#正しい選択

19話―①『悪魔退治』

「へー! ここで特訓してるのか!」



 トレーニングルームを見回し、その床や壁に手を滑らす。それが本物だと分かると、海豚は濃藤色の目を輝かせて槍耶に振り向いた。



「なんでもっと早く言ってくれなかったんだよー!」

「一応ここ、人の家だから……」

「でも、契約すれば使っていいんだろ?」

「そうだけど……」

「なら善は急げだ! 行ってくる!」



 海豚は、風の如くトレーニングルームから飛び出していった。取り残された槍耶は、元気だな、などと呟きながら、その後を追う。

 昨日から二泊三日、蘭李達風靡学院の二年生は自然教室のため不在である。唯一学校の違う槍耶は、トレーニングルームを独り占め出来る―――などとは喜ばず、むしろ特訓する相手がいなくて困っていた。

 そこで、魔警察の職業体験で連絡先を交換した橘海豚に連絡をつけ、彼を皇家に呼び出したのだ。



「おっ、良かった。呼びに行く手間が省けた」



 槍耶がリビングに戻ると、ソファーに座っていた海豚が彼を手招いた。海豚の前には健治が同じく座っている。槍耶が海豚の隣に座ると、穏やかな笑みから一転、健治は深刻そうに眉をひそめた。



「悪魔を退治しに行く」



 密やかな声と「悪魔」という単語に、槍耶は体を強張らせた。



「気配を感知したのは昨夜。その時メルが見に行ったが、悪魔には逃げられたらしい」

「いつもの悪魔とは違ったんですか?」

「ああ。見たことがなかったし、気配も突然現れた―――まるで、そこで生まれたかのような気配だったと」



 なあ、と海豚が槍耶にこそっと話す。



「いつものってどういう意味?」

「友達に、悪魔に狙われてる奴がいるんだよ」

「へえー。悪魔になってまで殺したいなんて、一体何やったんだ? そいつ」

「さあ……本人もよく分かってないし」

「……話を進めていいかい?」

「あっ、はい。すみません」

「とりあえず移動しながら話そう」



 治癒魔法道具をいくつか携帯し、健治が先導して夕日の照らす街中を歩き出す。道には下校途中の学生が多く、しかし見知った風靡の制服は少ない。



「悪魔がいたであろう場所は病院だ。しかも、滝川若俊のね」

「あそこに……海斗、大丈夫かな」

「さすがに鋭いね」



 まさか、と顔を青ざめる槍耶に、健治は淡々と告げた。



「海野七海を護衛していた海斗はその悪魔と戦ったみたいなんだ。今はもう治ったが、メルが駆けつけた時には怪我も負っていたみたいで」

「なっ……! それならなんでもっと早く言ってくれなかったですか!」

「まあ落ち着いて。まず、メルを傍に置くことで悪魔は迂闊に手は出せない。今日は一日快晴だから、天気によって昼間に悪魔が活動するとは考えにくい。それともう一つ、海斗自身の頼みなんだよ」

「海斗の……?」

「ああ。君達を巻き込みたくないと」



 病院に着くと、エレベーターに乗り込む三人。五階へ向かって、静かに上昇し始めた。



「その悪魔、海斗と関係があるんですか?」

「分からない。本人に訊いてみないと」



 フロアの一室、『海野七海』の個室に入ると、メルと海斗が同時に振り向いた。そのうち後者は驚いたように目を見開き、槍耶達に迫った。



「なんで来た!」

「むしろなんで教えてくれなかったんだよ!」

「ッ……これは俺達の問題だ。無関係の奴が戦う必要はない」

「無関係とか言うなよ。友達だろ?」



 食い下がる槍耶に、海斗は仕方無さそうに息を吐いた。次に、海豚をギロリと睨む。



「お前は完全に無関係だよな」

「え? いや、友達の友達だから関係アリ!」

「こじつけだろ……!」

「いいじゃんか! 少なくともオレは、悪魔の味方はしないぜ?」



 それでもなお追い返そうとする海斗を制止し、健治は病室の奥を覗いた。そこには眠ったままの少女―――七海がいる。



「海斗。悪魔に心当たりは?」

「………ああ。あいつは知ってる」



 深海のような青い瞳に数多に浮かび上がる、憤怒の泡。無理もない。その人物は、彼が最も憎む存在―――。



「――――――あいつは、七海の姉だ」

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