四代トラブルメーカー

かいり

#見つめなおすこと

1話ー①『ご先祖様』

「ミカンに決まっておろう!」

「いや、やっぱ一番は米だろ」

「違うよー! ネギだよー!」


 時計の針が五時を示している室内。時間も周囲も気にせずぎゃんぎゃんと騒いでいるのは、少年二人と少女一人だった。彼らの向こうにある窓から見える景色はまだ薄暗く、街は静寂に包まれている。


「おぬしら分かっておらぬのう。ミカンこそ至高の食物! かぐわしき香り、甘味と酸味の絶妙な広がり……」

「分かってないのはそっちだ。食欲をそそる一番のにおいは、炊きたての白米! 釜を開けた時のにおいと、つややかな米粒達ときたら……」

「もー! ネギが一番なの! いいにおいだし、畑に生え揃うネギ、キレイでしょ⁉」

「「いや、それは無いわ」」

「なんでよー!」


 ベッドでむくりと起き上がった一人の少女。ぼさぼさの黒髪頭をぶるぶると振り、目をこすって視界に広がる光景を眺める。やがて目を細め、彼ら三人を凝視し始めた。


「………誰?」


 最もな呟きだった。彼女にとって三人は、目覚めたら自分の部屋で喧嘩してる見知らぬ人間だったからだ。パチパチと何度も瞬きをし、凝視する少女。

 一方、彼女の声に反応し、騒いでいた三人が一斉に少女の方を見た。その反応に、びくりと肩が上がる。


「なっ……なに?」

「おぬし! 起きたか!」

「やっとか……」

「おっはよー!」


 三人が順に喋り、少女のもとへと飛んでいった・・・・・・

 そう。歩いてではなく文字通り、ふよふよと・・・・・宙を漂いながら・・・・・・・


「ぎゃあぁああぁああッ!」


 反射的に少女は三人を避け、ベッドから飛び出した。向かいの壁際に突撃し、痛みを感じる間もなく振り返る。

 三人はキョトンとして少女の行動を見ていた。その体は布団に乗っておらず、やはり宙に浮いている。

 その物理に反した姿に、少女は動揺を隠せない。魚のように口をパクパクさせながら、必死に声を絞り出した。


「うっ……浮いてるッ……!」

「む? ああ、そうじゃな」

「ま、死んでるからな」

「こんなことも出来るよー!」


 三人の中で一番小さな少年が、宙に浮きながらくるくる回転し始めた。それを見て、少女も一緒に宙で回転する。もう一人の少年は、それらを呆れたように眺めていた。

 対照的に、部屋の主である少女は固まってしまった。頭が混乱し、黄色い瞳は揺れ動いている。


 ――――――今、死んでるって言った?


「……ああ、別に死んでるって言っても、アンタの魂を取って食おうとか、そういうのじゃないから」


 大混乱する少女を見かねて、呆れ顔をしていた少年が補足説明をした。くるくると回っていた二人も、少年に同意の声を上げる。

 ―――沈黙。少女はおそるおそる問いかけた。


「………つまり、幽霊?」

「そうじゃ!」

蘭李らんりっ⁉」


 突然呼ばれ、再び少女の肩が跳ね上がった。若干ふくよかな姿見の黒髪女が焦ったように息を切らせ、少女のもとへ駆け寄る。


「大丈夫⁉ 今の叫び声なに⁉」

「おっお母さん! あれ!」


 戸惑いながら、しかし安心しながら少女は三人を指差す。その女―――少女の母親もそれに倣って視線を向けた。娘とよく似た黄色い瞳を細めながらじっとしばらく見た後……一言。


