1話ー④『闇属性の少女』

「こんなにアッサリ捕まえられるとはなぁ」

「兄貴がお強いせいですって!」

「兄貴さっすが~!」

「オイオメェラ褒めんなって!」


 薄暗い部屋に、どっと笑い声が響く。たった一つだけぶら下がった電球の周りには小バエが飛んでおり、端のテーブルには空のカップ麺がいくつか置かれている。

『兄貴』と呼ばれたスキンヘッドの男は、錆びたパイプ椅子で足を組んでいた。彼の周りに、大袈裟に褒め称える二人の男がいる。


「兄貴、次はもっと報酬の多いやつにしましょうぜ!」

「兄貴ならどんな奴でも簡単に捕まえられますって!」

「そうだなあ……オメェはどう思う?」


 にやりと笑った男の視線の先は、この部屋唯一の窓。しかし黒いカーテンがかけられ、外の様子は見えない。

 その窓の前に、手足を縄で縛られ床に倒れている白夜がいた。特別外傷はなく、彼女は男達を黙ったまま睨んだ。


「なんか返事しろよ。死にてぇのか?」

「………目的は?」

「おおっと。いきなりそれを聞くのか」

「兄貴、コイツ馬鹿でっせ!」

「自分の立場分かってるのかっての!」


 スキンヘッドの男は立ち上がって歩き出す。白夜の前で立ち止まり、顔を窺うようにしゃがみこんだ。


「いいぜ、教えてやるよ。オメェを捕らえた目的、それはな……」


 沈黙、そして男の表情は、みるみるうちに嘲笑へと変化した。


「……なあんて、教えるわけねえだろ!」


 次の瞬間、爆笑が部屋中に響いた。


「あっはっはっ! 残念だったなあ! せいぜいビクビク怯えてな!」

「兄貴さっすがあ!」


 子分が褒め称え、男はどや顔を浮かべる。あまりの茶番に白夜はため息をこぼし、ぼそりと呟いた。


「下っ端か」


 ぴたりと静まり返った男達は、白夜を睨み付けた。明らかに雰囲気が変わり、彼らの目には怒りが含まれている。しかし、白夜がすくむことはなかった。


「何? どうせ目的知らされてない下っ端なんでしょ?」

「はっ! 残念だったな! 俺達は誰かに使われるほど落ちぶれちゃいねぇんだよ!」

「じゃあ『報酬』って? 誰かに頼まれたんじゃないの?」

「世の中にはな、オメェの知らない『闇』がいーっぱいあんだよ」

「―――ぷっ」


 白夜は吹き出した。クツクツ笑う彼女に若干不審感を抱きつつも、スキンヘッドの男は、白夜の目の前に立ちはだかる。両手をわざとらしく鳴らし、恐怖を見せつけた。


「オメェを捕まえてこいと言われたが、半殺しでもいいって言われてなぁ。俺、最近ストレス溜まってんだわ」


 子分二人も男の後ろから、嘲笑を白夜に投げかける。だが、男が拳を握って見せても、白夜が動揺ことは一切無かった。その態度に男は舌打ちし、拳を振り上げる。


「大人しくサンドバックになってろッ―――」


 突如、男の体が横へ吹っ飛び、壁に激突した。唖然とした子分達だが、すぐに彼のもとへ駆けつける。


「アッ兄貴⁉」

「大丈夫っすか⁉」

「弱いな、お前」


 白夜が呟くと、彼女を拘束している縄に、黒い手のような形をした「もや」がまとわりついた。黒い手は一瞬で縄を断ち切る。バラバラと切断された縄を落としながら、白夜は立ち上がった。

