18話―①『パーティー』

「かんぱーい!」



 各々がコップを近くの人と軽く合わせ、それから飲み物を飲んだ。お茶だったりジュースだったり、中にはビールが入っている者もいる。そして、彼らはテーブルに広がる料理に手をつけ始めた。

 光と闇の戦いが終わった十日後の午後七時。蘭李達は健治宅でパーティーを開いていた。

 提案したのは健治、それと雷だった。前者は打ち上げ的な軽いノリが、後者は迷惑をかけたという謝罪が理由だった。しかし、どちらにせよ開くことに異論はなかった為、こうして皆を集めて開催したというわけだ。



「蘭李、怪我は大丈夫かい?」



 皿に乗るだけ料理を乗せていた蘭李に、健治がビール片手に話しかけた。

 彼女は白夜との戦闘で、骨折と内臓破裂を起こしていた。若俊の治療でも今朝まで入院生活を続けており、やっと好きな食事が出来ると意気揚々でパーティーに参加したのだ。



「もう大丈夫。入院生活はヒマでヒマでしょうがなかったよ」



 むすっとしながら、サラダをぱくりと食べる。健治は笑って、ビールを一口飲んで言った。



「それにしても、白夜にやられたと聞いた時は驚いたよ。いくら獣化で意識を奪われたと言っても、まさか君も影縫直人もボコボコにされるなんて、思ってもみなかったからね」

「あたしも。魔導石の強化魔法が負けるなんて、未だに信じられない。だって、あの手袋使ったんだよ? いくつ分の魔導石使ったと思ってるの!」

「なんか悪いな」



 二人の背後に白夜が現れた。彼女はピザをかじりながら、自身の肩を指差した。そこには、フェンリルがちょこんと座っている。



「こいつの能力、リミッター解除なんだよ」

「リミッター解除?」

「そ。ほら、火事場の馬鹿力ってあるじゃん? あれを起こすのがフェンリルの能力」

「でもそれって、実際は少しの効果しかないんじゃ……」

「実際はどうなんだか知らないけど、返してもらう魔力も合わさって、トンデモパワーになるみたいだぞ。そのせいで、しばらく私もまともに動けなかったし」

「大変だったね……」



 ピザを飲み込み、白夜は蘭李に軽く頭を下げた。



「ごめん。そしてありがとう」

「そんなのいいよ〜。まあその、力負けしたのはちょっとショックだけど……」

「今までの預けてた魔力を全部返してもらったんだ。自分で言うのもあれだけど、さすがに勝てないよ」

「なんか悔しいなあー。ま、でももう二度とあのハクとは戦いたくないけど」

「私も」



 白夜はそう言い残し、拓夜の方へと行ってしまった。健治も紫苑の元へと向かい、蘭李は一人、リビングを見回しながら食事を再開した。

 いつものメンバーの他にも、拓夜や朱兎、復活したメル、それから雷に引きずられてきた彗も参加している。



「あれ? あと影縫さんもいたはずじゃ……」

「何か用か、野生動物」



 いつの間にか蘭李の隣に直人が立っていた。

 彼も蘭李と同じく大怪我を負い、しばらくは入院生活を送っていたのだ。よって、蘭李はおろか、彼は白夜と会うのも久しぶりだった。目で白夜を追いながら、直人は言葉を続ける。



「白夜と何を話した?」

「他愛もない話ですよ。影縫さん、そういうことやってると余計に嫌われますよ」

「白夜がオレ以外の誰かと会話しているなんて嫉妬する。激しく嫉妬する。だから手遅れになる前に、心を落ち着かせようとアンタに訊いただけだ」

「病みすぎですよ。怖いからやめてください」

「野生動物には冗談も通じないのか」



 どう聞いても冗談で済むような声色ではなかった。蘭李は直人を凝視しながら、ローストビーフにかじりつく。彼は目を閉じ、一度深呼吸をしてから再び口を開いた。



「アンタがいて助かった、華城蘭李」



 真剣な声に、蘭李は目を丸くする。直人は虚空を見つめたまま、蘭李と目を合わせようとはしなかった。



「白夜はアンタじゃないと元に戻らなかった」



 騒がしい室内で、蘭李は直人の声だけに耳を傾ける。不思議と、雑音はかき消されていった。



「昔、白夜が獣化したことがあった。フェンリルから受け取った魔力はほんの少しだけだったが、それでさえ戻すのには苦労した。その時悟ったよ。全ての魔力を返されたら、白夜はもう助からないと」



