第3話

 オズの《祝福アビリティ》は二つあるが、一日に一度ずつまでしか発動できないという制限がある。

 砕け散ったガラス片と生まれ落ちた生命。

 片膝をついたまま、身体が馴染むまで待機する茶髪の小太りの男を見て、


「なんじゃこいつ? こんなキモいのわし作ったか?」


 カリオストロがオズに、解せぬ、といった面持ちで訊いた。


「一ヶ月前に作らせただろう」


 オズは茶髪の男を見ながら答えた。

 顔自体は決して不細工なわけではないのだが、厭らしく垂れた目に二重アゴ、ぶよぶよとした体が汚らわしさと情けなさを感じさせる。

 

「お、そうだったか? ふむ……まあいい。だが、これは何のために生まれた?」

「王宮に潜り込ませるためだ。結構重要な人物だが……」


 オズがそう答えるとカリオストロは、ふんふん、と頷いて顎をさすった。

 調合の後片付けを終えたホムンクルス達が、茶髪の男に用意してあった衣服を持ってくる。彼は一般市民が着る様な、これといった特徴のない無地の布の服を着て、ズボンを履き、長テーブル横の椅子に腰かけた。

 彼が退いた後、すぐさまホムンクルスが散らばったガラス片を、塵を吸い取る魔導具で回収していく。実に見事な手際だ。


「こいつはすぐにフィッツベルクへ向かってもらう」


 オズはそういうと、鞄からブレスレット型の魔導具を取り出して小太りの男に手渡した。

 これは、あらかじめ登録しておいた別の同型と通信を行うための魔導具で、ヴァロワール帝国魔法院が五年前に開発した優れたアイテムの一つ、『グロウリンク』といわれるものだ。

 グロウリンクの生産は難しく、発明した帝国ですら今でも一般には浸透していない。商取引は全面禁止されているほどである。

 王国内では、戦争時に鹵獲したものを与えられた伯爵位以上の者たちしか所持していない。

 オズがそんな希少なグロウリンクを幾つも持っているのは、戦時下に百人規模のホムンクルスを用いて、死体漁りをさせていたからだった。


「……吹っかけられた額で買いおって」


 一昨年店主が闇市から二つ、計六〇〇万クローナという価格で買ってきたのを思い出し、カリオストロは眉根を寄せた。


「仕方ないだろう。これは鹵獲品しか出回っていないんだ。今では闇市ですら見かけないしな」

「……資金には余裕がある。それに、これにはいくら資金を注ぎ込んでもお釣りがくる。むしろ買っておいてよかっただろう」


 オズの言い訳に茶髪の男が援護をする。ついでに、周りのホムンクルスたちも二人に同調して、顔を縦に振った。ミリィ含む他のホムンクルスの男女四人も、茶髪の男同様にオズの《祝福》によって生み出されたクチだ。彼らは二年前にカリオストロの補佐として作られた。

 構図としては六対一。

 ホムンクルスが主であるオズの味方をするのは自明の理であった。多数決としては酷い出来レースだ。


くせえから風呂行って来い、カリオストロ」


 黒髪の女のホムンクルスが、片眉を吊り上げていった。

 あまりの不公平さに、カリオストロは顔を真っ赤にした。彼はガタッと音を立てて椅子から立ち上がると、


「ああああああーーっ!! うるさいぞ! 言われなくても行くわいボケがぁ!」


 と、喚いて広間から出て行った。


 ◇


 地下内部に施された部屋の一つ――浴室はレイヴンズ伯爵邸内のものと同一の設計で作られている。

 カリオストロは衣服を雑に脱ぎ捨て、浴室へと入る。浴室には適温まで温められた湯が張った木の浴槽と、シャワーの役割を果たす魔導具が備え付けられていた。

 魔導具のスイッチを押すと、網目状の部分からお湯が飛び出てくる。

 降り注ぐ温かい雫を浴びながら、カリオストロは思考する。

 三年前、五年という歳月をかけてカリオストロの肉体はオズによって作られた。

 カリオストロの肉体――ホムンクルスを作り始めたオズの当時の年齢は僅か一〇歳。なぜ、彼がそんな幼い年齢で高難易度の錬金を行えたのか。

 その答えはオズ自身にあった。

 オズはカリオストロの人生の記憶と経験を持っている。つまり、カリオストロの転生の果てがオズという認識だ。

 しかしどういうわけか、カリオストロの《祝福》をオズは使えず、その逆も然りだった。

 そのせいでホムンクルスの作成にかなりの時間を費やしてしまった。それでも作成できたのは、カリオストロとして生きた頃の記憶と経験があったからだろう。

 オズがカリオストロを復活させられたのは、彼の《祝福》がそういうもの、、、、、、だったからだ。

 ――何とも都合の良い偶然だろうか。

 魔導具を止め、湯船に浸かる。リラックスできるここは、何か考え事をするには最適な場所だ。

 彼は思考を再開する。

 カリオストロは当初、自分の性格が生まれ変わりであるオズと同一でないことに違和感を覚えた。カリオストロ・クレイアの転生の果てが今のオズワルド・レイヴンズだ。カリオストロとオズは外見や素性はともかく、中身においては同一人物だという図式が成り立つはずだった。

