1話ー③『モノノケ』
モノノケとは、端的に言えば『実体を持った生物の幽霊』である。死んだ生物のこの世への未練が強く、生きてる生物に乗り移って暴走する。未練を解消すれば成仏するが、大体は手遅れである。よって魂を壊すしかなくなる。
そしてそれが出来る魔力者が、闇属性の、さらにその中でも一部の者達だけだ。白夜含めた冷幻一族も、そこに含まれる。
「誰もいないね」
「いないな」
さほど広いわけでもない公園にやってきた蘭李と白夜。蘭李のバックには剣の姿のコノハが入っている。
二人は公園内を見回した。ブランコ、鉄棒、滑り台しか遊具は無い。住宅地の隙間に取って付けたような立地で、人はほとんど訪れなく、今も人っ子一人いなかった。
「ま、この方がやりやすいけど」
白夜は草むらを覗き込む。蘭李も適当に公園内を見回る。幽霊三人は案の定、遊具の周りで騒いでいた。
「なんじゃこれは!」
「変な形してるな……?」
「何に使うんだろー? 拷問かなー?」
拷問器具がこんなところにあってたまるかと、頭の片隅で蘭李は思う。しかし、一体先祖達はどんな人生を歩み、そして終えたのだろう。こういったものから拷問器具を連想してしまうほど、殺伐とした一生だったのだろうか―――彼らを一瞥しても、そんな雰囲気には見えない。
少し探した後、白夜は唸りながら立ち上がった。
「うーん、今の時間は出てこないのかなー」
「ハクー、本当にこんなとこにモノノケいるの?」
「今回は小動物って聞いてるし、動物が潜むならこういうところだと思って」
「なるほど……この辺りの『自然っぽいとこ』って公園くらいだもんね」
生垣の奥を覗き込むと、『ハズレ』と書かれたアイスの棒が落ちていた。その周りには、たくさんの蟻が群がっている。うわ、と蘭李は若干顔を引きつらせた。
「冬にアイスか……」
「ん? どうした?」
「アイスの棒が落ちてたの」
「あー、冬アイスもなかなか美味いよな」
「えっ、あたし無理。お腹壊しちゃう」
「マジで? 人生半分損してるよ」
「そんなに⁉」
蘭李と白夜はモノノケの捜索を続ける。そんな子孫のもとへ、蜜柑がふよふよと寄ってきた。
「あいすとは何じゃ?」
「え? ああ、アイスっていうのは……うーん。何て言えばいいの? 冷たい食べ物?」
「アバウトだなぁ」
「いざ『アイスとは?』って訊かれると難しくて……ハク、分かる?」
「まーたしかに。『冷たくて美味しいもの』でいいんじゃね?」
「ちゃんと回答せんか!」
「知りたいなら自分で調べることだな」
「そうそう―――うわッ⁉」
突然、生垣から何かが飛び出し、蘭李は尻もちをついた。黒いソレはそのまま公園から走り去っていく。
白夜は素早くソレを追いかけた。蘭李も急いで彼女を追いかけるが、突如急停止した白夜にはすぐに追い付いた。
「ハク? 急に止まってどうしたの?」
「今の、モノノケだった」
「なら早く追いかけた方が……」
「そうなんだけど、どうにか暗い場所に追い込めないかな。私、そういう場所じゃないと魔法使えないからさ」
「そっか。分かった! 何かいい感じになるように祈ろう!」
「いや祈るだけかよ」
二人はモノノケを追いかける。ソレの後ろ姿は、真っ黒い体をした狐のようだった。
「子孫や、見失うでないぞ?」
「がんばれー! 走れー!」
必死に走る蘭李と対照的に、蜜柑と睡蓮はラクチンそうに彼女と並走ならぬ並游していた。その姿に少しの苛立ちを覚える蘭李。しかし、そんなことを思い続ける余裕があるほど、彼女の体力は多くなかった。
モノノケが陸橋の階段を上っていく。それを見た蘭李は、億劫な声をこぼした。
「うっそお……階段……」
「さあ上るのじゃ! 子孫よ!」
「がんばれー!」
「あれ……? そういえばハクは……?」
気付くと隣に白夜がいない。振り返ると、こちらに駆けつけながらモノノケを指差す彼女の姿が見えた。
「あれは先に行けってことじゃない?」
「そうだね……ふう……上るか……」
「あやつ、足遅いのう。そういうところは奴と同じじゃな」
「その代わり持久力はあるみたいだけどね」
少し息を整え、蘭李は階段を駆け上がる。すれ違ったカップルには不審な顔をされるが、気にしてなどいられない。
陸橋を駆け反対側の階段を、モノノケは一跳びで下りきった。蘭李も急いで下りるが、入り組んだ住宅地に紛れたモノノケを見失ってしまった。
「うわっ最悪……! どこいった……⁉」
「僕、捜してくる!」
「我も行こうかのう!」
蜜柑と睡蓮がそれぞれ別方向へ飛んでいった。蘭李はバックからコノハを取り出し、急ぎ足で辺りを捜索する。
