19話―③『妃波という姉』
その日、朝から胸騒ぎがしてしょうがなかった。
そもそも、元々いた病院が何者かによって氷漬けにされたのが原因で、七海は転院した。護衛が事前に結界を張っていたおかげで大事には至らなかったが、もしそれがなかったら……と、想像するだけで恐ろしい。
「氷漬け」という単語だけで、犯人は推察出来る。水属性の七海の姉―――同じく水属性の妃波だ。彼女しかあり得ない。
彼女は七海に激しい劣等感と殺意を抱いているからだ。
同級生達は自然教室で二泊三日留守になる。本来なら俺も行くべきものなんだが、もちろん行くわけがない。俺がいない時こそ、妃波が七海を狙う絶好のタイミングなのだから。
それ故―――だろう。胸騒ぎの原因は。
「意外と一途なのね、海斗君」
七海の病室に突如入室した、海野妃波。あまりにも堂々としていて、逆に警戒した。妃波は俺を一瞥し、その濁った目を七海へ向ける。
「いつ起きるかも分からない子、見限ればいいのに」
「生憎だが、俺も七海の両親も見限ってない。皆七海の目覚めを待ってるんだよ。お前とは違ってな」
「そんなに何をあの子に期待するの? もうろくに戦えないでしょうに」
「そうさせたのはお前だろ!」
殴りかかろうとすると、俺と妃波の間に男が降ってきた。その姿はどこかおぞましさを感じさせ、反射的に距離を取ってしまった。妃波は男の腰を引き寄せる。
「さあ……私の願いを叶えて頂戴」
願いと聞いて、嫌な予感がした。拳銃を抜き、それを構えて発砲する―――その前に、妃波は囁いた。
「七海と戦って殺したい」
そして妃波は、悪魔になった。
*
「貴方じゃ敵わないわよ!」
窓から落ちた先の駐車場で、妃波が影を鋭く尖らせて投げつけてきた。それらは暗闇に混じり、俺の全身を闇討ちしてくる。同じように複数の氷を投げつけたが、かわされてしまった。
「泣かせてやりましょうか!」
「昔みたいに?」
「ええ! 泣き虫の海斗君!」
足元から伸びた影の拳により、顎を殴り上げられた。その瞬間、左腕を下から上へ振り上げる。妃波の小さな悲鳴が聞こえた。体勢を整えて確認すると、地面から伸びた氷が妃波の腕に突き刺さっていた。
「昔と同じと思うなよ」
「フン……餓鬼が」
雑に腕を引き抜く妃波。流血も気にせず、携えていた刀を抜いた。
「貴方、昔から「この子」が怖かったのでしょう? 怯えた目して「この子」のこと見て」
身捧げの契約をすると、体は本人のものでも、意識は完全に悪魔のものだ。故に、契約者のように振る舞う悪魔もいると文献には載っている。
「だったらなんだ」
「よく戦おうと思ったわね? 愛するあの子のため?」
「ああそうだ」
「フフッ、正直ね」
闇に溶けて消えた―――と思ったら、目の前に現れた。振り下ろされた刀を氷で防ぐ。心臓を狙って銃を撃ったが、既にターゲットはいなかった。
「「この子」は妹と戦って殺すことを望んだわ。そちらにも勝ち目があると喜ばないの?」
見上げると、三日月をバックに笑う妃波がいた。妃波の両腕から影の腕が伸び、二つの巨大な手が迫りくる。片手を氷で防ぎ、もう片方はかわす。避けた先で妃波が刀を振るってきた。首を浅く斬られる。一瞬緩んだ表情に、氷の刃を振るった。
「ぎゃああああ!」
妃波の顔に、斜めに傷が生まれた。顔を押さえる妃波の頭を狙って数発、銃弾をぶちこんだ。妃波は脱力したように倒れる。
「いい痛い……餓鬼が……この餓鬼が……!」
妃波が落とした刀を拾い、それを彼女の心臓へ突き刺そうとした瞬間。
「かいとくんやめて!」
―――その声は、記憶に深く残る、愛おしい声だった。
聞こえるはずがない。頭ではそう分かっていたが、体は正直だった。彼女の言うことを律儀に聞き、俺は一瞬硬直した。
――――――――――――ガンッ
それ故、俺の頭は地面に叩きつけられた。
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