1話―②『幽霊』

「これはなんじゃ?」

「見たことないもんばっかだな……」

「なにこれ! おっきい!」


 自室から一階へ降りると、先祖三人は好奇心の塊となっていた。生きていた時代が違うので、当たり前のようにあるものでも、彼らにとっては珍しいものばかりだ。


「未来の世界は面白いのお~」

「秋桜兄、これ何に使うと思う?」

「食べ物の保存とかじゃないか?」

「ねえ、蜜柑さん達が生きてたのっていつの時代なの?」


 緑茶を飲みながら、蘭李は尋ねた。その横をコノハが通り過ぎ、居間の端から幽霊達を遠巻きに眺める。見てくれは幼いながらも眼光は鋭い。


「いつの時代、と言われてものう……」

「何年前とかさ」

「正直、その当時が何年だか全く分からない」

「僕もー!」

「ええ……分からないの?」


 不安を抱く蘭李に、コノハが振り向いた―――本当にこいつらのこと信じるのか?

 蘭李は苦笑を返すしかなかった。


「信じる信じない関係なしについてくるじゃん。この人達」

「お祓いしてもらおう」

「お祓い出来るかな」

「出来るでしょ。幽霊だし」


 お祓いと聞いて蘭李の頭に浮かんだ友人は、黒いショートヘアーに太刀を背負う少女だった。紫色の瞳は、時折アメシストのように美しく、妖しく光る。


「たしかに『ハク』なら出来そうだけど……」


 蘭李がちらりと時計を見る。まだ朝の六時だった。彼女にとって起きるのには少し早いくらいの時間帯だが、今は冬休み中である。彼女としては、休みの日でまでこんなに早起きしたくはないし、その友人も起きてるとは考えにくかった。

 蘭李は茶碗に白米をよそってテーブルについた。秋桜が羨ましそうにそれを眺める横で、蜜柑は尚も家具家電に興味津々だった。


「おぬしの住みかはなかなか奇妙じゃのう!」

「奇妙って……どこのお家も大体こんなもんですよ」

「えぇーっ! みんなこんなに大きいの持ってるの⁉」

「それはテレビ。スイッチ入れると……ホラ」


 蘭李はリモコンをテレビに……いや、テレビの前で浮遊する睡蓮を避けながら向け、電源ボタンを押した。画面にはニュースが映し出され、ちょうど天気予報をやっていたところだった。今日の天気は晴れ。降水確率ゼロパーセント。出かける予定は無いから関係ないや―――蘭李は白米を咀嚼しながらそう思う。

 一方の蜜柑達は、驚愕の顔をしてテレビに食いついた。


「うぇええええっ⁉」

「なんだこれ……⁉」

「人がいるぞ⁉ 箱の中に!」

「映像だよ。この人は別の場所でこれやってるの。で、このテレビに流してくれてるの」


 三人の頭上に浮かぶクエスチョンマーク。先祖達の困惑顔を前にする子孫は、また少し考え込んだ。

 ―――この人達、いったいどの辺までなら分かるんだろう? テレビを知らないってことは、テレビが作られる以前の生まれ……えーっと、どこより前なんだっけ? 全然分かんないや。うう……ちゃんと勉強しておけばよかった。