 しかし――性格や嗜好、様々な点で相違が見られた。特にカリオストロの性格など、まさに寿命で死ぬ直前と同一の、頑固親父そのものだった。

 せっかくオズが再現した肉体のピーク――青年時の体を捨て、老衰で死ぬ間際だった頃を髣髴とさせる身体へと体を入れ替えさせたのも、その影響だろう。


(カリオストロとして甦ったからか? カリオストロの人格は死んだ時点で固定されたとか? それともやはり、魂が関係しているのか……?)


 半年前、オズとカーラにカリオストロは『魂』に関して独自の持論を語ったことがある。オズには一笑に付されて終わったが、カーラは興味深そうに聞いていたのを覚えている。

 問題は性格や嗜好が変化することで、自分たちの計画に支障が出るのか? という点だ。

 考えるが、今日のようなどうでも良い、性格や嗜好の違いによる細々こまごまとした意見の不一致程度だろう。自分は支障を出させるほど馬鹿ではない。

 そもそもオズにとってカリオストロは生まれ変わる前の――幾世代も前の、、、、、かつての自分自身だ。カリオストロの性格などよく知ったもので、個性差による変化など微々たるものだろう。それにオズならば、逆にそこを有効活用するはずだ。

 カリオストロは懸念を頭の片隅に追いやり、浴室を後にした。


 ◇


 二〇分の入浴を終え、カリオストロが広間へ戻ると、オズらの頭数が一人減っていた。

 オズはいる。補佐役のホムンクルスも四人いる。残るは……。


「お? 小太りは何処へ行った?」

「フィッツベルクへ向かった」


 長テーブル脇の三脚椅子に腰かけたオズが、フラスコを眺めながら答えた。

 

「早いな」


 生まれてから、まだ一時間も経っていない。

 それだというのに僅かな小休止を挟んだだけで、もう働かせるとは……。


「鬼畜か、おめえ」

「お前の時はもっと早かっただろう。二月二三日までにはフィッツベルクで合流しないといけないからな。開発の進んだ現在いまの馬車の移動速度なら、十分間に合うだろうが……。万が一に備えて急がせた」

「ふん……ちゃんとモノは持って行ったんだろうな?」


 自分の預かり知らぬところで、勝手に事を進められてしまうのは良い気分とはいえない。

 広間の入り口から見て、右側。そこにある扉を見つめてカリオストロが訊いた。

 その扉の奥は武器庫だ。中は、二年前にオズが王都中の鍛冶屋に弟子入りさせたホムンクルスたち六人の作った武器や防具、王国魔法院に潜入させたホムンクルスたち四人が作った魔導具で溢れている。

 彼らは定期的に、配達役を担っているホムンクルス達に作った物を買わせ、この武器庫へと搬入させている。そして、得たお金は彼らの懐から『アービスベーカリー』の店主へと流れ込む。


「鋼の短剣とグロウリンクを持って行った。ああ……あと、治癒薬を二本、万能薬を六本持って行かせた」

「そんだけかよ? 薬なんざいくらでも作れんだから、十本ずつくらい持っていけばよかったろ」

「魔王亡き今、魔物や魔族たちの出現数は激減している。街路を外れなければ、命の危険に晒されることなんて早々ないさ。大丈夫だ。……それより、これを」


 オズは立ち上がると、皮のポーチをカリオストロに手渡した。

 中には今日の薬の稼ぎの半分、七〇万クローナが入っている。


「さっきグロウリンクで店主と連絡を取った。今日の深夜に取りに来るそうだ」


 そういってオズは左手に着けた、根元から三又に分かれた葉――リリの葉――を模ったレリーフのブレスレットを眼前に掲げて見せた。

 それは一昨日、形状をホムンクルスに彫って変えさせたグロウリンクだ。カーラに《認識阻害》の効果を付与させ、ただのブレスレットに見えるように細工したペアルックの片割れである。


「わかった。で、わしはこの後何をすべきだ? ホムンクルスはお前の指示通り、予定した数全て作った。何か適当な薬でも作っておくか?」

「そうだな……何を作るかはそちらに任せる」

「あいよ」

「……じゃあ、俺はもう帰るが……」

「おう、帰れ」


 そういってカリオストロが手をぶらぶら振る。

 オズは何かを言いかけたが、口を閉じると踵を返して広間を後にした。

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