 先程男が立っていた場所―――白夜の前には、黒い手が床から生えていた。子分達は口をパクパクさせながら、彼女や黒い手を指差す。


「何? お前らだって魔力者でしょ。だから私を捕まえられたんだし………あ、もしかして魔力者なのってドンだけ?」


 子分達が振り向く。スキンヘッドの男が、頭を押さえながら起き上がった。身体を伸ばし、手首や足首をくるくる回す白夜を鋭く睨みつける。


「オメェ、魔力者なのか?」

「え、知らなかったの?」

「知らねぇなぁ……でも関係ねぇよ」


 スキンヘッドの男が駆け出す。握ったその拳はだんだんと熱を帯びていき、火炎を纏うまでになった。男の行く先はもちろん、白夜だった。


「ねじ伏せるからよぉッ!」


 男が白夜に拳を叩き込む。部屋全体に熱風が吹き荒れた。子分達は腕で顔を覆う。

 男はニヤリと笑った―――が、直後、顔が青ざめていく。


 巨大な黒い手が、男の拳を受けていたからだ。


「あのさあ、さっき『私の知らない闇がある』って言ってたじゃん? いや本当面白くてさ、笑っちゃったじゃん」


 くすくす笑う白夜に怯える子分二人。スキンヘッドの男も、ノーダメージの彼女に一抹の不安を抱いた。


「闇を操る闇属性にそれ言うのかって」


 白夜が右手を出し、下から上へと振る。すると部屋中の床から、黒い手が生えてきた。


「えっなっ……⁉」

「この部屋、薄暗いから闇属性には最高の環境なんだよ」


 手は獲物を見つけたように、男達目がけて伸びていく。彼らはあっという間に捕まり、身動きが一切できない状態に陥った。


「やっやめてくれぇっ!」

「殺さないで!」

「お前らは殺さないよ。魔力者じゃなさそうだし」


 白夜がスキンヘッドの男に近付く。男にはたくさんの手がまとわりついており、両目だけが唯一塞がれていない状態だった。白夜が近付くにつれ、その自由な目は見開かれていく。やがて男の目の前に着いて、一言。


「でも、お前はアウトかな」


 ―――どうせ、魔力者が魔力者を殺しても犯罪にはならないし。



「ハクーッ! 大丈夫ーッ⁉」


 思いっきりドアが開かれ、けたたましい音が響く。ちょうど通話し終わった白夜が振り向くと、気絶した男達を見つけて驚く蘭李がいた。傍には、睡蓮と秋桜がふよふよと浮いてついている。


