17話ー⑯『長い夜の終わり』

 光が止むと、白夜は気を失って倒れた。起きる様子がないことが分かると、直人と雷はほっと息を吐いた。



「よかったぁ……」

「これで本当に終わりだ。さっさと帰ろう」



 直人が何とか立ち上がろうとした瞬間、彼の胸を一本の矢が貫いた。完全に気を抜いていた彼は、力無く倒れた。



「影縫さん!」

「まだ終わってなどいない」



 彼を射抜いたのは酉午だった。酉午は雷に矢を構える。



「雷様。影縫直人を殺してください。そうすれば光軍の勝利です」

「まだ言ってるの……⁈ お父さんはとっくに気絶してるんでしょ⁈」

「あなたがやらないと言うのなら私がやりましょう」

「やめなさい!」



 女の声が酉午の体を震わせた。その声は雷や彗と似ても似つかない、緊張した声色だった。



「もう争いは終わりです!」



 彼らの視線を奪ったのは、天神家のもう一人の重鎮であり、雷と彗の母親………つまり、朝陽の妻である『天神叶枝かなえ』だった。叶枝は複数の女達を従え、キッと酉午を睨んだ。



「酉午。これ以上戦いを続けると言うのなら、私はこの命を賭してこの人達を守ります」

「何を仰るのですか……叶枝様」

「まだ分からないのですか? この身を捧げてあなたと敵対すると言っているのです。ここにいる彼女達と共に」



 叶枝が手を空に突き出すと、その先に光の球が現れ、たちまち大きくなった。それを見た酉午は、驚愕と困惑に満ちた顔をした。



「ま、まさか……天使を……」

「ええ。天使に身を捧げます。闇の人達を守る、という契約の下に」

「正気ですか⁈ 身捧げの契約は命を落とすことになる!」

「しかし、通常の契約よりも天使の力は強くなります」



 唖然とする酉午だが、必死に分析を始めた。

叶枝やその後ろの女達が全員、天使と身捧げの契約をすれば、一筋縄ではいかなくなる。下手をすれば、永久に闇軍に手を出せなくなるかもしれない。それでは、朝陽の望む世界は永遠に訪れない。

 それならば………今は………。



「………分かりました。今回は撤退します」



 酉午は弓を下げ、くるりと踵を返した。そのまま、建物の中へと消えていく。完全に姿が見えなくなったのを確認すると、叶枝は女達に指示を出した。



「水晶が四つ程あるはずだから、それを全て壊してきて」

「かしこまりました」



 女達はそれぞれ命令に従い、叶枝は直人の前で膝をついた。



「酷い傷ね……止血だけしておきましょう」

「………オレに構わなくていい……それより………白夜を……」

「雷。白夜さんをお願い。彗は蘭李さんを」

「分かった!」

「一応、私も怪我人なんだけどねえ」



 娘二人も母の命令に従い、応急処置を始めた。やがて女達が水晶を割って戻ってくると、叶枝を先頭に、彼らは天神家の門を外へとくぐった。それは、異空間の出口―――彼らはついに、現実世界に戻ることが出来たのだ。



「全員戻ってくるまで、異空間を消すことは出来ないわ。その間にこの人達を病院へ運んでちょうだい」

「かしこまりました」



 女達に抱えられ、直人達怪我人は病院へと運ばれた。異空間からは次々と人が出てきて、最後に出たのは、気絶した朝陽を担ぐ未丑だった。彼は叶枝を一瞥し、無言で立ち去った。



「お父さん……しばらく動けないよね」

「ええ。白夜さんの攻撃で、骨だけじゃなく、恐らく内蔵もやられたでしょう」

「うわ……」

「自業自得です。あの人は、あなた達や仲間も見殺しにしようとしていたのですから」



 未丑が去った先を、叶枝は悲しそうに見つめた。



「あの人の近くにいながら、私は止めることが出来なかった。私もその報いを受けるべきね」

「そんなことないよ。お母さんは頑張ってくれたよ。天使まで呼び出して戦いを終わらせたじゃん」

「それが、私に出来る唯一のことだと思ったから」



 叶枝は雷と彗の手を取り、ぎゅっと強く握った。



「雷、彗、ごめんね。あなた達に辛い思いをさせてしまって」



 じんわりと目に涙を滲ませた雷。叶枝が頷くと、雷は彼女に抱きついた。



「うわあああん! お母さん!」

「雷、偉かったね。お友達を守って」

「うん……! 白夜も蘭李も、みんな死なないでよかったよお……!」



 よしよし、と雷の頭を撫でながら、叶枝は彗に視線を移した。



「彗も偉かったね。誰も殺さないで」

「………殺すつもりで戦ったけど」

「でも、殺さなかった。本当は彗は優しい子だものね」

「そうだよ! お姉ちゃん、白夜を戻すの手伝ってくれたの!」

「雷、勘違いしないで。あの時は、殺すよりも戻す方が得策だったから……」

「彗、今までごめんね」



 同じように彗の頭を撫で、叶枝は穏やかな笑みを浮かべた。



「もうお父さんを気にしないで、あなたの好きにすればいいのよ」



 母親との溝は深かったはずなのに、それを全て埋めるような彼女の一言に、彗はどこか救われたような気持ちになった。

 長く話していなかったのに、この人には何もかもお見通しなのかもしれない。彗は叶枝の手を払い、彼女に背を向けた。



「………ありがとう。お母さん」



 この後、話してみようかな―――何となく彗は、そんな気持ちになった。









 今回の争いで、少数を救うことは出来た。しかし、多数の犠牲が生まれたこともまた、事実だ。

 ―――彼らは、何を思うのか。このままではいけないと、思ってはくれないのか。



「思わないのなら、思わせればいい」



 そう。彼らは弱いのだ。意志が弱いのだ。

 いつかきっと、悪い大人に、言葉巧みに騙されてしまうだろう。





 だから、「俺」が彼らを救うんだ。





 ――――――延いては、人類を救う為に。







17話 完

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