陸橋で繋がる、線路を挟んで向こう側の『西エリア』は、殺伐としている―――地元の人間ならば、誰もが口を揃えてこう評価する。墓地が至るところにあるからなのか何なのか、そのせいで蘭李達の住む『東エリア』の住民は、普段はほとんど西エリアに来ない。
相変わらず人の気配が無い―――蘭李は記憶の薄い西エリアの地図を頭の中で展開し、モノノケの行きそうな可能性をしばらく探し回った。
「そういえば……秋桜さん、いなかったなあ」
思い返すと、彼は白夜の傍についていた。秋桜は、彼が知っている当時の冷幻を「可愛い」と評していた。もしかして、特別な感情を持っているんだろうか―――帰ったら問い詰めてやろうと蘭李がにやけていると、頭上から声をかけられた。
「蘭李蘭李! こっちだよ!」
「睡蓮! モノノケいたの⁉」
「いた! 早くしないと起きちゃうかも!」
「えっ、寝てるの?」
「そう!」
なあんだ、モノノケも疲れたのか―――蘭李が必死で走り着いたのは、大病院の目の前にある墓地だった。人はいないようで、蘭李は辺りを見回しながら墓石に囲まれた狭い道を進む。
ここは初めてではなかった。彼女の祖母がこの墓地で眠っているのだ。毎年お盆に訪れ、線香や花を手向けていた。
「あの奥の木の裏にいるよ」
道の先にある大きな木を指差す睡蓮。秋になるとドングリを落とす木だった。蘭李はその場に立ち止まり、バックの中を漁る。しかし顔をしかめ、執念深く中を漁り続けた。
「あれっ……⁉ 携帯が……無い⁉」
身体中のポケットも見回るが、食品サンプルキーホルダー(目玉焼き)のついた水色の携帯はどこにも無かった。そこで、はたりと蘭李の手が止まる。
そういえば、充電したまま持ってくるの忘れた―――青ざめた蘭李に、少し離れて眺めていた睡蓮が近付いた。
「どーしたの?」
「携帯が無いとハクに連絡出来ない……! どうしよう!」
「連絡なら大丈夫! 僕に任せて!」
えっへんと睡蓮が胸を張る。しかし蘭李は、疑いの眼差しで彼を見た。
「本当に大丈夫なの?」
「僕がシロちゃんの所まで飛んでって連れてくるよ!」
「へ? シロちゃん?」
「じゃーね! 来るまで見張っててねー!」
「あっ、ちょっと!」
笑顔で手を振って、高速で飛んでいく睡蓮。建物を透過していき、すぐに見えなくなった。置いていかれた蘭李は、彼が飛んでいった先を不安そうに見つめる。
「大丈夫かな……っていうか、シロちゃんってハクのことでいいんだよね?」
答えてくれる相手はいない。蘭李は大樹に向き直り、息を潜めて一歩一歩近付いていく。目の前に着いたところで、さらにゆっくりと幹の周りを回ると、ちょうど反対側でモノノケが寝息を立てていた。
気持ちよさそうに寝てるなあ―――蘭李は気付かれないように、そのまま後ずさりした。しかし、途中で足を絡めてしまう。体勢が崩れ、茶色い土が眼前に迫った。
「―――ぅわっ!」
思いきり音を立てて蘭李は転んだ。当然獣は感知し、真っ赤な目を開く。モノノケは蘭李を捉え、唸り声を上げながら立ち上がった。彼女も立ち上がり、落としたコノハを取ってモノノケと対峙する。
「ハク……! 早く来い……!」
コノハがぶるぶると震える。蘭李は押さえつけるように鞘を強く握った。モノノケが一歩ずつ近付き、それに合わせて蘭李は一歩ずつ下がる。距離は一定に保たれていた。
「グオオオオオッ!」
突然、モノノケが跳んだ。蘭李は一瞬遅れて反応したものの、既に遅かった。コノハを抜くより先に、モノノケが蘭李に飛びかかった。
噛まれる―――その牙が到達するまでの一瞬で、蘭李は覚悟した。
――――――――――――グチャアアッ
鮮血が飛び散った。悲鳴に近い声を上げて、ぐしゃりと地面に黒が落ちる。
黄緑色の髪をした青年が、上からモノノケを刺し殺した光景を。
青年は、およそ蘭李の身長、横幅の刃を持つ剣を投げ、モノノケを突き刺したのだ。刃先が硬い土に刺さっている。
彼は、真っ直ぐに立った剣の柄の頂点を手で押し、空中で体勢を立て直した。そして、服の裾からナイフを取り出す。
「――――――よお。
青年は落下する中、黄緑色の目で蘭李を捉えた。蘭李も見知らぬ彼を見上げる。
―――こいつは一体誰? なんであたしの名前を知っている? モノノケは死んだのか? こいつが助けてくれたのか? でも今、こいつはあたしに刃を向けている。
――――――逃げなきゃ。
――――――このままじゃ……殺される。
本能に唆され、蘭李は即断する。しかし、とき既に遅かった。
「じゃあな」
青年が、無防備な蘭李にナイフを振るった。
「……………え?」
