず、彼らを真っ直ぐ見つめ返す。

 勇者が六人並ぶと、デニス四世は一度頷き、即座に解散を宣言した。

 ――式の余韻に浸っている暇があるのなら働け。

 口に出さずともそういっているように聞こえるのは、彼がガチガチの現実主義な性格だと知っているからだろうか。

 蜘蛛の巣を散らしたように捌けていく貴族たちに、さすがのオズも苦笑いを浮かべずにはいられなかった。

 その例に漏れず、オズもすごすごと玉座から撤退すると、廊下で金髪金目の青年が壁に背を預け、こちらを見つめていた。

 彼はオズが近くを通ると、口を開いた。


「……オズワルド・レイヴンズ、一先ずはおめでとうと言っておこうか」

「これはこれは……、フライターク様。祝福のお言葉ありがとうございます」


 声を掛けてきたのはフライターク公爵家の長男で、《爆炎の勇者》のヤーコフだ。オズは内心舌打ちをして、平身低頭を心掛けた。

 開戦派のリーダーである公爵家とは事を構えないようにと、先日ヴァレンティンから注意されたばかりだった。


「……ヴァイル家の片割れを倒して勇者となったそうだな」

「はい」


 と答えると、ヤーコフは醜い嘲笑を浮かべた。


「だがなあ、あんな雑魚を倒したぐらいで、得意顔をしていられるのは今の内だけだぞ?」

「……はい。心しておきます」

「気に入らん態度だな。今度は俺と決闘してみるか? んん?」

「お戯れを……」

「はっ! つまんねえな。雑魚専門かよ、お前」


 目じりの皺を深くして鼻で笑う。

 ――品のない男だ。

 内心で見下し、オズはヤーコフの挑発には取り合わなかった。彼は頭を小さく下げ、


「申し訳ありません、フライターク様。今夜の祝賀パーティーの準備のため、少々急いでいますので」

「ふんっ。精々足元を掬われないように気をつけな。雑魚専のオズワルド君」

「……ご忠告感謝します」


 もう一度頭を下げ、オズは背を向ける。

 ヤーコフはその背中に、爆発の魔法を撃ち込んでやろうか、撃ったらどうなるだろうか、と自身の残虐な妄想に笑みを深くした。


 ◇


 夜八時。

 オズの勇者任命式が執り行われた後、祝賀会としてパーティーが開かれることとなった。

 王宮内のホールでは、盛装した貴婦人やフォーマルな装いをした諸侯が挨拶もほどほどに、情報交換やコネクション作りに精を出している。

 このパーティーの主役のオズは、彼らからの世辞を夕刻六時から二時間に渡って受け流し、今ようやく解放されたところだった。

 給仕からグラスを受け取って、一息つく。

 部屋の片隅に寄って会場を眺めれば、そこは別世界のように思えた。


「オズ。お疲れ様」

「んォ?」


 青いパーティードレスに身を包んだラウラが駆け寄ってきた。その表情はどこか喜色ばんでいる。

 まるで、ずっと強請ねだっていた玩具を買って貰った子供のようだった。


「なぁに、今の声? まるでお爺さんみたいだったわよ?」

「お、おじ……? いや、その、疲れて変な声出たっ。気にしないでくれ」

「ふふ。二時間も入れ代わり立ち代わり、ずっと社交辞令聞かされっぱなしだったものね」

「あ、ああ」

「ね、オズ。やっぱり私の言ってた通りだったんじゃない、貴方」

「……何が?」

「だから。貴方が《錬金の勇者》だったってこと」

「……隠してて悪かったな」

「後、嘘ついてたこともね」

「……すまなかった」

「? まあいいわ、済んでしまったことだし。それに、ようやく納得もいったから」

「納得?」

「ええ。《超越調合エクシードディスペンス》。この《祝福アビリティ》があったから、貴方はあれほどの薬を作れたのね」


《超越調合》。カリオストロが《錬金の勇者》と呼ばれる所以となった力だ。調合に必要な材料、そのカテゴリさえ合っていれば材料は何であれ、目的の物を作れてしまうという、錬金術の理を無視したデタラメな《祝福》である。