 彼女は自分の知識の無さを恨む。そしてそこで、全く関係の無い新たな疑問が一つ生じた。


「そういえば、誰が一番年上なの?」

「俺達か?」

「そう」

「それは我じゃ!」


 蜜柑が手を腰にあて、えっへんとふんぞり返った。その脇で秋桜と睡蓮が、蜜柑を引き立てるようにひらひらと手を揺らす。なんだあ、と蘭李は残念そうに呟いた。


「蜜柑さんかあ」

「意外?」

「うん。てっきり秋桜さんかと思ってたから」

「失礼じゃのう!」

「この人の後に俺。で、最後がこいつってわけ」

「僕が一番若いんだー! ね、意外?」

「そこは意外じゃないかな」

「えー。なんだ、つまんないの!」


 蜜柑、秋桜、睡蓮、そして蘭李が四代目という順番だ。

 敬えひれ伏せなどとわいわい盛り上がる四人。そこから一人だけ外れ、テンションの上がらない少年がいた。


「ねえ、本気でそいつらの言うこと信じてるわけ?」


 口をとがらせるコノハ。未だ警戒心を解いておらず、むしろ先ほどよりも睨みの鋭さがキツくなっていた。


「まだ本気にはしてないよ」

「いやしてるでしょ。ガッツリ信じてるじゃん」

「半々だもん」

「なかなか信じてもらえぬのう!」

「アンタ、なんでそんな頑なになってるんだ?」

「なんで? じゃあ訊くけど、アンタらが蘭李の先祖だとして、なんで僕にも姿が見えるわけ? 子孫でもない、ましてや僕は人間でもないのに」


 沈黙が流れた。

 たしかに―――蘭李は不覚にも納得してしまう。そういえばコノハにも普通に見えている。華城家唯一の魔力者であるあたしはともかく、血の繋がりのあるお母さんでも見えなかったのに。それは魔力者ではないからだけど、この人達の理論だと、コノハに関しては少しおかしくなる。

 蘭李はちらりと蜜柑の方を見た。彼女は少し間を置いて、再びふんぞり返った。


「それは分からん!」

「は?」

「ぬしら分かるか?」

「全然!」

「全く」


 当たり前のように三人は答えた。蘭李とコノハは唖然とする。二人とも予想にもしてなかった回答で、何と返せば良いのか迷っていた。やがてコノハが、戸惑いながら口を開く。


「じ、じゃあ先祖じゃないってことだよね?」

「それは違う! 我らは確実におぬしの先祖じゃ!」

「だからなんで僕にも見えてるんだって」

「それは知らん!」

「分かんないものはしょうがないよー!」

「嘘言ってもしょうがないしな」


 分からないで押し通す三人。全く答えが得られないコノハには苛立ちが募り始めた。蘭李ももどかしさを感じる一方、ニヤリと笑って彼の横顔を覗き込んだ。


「いっつも他には興味示さないのに、珍しいねーコノハ。そんなに三人が気になる?」

「これから正体不明の奴らにつきまとわれるんだよ? 蘭李、耐えられるの?」

「そりゃまあ……怖いけど……」

「おぬしにはつきまとわん!」

「蘭李につきまとうんだったら、僕にやってるのと同じようなもんだよ」

「それもそうだな」

「武器だもんねー!」


 睡蓮がコノハの頬を指先でつつく。しかし当然指はすり抜ける。それに便乗して、蜜柑がコノハの頭を撫でる振りをする。全く触られていないが、コノハが鬱陶しそうに二人を手で払いのけた。しかし二人も負けじと、つつくスピードを上げたり撫でるスピードを上げたりした。最終的には、コノハが腕を刃に変化させ・・・・・・・・、それで二人を斬りつけるまでに至った。もちろん幽体に物理攻撃は効かない。


「ちょっとコノハ! そこら辺のもの斬らないでね!」

「さっさと消えろ! 幽霊!」

「うわー! 怒ったー!」

「短気よのう!」

「聞いてないな」

「聞いてないね……」


 唯一傍観している秋桜は、空中胡座をかいた。蘭李は隣に浮いている彼を横目で見ながら、はっと気が付く。

 そういえば、この三人はコノハに何の疑問も持たずに接している―――生まれてから十三年、こんな風にコノハ……つまりは「魔具」と自然に接する人達と彼女が出会ったのは初めてだった。

