19話―②『二人の悪魔』

 海野七海の姉―――海野妃波ひなみは、魔法技術に関して、妹に劣っていた。決して彼女に才能が無かったわけじゃないが、七海は「良く出来た子」だったため、激しい劣等感に苛まれていた。

 その結果、妹を殺害する計画を企てた―――。



「そして七海は未だ眠り続けている、と……」



 日も暮れた午後七時。軽く腹ごしらえを済ませた槍耶達は、七海のベッドを囲んで奇襲に備えていた。



「いつか七海にトドメを刺しに来るだろうとは思っていた。だがまさか、悪魔と身捧げの契約をするとは……」

「はいはーい、質問。なんでこのタイミングで妃波は襲ってきたんだ? 何かの記念日?」

「妃波に襲われてから、七海の入院場所は極秘だった。だけどついに見つかって、この間ここに転院してきた。それも見つけてきたんだろ」

「じゃあもう一つ質問。身捧げの契約って、普通の契約とは違うのか?」



 海豚がビッと手を挙げると、すかさず健治が答えた。



「身捧げの契約とは、はじめから悪魔ないしは天使に魂を捧げる契約だよ。普通は願いを果たしたら魂を食われるが、この場合、契約した瞬間に食われる。その代わり、普通の契約よりも膨大な力を得るんだ」

「へえー。じゃ、そこの天使も?」



 一瞬、健治とメルの視線が鋭くなったように槍耶は感じた。しかしすぐ、健治はにこりと笑う。



「どうしてそう思ったのかな?」

「だって、そいつがその悪魔を追っ払ったんだろ? 身捧げの悪魔でも逃げたってことは、そこの天使も相当の力を持ってたってことじゃないのか?」

「なるほど。良い考察だね。だけど、戦況は単純な力量差だけで決まるとは限らないよ」



 そう言いながら、健治は海斗に視線を移した。



「ところで海斗、どうして身捧げの契約だと断言出来るんだい? 妃波は何か別の願いを叶えて悪魔に食われた可能性だってあるよね?」

「目の前で悪魔になったんだよ」



 なるほど―――想像するだけで恐ろしい、と槍耶は息を飲む。



「恐らく今夜も七海を殺しに来る。だから命が惜しかったら……」

「命は惜しいけど、放っておけるわけないだろ。な? 健治さん」

「ああ。まあ、俺はこれが仕事だしね。海豚はどうだい?」

「命が惜しいのは幼児期まで! とっくに覚悟してるさ!」



 全く帰る気のない仲間に、海斗は本日二回目の大きなため息を吐くが、同時に少し安堵した気にもなった。

 メルはすぐに悪魔を感知出来るよう、常に辺りを警戒している。そんな彼女を横目に、海豚は楽しそうに槍耶達を見回した。



「なあ! お前達さ、前回の魔力者大会に出てたよな?」

「ああ、そうだけど」

「じゃあ、今月のにも出るのか?」

「え? 今月? あるのか?」

「あ、ごめん。言うの忘れてた」



 笑顔で謝る健治を、槍耶は若干の怒りを込めて睨む。



「また勝手に登録したんですか」

「参加しない理由もないだろう? 前回良いところまでいったんだから、絶対今回は優勝出来るよ」

「そう簡単にいきますかね……」

「そっかー。じゃあメンバー揃ってるよな」



 どういうことか槍耶が尋ねると、海豚は困ったような笑みを浮かべた。



「オレのチーム、前回優勝したからって今回出ないつもりなんだよ。オレは出たいんだけどさー」

「乱闘戦は?」

「苦手なんだよ。対多数って。味方もいないし」



 残念だけど、と健治が断ると、「どーするかなー」などと海豚が呟いた。

 とっつきやすい奴だけど、これでも大会で勝てる程の実力はあるんだよな―――槍耶は海豚を観察するように眺める。



「お前、悪魔と戦ったことは?」



 海斗の問いに、海豚は即答した。



「ない!」

「死んでも責任取らないからな」

「分かってるって。むしろ感謝してるんだぞ? 悪魔と戦える機会なんてそうそうないからな!」

「随分悠長に構えているんだね。そんなに腕に自信が?」



 健治が問うと、海豚は嬉しそうにはにかんだ。



「余裕そうに見えるか? そりゃよかった!」



 その言葉の意味が分からず、槍耶は本人に訊こうとしたが、それは叶わなかった。

 何故ならその瞬間、病院内の電灯が一気に消えたからだった。



「なっ……⁉」



 真っ暗になった室内に響く、驚愕の声。すぐさまメルが光を放ち、七海の姿を明るみに出した。



 ――――――海斗の横に、女がいた。

 女は七海に手を伸ばしていた。



「―――テメェ!」



 考えるより先に、海斗は女を殴った。しかし拳は虚空を彷徨った。窓の方へ避けた女は、海斗達を確認すると、小さく舌打ちをした。



「多いわね……やっぱり昨日殺っておくべきだったわ」

「海斗……あいつが……」

「ああ。あいつが妃波だ」



 茶色いショートヘアの女・妃波は、素手で窓ガラスを割り、その破片を海斗へと投げた。全てかわした海斗は、真っ直ぐ妃波へと駆けていく。妃波へ銃口を向けると、彼女はその軌道から避ける。