「………何?」

「いや何じゃなくて! あの人達!」

「は? 人?」

「そう! そこにいるじゃん! 浮いてるけど! 幽霊だけど!」


 母親は再度じっと見る。そして娘を見て、また三人を見る。その後ため息を吐いて、少女の額に手を当てた。母親のひんやりとした手のひらが少女の体温を奪っていく。


「熱は無いみたいね……」

「なんでここで熱測るの⁉ ねぇ! あいつらだよ!」

「アンタ最近疲れてるんでしょ。今日はゆっくり寝てなさい」

「話聞いて⁉ しかも疲れてないし! 冬休みだし!」

「じゃあ私もまだ寝るから」

「ちょっと!」


 寒い寒いと呟きつつ退出する母親を、小さな少年はニコニコしながら手を振り見送る。残された少女はただ呆然とそれを眺めていた。


「なんで……見えてない……?」

「だから言ったろう? 幽霊だと」

「俺達のこと、見えてないんだよ」

「なんせ死んでるからねー!」


 不敵に笑う三人に、少女の体はぞくりと震えた。それが気温の低さからか、恐怖からか―――どちらにせよ、彼女の眠気は完全に吹き飛んでいた。



「……つまり、あなた達は幽霊なのでお母さんには見えなかった、と」

「そのとーりじゃ!」


 浮遊少女が腰に手を当て、「えっへん!」と得意顔をする。よく見るとその顔は―――いや、顔だけでなく体全体が透けていた。背後にあるベッドがぼんやりと見える。

 パジャマから黄色のパーカーに着替え、黒タイツとショートパンツを穿いた少女。何度も頬をつねってみるものの、痛みという現実しか返ってこなかった。

 やっぱりこれは夢じゃない―――そう思ったところで少女は、先程の自己紹介を思い出す。


 三人の幽霊のうち、ミカンをこよなく愛するという少女『華城はなしろ蜜柑』。黒のポニーテールは黄緑色のリボンでまとめられており、白い着物は黄緑色の帯でとめられていた。その服丈は短く、橙色のニーソを穿いている。見た目は十代後半で、三人の中で最も背が高い。


「まぁ、普通は驚くよな」


 次に、一番冷静そうな少年『華城秋桜あきお』。はねまくった黒髪に黒い着物。その上に着ている白い和服は、裾に赤いラインが模様されていた。見た目は蜜柑と同じか下くらいの年齢だが、身長は彼女より少し低い。


「僕もビックリしたー!」


 最後に、一番小さなネギ大好き少年『華城睡蓮』。秋桜ほどはねては無いが、やや癖気味の黒髪に黒いノースリーブの和服。足は何も履いておらず裸足だ。見た目十代前半で、もちろん背も低い。


 そこまで思い出したところで、少女は自身のプロフィールも思い出す。


 地元の風靡学院に通う中学一年生。癖のある黒髪に平均以下の身長。好奇心旺盛だが、それ故に飽きっぽい。全てにおいて彼女が今まで完遂できたものは、片手で数えられるくらいだ。


 そんな彼女の名前は、『華城蘭李らんり』である。

 三人の幽霊と同じ、『華城』の苗字を持つのだ。


「目の前に幽霊が急に出てきたらなぁ……」

「しかもご先祖様がね!」

「遠慮せずに我を敬うのじゃ!」


 ―――要するにこの三人は、蘭李の先祖である、と主張しているのだ。


「………信じられるかああああッ!」


 蘭李はテーブルを両手で叩いた。力任せに叩いたせいで、彼女の手のひらに思い切り痛みが走る。不思議そうに自身を眺める蜜柑、秋桜、睡蓮を、蘭李は順に睨み付けた。


「急に先祖とか何⁉ 知るか! 大体先祖ならお母さんにだって見えるはずでしょ⁉」

「だって、アンタ以外の・・・・・・家族親戚には・・・・・・魔力が無いだろ・・・・・・・?」

「えっ……? あ、まあ……」


 急に言われて、蘭李は戸惑いながら答えた。

 蘭李は、生まれながらに魔力を持つ『魔力者まりょくしゃ』である。魔力者というのは、非魔力者―――つまり普通の人間に比べはるかに数は少なく、魔力の有無は大体が遺伝によって決まる。親が魔力を持っていればその子供も持っており、扱い方について教わるのだ。

 しかし、蘭李の家族は魔力者ではなかった。親戚も誰も持っていなかった。そもそも魔法の類いを否定している。

 それなのに、蘭李は魔力者として生まれた。

 彼女自身、そのことを変だと思わなかったことは無い。もしかしたら自分は、親の本当の子供じゃないんじゃないかと思ったほどである。母親に即否定されているが。


「でも……それと何の関係があるの?」

「俺達は全員魔力持ちなんだよ」

「そして僕らの家族も魔力を持ってなかった!」

「つまり! 我らは華城家魔力者の先祖というわけじゃ!」


 えっへんと蜜柑と睡蓮がふんぞり返る。この二人はたしかに血の繋がりはありそうだけど―――やはり腑に落ちないようで、蘭李は腕を組んで考え込んでしまった。


「分かったか?」

「いや、分かんないっす」

「なんで分かんないかなー! もー!」

「物分りが悪いのう!」

「僕と大違い!」

「我とも大違いじゃな!」

「嘘くさ……」

「あのさあ……百歩譲って分かったとしてもさ、なんでこのタイミングで現れたわけ? もっと前から現れてもよかったよね?」


 三人は顔を見合わせた。直前までの騒がしさが嘘のように、あからさまに表情が険しくなっている。


「な……なに? 急にどうしたの?」


 小さく頷き、三人は蘭李に向き直った。それにつられ、彼女の表情も強張る。自然と姿勢も正しくなっていた。



「実はの、もうすぐおぬしは死ぬのじゃ」



 蜜柑の声が部屋に響く。真っ直ぐに蘭李を見つめ、秋桜と睡蓮の視線も混じっていた。その対象者である蘭李は、目を見開いている。黄色い瞳は揺れ動き、脳は言葉を理解しようとフル回転していた。


 ――――――もうすぐ死ぬ? あたしが?


