第7話

「オズ……」


 オズの身を案じ、ラウラが憂いの声を上げる。

 階下の闘技場では、オズが刀を失ったところだった。


「勇者ってやっぱり強いねぇ。ハインツの前では武器は幾らあっても足りないね」


 噂好きの女生徒がいった。


「あのくらい強くなくてはむしろ困るだろう、国としては」


 公爵家の次男がどこか偉そうに続く。


「う~ん。まあ、たしかに国防としては? 必要なのかもだけど……。というより、オズワルド窮地じゃない、これ?」

「やはり勇者との決闘は、無理があったのでは……」


 ナディアが女生徒に心配そうにいった。


「無理じゃないかな。結構きつそうだよ、彼」

「すぐにやめさせた方が――」

「お姉ちゃん、待って」

「待ってください」


 女生徒の声に、ラウラの制止の声が被る。

 ナディアは浮かせた腰を下ろした。


「ラウラさん、どうして止めるのですか?」


 ラウラ自身、どうしてナディアを止めたのかわからなかった。だが、己を巡る男同士の戦いを見届けたい、という気持ちが心のどこかにあった。

 本当にオズを案じるなら、ナディアのように決闘を中止するよう動くのが正しい。この思いは醜い自己陶酔だ。


「わかりません」


 ラウラは首を横に振る。


「ですが、どうか見届けて頂けないですか。先生」


 真摯に見つめてくる視線。何か思うところがあったのだろうか。ナディアは、「わかりました」、とだけいって、視線を闘技場へと向けた。

 と、その時。


『ぐあああああああ――――っっ!!』


 闘技場中に大音量の悲鳴が響いた。

 観客全員が驚愕の声を上げ、起きた事態にどよめきが波となって広がる。無論、ラウラたち四人もその表情に驚愕を張り付けている。

 闘技場では、今までオズを追い立てていたハインツが苦悶の表情を浮かべ、片膝を着いてオズを見上げていた。


 ◇


 あと一歩。

 あと一歩で勝利が確定する。


「先輩、ラウラ先輩は俺が守ります」

「ハインツ、お前にはまだ無理だ」


 売り言葉に買い言葉。しかしオズの口調は挑発的なものではなく、諭すような口調だった。そしてそれがハインツの神経を逆なでる。


「俺より弱いくせに何言ってるんだ!」


 右足を力一杯踏み込む。

 ――かかった!

 瞬間、パキッという小さな音と共に、ハインツの右足に激痛が走った。

 どさりと倒れ、右足を押さえる。


「ぐあああああああ――――っっ!!」


 ――痛い痛い痛い!! 何が起きた!?

 右足を前に踏み込んだ時、何かを踏んだ感触があった。慌てて右足の裏を見てみると、鉄靴に小さな穴が開いていた。

 目に見えない何かが、鋼鉄を突き破って足に刺さっている。その何かに触れた途端、どういうわけかそれを視認できるようになった。

 それは針だった。そして周囲にはガラス片と謎の黄色い液体が滲んでいる。


「ぐっ、ううううっっ!!」


 激痛を我慢し、針を引っこ抜いて放り投げる。

 ハインツの右足元にできた黄色い染みに、オズはほくそ笑む。

 ハインツの勇者としての長所は魔力の強さでも剣技の巧みさでもない。彼の最大の長所は、一息に近接戦へと持ち込んでくる瞬発力だ。

 それを封じた。もはや片足をもがれた狼だ。

 されども狼は狼、まだ三本の足がある。隙を見せれば、逆に一気に喉元に噛み付いてくるだろう。


「どうしたハインツ? 何か踏んだか、、、、、?」

「罠を仕掛けてたんすかっ! 卑怯なっ!」

「何を言っている? 何のことだ?」


 オズはとぼけた。


「な、に……? くっ、先生!」


 ハインツが立会人役の教員に、足元を指して不正を訴えた。

 だが教員は首を傾げ、


「ハインツ、降参か?」

「ちっ、違います!」

(まさか、見えてないのか……?)


 瞬間――ハインツの足元が勝手に、ごうっと燃え、ガラス片や液体が跡形もなく消し去られた。

 薬瓶に仕込んであった炎魔法が発動し、焼き払ったのだ。

 これで、もう証拠はどこにもない。


「詰みだ。ハインツ」


 ハインツを見下ろしたオズがいった。右手にはいつの間にか、煌びやかな純白の短剣が握られていた。


『なに、何が起きたの!?』

『えっ? うそ! ハインツどうしちゃったの!?』

『オズの野郎、なにやったんだ?』

『おいおいまさか、ハインツ負けるんじゃ……』


 観客たちが、狼狽した声を上げる。

 突如として起きた立場の逆転。勇者が一介の生徒に膝を折る姿に、誰もが困惑する。


「こんなことでっ!」


 右足全体に及んだ激痛が引いてきた。ハインツは盾でオズの短剣を防ぐと、右足に力を込めた。

 そして、愕然とする。

 ――どうなってる?


「く、ぐっ……!」


 まるで右足が無くなってしまったようだった。感覚が一切ない。

 あの黄色い液体はただの毒じゃない。

 ハインツは勇者の中でも、毒などに対する耐性が高い方で、咬まれた場合、一分以内で死に至る猛毒を持った大蛇の魔獣『キングバジリスク』の毒すら抵抗レジストできる。

 しかしそれを突破してきたということは、あの黄色い液体はそれを遥かに超える猛毒だということ。そして、おそらくは麻痺毒だ。

 再び振り下ろされる短剣に、


「舐めんじゃないっすよ!」

「っ、まだ抵抗するか!」


 攻撃を盾で弾かれ、オズが数歩下がる。


灼熱波フレアウェイブ!」


 オズに向けて剣を薙ぎ払う。その軌跡から波のように灼熱が広がった。

 大気を歪めるほどの熱量。この近距離での広範囲攻撃は避けられないだろう。ハインツは勝利を願う。

 だが――


「甘いな」


 オズが懐から小さなフラスコを取り出した。そして、それを熱波に向けて捨てるように投げる。

 熱でフラスコが割れた瞬間、大気が爆ぜた。熱波は跡形もなく消え去り、逆に周囲の温度が幾らか下がった気がした。


「俺の魔法を……消した?」

「正確には相殺させた」


 オズが答えた。


「なんなんすか、さっきの……。まるでラウラ先輩の――」

「これが俺の力だ」


 ハインツの言葉を遮り、オズが短剣を振り下ろした。


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