 刹那、彼女の足元から鋭い氷の刃が生えた。それをギリギリで避けた妃波だが、海斗に窓から押し出された。彼と共に夜の闇へ落ちていく。



「海斗!」

「メル! 追いかけろ!」

「それはやめた方がいいんじゃねぇかー?」



 突如響いた異質な青年声。海豚以外、全員知っているものだった。電灯が復旧し、室内が光で包まれる。病室の入り口にいた、和装の青年。何度も見ているその姿だが、槍耶は驚きを隠せなかった。



「なんでお前がここに………悪魔!」



 黄緑の髪に、黒の和装。背から生やす黒い羽は、邪悪なオーラをまとっている。

 そう―――蘭李を狙う悪魔が、そこにはいた。



「なんでってそりゃあ、後輩悪魔は助けないとなあ。先輩として」



 メルは健治の前に立ちはだかる。あいつも悪魔か、と海豚が訊くと、槍耶は小さく頷いた。



「あいつがいつも狙ってくる悪魔だよ」

「へえー。人間みたいな見た目してるな」



 直後、影の拳が海豚を殴り飛ばした。彼の体はあっという間に割れた窓から落ちていく。



「まず一人」



 メルが光の矢を悪魔へ放った。悪魔は難なくかわし、メルへ影の鳥を飛ばす。健治と七海ごと結界を張った彼女は、自身は悪魔へ接近しながら再び矢を放った。同じようにかわす悪魔。

 槍耶は窓の方へ向かい、外を見下ろした。暗闇で海豚の姿は見えない。

 仕方ない。まずは悪魔をどうにかしないと―――そう思って槍耶が振り向いた直後、窓の外で茎が下から伸びてきた。太くトゲのあるそれは窓から室内へ侵入し、壁に食い込んだ。ドゴン、とコンクリートが破壊される音に槍耶が振り返る。



「えっ⁉」



 驚く槍耶の目の前で、茎を上ってきたのは海豚だった。彼の帰還に、悪魔やメルも注視する。海豚は室内に降り立つと、薄く笑った。



「そんなに気に障ったか? 人間って言われて」



 特に傷も負っていないその姿に、悪魔は舌打ちする。やっぱり生半可に弱くない。俺も気を抜かずにいないと―――槍耶は改めて気合を入れ直す。



「……まあいい。お前ら、オレと取引しないか?」

「取引? 悪魔の取引なんてろくなことないだろ」

「まあ聞けって。オレの言うことを聞くなら、あの後輩悪魔を倒してやるよ」

「代わりに何を要求するんだ?」

「オレの言うことを聞け」

「断る」



 答えたのは健治だった。メルが光の矢を放つが、悪魔は軽くそれを避ける。



「お前には訊いてねぇよ。鎖金、どうする?」

「どうするって、そんなの……」

「海原だけであの悪魔を倒せると思うか?」



 そう言われ、槍耶はすぐに反論出来なかった。たしかに海斗は強いが、悪魔と一人で戦えるかと訊かれると、さすがに厳しいだろうと答える。それは海斗本人も分かっているはずだ。

 槍耶は少し考え、横目で健治を見た。



「健治さん、海斗のところへ行ってください。ここは俺と海豚でどうにかします」

「………大丈夫なのかい?」

「こいつの目的は、蘭李を絶望させて殺すこと。もしこいつが、友達が死んだ絶望を味わわせるつもりなら、もうとっくにしてるはずです」

「無茶な論理だなあ」



 ケラケラ笑う悪魔を睨むメル。続けて健治に視線を移し、指示を待っていた。

 槍耶の茶色い瞳には、戦おうとする強い意志が感じ取れる。ここは任せて大丈夫か―――健治は頷き、メルと共に海斗の後を追った。



「マジか。お前ら見捨てられたな」

「信じてくれたんだよ。俺達ならお前に負けないって」



 くすりと笑い、悪魔は黄緑の瞳を淡く光らせた。



「蘭李くんにお前らの首を持っていくのが楽しみだ」

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