「うわっ……倒れてる……ハクがやったの?」

「まあな。弱かったし。助けいらなかったわ」

「えーっ! せっかく僕呼んだのにー!」

「俺も、ここまで必死に案内したのに……」

「秋桜さん、アホみたいに動揺してたもんね」

「アホって言うな」

「秋桜兄はシロちゃんが心配で心配でしょうがなかったんだよ! もちろん僕も心配だったよ!」

「ごめんごめんありがと。ところでシロちゃんって?」

「シロちゃんはシロちゃん!」

「まあ、ハクが無事でよかった」


 安堵する一方、ちらりと視線を落とす蘭李。スキンヘッドの男の周りには血が飛び散っていた。不安な声色で、蘭李はそれを指差す。


「その人……」

「ああ、少し殴って吐血しただけ。死んでない」

「吐血するほどってかなり殴ってるよね⁉」

「死ぬよりマシだろ」

「殺す気だったの……?」

「まあ」

「まあって……」


 こういうところは容赦無いよなあと、蘭李は再認識する。そんな彼女の背後で、追い付いた健治とメルが部屋に侵入した。


「感動の再会は終わったかな?」


 白夜は蘭李を押しのけ、瞬時に警戒体勢に入った。おおっ、と健治は慌てて両手を挙げる。


「安心してくれ。俺は敵じゃないよ」

「怪しすぎる」

「まあそうだろうね。蘭李、仲介してくれ」

「怪しいを自覚してるってどうなんですか?」

「どんな人間も、状況次第で不審者になり得るんだよ」

「そんなもんかなあ……」


 蘭李は二人の間に立ち、白夜に向き直った。


「えっとね、この人達はあたしの命の恩人なの」

「命の……? 一体何があったんだ?」

「あたしが悪魔に殺されそうになった時、助けてくれたの」

「悪魔に? なんで?」

「知らない」

「どうもその悪魔は、ずっと蘭李を探してたみたいで。やっと見つけて襲いかかったみたいだよ」

「……ふーん」


 疑念は払拭できていなさそうだが、白夜はしぶしぶ警戒を解いた。ちらりとメルを見て、幽霊達も凝視する。そして蘭李の腕を引き、耳打ちした。


「先祖達が出てきたのって、こいつが原因じゃない?」

「えっ……? そ、そうかな?」

「だって、あまりにもタイミング良すぎるし……」

「でもあの人、悪魔を追いかけた先で偶然あたしを見つけただけだよ?」

「そもそも、お前が悪魔に狙われてるって何? なんか心当たりある?」

「無いけど……」

「えーっと……もしかして俺、かなり疑われてる?」


 困ったように健治が笑うと、蘭李は慌てて白夜から離れた。


「そ、そんなことないよ! あたしを助けてくれたもん!」

「蘭李、素性が分からない相手は要注意だぞ。少し疑え」

「で、でも、あたしを助けて得することなんてないと思うけど……」

「世の中にはロリコンという人種がいてな」

「えっ、俺、そういう方面で疑われてるの?」

「ハク、失礼だな! あたしはもうロリなんて年齢じゃないよ!」

「成人済の人間にとっては中学生なんてロリなんだよ。加えてお前、ちっさいし」

「ハクだってあたしと大して身長変わらないじゃん! 誕生日的に言えばハクの方がロリだし!」

「私がロリに見えるのか? たぶん私と蘭李が逆の立場だったら、絶対この人私を助けてないよ」

「そんなことないよ! 言っとくけどハク、大人びた雰囲気全然無いからね! 普通に中学生って分かるからね!」

「いや俺ロリコンじゃないからね⁉ それ前提で話すのやめてくれるかな⁉」


 必死に潔白を主張する健治の横の壁から、突然顔がにゅっと現れた。


「うわああああああっ⁉」


 驚き叫んだ蘭李は後ずさり、白夜の背後に隠れた。その行為に驚く健治と、ケラケラ笑う白夜。


「幽霊に驚く人間、久々に見たわ」

「だだだだって急に壁からっ……!」

「大丈夫だって、ほら」


 改めてよく見ると、現れた顔は蘭李の先祖・華城蜜柑のそれだった。睡蓮と秋桜は彼女のもとへ飛んでいく。


「蜜柑姉! もー! どこ行ってたの⁉」

「むむ……いや、市場のミカンに気をとられてしまい……やはりいつの時代もミカンは良いのう! あの色といい形といい……」

「もおお! 蜜柑さん! 出てくるなら先に言ってよ!」

「何を言っとるんじゃ?」

「蘭李、そういえば前に幽霊見たいって言ってたよな。よかったな、願いが叶って」

「すっごい皮肉どうもありがとう……」

「……さっきから思ってたんだけど、誰と話しているのかな?」


 健治が歩きながら尋ねる。蘭李の目線の先、蜜柑の浮かぶ空間に手を伸ばす。当然触れるわけもなく、首を傾げながら手を引っ込めた。


「えーっと……あたしの先祖を名乗る人達です」

「………んん?」

「あたしにもよく分からないけど……一応守ってくれるって言ってます」

「守るよー!」

「だからあいつには聞こえてないって」

「ミカンが食べたい! 何故食べれぬのじゃ!」

「メルには見える?」

「はい。煩いです」


 メルはずっと怖い顔してたけど、睡蓮達のせいだったんだ―――蘭李は苦笑いで誤魔化した。一方白夜は、メルをまじまじと観察する。


「幽霊が見えるってことは、闇属性?」

「いや、メルは天使なんだ」

「………は?」

「ハクも天使は初見?」

「一回だけ見たことあったけど……」

「へえー、魔力者一族出身でも天使と出くわすのは珍しいんだあ」

「珍しいっていうか……普通は見ないな」

「えー! じゃああたし、結構レアな体験してるってこと⁉」


 さらに疑心が強くなる白夜の一方、蘭李は楽しそうにメルをぺたぺたと触り出した。


「貴重な存在だから今のうち触っとこ」

「珍獣じゃないんだから……」

「蘭李……お前、警戒心無さすぎ」

「逆に君は警戒心マックスだね」

「当たり前。怪しすぎる」

「たしかに素性は怪しいけど、天使の契約条件は『誰かを守ること』。であれば、少なくとも危険人物ではないと思わないかい?」

「む……」


 一理あるなと、白夜は口をつぐんだ。誰かを、何かを守りたいと強く願ったとき、天使はそこに現れる。対して悪魔は、誰かを、何かを壊したいと願ったときだ。後者なら問答無用だったが、たしかに天使であれば悪巧みしているとは考えにくい。


「少しは信用してくれたかな?」

「まあ……少しだけ」

「よかったよかった」

「そういえばハク、この人達どうするの? このまま置いておくの?」

「いや、魔警察に引き取ってもらう。魔力者が非魔力者を子分として使ってたから」

「魔警察って……警察の魔力者版だよね?」

「そ。魔力者を取り締まるのが魔警察」

「じゃあ魔警察が来たら、みんなで俺の家に行こうか」

「は? なんで?」


 当然の反応だった。白夜が再び、警戒心マックスで健治を睨み付ける。そんなに警戒しないで、と健治が笑顔を浮かべた。


「取引の話をしようと思ってね」

「取引?」

「そう」


 ――――――狙われてる君達と、狙っている俺達の取引をね。


 魔警察が到着したのは、このすぐ後だった。



* * *



1話 完

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