 魔力者ではない人に説明すれば、

「剣が生きてるわけないじゃん」

 と相手にされず、だからといって魔力者に話しても、

「聞いたことはあるけど……あれ、おとぎ話限定じゃないの?」

 と、なかなか信じてもらえない。実際に蘭李も、自分と同じような魔具を持った人間と出会ったことがない。

 だからなのか、蘭李は突然にんまりとした。秋桜はその顔にぎょっと驚いたが、コホンと咳払いをひとつ。


「そうだ。この街を案内してくれよ」

「街?」

「何かあった時、土地が分かってれば楽だろ」

「そうか、たしかに」

「いや……どうせ透過出来るんだから関係ないだろッ!」


 ぜーはー息を切らしながら、コノハが蘭李のもとへ戻ってきた。その背後で蜜柑と睡蓮がニヤニヤ笑っている。完全にコノハが遊ばれていたらしい。

 蘭李がコノハの肩に手を置き、お疲れと声をかける。しかし、鬼のような形相で睨み返された。


「他人事みたいに言いやがって……!」

「そんなに睨まないでよ! なんて言えばよかったの⁉」

「何も言うなよ」

「そっちの方が嫌じゃない?」

「わーい! 探検だー!」


 睡蓮を先頭に、幽霊三人は勝手に窓から飛び出していった。もちろん、ぴっしりと閉まった窓からである。

 引き止める間もなく彼らを見送るはめになった蘭李は、呆然と取り残される。コノハは傍で大の字になって寝そべった。


「行っちゃった……案内してくれって言ってたのに……」

「もーほっとけば?」

「初めての土地なのに大丈夫かな?」

「どうにかなるだろ。幽霊だし」


 思案する―――幽霊が誰かに見つかることもないし、事故に遭うこともない。思い付く問題といえば、ここへ帰ってこれるかだけど……。


「大丈夫か!」


 なんの根拠も無いけど! と付け足す蘭李。

 コノハは剣の姿に戻り、ひと休みしていた。動く気配は無い。それを見た蘭李は、あくびをひとつ。


「あたしももう一回寝よーっと」


 コノハを持って、蘭李は二階の自室に戻った。鞘に彼を戻し、もぞもぞとベッドに潜り込んで目をつむる。意識が薄れていく中、彼女はもう一度思い返した。


 ―――先祖、かあ。まさか会えるだなんて、思いもしなかった。本物かどうかは分からないけど、少なくとも、幽霊が見えたこと自体、普通ならあり得ない。

 でも……もし次起きた時、今までのが全部夢だったら?


 ――――――先祖に会いたいと、心の奥底で思っていたのだろうか?


「そんなわけ……」


 彼女の否定は、フェードアウトする。やがて部屋には、小さな寝息だけが残った。



「随分と小柄になったのう!」

「あいつの方が……」

「女の子になってるー!」


 一人の少女を取り囲む三人の幽霊。じっと少女を見ては各々感想を吐き出していく。

 囲まれている少女は、心底うざそうな顔をしていた。時折蘭李を見て「どうにかしろ」という目で訴えている。しかし彼女は「うんごめん無理!」という笑顔を返されてしまった。


 始まりは、一時間程前だった。蘭李が二度寝から目覚めた時、時刻は既に正午に近かった。なぜ起こしてくれなかったのかと母親に聞けば、


「だってアンタ、体調悪いんでしょ?」


 とのこと。蘭李は、はじめ何のことか分からなかったが、見えない蜜柑達を指差して騒いだことを思い出した。

 ああ、それか―――後悔するものの、逆に病院に連れていかれなくてよかったとも思う蘭李であった。

 そんなわけで昼食を摂り、身支度も済ませ、蘭李はある友人にメールを送った。ちょうど先祖達も帰ってきた頃だった。


『なんか、あたしの先祖を名乗る幽霊が出たんだけど』

『は?』

『とにかく見てくれない?』

『いいけど……害はありそうか?』

『いや全然。むしろ守るとか言ってるけど』

『なんだそれ……じゃあ飯食ったら行くわ』

『ありがと!』


 そうして来てくれたのが、今現在囲まれている少女『冷幻れいげん白夜』である。

『ハク』こと白夜は、幽霊の類いが見える闇属性の魔力者である。たまに嫌そうに虚空を見つめているが、大体見えてはいけないものを見ているらしい。以前、蘭李が見てみたいと彼女に頼むと、