「ウソでしょ?」

「嘘なわけあるか。本当だよ」

「えぇ……? だって……なんで死ぬわけ? 事故るってこと? それとも災害?」

「それは分からん。じゃが、死ぬのは確実じゃ」


 蘭李はゆっくりと腕を上げ、自身の頬をつねった。痛かったらしく、すぐに手を離す。呆然とする蘭李の前で、睡蓮が手をひらひらと振った。


「大丈夫ー? 起きてるー?」

「………いつ死ぬの?」

「さあ? 分からん」

「はぁ⁉ なんで⁉」

「分からぬよ。分かっておるのは、近いうちに死ぬことだけ」

「それで俺達は、アンタをその死から救おうとして現れたわけだ……たぶん」

「すごいよねー! 僕、幽霊になったの初めてー!」


 ツッコむことすらできず、蘭李は完全に混乱していた。淡々と、次々と信じられない事実を突きつけられ、頭を抱えて項垂れる。


 ―――なんで? 急に死ぬ? そんなわけあるか。持病もない、身投げするほど追い詰められてもない。そりゃ事故は予測できないけど、そんなの誰にだって当てはまるし……そもそも、正体も分からないこんな幽霊に言われたことを、馬鹿正直に信用してもいいものか?


 その時、蘭李の傍に置いてあった「鞘」が、ぶるぶると動き出した。彼女はなんの迷いもなく鞘を手に取り、柄を掴んで引いた。そこから、緑色の刀身をした剣が現れる。


「わー! キレイだねー!」

「緑か……珍しいな」


 睡蓮と秋桜が物珍しそうに刀身を見る。すると、刀身は二人の方に剣先を向けるようにぐねりと動き・・・・・・、ポンと煙を上げた。

 ―――煙が晴れると、蘭李の目の前に少年・・が現れた。


「おおー!」


 少年は緑色の髪と目、黒い和服に半ズボンを身に纏っている。むすっとした表情を浮かべ、秋桜と睡蓮を睨み付けた。


「蘭李、こいつら怪しすぎるんだけど」

「だから、いつにも増して睨んでるんだね……コノハ」

「当たり前じゃん」


 ぶっきらぼうに答える『コノハ』。コノハはさらに、蜜柑にも鋭い視線を送った。

 コノハは、もとはただの剣である。しかし剣であるが意思を持ち、自由自在に刀身を変化させることが出来るのだ。伸び縮みはもちろん、薙刀や鎌のような刀身にしたり、普通なら折れるような曲げ方も出来てしまう。さらにこうして人の姿になることも出来る。しかしそれは、蘭李の魔力を常に奪っているからこそなせる技であった。


「何? もしかして蘭李、こいつらの言うこと信じてるの?」

「いや、うーん……そうじゃないけどさ……」

「えー? まだ信じてくれないのー?」

「おぬしも中々頑固じゃのう」

「俺達がいることが何よりの証明だろう」

「証明になるか」


 秋桜がコノハを睨み付ける。対抗するようにコノハも睨み返す。赤と緑の視線が交錯した。


「まあ別にいいじゃろ。信じていなくとも関係ない」

「え?」

「どちらにせよ、我らはおぬしにつき纏うからのう」


 蜜柑がケラケラと笑う。それを聞いた睡蓮は「あ! なるほど!」とポンと手を叩き、一緒になって笑った。


「僕達が勝手につき纏えばいいのか!」

「なんだそれ……そんなこと許すか!」

「おぬしの許可など必要無いわー!」

「そーだよー! だって僕達、幽霊だもん!」

「社会に縛られてない、自由な存在なんだよ。アンタと違ってな」


 勝ち誇ったような秋桜の笑みに、コノハは歯ぎしりし始めた。ここまで悔しがる彼を見たことがなく、蘭李は良いものが見れたと少し得した気分になった。笑いながら、ポンと彼の肩を叩く。


「コノハ、落ち着きなよ。つき纏うなんて言ってるけど、四六時中いるわけじゃないんだしさ」

「何言っておる。四六時中つき纏うぞ」

「えっ?」

「幽霊の醍醐味じゃろうが!」

「えっ、いやいいです! ずっといるのはやめて!」

「だが断る!」

「いつ狙われるか分からないからね!」

「あたし殺されるの⁉」

「いや、それは分からん。可能性の一つだ」


 信じてない、四六時中居座られたくない、とは言っても命に関わる問題だ。やはり不安なのだろう、蘭李の表情は強張ったままだった。見かねた睡蓮が、透け透けの胸を透け透けの拳でトンと叩いた。


「安心してよ! 僕らが守ってあげるから!」

「そうそう。大船に乗ったつもりで良いぞ!」

「ほ、本当に……?」

「とは言っても、俺達は幽霊だから物理的干渉は出来ないけどな」


 秋桜の言葉に、蘭李とコノハは表情が固まった。わいわい騒ぐ幽霊達に、蘭李が思わず不満を吐露する。


「それ……結局守ってくれないじゃん」


 子孫の文句は、先祖達を黙らせるのには十分過ぎるものだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る