18話ー②『やわらかくなった少女』

 騒がしい室内で、一人壁際でもたれる少女がいた。彼女は料理にも手をつけず、ただ黙って皆を眺めている。そこへ、一人の少年が近付いた。



「食べないんですか?」



 少年―――槍耶の言葉に、少女―――彗は鋭い目つきで見上げた。



「こんな場所で悠長に食事なんか出来ないよ」

「こんな場所って……大丈夫ですよ。誰も襲ったりしませんから」

「そんなの分からないでしょ。私を恨んでいる人なんて、珍しくないし」



 刹那、ぐう、と彗のお腹が鳴った。みるみるうちに顔が赤くなる彗と、堪えきれず笑いが漏れる槍耶。



「お腹、空いてるんじゃないですか」

「うるさい。夕飯時なんだから当たり前でしょ」

「ほら、これどうぞ」



 皿に乗ったパンを差し出す槍耶。彗は断ったが、体はそれを欲するようにぐうぐう鳴き始めた。



「毒なんて入ってませんから。ほら」



 槍耶のひと押しもあり、ついに彗はパンを手に取った。警戒するようにじっとそれを見つめ、おそるおそるかじりつく。一口食べると、枷が外れたようにあっという間に食べてしまった。



「そんなにお腹空いてたんですか」

「違う。毒を盛る暇を与えないように素早く食べただけ」

「本当認めないなーこの人………まだまだありますから食べたらどうです? 俺、取ってきましょうか?」

「………いや、そこまでしなくていい。後で自分で取りに行くから」



 彗はポケットから何かを取り出すと、それを槍耶に渡した。



「それ、返しておいてくれない?」



 それは魔導石だった。あまりに予想外の行動に、槍耶は驚きを隠せない。



「ほ、本物?」

「当たり前でしょ。私、そこまで意地悪くないから」

「いや……今更そんなこと言われても……」

「別にもう、光とか闇とかどうでも良くなっちゃったし」



 さらに驚きの発言に、槍耶は言葉を失う。彗は壁にもたれたまま、橙色の瞳を弱々しく光らせていた。



「あの化け物に殺されそうになった時、思ったんだ。私の人生、なんだったんだろう………って」



 小さい頃から「闇は敵だ」と言われ続け、そういうものなんだって疑わなかった。

 けれど雷は違くて、闇とも仲良くなっていた。毎日楽しそうだった。

 雷達は特に悪いことをするわけでもなかった。他の闇も、あちらから仕掛けてくることはほとんどなかった。



「ある時、ふと思った。闇って本当に忌むべき存在なのかなって」



 でも、それを疑ってしまったら、私は私を保てなくなりそうだった。

 だって―――数え切れない程の闇を殺してきたから。



「それから、戦闘スキルはどんどん落ちていった。「闇は敵だ」と自己暗示をかけて、ようやく倒せるくらいだった。でも―――今思えば、何をやっていたんだろうって虚しくなるよ」



 罪無き人々を殺してきた。その罪悪感に潰されたくなくて、自分を洗脳し続けた。

 結果残ったのは、虚しさと後悔だけだった。



「笑いたきゃ笑っていいよ。もう危害を加えるつもりはないから」



 そう言う彗は笑う。しかし、槍耶は少しも笑わなかった。真剣な顔で、真っ直ぐに彼女を見た。



「………彗さんって、本当は優しい人ですよね」

「――――――は?」



 急に別角度から突っ込まれ、彗は表情を歪める。



「何言ってるの?」

「今の話だってそうですし、魔警察の職場体験でも、雷のこと気にしていたし……」

「優しくなんかないじゃない。私は何人も殺してきたんだよ? 魔警察の時は、単純に雷の近況が気になっただけで……」

「優しくない人は、殺した人のことなんて何一つ思っちゃいないですよ」



 そこまで言って、「あっ」と槍耶が呟いた。



「もしかして彗さん、魔警察になりたいんですか?」

「はっ―――? なんでいきなりそんな話に……」

「俺、ずっと考えてたんです。なんで彗さんがあの職場体験に来たのかって。光軍として偵察にでも来たのかなって最初は思ったんですけど……今、話を聞いて納得しました」

「何を」



 槍耶はひと呼吸置いてから、静かに答えた。



「罪無き人を殺してきたから、今度は罪無き人を守ろう………そう思ったんじゃないですか?」



 沈黙、そして次の瞬間には爆笑が彗から飛び出した。



「あははは! 君、面白いことを言うね」

「え、違うんですか……」

「あれに参加したのは、「何となく」。でも、もしかしたら無意識にそう思っていたのかもね。私にも分からないや」



 ひとしきり笑った後、彗は槍耶を上目遣いで見た。



「でも、これは本当。あれに参加して、魔警察になりたいなって少し思った」

「ま、マジですか」

「うん。マジ。正義の味方には昔から憧れていたし。君は?」

「俺?」

「魔警察を目指しているの?」



 槍耶はキラリと瞳を光らせて、力強く答えた。



「もちろん。小さい頃からの夢ですから」

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