 だからこそ、今回オレは戦うことを選んだ。これ以上光軍に白夜が襲われたら、取り返しのつかないことになると思ったからだ。



「白夜のいた隠れ家は絶対安全だったんだ。まさか自分から来るなんて想定外だった」

「ハクは優しいですからね」

「そう。白夜は時に、自分の命を放棄する。仲間思いの優しい子なんだよ」



 蘭李は頷き、しかし次には首を傾げた。



「獣化した時、ハクに何が起こっていたんですか?」

「白夜に限らず、獣化をすると寄生獣に意識を奪われる。それを克服出来るかが、獣化を操れるかに比例するんだ」



 チューハイを一口含み、直人は続ける。



「初代・冷幻白夜は、偉大な魔力者だった。それにあやかり、白夜もその名を貰った。だが、それが白夜にコンプレックスを抱かせた」



 大人は皆言う。「初代様のように」と。

 実際に会ったことがないくせに、まるでその目で見たように。

『白夜』を、《白夜》にはめ込もうとする。



「白夜はそれに反抗していたが、同じくらい思っていたんだ。「初代様みたいにならないと」……と」



 蘭李は不意に、白夜につきまとっている蜜柑に視線がいった。彼女は、初代の冷幻白夜を知っていると言っていた。しかし彼女の評価は、「白夜とはまるで似ていない」だった。



「それが、獣化の大きな足枷になっている。自分は何者なのか、どちらの白夜なのか……獣化の影響で分からなくなってしまっているらしいんだ」



 どっち………? 私は……どの『白夜』……?



 あの時の言葉を、蘭李はやっと理解した。だからこそ、と直人は続ける。



「アンタの存在は必要不可欠だった」

「どういうことです?」

「アンタは唯一、白夜のことを『ハク』と呼ぶ。それも出会った時から。それは、白夜を初代の白夜と区別する、分かりやすく最強の要因なんだ」

「そう……ですかね」

「ああ。『白夜』と『ハク』は、アンタによって紐付けされている。そのお陰で、白夜の意識を戻すことが出来たんだ」



 褒められたような気になって、蘭李は照れ臭そうにポリポリと頬をかいた。



「よかった……ハクって呼び続けて」

「なあ、アンタ、何故白夜だけをあだ名で呼ぶ? こんなことになるなんて知らなかったろ?」

「もちろん。いや、他のみんなも最初はあだ名で呼ぼうとしたんですよ?」



 雷はもともと呼びやすいし、紫苑も末尾が「ん」だから問題なし。

 槍耶の「ソウ」っていうのはさすがに変だから却下。

 海斗は「カイ」って呼んだら無視されたから断念。



「というわけで、ハクだけになったってわけです」

「偶然か」



 何故か残念そうに呟いた直人を、蘭李はビシッと指差した。



「影縫さんだって省略したいんです!」

「なんて?」

「カゲ!」

「いきなり色々省略しすぎだろ。敬称をつけろ」

「じゃあカゲさん……? うーん、それはちょっと合わない……」

「合わないってなんだ」



 少し考え、蘭李は「あっ!」と表情を明るくさせた。



「じゃあ、『なおっさん』!」

「なんだその言い方。それなら『なおさん』で良いだろ」

「ううん! 『直人』と『おっさん』をかけてるから『なおっさん』!」

「喧嘩売ってるのか?」

「だっておっさんじゃないですか!」

「アンタは年上全員をおじさんおばさんと呼んでいるのか?」

「まさか! さすがに十代は呼びませんよ〜」

「オレ、十代だけど」



 瞬間、ピタリと蘭李の動きが止まった。凍りついたように動かなくなる。一方、直人にはその理由が分からなかった。



「なんだよ」

「……………十代? なおっさんが?」

「おい、その呼び名は許してないぞ。ちゃんと『なおさん』と呼べ、野生動物」

「十代? え? まさか、二つ上……なんてことは……」

「いや、四つ違いだ」

「ということは………高校三年生……」

「ああ」



 パチ、パチ、と何度もまばたきをする蘭李。目の前の直人を凝視、そして記憶の中の直人を思い出し、大きく息を吸い込んで叫んだ。



「ウソだーーーーーーーー! 老けてるーーーーーーーーーー!」

「殺されたいのか?」

「だってだってだって! その見た目で高校生⁈ もう完全に色々経験済みの顔じゃないですか!」

「たしかに経験はあるが、オレは白夜一筋だから」

「いや何言ってるか分かんないし! ええっ⁈ 高校三年生⁈ 詐欺ですよ!」

「それを言ったらアンタも小学生に見えるぞ」

「あたしは身長のせいですよね⁈ なおっさんは顔が! 雰囲気が! 話し方が! もうおっさん! ていうかそれ! 飲んでるやつ! ニオイからしてお酒ですよね⁈」

「二歳くらい誤差だろ」

「二年の月日を誤差と言うの⁈」



 ギャーギャー騒ぎ出す蘭李と直人に気付き、朱兎がトコトコと近寄ってきた。



「蘭李どうしたの? こいつにいじめられたの?」

「朱兎! この人朱兎とたった二つしか違わないんだって! ねえ信じられる⁈」

「えー、見たまんまじゃん」

「え?」



 くすりと笑い、朱兎は直人を横目で見た。



「口調とか態度とか、とても大人には見えないよ。それならアニキの方がよっぽど大人っぽかったよ」

「聞き捨てならないな。アイツよりもオレが子供に見えたと? それは随分と主観的な分析だな」

「そうかなあ?」



 直人と朱兎の間に不穏な空気が流れる。二人は静かな言い争いを始めた。蘭李は気配を消して一歩下がり、そんな二人を見守るしかできなかった。

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