蘭李の予想していた事態にはならなかった。青年は虚空を斬っただけで、蘭李は無傷だった。
その原因は、今蘭李を抱えている少女だった。
蘭李は一瞬遅れて見上げる。十代後半程の、レンガ色のツインテール少女が自分を抱えていることにも驚くが、もっと驚いたのは―――。
―――その少女に、真っ白い羽が生えていたことだった。
「ふー。間一髪だった。良かった良かった」
降ろされた蘭李の隣に現れた、一人の男。灰色のロングコートに黒いズボンを穿き、二十代後半程の見てくれ―――男は蘭李を見ること無く、真っ直ぐに青年を見ていた。
「俺達に背を向けてまで殺したいほど、この子が憎いのかい?」
余裕そうに男が言うと、少女は蘭李達の前に立ち塞がった。光で形成された弓を、彼女は青年へ向けて構える。それを見た彼は舌打ちし、剣を地面から引き抜いてどこかへ飛び去っていった。
―――少女とは対照的に、真っ黒な羽を羽ばたかせて。
「追いかけますか?」
「いや、いいよ。今はこの子だね」
男は蘭李に向き直る。栗色の髪は、後ろで一つに結ばれていた。
「大丈夫かな? 怪我は無い?」
「だ、大丈夫です……けど……」
「突然悪いね。俺達であの悪魔を追っていたんだけど、急にどこかへ行ったと思ったら君を襲ってて……」
「あ、あくま?」
「そう。あ、もしかして、悪魔を見るのは初めてかな? じゃあ天使も?」
「え、そ、そんなのいるんですか……?」
「いるいる。天使はホラ、うちのメルがそうだし」
少女『メル』の羽と弓は既に消えていた。蘭李と目が合うと、彼女は丁寧にお辞儀する。つられて蘭李も軽く頭を下げた。
「ところで君、さっきの悪魔に見覚えは?」
先程の青年を思い出すが、過去の記憶の中に思い当たる節は無かった。そもそも、初めて悪魔を見たのだからあるはずもない。
「無いです」
「そうだよねぇ………ま、調べれば分かるか」
蘭李の手からコノハが滑り落ちる。慌てて彼を拾い上げるが、その手は小刻みに震えていた。そんな彼女を見た男は、蘭李にそっと手を差し出す。
「大丈夫かい? もしかして、殺害現場を見るのも初めてかな?」
蘭李は男の手を借りて立ち上がるが、彼を睨み返した。
「その質問、おかしくないですか?」
「だって君、魔力者だろう? それなら、こういうことには慣れてると思って」
蘭李は慌てて手を離した。男から少し距離を置くように後ずさる。その間に再びコノハが震え出した。視線を落とし、蘭李はゆっくりとコノハを抜く。出きってすぐ、コノハが少年姿に変化した。
「蘭李、こいつ怪しい」
男は関心の声を上げた。コノハは右腕を刃に変化させ、戦闘体勢を取る。メルも一歩前に出て、男を守るように腕を上げた。
「主。下がってください」
「大丈夫だ、メル。君達、無知過ぎやしないかい? 上級魔力者であれば、対象が魔力者かどうかなんて一目で分かるよ」
「そ、そうなの……?」
「まあ最も、俺は魔力者じゃないんだけどね」
「ますます怪しい」
「だろうね。詳しいことは俺の家で話すことにするよ」
「はい? 家?」
混乱する蘭李に対し、男は妖しく目を光らせた。
「君だって、また狙われて死にたくないだろう? 実は俺達、悪魔退治をしているんだ。それで提案があるんだが……」
「はあ……」
「怪しいと思うだろうが、話だけでも聞いていかないかい?」
「うーん……」
蘭李が空を見上げる。つられて男とメルも見上げた。空は雲一つ無い快晴だ。男は不思議そうな顔をする。
「何?」
「いや、実は友達が来るはずなんですけど……」
「空から?」
「空から来るのは友達じゃなくて……」
何かが遠くの空から近付いてくるのが見えた蘭李。一瞬表情が明るくなるが、すぐまた不安そうになった。
白夜を呼びにいったはずの睡蓮が、一人で戻ってきたからだ。
「大変だよー! 蘭李ー!」
「どうしたの⁉ 睡蓮!」
「シロちゃんが………連れ去られちゃった!」
「連れ去られた⁉」
直後、蘭李はメルに担がれた。驚いて暴れる蘭李に、男はすかさず説明を付け加える。
「誰と話してるのかは分からないけど、連れ去られたんだろう? 助けに行こう」
「えっ⁉ いや、でも……」
「君の知り合いなんだろう? ならもしかしたら、さっきの悪魔の仕業かもしれない」
「………たしかに」
コノハが男に同意する。ポンと煙を上げ、剣の姿に戻った。男がコノハを鞘に収め、蘭李に差し出す。
「俺は
「……あたしは華城蘭李です」
蘭李は未だ警戒しながらも、男―――皇健治からコノハを受け取った。
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