 例えば先日、オズが女生徒――ロッティ・ガリレイに教えた薬の材料、翼竜の爪とマンドラゴラにコカトリスの卵殻、金剛石の粉末、月花草に白大蛇の皮……等も、彼の祝福にかかれば爪・菌糸類・卵殻・鉱石・植物・皮という風に分類され、このカテゴリに収まるものであれば、何を使用しても構わなくなる。

 まさに女神パレイアが授けたと思えるような、神の御業だ。

 ラウラは、インチキな能力よね、と呆れたように呟き、


「……そういえばお父様から聞いたわ、どうして貴方が能力を隠していたのか」


 そういうと、ラウラはオズの目を真っ直ぐ見つめた。


「今度からそういう大事なことは、ちゃんと私には伝えて。……その……し、将来的にはつ、つつ……つ、妻になるんだし……」

「……わかった」

「本当に?」


 頬を赤くしたラウラの目には、どこか不審の色が見え隠れしていた。


『ラウラは勘も鋭いし、頭も良い。ボロを出せば、そこから一気にあばかれるぞ』


 今朝いわれた警告を思い出し、唾を飲み込む。

 そう。こんな初っ端からばれるとは思えないが、ばれるわけにはいかない。

 不安を振り払うように、オズは矢継ぎ早に言葉を紡ぐ。


「本当だよ。それに一月後には王宮に詰められることになるし。隠し事なんて何一つ出来やしないだろう」

「……その事なんだけどね」

「ぉ?」

「私も卒業後に貴方と同じ、魔法院で働くことになったわ。私が居た方が、氷結瓶ブリザードボトルの量産は捗るんじゃないかしら?」


 予期せぬ台詞にオズは目を丸くし、視線を落とした。

 そしてラウラに聞こえない程度の小声で、ぶつぶつと愚痴を溢す。


「……野郎…………わかってて……? 覚えて……れよ……こんちきしょう」

「……? オズ、何か言った? なんか今日の貴方……ちょっと変よ?」

「あ、ああっ! 気にしなくていい。ちょっと疲れてるんだ」

「大丈夫なの?」

「あ……ああ。あー、まあ。あ……な、なんか、眩暈がするぞ。――悪い、少し一人になってもいいか?」

「え? え、ええ。いいけど。ねえ、貴方……本当に――――オズ?」

「なっ…………何を言っているんだ、ラウラ。どう見ても本人だろう?」

「それは、そうだけど……。ん? 何か……やっぱり、貴方少し変じゃない? それとも私が疲れてるのかしら?」

「お前が疲れてるんだよ。……すまない、少し外すぞ」


 踵を返し、反対側にある部屋の隅へと向かう。

 もう疑ってきた、面倒な女だ――

 カリオストロ・クレイアは内心でごちた。

 背中に受ける疑惑の視線が強くなった気がするが、もうそんな事は知ったことではない。

 そもそも、自分がオズワルド・レイヴンズではないなどと誰かがいったところで、証明する手段があるとでもいうのか。そんなものあるわけがない。

 もはや国王が、王国議会が、勇者としてのオズワルド・レイヴンズ=カリオストロ・クレイアということを認めてしまったのだ。中身がカリオストロであっても、外面がオズであればその図式が容易に成り立つ。

 いや、むしろ貴族間では、中身がオズ本人であるほうが、『偽物』として扱われるだろう。

 カリオストロはグラスを持った皺一つない手を見つめ、盛大なため息をついた。

 窓の外に映る満天の星の輝きが、オズワルドの端正な顔を照らす。それはまるで、彼らの歩む道を、天から女神が祝福しているかのようだった。

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