「見ても気持ち悪いだけだから、やめた方がいいよ」


 と断られてしまった。しかし、ダメと言われれば余計見たくなるのが人間の性。何とか見せてもらおうと交渉するが、未だに認めてもらえていないらしい。


「この癖のある毛はそっくりじゃな!」

「あいつはこんなにぼさぼさじゃなかった!」

「あははー! そっくりー!」

「やっぱ代々癖っ毛なのか……」


 先祖達は白夜の髪をいじり始めた。当然触れることなど出来ないが、それでも手を止める気配は無い。白夜も何故か、自分の髪を少し気にし始める。

 何故こんなにも白夜がいじられているのか―――理由は簡潔だった。


 三人とも、当時の冷幻家と知り合いだったからである。


 睡蓮から言わせれば、

「ちっちゃくなってるー! しかも女の子になってるー! わー! かわいー!」

 で、秋桜からは、

「あいつの方が何倍も可愛かった」

 である。蜜柑に関しては、

「名前は同じじゃが……うざさは無くなったのう! 良いことじゃ!」

 という謎の評価が下っていた。各々冷幻家に対するイメージがだいぶ違うらしい。


「ていうか、ハクがご先祖様とおんなじ名前だったなんて知らなかったよ」

「え? ああ、まあ言ってなかったし」

「しかも初代なんだっけ? すごいね。なんで言わないの?」

「嫌なんだよ。周りから変な期待持たれるしさ」

「あー……そーなんだ」

「私は私だっつーの」

「そうじゃな! あやつよりもぬしの方が何倍も良いと思うぞ!」

「だから、そーゆーのやめろって言ってんだよ……」


 白夜が諦めにも近い、だるそうな目で蜜柑を見た。同じ名前の先祖も、ハクと似たような顔なんだろうか―――不意に浮かんだ疑問を蜜柑に尋ねると、「全く似ておらん!」と一蹴された。


「奴は我を常に嘲笑うような顔をしておった!」

「それ、つまりずっと嘲笑されてたってこと?」

「そんなはずない! 我を笑う動機などどこにある!」

「探せば普通に出てきそうだけど」

「何を⁉ 貴様、先祖である我を侮辱する気か⁉」

「お兄ちゃんお姉ちゃんー! 喧嘩やめてよー!」


 ヒートアップする先祖達の口論から蘭李を引き離し、白夜は声を落とした。


「この人達、たぶん守護霊的なもんだよ。だから危険ではないと思う」

「守護霊? 幽霊とは違うの?」

「いや、呼び方だけで存在自体は特に違い無いけど……害は無さそうだからひとまず大丈夫そう」

「へえー……でも、三人もいっぺんに守護霊が出るなんてあるの? それに、あたし普通に見えてるんだけど……」

「聞いたことないな」

「ないんかい」


 二人は、騒々しく口論する先祖達を眺めた。何故三人が突然現れたのか、何故闇属性の魔力者ではない蘭李が彼らを視認できるのか―――当然見たって答えは得られない。腕を組んで唸る二人に気付き、元凶達は他人事のように笑った。


「そんなに深く考えるな! 良いではないか! 我らのことなど!」

「そうだ。害は無いんだし」

「危ないよーって教えるだけだもんね!」

「蘭李、訂正だ。こいつら守護霊もどきだ。危ないよーって知らせるだけの無力な守護霊なんていない」

「あたしもそう思う」


 白夜が時刻を確認した後、すくりと立ってコートを羽織った。


「私これから公園に行くんだけど、来る?」

「え、なんで急に公園?」

「最近そこにモノノケがいるらしいんだよ」

「なるほど。事件の香りですな?」

「ノリノリだな……」

「なんか楽しそうだから!」

「お前なあ……」


 油断してると大怪我するぞ、との忠告も、分かってるって! と軽く流す蘭李。二人は幽霊達を連れ、華城家を後にした。

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